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January 30, 2008

塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』読了!

やっと読み終わった。塩野七生さんの『コンスタンティノープルの陥落』(新潮文庫 1991)だ。前に少し書いたけれども、今は仕事の関係で自宅を離れて職場近くで仮住まいしていて、最初は近くには夜遅くまでやっているような店もないし、ネットの環境も整ってないし、睡眠時間の少ない生活をしていた私には夜の時間を持て余すだろう、そうだ、この機に読めなかった本をまとめて読もう、なんて思って買ったうちの一冊。ところが結局ネット環境を整えてセカンドライフも普通にできるようになったので、薄っぺらい本なのに、読み終わるのに結構時間がかかってしまったのだ。

塩野七生さんの歴史著作は大好きだ。最初に読んだのはヴェネツィアの千年に及ぶ歴史を描いた『海の都の物語』で、はっきり言ってこんなに面白い歴史の本はないと言っていい。ひとつの国の歴史を、膨大な史料にあたってそれを整理し、淡々とした筆致で書かれているのだが、その淡々とした事実の積み重ねが生き生きとした人間のドラマとなり、感動を呼ぶのだ。もともと英語の "history(歴史)" と "story(物語)" とは同じ語源で、今でもスペイン語ではどちらも "historia" と言う。語り継がれてきたもの、それが歴史なのだ。塩野さんの本は、正に歴史がそのまま物語となっている点が、僕は大好きなのだ。

コンスタンティノープルの陥落——今はイスタンブールと呼ばれているこの都に僕はまだ行ったことはないのだけれど、この都市には何とも言えず心惹かれるものがある。それまでは弾圧していたキリスト教を国教と定めたコンスタンティヌス帝に因む都。東ローマ帝国の首都として、西側がどんどん世俗化していく中で、常にキリスト教の崇高な精神の象徴だった都。立地条件に恵まれ、難攻不落とされたこの都がメフメト二世率いるオスマン・トルコによって陥落した時、それがヨーロッパの人たちに与えた精神的ダメージはそれは大きかったようだ。

その物語が、当事者たちが残した記録を基に、実に生き生きとした物語として蘇る。そう、その鮮やかな筆致は、まるで目の前に見ているようですらある。ヨーロッパ人の誰もが、トルコのまだ20代前半の王を軽くみていた。しかし、その若きリーダーは、或いは道を整備して山を越えて艦隊を海へと導き、或いは地下にトンネルを掘って城壁の内に達しようとし、そして遂には大砲という新兵器で見事城壁を突破し、この都を突破するのだ。方や暢気なヨーロッパ側は緊急の知らせにもゆっくりと予算取りをし、造船をして、これまたのんびりと出帆し、恐らくその艦隊が着いていれば結果が変わったかもしれない戦争に間に合わなかった。そうした状況の中、最後は総崩れになり、皆が逃げ惑う中、皇帝その人はわずか3、4人で自ら先頭に立って敵に斬り込んで行く! 何と壮絶な死。こんな皇帝がこの世にいたとは……。

今の世界情勢を見ていると、ヨーロッパ=キリスト教国 vs. イスラームという対立の構造を感じないではいられないわけだけれども、何故そうなのか。考えてみれば、ヨーロッパ最初の歴史書でもあるヘロドトスの『歴史』は、ギリシャとペルシャとの戦いの物語だ。そしてこの時代のトルコとヨーロッパ。塩野さんの本で、その背景にある歴史の1ページをきちんと知っておきたいと思う。

で、引き続き昨晩から同じ塩野さんの『ロードス島攻防記』を読み始めたのだ。


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January 29, 2008

即興、アドリブの基本はバッハ

先日、セカンドライフの TOYOTA SIM で行われたイベントの折に、DJ の kenmi Lomu さんが、即興で楽器弾けるなんてすごいとおっしゃってて、僕は僕で kenmi さんいい声してて話うまいですよねー、と、お互いこの場でホメ殺しし合ってどうするんだ、と大笑いになりましたけれども、確かに楽譜のないところで音を出す、というのは難しいことですね。即興のことをジャズで「アドリブ」ということはご存知でしょうけれど、これは "ad lib" つまり「自由に」演奏することを意味しています。しかし、自由にやれ、と言われることほど難しいものはないのも確か。私の知り合いのある女性も、譜面見てピアノを弾くことは難しくないけれど、あのアドリブというのはどうも苦手だ、どう弾いたらいいかわからない、と言ってましたね。

