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May 25, 2006

忘れられた「厚生経済学」

先日ご紹介したBBCの「幸せの公式」で、「最大多数の最大幸福」というベンサムの言葉を久し振りに聞いて、ピグーの厚生経済学を思い出しました。同じ番組で、自分と他人との間に格差を感じることが自分を幸せでないと思う要因になっており、これを感じさせないようにするにはお金をたくさん持っている人から税金をたくさんとってそれをより持っていない人に再分配すべきだとの議論が出てきた時には、これは今更のようなケインズ的社会主義的政策ではないか、と驚いてしまいました。

しかし、この驚きはやがてある感慨へと変わりました。何故かと言えば、この20年、イギリスでもアメリカでも日本でも、「小さな政府」と「自由市場経済」の実現に向けて政府は努力を重ねてきたからです。それは言い換えればケインズ政策の放棄ということだからです。

今から25年ほど前に、ミルトン・フリードマンの『選択の自由』という本が出版され、アメリカは勿論、日本でも大反響を呼びました。この本は要するに、政府が関与している事業は効率が悪く、民間の自由競争に任せた方が効率がよくなり、コストも下がり、それらのサービスを利用する国民の利益になる、という議論のもので、当時大学生の私は、その明解な論理にスカッとするものを覚えました。経済のことは勉強しなければいけないのだけれども、日本の経済学者が書いた入門書をどれだけ読んでも、結局何が書いてあるのかよくわからなかったのでした。そんな時に読んだこのフリードマンの本は、高度な議論を実にわかりやすく述べていて、しかも、そう、フリードマンはレーガン政権のブレーンでもありましたから、アメリカの経済学者は何てすごいんだろうと思いました。その研究の成果を実際の政権に協力して具体的なものとしようとするだけでなく、それが何故必要なのかを一般の国民にわかりやすく説明し、納得させる力があるからでした。この明解さと「自由」という言葉に、私も諸手を挙げて称讃したものでした。

そう、その頃アメリカ大統領になったレーガンのレーガノミクスと呼ばれた政策は、実はこのフリードマンの理論を現実のものとしようとしていたのでした。このレーガン大統領と同時期の日本の中曽根首相、イギリスのサッチャー首相とも、この方向でそれぞれの国の政策を進めて行きました。現在の小泉首相が言う「市場原理」、「民間にできることは民間に」は、実際にはこの時期の路線をそのまま踏襲していると言ってもよいでしょう。

ところでこのフリードマン理論、或いはレーガノミクス、或いは「小さな政府」、「市場原理」を実現するに当って、当然切り捨てられ、忘れられたものがあります。それがピグーなどが提唱した「厚生経済学」です。当時の経済学の教科書には、必ずと言っていい程この「厚生経済学」についての記述がありました。それはつまり、民間の自由競争による市場原理に任せておけば、確かに、儲かる分野の事業についてはコストが下がり、効率も上がるが、儲からない分野の事業には民間は敢えて参入しようとはしない。この種の事業には例えば、鉄道、航空、郵便、水道、エネルギー、医療、教育などの分野が挙げられ、簡単な話、過疎の村などに鉄道を引いても利用する人が少ないので効率が悪く、当然赤字になるので民間ならば撤退せざるを得ない。しかし、そこには鉄道を必要とする住民が少ないとは言え確かにいるのです。この人たちを切ってはいけない。従って、このような国民の生活と福利を支える事業については民間に任せずに国が行なうべきであり、そのためには赤字が出てもやむを得ない——これらの事業に限っては「赤字を出してもいい」というのがこの厚生経済学の思想であり、ピグーの弟子でもあるケインズが打ち出した政策はその路線を踏襲していると言えます。

市場原理が行き着く先のバブルの崩壊、それが前世紀初頭の世界恐慌を起し、崩壊した経済と国民の生活を再生すべくスタートしたのがケインズ政策でした。が、国民の生活を守るという名目の下に、政府はそれ自体が巨大な事業体となり、その運営のために莫大な資金を必要とするようになります。増税に次ぐ増税。当然、国民の不満も増大していきます。このケインズ政策の見直しとして登場したのがフリードマンの理論でした。

この理論は実は大きなパラダイムシフトであったと言えます。国民の福利のためには「赤字を出してもよい」であったのが、「赤字は出してはいけない」となった。この影響はすぐに日本にも表れました。国力増強のために日本の隅々に張り巡らされた国鉄は赤字の原因の最も大きなものの一つであり、当時の中曽根首相はここにメスを入れたのです。国鉄は解体され、民間のJRという会社となりました。赤字は出してはいけないので、当然利用の少ない路線は次々と廃止となっていったのはご存知の通りです。日航も民間となりました。現在の小泉首相は郵便を民営化。効率の悪いものはどんどん切り捨てられていくようになったのです。

レーガノミクスの時代にもう一つ私に衝撃を与えた本があります。レスター・サローの『ゼロ・サム社会』です。サローはゲームの理論を応用して、つまり、誰かの利益は他の誰かの不利益になっており、社会の利益の総和は0になる、と言ってのけたのです。そのような状況の中で政府は誰の利益を代表して政策を打てばよいのか? 声が大きい人とお金をたくさん出してくれる人以外にないではないか。ここで、ベンサムの「最大幸福」は要するに多数決的なところで決めざるを得ず、少数派は不利益を被っても仕方がない、それは必要悪であると結論づけられてしまったのです。

フリードマンとサローの理論に従って、アメリカも日本もイギリスも、自由の名の下に実は多くの犠牲を出しながら効率を追求してきたのがここ20年ほどの政策と言えます。小泉政権が発足した時、その自由な改革のイメージに私たちは期待しましたが、結局それは勝者と敗者を国民の中につくり、少数派を切り捨てていく政策を許してしまうことだったのです。「格差社会」はある意味で私たち自身が招いた結果だったのかもしれません。

しかし、ベンサムが「最大多数の最大幸福」と言った時、それはサローのように「ゼロ・サム」の前提であったのでしょうか。否、だと私は思います。それは寧ろ、ブータンで実現されているGNH、つまり「国民総幸福」を増大させようということだったのではないかと思うのです。一人も不幸な人がいない国を創る、それこそが本来目指すべき方向だったのではないのでしょうか。

ここ数日述べてきた昨今のインターネットの技術は、実は誰もが主役で誰もがハッピーになれる社会のしくみを生み出す潜在性を秘めていると思います。こういう時代に「ゼロ・サム」でものを考えるというのはもう時代遅れなんではないでしょうか。

自由市場経済を追求してきたアメリカ、日本、イギリスの現政権のリーダーが今や何れも生彩を欠いて見えるのは、最早彼らの政策が時代遅れになってしまったからではないでしょうか。このままでは国民は幸せにはなれない。そして全ての国民が求めているのは結局のところ幸せな生活なのです。BBCの番組で一見時代に逆行するような税制度の話が出てきたのは当然かもしれません。

この20年ずっと忘れられていた厚生経済学を、もう一度私たちは振り返る必要があるのかもしれません。


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Tracked on May 28, 2006 at 03:56 AM

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