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August 29, 2007

感想文

8月も終わり、子供たちにとっては長いような短いような夏休みの終わりである。宿題をまとめなければいけない時期であり、子供たちの会話にも当然この話題が出る。実は、今の勤務先の関係で、毎朝女子中学生の集団に会うのだが、聞くともなしに彼女たちの会話が聞こえてくる。

「あたしはもう宿題終ったよ。」
「えー、早いなー。あたしまだ感想文が残ってて。」
「感想文なんかあらすじ書いちゃえばいいからさぁ。あらすじはどこかに書いてあったりするから、あたしはそれを写しちゃった。少しだけ言葉変えて。」
「3枚以上書かなきゃいけないんだよねぇ。」
「3枚以上だから3枚書けばいいのよ。で、不安だったらさ、4枚目に1行だけでもあればいいわけじゃん。」

そうそう。夏休みの宿題と言えば読書感想文や音楽の鑑賞文、理科の自由研究などがありましたね。で、面倒なのが感想文や鑑賞文で、一体何を書けばいいのか。で、いつの間にか感想文とは、あらすじをうまくまとめてそれに自分はこう思ったああ感じたと書くものだ、という風になっていて、これは僕が子供の頃と全く変わっていないのだな、と思っておかしくなったのであった。実際、本を読んだ感想なんて一言二言しか書けるものではないだろうか。それでも先生からは原稿用紙何枚とか指定されるので、残りは殆どあらすじをその枚数引っ張って書くことになる。

一体、いつから感想文はあらすじを書くものになってしまったのだろう。本当は感想文なのだから、自分を感じたことを文字で表現するということが大事なのではないだろうか。けれども、学校の国語の授業では与えられた文章の理解力を確認することが優先されているため、あらすじをまとめるとか作者や筆者の書きたかったことは何かとか、受け身的な内容が中心になりがちなように思える。

実際、自分の感じたことを表現するというのは、大人の私たちにも難しいことだ。表現しようとすると、短い、一般的な言葉——よかった、素晴らしかった、すごかった、最高、といったような——で終ってしまいがちで、自分の表現力というか単語力というか、要するに国語力のなさを痛感してしまうのだ。こうやってことあるごとにブログを書いていてすらそうである。これは、常日頃自分の感じたことを表現することをしてこなかったからであるし、一方では、学校では正しい答を求められることが多いので、感じたことというのも模範解答的に表現するように身についてしまっているからだ。桂枝雀の落語にもあるが、何でもかんでも最後に「感動した」と付け加えればいいようなものだ。だが、本当は感じていることに正しいも間違っているもない。一人一人の生徒にそれぞれの感じ方があっていい。答は一つではない。

本当は、子供の頃から自分の感じたことを表現するような授業がもっとあっていい。一人一人のそういう感じ方の表現を指導しなければならない先生は大変だろうが、でも結局それがなされていないところで大人になってみんな苦労するのだ。国語はあらゆる教育の基本であろう。

人と人とが出会い、つながり、そこから何かが生まれてくる時、自分が感じていることを的確に表現し、伝える力は絶対的に必要である。その力のなさを今さらのように感じながら、僕もこのブログを綴り続けるのである。

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Tracked on September 10, 2007 at 11:15 PM

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