かく言う私も、早稲田に通う先輩からバンドに誘われてロックキーボードを始めた頃、やっぱり教本を買って来て練習するんだけれども、どんなに理論を覚えたって練習したって、フレーズなんて生まれてこなかったですね。理論という意味では必ず出て来るのが「モード理論」ですが、理論わかったところで、何でこのコードの時にこのフレーズなのか、さっぱりわからなかった。コード音じゃない音も一杯弾いてるし。それから、ロックキーボードですから、ディープ・パープルのジョン・ロードや、キース・エマーソン、イエスのリック・ウェイクマンなんかコピーしましたね。そうそう、好きだったゴダイゴのミッキー吉野や、ビートルズなんかも。でもコピーは所詮コピーでしかなくて……。この人たちはどうやってこんなカッコイイフレーズを思いつくんだろう、なんて思ってましたね。

それが、ある時から突然弾けるようになったのは、思い返してみるとバッハの曲を練習したことが大きいかな、と思います。バッハの『平均率クラヴィーア曲集』はあらゆる調性音楽を予言した、つまり今普通に聴かれる音楽の全てはそのコピーであると言ってもいいような音楽で、私は初めて聴いた時からその魅力に取り憑かれてしまい、聴くだけではあきたらず、自分で楽譜を買ってきて一音一音辿るようにして練習したのです。一見、ただスケールを上がったり下がったりしているだけのようなメロディでありながら、その何と気持ちよく、豊かなことか。ピアノを弾く本当の楽しみ、音を出すということの楽しみを本当に知ったのはバッハの一連の作品によるところが大きいのです。

そう言えば、以前「キーボードマガジン」という雑誌のインタビューでミッキー吉野さんが、あの「銀河鉄道999」のオルガン・ソロはバッハのアレンジだ、と語っていて、なるほど、と驚いたことがあります。ミッキーさんはバークレーに留学していたことで有名ですが、そこでバッハのインベンションなどをジャズ風にアレンジして弾くことが課題として出されていたのだそうです。この話を先日関根敏行さんにしたら、なるほどね、と言って、チャーリー・パーカーとかもね、当時サックスの教本なんて彼にしてみたらつまんないものばっかりだったみたいで、バッハなんかの弦楽器の教則本で練習したみたいなんだよ、という話をしてくれました。ジャズの基本は実はバッハにあるのだと。そう言えば、いかにもジャズという感じのウォーキング・ベース、あの動きはバッハのメロディそのものですね!

バッハ自身は当時から古いタイプの音楽家と思われていて、ただ、彼の即興演奏の才能は誰も否定できなかったそうです。今私たちに残されているバッハの楽譜は、その即興演奏のエッセンスが詰まっています。『平均率』も『インヴェンション』も『フランス組曲』も、ただ弾くだけでなく、即興の才能を磨く為に書かれたものなのです。そうそう、『インヴェンション』なんて文字通り「発明、創意」ということですからそのままですね。ロックやジャズで行き詰まったら、敢えてバッハに返ってみるといいですよ、きっと。


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ソラマメ始めました。

このブログではセカンドライフの話を何度となく書いています。それは一つには、一見ただのネットゲーム、趣味の世界に見えるこのセカンドライフが、実は現実の社会を大きく変えるポテンシャルを持っているからです。が、やっぱりまだまだ認知度は低く、また、要求されるPCのスペックも高いことから、誰もが気軽に参加できる状況にはなっていません。セカンドライフに関するこのブログの記事も、関わっていない、参加したことのない人には何のことだか、何が面白いんだか、ちんぷんかんぷんでしょう。

実はセカンドライフにはソラマメ(SLMame)という専用のブログがあり、セカンドライフに参加している人は大抵そちらで記事を書いているでしょう。ただ、上記の理由から、より多くの人にセカンドライフの可能性を知ってもらい、参加してほしいのと、これ以上ブログやら連載やらを増やすのは無理、というのがあり、ソラマメには手を出さずにいたのです。とは言え、どう考えても内輪受けしかしないようなこともあり、そういうものはセカンドライフの友人から誘われたセカンドライフ用のSNSの日記に簡単に記しているのでした。

とは言え、SNSの記事というのは所詮内輪のものですし、やっぱり多くの人に伝えたいこともある。同時に、セカンドライフのことを書くとなると、どうしてもセカンドライフのアバターである Hiroshi Kumaki として書かないわけにはいかないのです。が、このブログはそもそも「タンゴ黒猫の音楽日記」というくらいですから、やっぱりタンゴ黒猫として書いているわけですね。そういう名前というか立場の使い分けがだんだん煩わしくなってきましたし、何と言っても、検索サイトからここに来た人にとっては何が何だかわからないでしょう。

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というわけで、昨年末にポッドキャスティングを止めたことですし、より活動が本格的になってきたソラマメに Hiroshi Kumaki 名義でブログを書く事になりました。タイトルはズバリ、「Hiroshi Kumaki's Lifebound Blog」。日々セカンドライフの中で起こったことは勿論のこと、これまでこのブログで書いた記事も統合して、トータルにセカンドライフのことがわかるようなサイトにしていく予定です。このブログも「音楽日記」と題している割には音楽話題があまりありませんが、私の音楽活動としては、セカンドライフ内の活動の方が活発になってきており、ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」で発表している曲も、セカンドライフ内のコンサートで好評だったものを公開する、というように、今やセカンドライフの方が先行しています。是非、このブログと併せてソラマメの方もどうぞよろしくお願いします。

