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July 31, 2007

セカンドライフに障害!〜技術的なこと

昨日から障害が出てますね、セカンドライフ。まぁ、850万近い人が登録してて、常に3万人前後の人がアクセスしてるわけですから、サーバがダウンしても当然と言えば当然でしょうが。

リンデン・ラボの公式ブログによると、アメリカの時間(=セカンドライフ時間)で28日の午後4:56と言いますから日本では日曜の朝8:56頃からセカンドライフをアプリケーションを立ち上げ、ログインしようとすると「Error」の表示が現れる、という問題が発生し——これは私も経験した——、これは数時間で解決し、その後何度かシステムが重たくなる事象が繰り返され、とうとう29日の午後8:26、日本では昨日のお昼過ぎに「検索、地図、テレポート、及び資産管理の機能がやたらと遅いか、寧ろ全く使用できない、自分の持っているリンデン・ドルの残高は "Loading" と表示される」——つまりは全く何もできない——という事態が発生、その後、懸命の努力が続けられているようですが、30日の午後6:55、日本時間今朝の10:55頃に「今晩も作業は続いています。今晩、或いは明日の朝、進展があったらご報告します」と書き込みされたのが最後となっています。試しに先程接続してみたら——こんなことする人がいるからまたまた重くなるのだ! メッ!——、地図機能、テレポート機能は回復し、一旦は移動ができました。更に、リンデン・ドルの残高については、昨晩このブログを書きながら稼いだはずの15ドルは全く反映されなかった模様で、その前の金額が表示されていました。(おーい! どこ行ったんだぁ。俺の金と時間!)が、その後は全くレスポンスがなくなりましたので、やっぱり復旧を待つしかないようですね。これだけ長い時間に渡ってシステムがダウンしたままというのはクレームものですが、彼らも、恐らくは寝るのも惜しんで最善の努力をしてるでしょうから。このブログでも進展がありましたら報告させて頂きたいと思います。

さて、実は私が参加し始めた28日の夕方、出会った人たちがテレポートできない、できない、と嘆いていたのですが、きっとこれも何か関係あるのだろうと思っています。出会う人出会う人、外人の名前はついていても、実は日本語喋る人たちでしたからね。しかもみんなセカンドライフに来たばかりの初心者の人が多くて。つまり、1日経験しただけでも、そして日本人だけでもそれだけの新しい参加者の人たちがいるわけでしょう。これは、かなり急激なスピードで参加者が増えていること、そしてシステムがそれに追い付いていないということではないでしょうか。6月に発売された公式ガイドでは450万人が参加、と書いてあり、7月に出た本では700万人と書いてあり、そして今の今は850万人ですもの! それはパンクしますよ。しかも、セカンドライフでは、殆どの処理がサーバ側で行なわれていますからね。私一人が歩いたり喋ったりするの、全部サーバでやってて、それを、そこにいる人たち一人一人について全部対応しているわけでしょう? これはサーバに負担かかり過ぎますよ。

ここで技術的なことを少し。最初に接続した時から時々停まってしまうので閉口していたのですが、これには原因が3つ考えられますね。

1. 自分が使っているパソコンのスペック(能力)
2. 自分が使っているプロバイダの回線状況
3. セカンドライフのサーバの状況

今回はもう、3.が理由だとはっきりしましたけれども、普通は疑ってみるのは1.の自分のパソコンのスペックですよね。公式サイトを見ると、これは結構スペックの高いパソコンが必要になりそうですね。特に問題がありそうなのがグラフィックボード。但し、Macintoshユーザの方について言えば、今売っているIntel Macであればほぼスペックは満たしていると考えてよさそうで、敢えてグラフィックボードを購入する必要もなさそうですね。私のMac BookにはIntelのボードが入っているようですが、公式サイトで推奨されているボードの中にはそれは入っておらず、寧ろ「Intelの表示のあるボードはセカンドライフに対応していません」というような表記まであるので、ダメモトで始めたのですが。なので、Intel Macユーザの方なら取りあえず安心して始められるのではないかと思います。G4とか、あとWindowsの方はよく行くお店とかで相談した方がいいかもしれませんね。

あと、当然、2.の回線の問題はあるでしょうね。やっぱり回線が混みやすい時間帯は、これは普通のWEBを見てても遅くなりますからね。"camping" という、その場でじっと椅子に座ったり(いわゆるサクラですね)、ペンキ塗ったりしてお金がもらえる仕事があるのですが、ADSLモデムを見ていると、こういうじっとしているだけの時でもLANのアクティビティを示すランプが激しく点滅しているのです。セカンドライフではデータの送受信量がかなりのものになるようです。(そうそう、なので、もしADSLモデムなどが何も反応していないようでしたら、それはもう、サーバと切れてしまってると考えてしまった方がいいかもしれません。こういう時私は結局再起動しています。)

まぁ、何れにしても重たいです。フラストレーションなく遊ぶには、やっぱりハイスペックのパソコンに光回線、ということになるんでしょうかね。

さて、障害とはっきりわかりましたので、こういう流れになってしまいましたけれども、本来お伝えしたかったのは、先程話題にしました「テレポート」の仕方です。これができないと全くもって動けないですからね。

一番簡単なのは、右下の方にある「地図」ボタンを押すと今自分がいる所の地図が画面一杯に表示されますが、その右の方に「私の友だち」「私のランドマーク」と右側に検索ボタンのついたブランクのボックスがあると思います。このボックスにガイドブックなどで見つけた自分の行きたい場所を入力、検索ボタンを押します。するとその下に検索結果が現れ、その座標が画面中央に表示されます。ここで「テレポート」ボタンをクリックするとその場所に移動できます。

