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May 27, 2006

関岡英之著『拒否できない日本』

先日、佐々木俊尚さんの『グーグル Google——既存のビジネスを破壊する』(文春新書 2006)について触れましたが、この時同時に買ったのが関岡英之著『拒否できない日本——アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書 2004)です。この本は、「文藝春秋」2005年12月号に「警告レポート・奪われる日本——『年次改革要望書』米国の日本改造計画」として著者の関岡さんが書いている記事で知って以来、ずっと気にはなっていたものの、これまで読む機会を逸してしまっていたものです。昨年の「文藝春秋」の記事では、保険や医療制度の分野について詳しく論じられていますが、その1年半前に出た本書の方は、建築士の資格の国際化という話に始まり、阪神・淡路大震災後に行なわれた建築基準法改正の話から問題の核心へと迫っていきます。私は一気に引き込まれました。何故なら——。

今年の初めにある会合で関岡さんの「文藝春秋」の記事とアメリカの「対日年次改革要望書」について知った私は、その後実際にアメリカ大使館のページにアクセスして驚きました。外交文書として英文でこっそりと提供されてるかと思いきや、実際には英文版は少なく、何と日本語に翻訳されたものが堂々と掲載されているのです。私が最初見た時は1996年辺りからあったように思いますが、現在は1998年から2005年まで8年分を見ることができます。

規制撤廃、競争政策、透明性及びその他の政府慣行に関する要望書(全文)(1998年10月7日)
規制撤廃、競争政策、透明性及びその他の政府慣行に関する要望書(1999年10月6日)
2000年規制改革要望書(2000年10月12日)
2001年規制改革要望書(2001年10月14日)
2002年規制改革要望書(2002年10月23日)
2003年規制改革要望書(2003年10月24日)
2004年規制改革要望書(2004年10月14日)
日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書(2005年12月7日)

更に驚いたのはその内容の細かさです。とにかく多くの分野にわたっていて、私自身が詳しくないものについては一体何のことなのかわからないものもありましたが、その中で興味を引いたのが建築に関する部分です。私は建築の専門家ではありませんが、その内容を読めば、つまりは現行法では日本の伝統に基づいて建築の方法、材料の種類などが細かく決められているのを撤廃し、アメリカ式の工法、アメリカの材料がもっと日本に流れ込んでくるのを促進するのが目的であるのは見てとれました。そして同時に感じたのは、いくら旧態依然としたところがあろうと、この要求をそのまま呑んでしまったら、日本の建築は文字通り骨抜きになる、危険な建物が増えるのではないかという不安だったのです。

それはちょうど耐震偽装疑惑事件が連日報じられている時期でもあり、私には何故か漠然とですが、この要望書と事件とが、もやもやとはっきりとしないながらも、どこかつながっているような漠然とした感覚が生まれたのです。

このことはそれで終っていたのですが、今回関岡さんの本を読んでそれがはっきりとしました。阪神・淡路大震災で建築基準が見直され、法改正があったのはどなたもご存知でしょう。そして当然、誰もが、更に厳しい基準で建物が建てられるようになった筈と期待し、それを当然の前提と考えていたはずです。震災以降に建てられたものならまずは安心だろうと。ところが例の偽装事件でした。一体どういうことなのでしょう?