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January 28, 2008

ついに手に入れた!〜『桓檀古記』

最近また『ホツマツタヱ』のことなど書いたり読んだりしているからかもしれない。この週末、ふっと立ち寄った古本屋で、何かおもしろいものはないかと眺めていたら、目立たないようにして『桓檀古記』が置いてあった。前からほしいと思っていた書物だが、何と言っても値段がはるので、いつも先送りになっていた本だ。ふっと手に取って値段を見ると何と、1,800円とある。んなバカな! と思って中身を調べてみると結構な美本で、正に私が欲しがっていたその本なのだ。こんなチャンスは二度とないと思い、衝動買いである。

『桓檀古記』は『ホツマツタヱ」同様知る人ぞ知る書物で、基本的には朝鮮半島の古代史を記したもの。いだきしんさんや高麗恵子さんがよく話して下さる高句麗の真の歴史のことなど、この本に詳しく書かれている。この書を紐解けば、単に朝鮮半島と言わず、これまで中国を中心に事実とされてきた東アジア全体の歴史観が大きく変わってしまう本で、例えば、日本で言えば、この本に書かれてあることを真実とするなら、天皇は朝鮮半島から来たことになり、日本の国土での発祥、ないしは天から降りてきた、というような皇国史観はあっさりと崩れてしまう。それだけに日本でも朝鮮半島でも隠された書物となってしまった。が、見方を変えれば、そこに記された人物たちの業績や理念、理想、といったものの素晴らしさ、偉大さに触れることができ、自分たちがそうした偉大な人物の末裔であることに誇りを覚え、どんな困難にも打ち勝つ元気と強さとを取り戻すことができるのだ。

この『桓檀古記』と『ホツマツタヱ』、それに以前話した『契丹秘史』などの書物は、個別には偽書の扱いをされることが多いのだけれども、実は共通する世界観がそこにはあり、鹿島曻さん流の解釈をするなら、それはユーラシア大陸全土にわたる壮大な人と人との交流と発展のドラマ、歴史となるのだ。日本の歴史とはこの島国の中にいた人だけが作ったわけでも、またその人たちだけのものでもない。こうした大きな歴史観に触れる時、私たちは人間というものの存在の素晴らしさ、自分が今ここに生きていることの意味を改めて実感するのである。

(※『桓檀古記』の具体的内容については、じっくりと読み進みながら、ここにポツポツ書いていこうと思うのでお楽しみに。)

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January 27, 2008

セカンドライフ〜Niseko SL Station in TOYOTA SIM に出演!

昨晩、12月にオープンしたばかりの TOYOTA SIM で行われたイベント、Niseko SL Station in TOYOTA SIM に生で出演、お話と演奏してきました。Niseko SL Station はその名の通りNiseko 3 SIM に拠点を置く kenmi Lomu さんをパーソナリティとする人気ラジオ
番組で、実は STARTracker Island では、私と kenmi さんとはお隣さん同士なのです。二人ともスタトラに店があるということで、それぞれ個別にスタトラでイベントをやったりはしてきたのですが、いつかコラボしたイベントをやりたいね、とは言っていたのです。

それが、漸く技術的な問題を解決して、昨晩実現することになったのです。但し、ニセコやスタトラといったいつもの場所でなく、新しい SIM のテナントや住民募集も兼ねた大きなイベントでの初の試み、さすがに緊張します。午後7時過ぎ、skype を使って北海道の kenmi さんと東京の私とが音声でつながります。いつも SL で会っていて、チャットで会話しているはずなのに、直接声で話せるというのは何とも不思議な感じがします。北海道はマイナス8度、kenmi さん手がかじかんでキーボード打てない、なんて話が聞こえてきます。東京の私も寒い寒いと思っていましたが、勿論北海道は比ではないようです。そんなことも話しながら、そのまま進行など打ち合わせ。ステージに楽器を設置したりと、準備している間に、あっと言う間に22時になります。番組スタート!