まぁ、最初はそこから始まるんですが、毎回これをやるのは面倒ですね。そこでちょうどネットで「お気に入り」に登録する要領で「ランドマーク」に登録しておくと、先程の「私のランドマーク」にリストが追加され、そこから選ぶだけですぐにテレポートできるようになります。「ランドマーク」を登録するのはメニューバーの「世界」メニューをクリックして現れるリストから「ここにランドマークを作成」を選択すればOKです。

それでもなかなかうまくテレポートできない、という人は——。「フレンド」=友だちにテレポートをお願いすることもできます。友だち同士になると、自分のいる場所に友だちをテレポートさせて連れてくることができるのです! (これが現実にできたらいいよね!)ということもあって、早くいろんな人に話しかけて気に入った人をフレンドにすることが結構重要なことになってきますね。

それでは、また。
まずは復旧を待ちましょうか!


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July 30, 2007

セカンドライフ〜マニュアルに書いてないことなど

さて、セカンドライフも3日目となりました。うろうろするうちにだんだんいろんなことがわかるようになってきたように思います。と言ってもまだたった3日なので、当然知らないことの方が多いんでしょうが。

しかし、初めてとは言え、なかなか本屋で売っているガイドブックなどに書いてないことも多くて、とにかく初日はとまどい続けました。インプレスから出ている「公式ガイド」にも、何故だかプリムの作り方やスクリプトの書き方と言ったマニアックな部分で詳しいのに、ショートカットキーやアイコンの一覧みたいな、基本的なところが書いてないのが残念ですね。どうしたらいいか、どう動いたらいいかわからずに、結局はつまんない、ということになってしまう。勿体ないことですね。

特に、私の周りには、自分を含めてMacintoshユーザーが多いのですが、殆どの解説本はWindows標準で書かれてますよね。だからMacユーザーにはますますわからない。

というわけで、今日はセカンドライフを本格的に楽しみ始める前に、つまづきやすい導入の部分について、しかも特にMacintoshの操作法を中心に、自分の経験からご紹介していきたいと思います。実際に始める前にお読み頂くと、少しでもお役に立てるのではないかと思います。


1. 名前を決める

まず最初は、勿論ユーザー登録をするわけです。で、この時セカンドライフでの名前を決めるわけですが、実に残念なことに、いろんなことが自由なセカンドライフにあって、名前だけは自由でないのですね。新しく生まれ変わるわけですから、自分の好きな名前をつけたいものなんですが。

まず、「姓(Last name)」は予め決められたリストの中から選ぶことになります。これがなかなか難しいですね。やっぱりセカンドライフはセレブとして生きる世界ですからね、普通っぽい名前があんまりない。(笑 私は全く想像力のない人間で、あちらに行ってもやっぱり男でいたくて、日本人でいたい人なんですけどね。普通っぽい日本人の名前ってNakamuraさんくらいなもので……。その一方で、Offcourseとか、更にはGacktというのがあったのには笑ってしまいました。やっぱり、セレブですから、いろんな国の著名人や芸能人の名前からとってるんですかね。私もよっぽどGacktにして、色白のイケメンスタイルでデビューしようかと思いましたけど……やっぱり現実とあまりかけ離れ過ぎるのもねぇ。(笑

名前は一度登録すると変更できないのです。ですからここは慎重に時間をかけていきたいところです。一生その名前で生きるわけですからね。「名(First Name)」の方は自由につけられますが、これも姓との組み合わせが既に存在していたら、つまりその名前の人が既にいたら、別の名前をつけなければなりません。

繰り返しになりますが、早く登録して遊びたい、と気持ちが逸るところですが、ここは慎重に時間をかけて名前を決めるようにしたいものです。


2. オリエンテーション・アイランド(1)Communicate Areaで

登録が終るとオリエンテーション・アイランドというところに自分のアバターがいます。ここは4つのエリアに分れています。

Move
Communicate
Appearance
Search

まず、「Move」エリアで動き方の練習をします。次に「Communicate」エリアで会話の練習をします。ここでは自分から話しかけたり、相手の質問に答えたりするわけですが、3つの石像がいて、この石像が練習台になるわけです。最初の石像からは名前を聞かれます。それに答えると書物の名前を教えられます。2番目の石像のところでその書物の名前を聞かれます。で、3番目の石像のところにいくと、間もなく火山が噴火する、もしあなたが自分たちが待っている人物なら神の怒りを鎮めてこの島を救うことができるのだが……、というようなことを言われます。

そこで、正に自分こそその人物である、ということを示すのに、「hula=フラダンス」のジェスチャーをすることになります。ジェスチャーは「ジェスチャー」ボタンをクリックすれば代表的なジェスチャーのリストがズラズラっと出てくるのですが、何と、私のリストの中には「hula」のジェスチャーが入っていないではないですか! どうすりゃええのか!