本書の中で関岡さんは、確かに建築基準法は改正されたが、それは規制緩和の方向で改正されたと述べていらっしゃいます。つまり、まず大きなところでは、それまでの、建築の建て方(仕様)が細かく決められた「仕様規定」から、建築材料の性能だけと決めた「性能規定」へと規定の仕方が変わったというのです。もっと簡単に言うと、それまでは「こうでなければ建ててはいけない」という厳しい基準だったのが、「こうであればよい」というより緩やかなものに変わったということでしょうか。そしてその性能の基準は「国民の生命、健康、財産の保護のため必要最低限のもの」とするということなのです。あの震災で、あれだけの犠牲を出した後であれば、ここは「最大限」でなければならないはずですが、何故か「最低限」になっているのです。これはつまり、私も不安を感じた、あの要望書の内容、アメリカの材料が入って来るのを促進するために、建築基準法の基準をより緩やかにして規制を撤廃しろとしたあの要望書の内容に応えての改正であって、震災はその改正の絶好の機会であったに過ぎないということです。であれば、あの時亡くなった7,000人にも及ぶ方々の生命、犠牲は、全く浮かばれないことになります。基準が緩和され、規制が緩和され、効率だけが求められてその後建てられた建物に危険がつきまとっていたのは当然かもしれません。あの事件は起こるべくして起きたのだと言えないでしょうか。そうなって来ると、確かに国民を騙したことは許せないとしても、あの疑惑の中心となった人たちも、ある意味では国の方針に沿ってその路線を邁進してきただけ、と言えるのかもしれません。あの人たちだけを詐欺罪で裁いて、それで終る話ではどうもないようです。

あまりに衝撃的な内容だったので、長くなってしまいましたが、実は、本書に私はある共感を覚えながら読んでいました。それは、著者は時折、その時代時代で自分がどのような生活なり仕事をしていたか、そこでどのように感じていたかに触れているのですが、それが私自身の経験や感覚と合うのです。気になって奥付で著者の略歴を確認すると、私より3歳年上の方でした。やっぱり同じ世代の方だったか、と納得しました。先日も書きましたが、ちょうど大学生の頃、ミルトン・フリードマンが『選択の自由』を引っさげて登場し、経済の世界に新鮮な「自由」の息吹きを吹き込み、それを実現すべくレーガン政権、そして呼応するように中曽根政権がスタートし、自由化と効率化の時代が始まったのです。当時若かった私はその「自由」という言葉に囚われてこれを推進することが日本全体にとっても個人にとってもいいことだと思っていました。企業間の競争がよりよい財やサービスをより安価なコストで生み出し、国民はそれを享受できると。本書の著者もそのようであったようです。社会人となった時にバブルが到来、自由化がもたらす繁栄の時代が来たものと錯覚していました。が、それは突然崩壊しました。そうして初めて気づくのです。競争に負けた企業がどうなるのか。そしてその企業で働いていた人たちはどうなるのか。私たちは、自由競争は国民の利益になるとアメリカなどから説得される時、その消費者である国民が、実は同時に企業や農水産業で働く産業人であることを忘れているのです。競争によって負け組企業が出てくるということは、自由競争による利益を享受できない国民もまた生み出されるということです。

こうして、この本を読みながら、著者が辿る日米関係の歴史は、著者と同じくこの時代を生きてきた自分の歴史を振り返るようでもありました。そして、今のこの時代の原点となったのがあのフリードマンの理論であったことを当然の帰結として思い起すのです。果たして、本書もその最後はフリードマンとその影響で結ばれていました。つい先日そのことを書いたばかりでしたので、我が意を得たり、という感じで嬉しく思いました。

このところ書いていること、BBCの「幸福の公式」やグーグルのこと、ケインズ政策やそれを批判してのフリードマンのことなど、一見ランダムな話題のようでありながら、本書を読んで実はこれらが全て関連していたことに気づきました。それはつまり、全ての国民が幸せに暮らしていけるような社会、国創りということです。本来日本とはそのような国だったのではないでしょうか。競争して他人を蹴落としたり、自分が不利益を被ったらやたらと訴えたりするのは本来の日本人の気質には合っていないのではないでしょうか。少なくともこの10年、日本はアメリカの要望書に沿って歩んできてしまったようです。が、本当にそれで私たち一人一人が、全ての日本国民が幸せになれるのかどうか。折角堂々と日本語で公開されているのですから、私たちはこの要望書をよくウォッチして、その要求が何を意味しているのか考えていく必要があると思います。もう、建築基準法の時のような愚を犯してはならないのです。

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