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会場全景——会場には40人以上の人が


会場には40人以上の人が集まり、賑やかに盛り上がっていきます。私も最初は観客に混じって見ていましたが、そのうち時間になり、楽屋へ移動、着替えていよいよ登場。kenmi さんのキューにドキドキしますが、一旦出てしまえば、もうあとは出たとこ勝負ですね。(笑 おしゃべりして、演奏して、あっと言う間に時間が過ぎていきます。

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演奏中の Hiroshi と魅力的なトークの kenmi さん


番組は、kenmi さんへの応援や、賛辞、ラブコール(?)が飛び交い盛り上がる中、無事24時に終了。よくあれだけたくさんのメッセージが寄せられる中、それを読み上げ、時間通りに進行できるな、と私は感心しきりでした。終了後、ステージを撤去、お互いお疲れ様を言って別れます。またどこかでやろうね、と。

そう、きっとまたどこかでやるでしょう。昨晩見逃した方は是非その時をお楽しみに!

P.S. TOYOTA SIM はまだ出来たばかりで、モールのテナントやマンションの入居者を募集中。いずれも驚くようなお家賃で、特に地下街モールは3月末まで無料キャンペーンをやってます。土地を探されている方、TOYOTA SIM にいらしてご検討されてみては?

TOYOTA SIM 情報サイト
SLJP-セカンドライフ非公式情報サイト - TOYOTA SIM

Niseko SL Station SLURL
ニセコ本社 http://slurl.com/secondlife/Niseko3/98/225/24
スタートラッカー店 http://slurl.com/secondlife/STARTracker/30/80/22

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January 25, 2008

海外進出!

私が新曲を発表しているネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」ですが、一週間ほど前にその英語版が創刊されました。当初から編集長の詫間氏はインターネットで出すということは世界を相手にすることだ、とおっしゃっており、英語版の構想はずっとあったようなのですが、海外のお客さんとの決済をどうするかでずっと時機を見計らっていたようなのですね。それが昨年の終わりに環境が整ったとして発表され、いよいよ新しい年の初めに創刊の運びとなったわけです。

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自分たちが音楽に込めたメッセージが世界中の人に届けられるかと思うと嬉しい限り。私はあまり海外に知り合いはいないのですが、関根敏行さん、HIROさん、COSMOさん、何れも海外や外国人の知り合いに見てほしい、或いは見てもらったけどよくわからないとか、そんなことをおっしゃってましたのでね、これからはどんどん紹介できますね。

それで気になって、海外からのアクセスはあるか聞いてみたら、これまでもアメリカとスペインからはあったそうなのですが、今週はアメリカは勿論、カナダ、ニュージーランド、ドイツ、韓国、中国からのアクセスがあったとか。いやー、ホントに嬉しいですね。いろんな国の人に見て頂いていると思うとワクワクドキドキしてしまいます。あとは……みんな買ってくれるといいなぁ。(日本語版は500円ですが、英語版はUS$4.00です。)

というわけで、まずはお知らせでした。皆さんも英語版にアクセスしてみて下さいね。
どうぞよろしくお願いします。

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January 23, 2008

『ホツマツタヱ』〜「トノヲシテ」と「ホコ」の話

前に、『ホツマツタヱ』が語るところでは、日本の建国の理念は、天の恵みを全ての民に行き渡らせる、全ての人が幸せで豊かに暮らす社会を目指す「トノヲシテ」にあるという話をしました。これ自体は大変素晴らしいことだったのですが、時代が下り、第6代アマカミであるオモタルとカシコネの時代に、「トノヲシテ」を守らず、他人から奪う「ヨコマ」と呼ばれる人たちが現れ、とうとう「ホコ」が作られ、この人たちを斬ることで国民の生活を守るという手段がとられました。オモタル、カシコネには子がなく、世もだんだんと乱れていきますので、これは早くアマカミの地位を次の世代に譲らねばならぬと、こうして呼ばれたのがイサナギとイサナミの2人であったわけです。オモタル、カシコネは若い二人に琵琶湖の近くに1500人が暮らす村と田とがあるので、そこへ行き、国を治めなさいと、この時「トノヲシテ」と「ホコ」とを授けるのです。こうして「トノヲシテ」と「ホコ」とが国を治める象徴、理念となったのです。三種の神器の始まりですね。

ところで、何故人を斬って殺す「ホコ」がこの平和な国で宝とされたのか、23アヤ「ミハサダメツルギナノアヤ」に詳しく述べられています。

マタホコモ タカラノユエハ
トノミチニ クイヲサムレト
ソノナカニ ヨコキクモノハ
オノガミニ アワネハミチオ
サカニユク ヒトリモトレハ
トモオマシ ムレアツマリテ
ワタカマリ ミチサマタゲハ
メシトリテ タヾシアカシテ
ツミオウツ ヲサムルミチノ
ミダレイト キリホコロハス
ウツワモノ アメノヲシヱニ
サカラヘハ ミニウクアマノ
サカホコゾ クニミタルレハ
タモアレテ ミヅホノボラズ
マツシキオ ツミビトキリテ
タカヤセバ ミヅホノナリテ
タミユタカ チカラオヽトシ
サヽグレハ ヤモノニギワヒ
タカラデル カレニタカラゾ
サカホコモ ウチヲサムユエ
タカラナリ