もし、皆さんのリストの中に「hula」がなかったら、ここで慌てずに、一番右下にある「持ち物」ボタンをクリックします。すると「Inventry」というフォルダがたくさん並んだリストが出てきます。この下の方に「Library」というのがあり、これを開くとその中に「Gestures」があり、それは更に「Common Gestures」、「Male Gestures」「Female Gestures」、「Other Gestures」といったフォルダがあり……この中に「hula」が入っています。これを使えば神の怒りを鎮めることができ、Communicateエリアを通過することができます。


3. オリエンテーション・アイランド(2)Appearance

Appearanceエリアでは、先程の持ち物の中から自分の身につけたり、欲しいものをクリックして手に入れたり、そして何と行ってもセカンドライフ最大の楽しみの一つ、自分の容姿を変える方法を練習します。

ところで、自分の容姿を変えるには自分のアバターを右クリックすればいいのですが、果たして、ワン・ボタン・マウスのMacユーザーはどうすればいいのでしょうか? 一般的には、Windowsの右クリックの操作をMacでしたい時は「control」+クリック、というのが常識になっていますが、これでは、何にも起らないのです。これには私もさすがに焦ってしまいました。えー、容姿を変えられないんじゃ、一生この姿形で生きなきゃならんのか、と。初っぱなから破れかぶれになった私は、試しに「command」+クリックしてみました。と、出てきたではないですか、パイメニューと呼ばれる、円グラフ型のメニューが。で、「容姿」というところをクリックすると、なかなか楽しそうな、自分の姿鷹地を変えられるオプションが出てきました。が、それはあとでゆっくりすることにしましょう。ここはそのままメニューを閉じてクリアーということになります。

この右クリックはセカンドライフの中では多用しますので、Macユーザーの方、是非覚えておいて下さい。「command」+クリックです。


4. ヘルプ・アイランドの過ごし方

オリエンテーション・アイランドは一度出ると二度と戻って来られないので、納得いかない時はじっくり時間をかけていろいろ試してみるといいと思います。私も、何度も同じところを行ったり来たりしました。で、Move、Communicate、Appearance、Searchのエリアを一通りクリアーしたら、SearchとCommunicateの間にある「Help Island」の看板をクリックします。するとヘルプアイランドにテレポートします。

ヘルプ・アイランドははっきり言って見るべきものはあまりありません。無料の服や家なども売っていますが、大したものはありません。寧ろここではあちこちにあるいろんなサインをクリックして、ヘルプ・ノートを集めることがメインになります。ここも二度と戻ってこれないので、とにかくいろんな物に触れてノートを集めて行きます。それぞれ文章が表示されますが、読むのは後で、わからなくなった時でいいので、タイトルだけ見て、どんなことが書いてあるかだけ見てどんどん「維持(Keep)」していきます。

ところで、ヘルプ・アイランドは広くて、殆ど人もいないので、ここでやっておくといいことがあります。一つは容姿を変えること。これは時間が掛かりますからねぇ。実際のSIMに入っていくと、どこも人が多いですからね、立ち止まって自分の顔や体型を変えるのは勇気も要りますし、他人の邪魔になりますね。なので、人の見ていない、のんびりした空間のここでやっておくとよいのです。

ここで先程のLibraryからいろんな服に替えてみたり、髪型を変えてみたりと、時間をかけることになるのですが、忘れずにやっておきたいのが、ゼスチャーの登録です。ゼスチャーがあると、会話が断然盛り上がります。私が最初の日に会った人などは、ある会話の中で嬉しさのあまりに踊り出してしまいまして、私は大変驚いたのですが、こうした踊りもゼスチャーの中に入っています。そして、ゼスチャーはキーボードのファンクションキーに割り当てることができるのです。だから、タイミングよくファンクションキーをポンと叩くだけで、会話に動きが加わり、リアルさが増し、魅力的になるのですね。ゼスチャーの登録とファンクションキーへの割り当ては、Windows、Macintosh共に「control」+「G」でできます。是非お試しあれ。

それでは、長くなりましたので、今日はこの辺で。
明日もこの続きを書く予定です。


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July 29, 2007

セカンドライフの住人になりました

私の周りでは、Voie lacteeさんが書いていたセカンドライフですが、私もようやく登録、住民になることができました。恐らくはVoie lacteeさんと同じ場でその話を聞いていたとは思うのですが、その夜ネットでざっと調べた後は、あまりの忙しさにそのままになっていたのでした。

で、昨日、やっと登録して、セカンドライフの世界をうろつき始めました。そう、まだうろつき始めたばかりで何にもできていないというのが現状です。しかも一文無しで! ん? これでは現実の自分と同じではないか! そうなのです。セカンドライフは「もう一つの人生」というだけあって、現実の世界の引き写しと言えます。お金を払わないベーシック会員で始めると、一文無しの、TシャツとGパンというスタイルで始まります。ここでどうやってお金を稼いでセレブに成り上がっていくか——これは、もう、アメリカン・ドリームそのものですね。しかも、その一方で最初にお金を払うプレミアム会員だと最初からお金がある状態で、しかも土地が持てる状態で始められるのです。スタートからして持てる者、持たざる者がいるというのも「リアル」ですね。

セカンドライフのおもしろいところはこの辺りにあるのかもしれません。仮想空間なので、何でもできるはずです。映画「マトリックス」のネオよろしく空を飛ぶことだってできますし、そんな面倒なことしなくても、行きたい場所を指定すればテレポートすることもできます。更には、友だちをテレポートさせて今自分がいるところに呼ぶこともできます。それから、男として生きるか、女として生きるかも自由ですし、何人として生きるかも自由です。勿論どの地域に住むかも自由です。そしてどんな職業に就くこともこれまた自由ですね。

