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October 15, 2005

「和らぎ」――日本の伝統的精神として

ちょっと前に道元の「愛語」の話を書きましたが、日本人とは本来的にやさしい国民だったのだなぁ、と思わせるのが前に少し触れました『ホツマツタヱ』です。これは、『古事記』や『日本書紀』のもととなったとも、後世に作られた偽書であるとも言われているもので、その特徴は「ヲシテ」と呼ばれる、漢字が入ってくる以前の日本の文字で書かれているのです。

その『ホツマツタヱ』に「ハタレの乱」という、『古事記』や『日本書紀』には書かれていないくだりがあります。アマテルカミ――記紀のアマテラスオオミカミに当りますが男神のようです――の時代に、野盗や盗賊――これをハタレと呼ぶのです――がはびこり、国中が荒らされ、略奪され、さらにはそのハタレたちは各地で集団を形成し、更にはその各地の集団が連携し、クーデターを起して国を簒奪しようと企てるまでになったのです。

アマテルカミの許に各地から助けを求める声が届き、このハタレたちとどう戦うか、神々を集めて会議が行なわれることになります。池田満さんの『ホツマ 神々の物語』(長征社 1991)によるとハタレの数は70万9千人、これを迎え撃つ軍人、モノノベの数は全国合わせて800人、とても太刀打ちできそうにないのです。会議は行き詰まり、重臣であるカナサキノオキナ――後に住吉神と呼ばれる神です――がアマテルカミのそのお考えを伺うと、アマテルカミは次のように言うのです。

      みなそのしむを
ぬきとりて わざにもゑつく
おごりひの ひヽにみたびの
なやみあり いかでおそれん
かんちから はらいのぞかは
おのつから ははもいそらも
よりかゑし いるやもうけず
かみのやは かならすあたる

「ハタレは自らの力に恃んでいますが、その力に恃む驕りが炎となり、自らの心を焼き、一日に三度、苦しんでいるのです。ハタレと言っても心の中は弱いものなのです。何で恐れることがありましょう。神の力でその心の闇を祓い除くならば、オロチだろうとミヅチだろうと、自然と退いていくでありましょう。彼らが射る矢は私たちに当たることがなく、逆に神の矢は必ず彼らに当たるのです。」

力に対して力で応ずるのではなく、敵の心の闇を祓い浄めることだと言うのですね。ホツマ文献の一つで占いの和歌が集められた『フトマニ』には、事件は必ずその根本原因まで究明すべきだと繰り返し歌われているのですが、アマテルカミはハタレの乱も、彼らの心に問題があると見、それを解決することが何より大事と見たのでしょう。

そうは言っても、多勢に無勢の状況は変わりません。具体的に、どう戦えばいいと言うのか、誰もが思っていた疑問をフツヌシが口にすると、皆の心も、アマテルカミの気持ちも汲んで、カナサキノオキナは次のように言います。

われもなし ゐつくしおもて
かんかたち なかこすなおに
かんちから よくものしるは
かんとほり ことなふたもつ
くしひるそ たヽやわらきお
てたてなり

「私とて手立てがあるわけではありません。が、慈しみの心こそ神が尊んで受け容れて下さるものです。そして心の中が素直であることが神の力を与えてくれます。また、相手のことを、そして事実をよく知るということ、これが神に通じるのです。事なきを保つのが奇(くす)しき日の御魂(みたま)の力。何よりもただ「和らぎ」ということ、これこそが手立てなのです。」

暴悪な敵の大軍を前に、「和らぎの心」こそ戦いに勝つ手段だと言うのです。その心を持って戦えば必ず勝つ、と。この言葉にアマテルカミは満足します。この後、「かみのみこころ うるはしく」とあります。

この「たたやわらきお てたてなり」という言葉で私がすぐに思い出したのが、聖徳太子の「十七条憲法」にある「和(やはら)ぐを以て貴(たふと)しとし」という言葉です。聖徳太子は当時の先進国である中国の法制度を参考にこの憲法を起草したわけですが、その第1条のこの言葉は、輸入ものでない、全くの太子のオリジナルであると言えましょう。それはこれが日本の国創りの基本的精神であると太子が考えていたからでしょうが、この精神は、太子よりずっとずっと以前、神代の頃からの伝統だったのですね。

暴力に対して暴力で立ち向かえば、更に暴力と憎しみ、恨みを増していくだけです。愛こそが平和をもたらすのだというのは、普遍的な、そして現代最も求められていることです。私たち日本人は、この普遍的な精神を理念として建国されたこの国に生まれたことを誇るべきであろうと思います。そして、この愛の心で、真の平和の実現に向かっていきたいと思うのです。

余談になりますが、この後、実際にハタレと戦うことになった時、アマテルカミから賜り、カナサキが使った武器は何と楽器の琴なのです。琴の音がハタレの心を清らかにし、和らげたのです。音楽で戦うなんて、どんな国の戦いの歴史にもないのではないでしょうか。しかし、日本では、先に述べた『フトマニ』にも、琴や笛の音楽が、人の心を和らげるということが書かれているのです。心を清くすること、それこそが世の中のあらゆる争いを解決することなんですね。

最後になりますが、ご紹介した『ホツマツタヱ』からの引用は、松本善之助監修・池田満編著『定本 ホツマツタヱ』(展望社 2002)によります。池田さんは、『ホツマツタヱ』は漢字以前の文化であるため、漢字仮名交じりの読み下しではなく、ホツマ文字そのままで読むことを勧めておられますが、今回は敢えてひらがなで表記してみました。ホツマ文字を見てみたいと思われる方のために、以下のサムネールをクリックして頂くと見られるようにしてみました。ご関心がある方はどうぞ。

051015

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