<また「ホコ」も宝だというわけは、この国は天の恵みを真っ直ぐに貫く「ト」の道で治めてきたのだけれども、他人から横取りするような人たちは、自分たちの都合に合わないと、「ト」の道に全く逆行した生き方をするのです。そして、一人こういう人が現れると次々に仲間を語らって、群れをなして「ト」の道を妨げようとするのです。そこで、こうした人たちを召し捕って、糺し、罪をはっきりとさせ、その罪を討つのです。国を治める道を乱す、この乱れ糸を切って綻ばせる道具がこの「ホコ」なのです。天の道を逆さに行く者がその身に受け、綻ぶ道具ゆえ、「天(あめ)のサカホコ(逆鉾)」と言うのです。国が乱れれば、田も荒れて、稲の穂も実らず、貧しくなってしまうのを、こうした罪人を斬って、田を耕せば、稲穂も豊かに実り、民も豊かになるのです。税金も低くして民に還元するようにすれば、それは多くの人々が元気に賑わうようになる、こうした豊かさが「田から」出る。それで「タカラ(宝)」と言うのです。「サカホコ」も人を斬る道具であるとは言っても、こうして国を治め、人を幸せに豊かにするものであるゆえに、宝なのです。>

ここで、「ホコ」という文字を見てみることにしましょう。「ホ」は四角に縦2本の線、「コ」は同じく四角に縦1本の線という形です。この四角が「オ」段の音を表し、同時に「土、大地」を表すことは前に話しました。「ホ」も「コ」も、大地に天から真っ直ぐ柱が立っている様を表しています。「ト」の文字が表していたのは天からの恵みが真っ直ぐに民に注ぐという、やはり縦の道です。ところが、天からの恵みだけに満足せず、人の隙=「マ」を狙っては横から横取りする人、これを「ヨコマ」と言ったのです。今の「邪(よこしま)」の元の形ですね。横になったものを縦に正して、この大地に貫かせるもの、それが「ホコ」のヲシテ(文字)の意味なのです。

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「ホコ」と「ト」のヲシテ(ホツマ文字)

こうして天の恵みを民に行き渡らせる「トノヲシテ」と、それを乱すものがあれば正す「ホコ」とが国を平和に治める2本の柱となったのです。そして、その「トノヲシテ」と「ホコ」を合わせ象ったのが、今神社にある鳥居なのです。鳥居の2本の柱は「トノヲシテ」と「ホコ」——私たちが神社を訪れると何気なく見ているあの鳥居こそ、この国の建国の理念、理想を古代から今に伝えているのです。

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熊野本宮大社の大鳥居

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January 22, 2008

初雪!〜春の訪れ

記事としては古くなってしまいましたが、昨日1月21日は大寒でした。1年で一番寒い日。前の晩からニュースでも、東京都心でも最大3センチくらいの雪が積もるかも、というアナウンスがされていました。前にも書いたと思いますが、私は今仕事の関係で小田原近郊の、富士山が大きく見える町に仮住まいしていて、この天気予報を見た日曜の夜には参ったなぁ、と思ったものでした。東京都心で3センチの雪が降るなら勤務先のあの町はどうなるのだろう? これはいよいよ長靴でも履いていかないとヤバイかな、と。

21日の朝、起きてみると、確かに地面は湿っているものの、雪は積もっていませんでした。ラッキー、と思ってそのまま電車に乗って出勤します。朝早く出発するので、どうしても途中で眠ってしまいます。降りる駅のひとつ前の駅ではっと目が覚めると、どうでしょう、一面銀世界ではないですか。国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった——そんな言葉を思い出しながら車窓の風景に見とれます。初雪だ。この冬、初めて雪を見る……。

寒いし、滑るし、雪は困るけれど、それでもやっぱり、雪が降ると風景も美しく、この世の全てが清められる気がします。大寒とは一年で一番寒い日。古(いにしえ)の人はこの時をもって春の始まりとし、2週間後を立春、春立つ日、としたのでした。旧暦の正月はこの時期に当たり、今の1月よりも、ずっと年の初めにふさわしい気がしますね。節分はその名残ですし、今でも中国ではこの辺りを春節として祝います。

しかし、一年で一番寒い日に雪が降ったということは、今年は雪が少ない、ということなのでしょうか。ふと「地球温暖化」という言葉を思い出し、この星の行く末を憂う——そんな大寒の一日でした。


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January 21, 2008

言葉、音、意味

前回のブログの最後の方で、「言葉が音から意味になり、更には記号になり……」みたいなことを書いたのですが、疑問に思われる向きもあるでしょうから、ちょっと補足しておきます。