ただ、やはり同じ人間のやってることですからね。やっぱり現実の自分が反映されてしまうようですね。例えば、仕事にしても、やっぱり現実の自分が一番得意とするところで勝負するのがいいようです。そう言えば、お金を稼ぐのに、"camping" という、いわば単純作業のアルバイトみたいのもあるんですが、そういうものはやはり人気が高いので、なかなかありつけないですね。これも現実的。それから、結局ここも一つの社会ですから、人間関係をつくっていく能力みたいなものは必要ですね。基本的には英語の世界ですが、日本語喋る人もいるし、周りにいるそういういろんな人たちの誰に話しかけてどう人脈を作っていくか、これも自分の日頃の動き方がそのまま表れてしまいますね。

そう見てくると、セカンドライフというのは、性別とか人種とか国籍とか、或いは国の境、時間空間の壁といった、これまで私たちの生活の自由を奪ってきたものが撤廃されたところで、では、あなたはどのような能力、素質が発揮できるのですか、というところが問われているように思います。そういった壁がないところでなら、現実世界ではできない何ができるのか。それは、実は現実世界とパラレルなところで動いていると言ってもいいのではないでしょうか。

だからこそ企業がどんどん参入してきているのでしょう。明日発売になる「東洋経済」でも特集されるほどビジネスの世界で注目されてきています。現実にはすぐにできないことをセカンドライフで実現させてみる。そしてそこでうまくいけば、現実のマーケットに反映させることができる。これはセカンドライフの世界で稼いでいる人が現実にも稼いでいるということと関係してきます。と、すれば、です。

私たちはどうしてもお金を稼ぐとか、経済的な側面ばかりに目が行ってしまいますが、それだけでなく、どんな社会が作れるか、の実験もここでできるということではないでしょうか。例えば平和。セカンドライフで理想的な社会を築くことができれば、私たちは現実にも、平和な社会を築くことができる、そういうきっかけになるのではないかと思います。

実際、日本人が運営しているエリアを訪れてみると、あちこちに「新潟沖中越地震支援」と書かれたブルーの横断幕があります。"etter World Islandというところでは「今バグダッド市街で何が起っているか、その現実を見てください」という看板もあったりします。セカンドライフの世界に現実の問題が持ち込まれ、この世界を通じて現実の世界を何とかしようとしている人たちがいるのです。

さて、そういうところで私は何をするのか。いろいろとこれまで抱いてきたアイデアがあるので、それを実現したいところですが、まだまだうろつくので精一杯。昨日はやっと友だちを2人作ったところで終ってしまいました。今はとあるところで安いバイトをしてるところです。(笑

また、何か展開がありましたらご報告させて戴きます。
そうそう。最後に、私のセカンドライフでの名前はHiroshi Kumakiです。このブログをご覧の方でセカンドライフやってらっしゃる方いらしたら、是非IM(インスタントメッセージ)などでお声をかけて下さい。

それでは、また。


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July 26, 2007

ポリーニのベートーヴェン後期ピアノソナタ集

このところベートーヴェンについていくつか書いてきたので、その流れで今日はマウリツィオ・ポリーニのベートーヴェン後期ピアノソナタ集について書いてみようと思います。

以前から繰り返し書いているように、私はベートーヴェンの後期ピアノソナタ——第28番イ長調作品101から第32番ハ短調作品111までの、晩年の5つのソナタ——が気になって気になって仕方なくて、これはベートーヴェンのあらゆる作品の中でも最高傑作であると思っていますが、同時に何度聴いてもまだわかったという気になれずに、何度も聴き直してしまう、そんな曲たちです。

そのベートーヴェンの後期ピアノソナタと言えば、ベートーヴェンの数あるソナタの中でもまずこれだけを録音して評判を呼んだのが、ポリーニのレコードでした。これは発売当時絶賛を浴び、ドイツではレコード賞を受賞したりする一方、あれはベートーヴェンか、あんなものが本当にいいレコードか、という批判もあったディスクで、ずっと気にはなっていたのです。

気にはなっていたものの、ずっと聴かないできたのは、やっぱり私なりの先入観があるからで、難しい曲をあっさりと弾いてしまう、そして明るい響きをもったポリーニは、ベートーヴェンには合わないのではないか、ベートーヴェンはやっぱりドイツ人が弾くのがぴったり来るのではないか、と思っていたからです。

それでも、ポリーニというピアニストは本当に気になる人なのですね。私はこの人のレコードをそれほど聴いたわけではないのですが、まずは何と言っても有名なショパンの『練習曲集』、あれは本当にショパンのピアニズムを最も理想的な形で再現してくれた名盤でしたし、それからヴェーベルンの「ピアノのための変奏曲」、あれも難解でとっつきにくいイメージのある十二音音楽を実に身近なものにしてくれる演奏でした。たった6分しかないこの曲を聴く時、いかに充実した時間を過ごさせてくれたことか。それから、ストラヴィンスキーの「ペトルーシカからの3楽章」もよかった。この曲の持つ明るく楽しい響きがそのまま活かされた演奏ですが、第3楽章「謝肉祭の日」は、原曲では光の渦のような弦楽器の響きが私は好きなのですが、ポリーニは正にその響きをピアノで再現していて、その光の渦が背景で鳴っている中でメロディがガンガンとフォルテで弾かれる、全く、とても一人で演奏しているとは思えない驚くべき名人芸です。

