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September 17, 2005

ゾロアスター教と日本(3)〜お水取りと達陀の行法

ゾロアスター教の話の続きです。

伊藤義教さんの『ペルシア文化渡来考−シルクロードから飛鳥へ』(ちくま学芸文庫 2001)の第4章は、「IV 二月堂の修二会」として、東大寺の二月堂で行なわれる修二会(しゅにえ)、俗に「お水取り」として知られる行事についての分析が行なわれます。

まずこの行事が初めて行なわれたのが、天平宝勝4年(752年)の2月1日のこと、実忠和上がこれを執り行ったとされ、以来実忠その人によって大同4年(809年)まで実に60年に亘って毎年行なわれ、そしてそれ以降今日に至るまで受け継がれているらしいのです。

実忠と修二会についてはおもしろい言い伝えがあり、実忠が修二会を修していたある時、実忠が神名帳を読み上げ、諸神を勧請したのですが、諸神が先を争うように実忠に福祐を授けたり守護したりした中に、ひとり北方の若狭の遠敷(おにゅう)明神だけが遅れて現れたというのです。が、この明神様は実忠の行法に感激し、お供えする水をどこそこのお堂の所に出したいと申し出たと思うと、黒白二羽の鵜が岩を割って地中から飛び出し、そのあとから二本の水が湧きだし、あっと言う間に溜まって井戸となった、そしてこの水は旱魃の時でも涸れることがなかった、というのです。一方、その明神様のご在所である若狭の遠敷では、それまでその明神社の前を滔々と流れていた川の水が急に減ってしまったとも伝えられています。

水がある所から地下を伝って別な場所に出るというのは、正にイランのカナート、カハレーズを思い出させますが、実は、ゾロアスター教の創造神話では、春分の日に悪魔アンラ・マンユがこの世界に侵入したことにより、アンラ・マンユとアフラ・マズダーとが互いにこの世の様々なものを産み出すのですが、そのアフラ・マズダーの創造行為の中に、北方の山の源泉から、二つの河を東西に流出させたというのがあり、しかもその河は一旦地下を潜ってから地表に現れるというのです。春の到来と近い日に行なわれる修二会は、正にこのゾロアスター教の創造神話を再現したものではないか、というのが伊藤さんの議論の中心です。

050917a
イランで最も高いメナーレ(尖塔)を持つ
ヤズドのマスジェデ・ジャーメ

050917b
そのマスジェデ・ジャーメの中庭に……

050917c
カナートがあった! 水面までは直進50段以上もある
階段を降りるのだそうだが、昨年訪れた時は、2ヶ月
程前に事故があったとかで封鎖されていて、地上
から覗き見るよりなかった。残念!

更に、その二本の水を引いたという遠敷明神、どうも水の神様のようですが、この「おにゅう」という音、実はゾロアスター教の水の女神アルドウィー・スーラー・アナーヒター、またはアナーヒードとして知られる神様の名前を表しているのではないか、と伊藤さんは推理します。これには私もそうか! と納得してしまいました。そうすると全て辻褄が合うように思えてくるからです。尚、アナーヒターは、豊饒増殖の女神として、ゾロアスター教の神々の中でも人気が高く、この女神の為に捧げられた讃歌ヤシュトは、その人気を受けて実に長いものがあります。(岡田明憲著『ゾロアスター教−神々への讃歌』(平河出版社 1982)のP49-138参照。)因みに、よくあるイラン女性の名前に「ナーヒード」というのがありますが、これはこのアナーヒター女神から来ています。また、その愛称は「ナナ」です。最近流行のマンガや映画の主人公の名前でもありますが、このいかにも日本人らしい名前も、実はゾロアスター起源なのかもしれません。

このアナーヒター女神の記述から更に議論は発展し、観音様にもこのアナーヒターへの影響が見られるのではないかということになります。仏教的な解釈では、本来男であるはずの観音様が、どうして日本では女性的、いや、女性なのか? これには、日本という国が母系社会であることの反映だという説を聞いたことがあります。が、男が女になったのではなく、元々この神様はイランの発祥で女性だったのではないかという議論はおもしろいと思いました。

ところでこの「お水取り」の後に、「達陀(だったん)の行法」というのがあるのだそうです。これは60キロもある大松明に火をつけ、足踏みも荒々しく火天が担ぎ回り、辺り一面火の粉の海となる中を通過する行事なのだそうですが、やはりゾロアスター教の神話では、最後の審判の時に火の神様が全ての人を火の中を通過させ、正邪を判別し、身を清めるというのがあるのですが、この「達陀」は「お水取り」の世界創造に対する終末、静に対する動として、やはりゾロアスター教の世界観を表したものと言えそうです。となれば、この「だったん」と言う言葉が、もしかするとペルシャ語の「widardan(ウィダルダン=通過する)」から来ているかもしれないというのです。「通過の儀礼」、そういうペルシャ語が翻訳されずにそのまま「だったん」と呼ばれてきたのではないか――。

こうなって来ると、これらの、いかにもゾロアスター教の世界観を反映した行法を創始し、60年にも亘って修し続けた実忠という人物、ゾロアスター教にかなり詳しい人物と見なければなりません。とすれば――伊藤さんは「ジュドチフル」という名のイラン系の人物だったのではないか、と推測するのです。

このように見てくると、私たちが仏教だとか神道の行事、文化と思っているものの中に、実はゾロアスター教の世界観が反映されているものがいろいろありそうです。何と言っても神と悪魔、天国と地獄、最後の審判など、後の世界の宗教に大きく影響を与えたゾロアスター教です。それも当然と言えば当然かもしれません。が、この本を読んで私が本当におもしろかったのは、古代のペルシャからもたらされたもの、それは単に商人が運んだ、というようなレベルではなく、恐らくは国家のレベルで日本とイランに外交関係があったであろう可能性です。強力な統一国家の建設を目指す当時の日本は、ただお隣の中国や朝鮮半島だけでなく、遠い天竺より更にその遙か彼方にある大帝国ペルシャからも積極的に人を招き、交流していた。そんな国家建設のエネルギーに溢れる日本に大きな可能性を見出したからこそ、拡大するアラブ勢力に悩むペルシャ王のペーローズは、大使としてトカーレスターンのダラーイーを日本に遣わし、援助を願ったのではないか。当時の日本人は私たちより遙かに壮大なスケールで生きていたのではないか――そんなことを私は思うのです。


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