私たちは言葉を耳にするとすぐにその「意味」を知りたがりますが、私はこの「意味」こそが言葉をわからなくしている要因の一つではないかと考えています。言葉はそもそも「音」であり、その音の中に私たちが某かのものを感じ、わかっているのではないかと思うのです。漢字は、確かに便利な道具ではありますが、漢字の導入によって私たちは本来の日本語感覚を失ったというのもまた事実でしょう。例えば、私たちは「疲れる」と「憑かれる」とは別の言葉、別の意味として認識しています。が、本来これは同じことばであり、「つかれる」とは、自分以外の誰かによってコントロールされ、振り回されている状態を表しています。嫌な上司にこき使われて嫌々やる仕事はちょっとやっただけでも疲れてしまい、回復に時間がかかりますが、自分の好きなことならたとえご飯を食べず、眠らなくとも元気でやれたりしますね。それから昨日『ホツマツタヱ』を読んでいたら出て来たのですが、田を耕し、米を収穫するようになって国が栄え、民も豊かになった、この恵みは「田から」来たものなので「宝」というのだ、というのですね。下手なシャレのようですが、何のことはない、もともと同じ言葉なのです。

前にも書いたのですが、「意味」ということから「音」ということに焦点を当ててみると、言葉はおもしろいのです。例えば、日本語の文字の最初の2つは「アイ」ですが、この音を世界の言語に訪ねてみると、

アイ 日本語=最初の2つの文字
愛(アイ) 中国語=「愛」
I(アイ) 英語=「私、自分」
hay(アイ) スペイン語=「ある、存在する」
eins(アインス) ドイツ語=「1」

このように並べてみて、お気づきになりませんか? 「意味」としてはバラバラですが、何れも、存在とか、無から有を生み出す力、エネルギーと関係しています。それから、例えば、こんなのも不思議です。

名前(ナマエ) 日本語=「名前」
naam(ナアム) ネパール語=「名前」
Namen(ナーメン) ドイツ語=「名前」
name(ナーメ) ペルシャ語=「本」

こちらは、系統は全然違う言語なのに何故か音も意味も似てる。(実はドイツ語とペルシャ語は同じ系統の言語ですが。)そう言えば、比較的最近ですが、日本語とラテン語には、似通った語彙が多数存在する、という研究が出ていて、私は大変そそられました。日本語のルーツなどと言うと、すぐにアジア系の言葉ばかりを考えがちで、まさかラテン語と比較するなんていう学者さんはそんなにいないと思うのですが、実は私も同じようなことを考えていたので、この研究には驚きました。

言語は意味の系統で考えるとわけがわからなくなりそうですが、実際は、どの言語集団であれ、ある音はある効果をもたらしたのではないか、と私は考えています。言葉は音であり、音は音圧という言葉があるようにある力、エネルギーであり、またその音の響きによって私たちは楽しくも悲しくも、また怒りを感じたり苦しくなったりするのも日頃経験しているところです。とすれば、音としての言葉は現実にある状態を変化させていったに違いないのです。それが日本でいう「言霊」の実態でしょう。こうした真に力のある、エネルギーのある言葉を取り戻すことが、私たち一人一人の健康や幸せにとっても大事なのではないか。

『ホツマツタヱ』は私たちに日本語の48音一つ一つが持つ力やエネルギーを教えてくれます。これら48音をもとにした「アワのうた」を民に歌わせることで、イサナギとイサナミとは、国民一人一人を健康にし、精神も豊かに、国も平和に治めたと言います。また、その長女ワカヒメは和歌で田畑に害を及ぼすイナゴの大群を追い払ったと言われています。音としての日本語はそれほどにスゴイのです。

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January 17, 2008

ホツマ文字と万葉仮名〜音と音素の違い

「ホツマツタヱ」は偽書だと言われていますが、私は、2005年12月22日の記事(『ホツマツタヱ』〜宇宙の原理を表す「アイウエオ」)26日に書いた記事(『ホツマツタヱ』〜日本建国の理念「トノヲシテ」)の理由によってこそ、「ホツマツタヱ」は偽書でないことの照明になっていると思うのです。つまり、この書に盛り込まれた知識といったら、言語学から自然科学から政治学から、全てが矛盾なく一貫しており、それは特定の誰かが勝手に生み出せる産物ではないからです。嘘は必ず齟齬を来すものです。齟齬と言えば、「ホツマ」よりは寧ろ『古事記』、『日本書紀』の方が多いように私には感じられます。私の場合は、記紀を読んでいてどうにも納得できなかった疑問が、ホツマ文献を紐解いて「なるほど!」と氷解したことがいくつもあるので、敢えてそう言うのです。