そう、こう見てくるとポリーニは、ピアノを最高に魅力的に響かせる、名人的な演奏を要求する作品に次々に取り組んできたと言えます。彼がショパンを弾くのは、彼がショパン・コンクールで優勝したショパン弾きだからではなくて、あの『練習曲集』がピアノ音楽の最高傑作の一つであるからに過ぎないのではないでしょうか。であれば、彼がストラヴィンスキーやヴェーベルン、ブーレーズと言った、現代のピアノ演奏の最高の技術を要求する作品に取り組んでくるのもわかるというものです。そして、その延長線上に、どうしても、ピアノの新約聖書、ベートーヴェンのピアノソナタの、その最も行き着いた先の、先に挙げた5曲に辿り着かざるを得ないと言えるでしょう。一般の人にはとっつきにくい、あの現代の最先端の曲を実に魅力的に響かせてくれた彼が、やはり最もとっつきにくいベートーヴェンをどう弾いてくれるのか、それはやはり興味津々というところでした。

で、やっと最近聴いたのです。そして、何故この演奏がそれほどまでに絶賛と批判を巻き起こしたのか、よくわかる気がしたのでした。

例えば、第29番の「ハンマークラヴィア」の通称で知られる巨大なソナタ。40分を越える、あの「運命」の第5交響曲よりも長い曲で、これをピアノ1本でやるわけですから、聴く方も大変。派手で絢爛豪華な出だしはともかく、全体の半分近い17分に及ぶ第3楽章では殆ど眠ってしまう、そんな曲なのです。これをポリーニはどう聴かせるのか。

最初は参ったなぁ、という印象でした。この人は本当に鍵盤のコントロールが巧みな人で、ピアニシモからフォルテシモまでのレンジが広く、デュナーミクの変化が自由なのですが、第1楽章のアレグロでは、そんなに力まなくても、焦らなくても、と思わないではいられないほど——どこか息の詰まるような演奏なのでした。これは、他のソナタにも言えることで、第5番交響曲のような、男性的で力強い楽章ではどれも力み過ぎのようなところがあるのです。私の好きな作品109の第30番ソナタでも、第一楽章が静かに終った後、余韻に浸る間もなく、殆どアタッカで第2楽章がガンガンガンガンガンガンガン! と始まるのはどうかと思うのです。

と、がっかりしていたところへ「ハンマークラヴィア」の第3楽章、この響きがとても美しく、びっくりしてしまいました。何て美しい曲なんだろう、こんなところこの曲にあったっけ? と改めて思ったくらいでした。いつもは眠ってしまうこの楽章が、何と魅力的に響くことか! しかも、しかも、テンポは極めて遅いのです。ヴィルヘルム・ケンプより45秒、フリードリッヒ・グルダより3分28秒も遅い17分12秒。なのに、最後までおもしろく聴ける。これは本当に、名人にだけ許される技なのでしょう。

この傾向は私の好きな作品109や、作品111の最後のソナタにも共通して見られます。アレグロなどの楽章は他の演奏家たちとそれほど変わらないテンポなのに、緩徐楽章はずっと遅いテンポをとるのです。が、実におもしろく聴かせてくれるのです。何故か。それは、「ハンマークラヴィア」を聴いていてわかったのですが、彼の演奏は歌に溢れているのです。ここに彼のイタリア人としての血の強みのようなものを感じないではいられません。実際、ベートーヴェンの後期ソナタは、淡い歌が中心になっていて、それが変奏曲的にどんどん変化していくものですから、散漫な感じを与えかねないのですが、ポリーニは、正に、その歌を、一つのドラマのように聴かせてくれるのです。そう。ドラマとして捉えると、先に挙げたダイナミズムの過度とも思える変化の理由もわかってくるのです。例えば、同じ「ハンマークラヴィア」ソナタの第4楽章の250小節目辺りで、音楽がフォルテシモによる和音の連打で最高潮に達した後、全休符の1小節を挟んで単音でフーガの動機が静かに紡ぎ出されて来る、ここの効果の感動的なことと言ったらポリーニの演奏は最高ですね。

ポリーニは、ただ楽譜に書いてあることを忠実に演奏しているだけなのかもしれなません。が、そこには間違いなく歌があり、その歌こそが、私たちに一見とっつきにくいような音楽を身近なものにしてくれるように私には思えます。「ハンマークラヴィア」をあんなに集中して聴いたことは他になかったのではないかしら。或いは、もしかすると、ヴェーベルンがおもしろく響くのも、そこに歌が息づいているからかもしれません。賛否両論あるとは思いますが、何れにしても、最も美しいベートーヴェンの響きが詰まった素晴らしいディスクであることに変わりはないでしょう。

それでは、また。


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July 23, 2007

誕生日

さて、今月のネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」で私は"Happy Happy Birthday"という曲を発表していますけれども、これは解説にも書いていますように、私の親しい友人の誕生日のために作ったものなのです。そして今日、7月23日がその人の誕生日なのですね。

こうして誕生日を祝いたい人というのは、勿論、自分にとって大事な人であるわけですが、よくよく考えてみるとこれは不思議なことですよね。何と言っても、歴史的にも地理的にも全く異なった人生を歩んで来た人と出会って、その出会いが、自分にとって大事と思えるほどの意味を持っているわけでしょう。これは殆ど奇跡ですね。人と人とが出会うということは、本当に、並大抵のことではないと感じます。人は、瞬間瞬間、いろんな決断や判断を重ねながら自分の人生を創っていってますから、そのどこかの決断や判断が違っていれば、その人と出会うこともなかったということでしょう。今、こうして会えているということ、それはお互いの決断や判断の積み重ねで実現していることなのですね。