ホツマ文献を偽書だとする最も大きな理由と思われるのが、ホツマ文献が記載されている文字、つまり「ヲシテ」が48文字しかないという事実です。確かに、平安時代以降、いわゆる「かな」は48文字しかありません。今でも「五十音」と言いますね。が、日本語学者の間で共通の認識になっているのは、万葉時代には48音以上あった、という事実です。確かに、万葉仮名の一部には、現代日本語の五十音のうち、イ段のキ・ヒ・ミ、エ段のケ・へ・メ、オ段のコ・ソ・ト・ノ・(モ)・ヨ・ロ及びエの14音、更にその濁音について、甲類、乙類という2種類の音があったことがわかっており、その2種類は厳密に漢字が使い分けられているのです。そこで、ホツマ文字「ヲシテ」が48音ということは、既にその区別がなくなった、例えば江戸時代の人による創作ではないか、というのです。

しかし、これとて私にとってはナンセンスな話に響きます。何故なら、言語学やそれに関連する音声学を少しでも学んだことのある人であれば、「音」と「音素」とは別物であることは基礎の基礎に属する事項だからです。この言葉を初めて耳にする方もいらっしゃる方も多いかもしれませんね。では、「音」とは何か、「音素」とは何か?

私たちが英語を習い始めてすぐに覚える言葉の一つに「発音」というのがあります。「発音がよくない」とか、「正しい発音を身につける」とかいいます。で、辞書を見ると「発音記号」なるものが載っている……。ところが、学問的には、この「発音」という言葉ほど曖昧な言葉はありません。一体、何をもって「正しい発音」と言うのか? そこで、音声学ではいわゆる「発音」を、「音(音声)」と「音素」とに分けて考えます。「音」とは実際に発音される音、そのものです。そして、「音素」とは、ある言語集団が、「同じ音と感じられる」音の集合、範囲、ということができます。例えば、私たち日本人同士会話していて、私の「あ」と皆さんの「あ」は多少響きが違うかもしれない。或いはどこか訛っているかもしれない。同じ私の「あ」でも、落ち着いている時と、泣いたり叫んだりしている時とでは、実際に出ている音は違うかもしれない。それでも、同じ日本人同士、「あ」なら「あ」として認識できる範囲、それが「音素」です。寧ろ、実際の発話では、同じ発音というのはあり得ません。全く違う音と言ってもいい。それが同じ日本人であれば、ある音は「あ」として認識され、ある音は「え」と認識される、それが「音素」なのです。

この説明の文章で私がしつこく「同じ日本人同士」と書いたのは、言語集団が変わると、その音をどう認識するかは全く変わってくるからです。一番わかりやすい例が日本語の「ら」行の音です。「ら」行の音は私たち日本人には「ら」行の音として、一つの音として認識されますが、例えばアメリカ人からすれば、日本人の「ら」行の音には「L」の音と「R」の音の2種類があると感じられます。逆に、私たちにとってみれば、アメリカ人の「rice(米)」であろうが「lice(しらみ)」であろうが、同じ「ら」行の音、「ライス」であると感じられます。また、アメリカ人が「water」と発音すると私たちには「ワラ」と聞こえますし、「mirror」と発音すれば「ミラー」と聞こえ、どちらも「ラ」の音ですが、アメリカ人ははっきりと前者は「T」の音であり、後者は「R」の音であると感じます。

ここまで書けばおわかりでしょう。どのケースでも、発音されている音は同じものなのです。でもその音をどう感じるかは言語集団によって異なります。恐らく、漢字が輸入される以前の、ホツマ文字「ヲシテ」でものを記述していた人たちは日本語は48音あると感じ、同様に、日本語を漢字で表現しようとした人たち——恐らくその人たちにとっては漢字は母国語であったでしょう——にとってみれば、もっと多くの音があると感じたのではないでしょうか。しかし、結局日本語を表記する文字が48に落ち着いたのは、結局のところ、48音と感じる人たちが圧倒的に多かったからではないでしょうか。

恐らく、万葉仮名は、当時の日本語の発音を忠実に写していることでしょう。が、私がすごいと思うのは、ホツマ文字が何故48音なのかということを、ホツマ文献は自然や宇宙の成り立ちとの関連できちんと説明しているところです。言葉のひとつひとつ、音のひとつひとつが全て宇宙や人間の体とつながっている。音、言葉が人の体に、自然や宇宙に働きかけ、現実を変えていくという、本質的な理解がそこにはあるのです。漢字の日本語への導入により、言葉が音から意味となり、記号となっていった時、言葉はその力を失い、私たちも現実を変える力を失ったのではないか。

「ホツマツタヱ」に触れること、それは、私たちが漢字文化の中で失った、日本語という言葉の持つ力を取り戻し、私たち自身の潜在的能力を取り戻すことなのではないかと思うのです。


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January 16, 2008

セカンドライフ:CD「スタートラッカーズ」リリース!