そして——もう一つ——。そういう、大事と思える人に会っている自分が、今、ここにいるということ。それも考えてみたら不思議なことではないですか。

実は、今月は私自身の誕生月でもあって、その日私はある集まりに出ていたのですが、それが終ってから携帯に留守番電話が入っているのに気づき、再生してみると九州の母からでした。たった一言。

「今日はお赤飯を炊いて頂きました。」

想わず、柄にもなく泣いてしまいました。事あるごとに対立したりしては、「生まなきゃよかった」「生れなきゃよかった」「あんたなんかいなかったと思うよ」「僕も親なんかいないから」なんてひどい言葉を浴びせ合ったりすることもあるのですが、親にとって、特に自分のお腹を痛めた母親にとっては、忘れようとも忘れられない、そしていつも元気で幸せであれと願わずにはいられないものなのでしょう。自分が今ここにいるということ、そしていろんな素晴らしい人たちに出会っているということ、それを可能にしたのはこの母親であり、父親であると思うと、もうそれだけでありがたさに胸がいっぱいになります。

今、自分がここにいるということ、そして大事と思える人に出会えたということ、誕生日というのは、その奇跡を、人生の不思議を、今一度考える機会なのかもしれません。

というわけで、今日誕生日を迎えた人、これから迎える人、そして、もう過ぎてしまった人、全ての人に——。

お誕生日おめでとう。

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July 22, 2007

ベートーヴェンとヨゼフィーネ・ダイム伯爵夫人

昨日はベートーヴェンの『交響曲第4番』の背景にベートーヴェンとヨゼフィーネ・フォン・ダイム伯爵夫人との恋があったはず、そしてそのことがこの曲に反映しているという話を書いたのですが、ここで補足しておかなければならないことがあることに気づきました。このように書くとこの「第4番」がヨゼフィーネに贈られたような印象を与えてしまうように感じたのです。が、実際にこの曲を依頼し、ベートーヴェンが捧げたのはフランツ・フォン・オッパースドルフ伯爵という人だということです。

なーんだ。それでは、そんなに熱烈に愛したというヨゼフィーネにベートーヴェンが書いた曲というのはないのか? ベートーヴェンを巡る女性として有名なのがこのヨゼフィーネと、そのお姉さんのテレーゼ・フォン・ブルンスヴィック、そして従姉妹のジュリエッタ・グィッチャルディが有名で、テレーゼにはピアノソナタ第24番嬰へ長調作品78が、ジュリエッタには第14番嬰ハ短調作品27-2の「幻想風ソナタ」、通称「月光ソナタ」が捧げられています。が、どうもヨゼフィーネの名前を冠するものは少なくともソナタの中にはないようですね。やはり表立ってはヨゼフィーネの名前を出せなかったのでしょうか。

そう言えば、ヨゼフィーネのところにいた妹のシャルロッテが姉テレーゼに書いた手紙があり、その中でシャルロッテは、ベートーヴェンがヨゼフィーネのために書いた美しいアリアがあって、それをテレーゼに送るが、その楽譜は絶対に他人に見せてはいけないと忠告している。そしてその楽譜を受け取ったテレーゼはシャルロッテにこう返事している。

「……誰にもあの楽譜は見せていません。ですが、ペピー(ヨゼフィーネ)とベートーヴェンはこれからどうなるのでしょうか? あなたはあの人たちに注意していなければなりませんよ。ピアノの譜に書いてある例の言葉はあなたが消した方がいいとわたしは思います。」
   (小松雄一郎編訳『ベートーヴェンの手紙(上)』(1986 岩波文庫 P143)
   
ピアノの譜に書いてある例の言葉! それは消さなければならないものだとしたら! きっと、きっとそれは「愛するヨゼフィーネへ」といったものだったに違いないのではないでしょうか? いや実際、同じ音楽家として感じるのは、自分に愛する人がいたら、その人のために曲を書かないはずがないのです。何故なら、その人がいることこそ創造の源となっているのですから。

きっとベートーヴェン自身はいくつかの曲に明示的にヨゼフィーネの名前を書いていたのかもしれません。が、結局、ブルンスヴィック家の意向からか、或いはベートーヴェン自身が彼らを気遣ってか、最終的に発表されたものからはヨゼフィーネの名前は注意深く消されてしまったのかもしれないですね。そして、公開されなかったものの中にその痕跡が残されているのです。例の、ヨゼフィーネ宛の手紙の一節です。

「——あなたの——あなたの——≪アンダンテ≫と——≪ソナタ≫を同封します。」(前掲書 P146)

あなたのアンダンテ! あなたのソナタ! そう、このアンダンテは、ベートーヴェンが自ら「アンダンテ・ファヴォリ」——お気に入りのアンダンテ——と呼んで、好んで演奏したものであることがわかっています。もともとは作品53のピアノソナタ第21番、通称「ヴァルトシュタイン」の第2楽章のために書かれたものだったのですが、長すぎて曲全体のバランスが悪いと批評されたために、ベートーヴェンはこの曲の代りに短い「イントロダクション」を差し挟んで、殆ど2楽章のような現在の「ヴァルトシュタイン」ソナタになったらしいのです。

ん? ということは! このヴァルトシュタインソナタは文字通りヴァルトシュタイン伯爵に捧げられているわけですけれども、実際には、ヨゼフィーネを感じながら書いたものではないでしょうか。そう考えながら、もう一度このソナタを楽譜を見ながら聴いてみると、「ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ」と並々ならない緊張感をもって始まるアレグロ・コン・ブリオの第一楽章は、もう、ヨゼフィーネに対する気持ちが溢れてじっとしていられないベートーヴェンの気持ちそのもののようであり——或いは、ベートーヴェンの高鳴る鼓動か!——、第3楽章のロンドは女性的な気品と優雅さに溢れていて、これはベートーヴェンによるヨゼフィーネの肖像なのではないでしょうか。そこにあの「アンダンテ・ファヴォリ」が挟まれていたのだとしたら……。私はこれまで「ヴァルトシュタイン」は男性的な、『交響曲第5番』のような力強い、雄渾な曲だと思ってきましたけれども、実は実に優雅な、愛らしい曲なのかもしれませんね。

それはそうとして、この「アンダンテ・ファヴォリ」なり、「ヴァルトシュタイン」なりをヨゼフィーネさんは弾きこなしていたのでしょうか。だとするとすごいことですね。いや、実際、彼女はベートーヴェンの曲の素晴らしさや新しさがよくわかっていたようですね。1802年のテレーゼへの手紙にヨゼフィーネは次のように書いています。

「わたしはベートーヴェンの新しいソナタを持っています。それはこれまでのもの総てが較べものにならぬほどのものです。……(中略)……このソナタがあのような喜びを持っていることを、わたしたちの愛すべき友人に心から感謝します。この幻想曲を練習するのは非常な喜びです。」(前掲書 P124-125)

この幻想曲、とは勿論、あの第14番「月光」ソナタのことです。実際、この曲の構成は、これまでのソナタにない手法がとられていて、「幻想曲=ファンタジー」というのは音楽上の用語で、自由な、即興的な音楽を言うのです。確かに、ここではベートーヴェンがソナタ形式によりながらも、それにとらわれずに、自由にのびのびと思うように弾いているように感じます。そして、何より、あの最後の爆発! 感情の奔流! こうしたことをヨゼフィーネは正確に感じ取っているようです。

と、すれば、この曲はジュリエッタに捧げられていることになっているのですが——その曲をわざわざヨゼフィーネに弾かせるのだとしたら——既にこの時期にヨゼフィーネとベートーヴェンとの間で心の交流は始まっていたのかもしれないですね。

しかし、しかし、そうなってくると——! 第23番の「熱情」ソナタ、あれも、ブルンスヴィック家の長兄フランツに捧げられたことになっているけれども、実はあれもヨゼフィーネへの思いから書かれたものではないか、なんて思ってしまいます。文字通り情熱が溢れてしょうがないといった感じの熱いあのソナタの理由がわかるような気がします。

こう見てくると、発表された時の献辞とは別に、ヨゼフィーネ作品群というものが浮かび上がってくるように思います。そしてそのように見るならば、こうした一連のソナタの演奏解釈もまた変わってくるかもしれませんね。

まぁ、あまり根拠のない想像ばかりもしていられませんから、ここはベートーヴェンが「あなたのアンダンテ」と呼んで、ヨゼフィーネを想って創ったことが間違いのない、「アンダンテ・ファヴォリ」でも聴いて二人のロマンスに思いを馳せましょうか。こういう愛らしい曲はやっぱりヴィルヘルム・ケンプのピアノで聴きたいものですね。(他に「エリーゼのために」や「ロンド・ア・カプリッチォ」といった初心者でも弾ける小品を集めたこのCDは残念ながら現在品切れのようです。)

それでは、また。


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July 21, 2007

ベートーヴェンの『交響曲第4番』

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思ふと人の問ふまで

先日、ある会合でベートーヴェンの『交響曲第4番』の話が出て、へぇー、となかなか面白く聞かせて頂きました。ベートーヴェンの交響曲というと「運命」の愛称で知られる第5番、それから年末によく聞く合唱付きの通称「第九」、或いは第3番の「英雄交響曲」と、奇数番号の雄大な曲ばかりが有名で、その中にあって第4番というのはなかなか地味な存在なのですが、これが実にいいのですね。私は高校生の時に初めて聴いて以来、すっかりお気に入りの曲の一つです。

「恋」——もう、本当に人を好きになってしまったら、その気持ちはとても隠せるようなものではないですね。本人がどんなに人に気づかれないようにしようとか、極めて普通に落ち着いて振舞おうとしても、どうしても嬉しさというか幸せというか、そういう気持ちが溢れててしまうのを止めることはできません。ましてベートーヴェンのような、音楽作品に自分の精神生活の全てが——情熱も、希望も、あこがれも、恋も、失望も、挫折も、嘆きも、怒りも、祈りも、そうしたもの全てが——反映されてしまう人の場合はしょうがないですね。それこそ私がベートーヴェンを好きな所以でもあるのです。

『交響曲第4番』は、その彼に似合わず何とも印象の薄い、非常に抑制された感じで始まります。「ジャン! ジャン!」とオーケストラヒットで始まる「英雄交響曲」や「ダダダダーン!」の第5番のような、極めて強烈な印象で始まるベートーヴェンには珍しい出だし。何ともつまらない。それもそのはず。これは自分を偽った、作ったベートーヴェンなのだ。はやる気持ちを抑えたベートーヴェン。が、この人はそんな人ではないですね。やがてその抑えきれない気持ちがわーっと爆発し、急に音楽は楽しげで明るい、テンポのいいものに変わります。

そう。私はこの曲にベートーヴェンの恋を見ているのです。ベートーヴェンがこの交響曲を挟んで第3番の「英雄」や第5番、それからピアノソナタでは第21番の「ヴァルトシュタイン」や第23番の「熱情」、弦楽四重奏曲の「ラズモフスキー」などといった名曲が立て続けに生み出されていったこの時期、彼はヨゼフィーネ・ダイム伯爵夫人との間で愛情の交流があったのです。

ヨゼフィーネとベートーヴェンが出会ったのは1799年のこと。彼女とその姉テレーゼを社交界デビューさせようとしていた親にヴィーンに連れてこられ、この二人の姉妹はベートーヴェンにピアノを習うことになります。更に翌年の1800年には二人の従姉妹のジュリエッタ・グィッチャルディも入門しますが、この3人は何れも例の「不滅の恋人」の相手ではないかと想像された女性たちですね。ジュリエッタとは出会いの後熱烈な恋をして第14番の通称「月光」ソナタを贈ることになりますし、テレーゼは生涯ベートーヴェンの心の支えとなった人です。ヨゼフィーネはと言えば、出会ったその年のうちに35歳年上のヨーゼフ・ダイム・フォン・ストリッテッツ伯爵と結婚してしまうのです。が、精神的な面で伯爵とヨゼフィーヌは合わなかったらしく、あまり幸せでない生活が続きますが、何と伯爵は1804年の1月には亡くなってしまうのです。この時彼女には3人の子供がいて、更に亡くなった後に女の子を出産するという悲惨な状況でした。そんな彼女の許へ妹のシャルロッテが彼女を見舞いに行くのですが、同じく彼女の許へ足繁く通って支えたのがわがベートーヴェンというわけです。

実は、1804年から1807年の時期のベートーヴェンのヨゼフィーネへの手紙が14通も見つかっています。何れも、単なる友情を越えた感情がそこにはあったことが見てとれます。彼がいかに彼女を愛していたか、手紙にはその気持ちが溢れています。

「愛する唯一の——尊敬というも愚かなるこの心を表わす如何なる言葉も何故ないのか——あらゆるものにはるかに優るもの——まだ誰も言い表わし得ていないもの——おお、あなたを何と名付けることができるのか——また、あなたについてどんなに多くの言葉を費やしたとしても、この感じを表わすことはできない——総てを尽してもそれはあなたではない——音楽でなら——できる——音楽は言葉より自分には自由になりそうに思う。それにしても、それでできると思うほどわたしは驕慢(きょうまん)ではない——あなたはわたしの総て、わたしの幸せ——ああ、わたしの音楽をもってしても、それはできない。汝天は吝(お)しみなくその才能をわたしに与えて下さったが。あなたを前にしてはそれはあまりにも小さい……。」
   (小松雄一郎編訳『ベートーヴェンの手紙(上)』(1986 岩波文庫 P130)

手紙の冒頭で、普通なら「親愛なるあなたへ」と呼びかけるだけのところ、こんなにも言葉の不自由さを感じてしまうベートーヴェン。何とも微笑ましいではないですか。そしてそのヨゼフィーネへの気持ちをそのまま表現したのがこの「第4番」であろうと思うのです。こんなに喜びに溢れているベートーヴェンは他にはないと言ってもいいくらい。第1楽章は彼女に会いたくて会いたくてはやるベートーヴェンの気持ちそのままのようで、最後にジャーンと光溢れる音となるのは果たして彼女の家に着いたところだろうかと思ってしまう。続く美しい緩徐楽章はまるで彼女との安らぎのひとときのよう、二人の会話を聴いているようだ。そして第3楽章も第4楽章も16分音符主体のまぁ、嬉しくて楽しくてしょうがないといった感じの表現が続きます。本当に、気持ちを抑えられないベートーヴェンがここにはいます。

1807年、久し振りに彼女に会った後に書いたベートーヴェンの手紙。

「親愛な、親愛な、わたしの唯(ただ)一つのJ[ヨゼフィーネ]

「またもごく短いお手紙しか頂けませんでしたが——わたしには大喜びでした。——愛するJ、わたしは自分自らに課した掟(おきて)を越えまいと、どれほどわたし自身と闘ってきましたことか——しかしだめでした。幾千という声が絶えずわたしに囁(ささや)くのです。あなたはわたしの唯一の女友だちであり、唯一の愛する人だと。——自分に課した掟をもう守ることはできなくなりました。おお、愛するJよ、さあもう遠慮などせずに、あの道を散歩しようではありませんか、あれほど幸福な思いで歩いたことがあったあの道を……。」(前掲書 P165)

夫に先立たれたとは言え、4人の子供さえいる未亡人であり、社会の目は二人には厳しかったのでしょう。もう会わないのがお互いのためだ、そう言い聞かせたこともあったのではないでしょうか。この交響曲の冒頭の白々とした感じは、そういう無理しているベートーヴェンを表わしているように、そしてその後の喜びが炸裂したような展開は、この手紙でやっぱりあなたと一緒にいたいと、素直に表現するベートーヴェンに重なるように思うのです。

ベートーヴェンは大好きです。第5番は力と勇気を与えてくれます。第九は精神的な高みを。そしてこの第4番はやさしさと喜びを与えてくれるようです。是非一度聴いてみて下さい。CDは私が高校生の時に初めて聴いた——そして今も全集版で聴いている——バーンスタイン指揮のヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団のものでいいんではないでしょうか。こういうロマンティックなベートーヴェンにはバーンスタインは向いていると思うのですが。

それでは、また。

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