前にお話しした、スタートラッカーズ島の明るく楽しい仲間たちのことを表現した曲「スタートラッカーズ」ですが、早くもセカンドライフ内でCDとしてリリースしました!

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このCDはスタートラッカー島の限定商品です。スタトラにある私のお店 Lifebound Records でお買い求め下さい。

Lifebound Records では月に4枚程度のペースでCDをリリースしていく予定ですが、この「スタートラッカーズ」を含め、今回3枚のCDを同時リリースしています。

・Hiroshi Kumaki: Star Trackers L$200
・Hiroshi Kumaki: Prayers to Heaven(天壇)L$200(写真右)
・Toshiyuki Sekine: WSD ST Theme(早稲田通りのテーマ)L$200

「天壇」は、昨年北京を訪れた折に作曲したもので、セカンドライフ・コンサートで皆さんからご好評を頂いている曲。(感謝!)また、「早稲田通りのテーマ」は関根敏行さんがリアルでのライブでよく演奏されている、関根さんのバンド Nippon Soul Jazz Band のテーマ曲とも言える名曲です。是非お楽しみ下さい。

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あの時感じたもの
それは
炎であり
美であり
力であり
愛であり
暖かく 熱いものであり
すっと さわやかなものであり

そうしたものの全て——

光に抱かれ
光のうちに
光と共にある幸せ

そして
その更に先の世界
2月14日の「高句麗伝説」
今 待ち望む


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January 15, 2008

「トノヲシテ」再び〜日本語本来の豊かさ

最近、私の周りで『ホツマツタヱ』の話題が再び盛り上がってきているようです。その「ホツマ」の世界の中でも、わが国の建国の理念とも言うべき「トノヲシテ」については、わかったようなわからないようなところがあると思いますので、改めてここに書いておくことにします。この話題については既に2005年12月26日の記事で書いているので、詳しくはそちらをご覧頂ければと思います。

「ヲシテ」とは、ホツマ文献が記述されている、漢字以前のわが国固有の文字のことです。従って、「トノヲシテ」とは本来的な意味としては「『ト』という字」、「『ト』の文字」ということになります。これが何故建国の理念となるのか。いくら「ト」というカタカナの文字を見ていてもわかりません。その「ト」の音を表す「ヲシテ」、つまりホツマ文字そのものを見る必要があるのです。

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これが「ト」の「ヲシテ」ですが、この文字をじっと見ることが、人間の生き方というものを教えてくれるのです。「Y」の形の部分が「タ」行の音を表し、真ん中の四角が「オ」段の音を表すのですが、ホツマ文字の世界では「アイウエオ」という母音は、宇宙の元素と関係しています。即ち、「ア」は天、気、宇宙、「イ」は風、「ウ」は火、「エ」は水、そして「オ」は土なのです。

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「ト」の文字は天からの光がこの大地に集まってきて降り注ぐ様を表現しています。「Y」の形はまた、人、というよりはリーダーであるクニトコタチが手を広げて、その天からの自然の恵みを受け止める様をも表現しています。更に、そのクニトコタチが受け止めた光や恵みは、下に垂れています。つまり、その恵みは民へと行き渡るということなのです。自然や天と共に生き、その恵みを受けて、全ての人にその恵みが行き渡るようにするというのが国を預かる人の生き方である——そんなことを私たちの先祖はこの「ト」という文字を見て学んでいったのです。

私たちが今使っているひらがなやカタカナは、単に渡来文化である漢字の略字に過ぎず、それ自体は何の意味も持っていません。が、「ヲシテ」と呼ばれるホツマの48文字は、その全てが自然や、天、宇宙を表し、従って、文字を見て読むこと、その音を発音することが、自らの心も体も自然や宇宙と一体となり、健康に生きていけるという知恵だったのです。であればこそ、ホツマ文献は、漢字仮名交じりの文章に訳しては、本当のところが伝わらないのです。私たちは、あまりに千数百年に渡る漢字文化に毒されて、日本語本来の感覚や豊かさを忘れてしまっていると言っても過言ではありません。ホツマの文字に触れることは、そうした忘れてしまった感覚を取り戻し、日本人本来の豊かな生き方を再発見することになるだろうと私は考えています。

最後に、以前の記事に書いた文章を読み直して、我ながらなるほど、と思ったことをここに繰り返しておきます。自然と共に生き、全ての人が豊かに幸せに暮らす社会、それを「トノヲシテ」、つまり「ト」という一つの文字が表しているのですが、私は、聖徳太子が建国の理念として揚げた「和」という一文字は、正にこの「ト」を漢字で表現したものではないかと思っています。ホツマの時代の人々は「トノヲシテ」栄える国として、この国を「ヤマト」と名付けたのでした。山のような大いなる「ト」の国。であればこそ、ヤマトに漢字を当てるに当たって、「大いなる和の国」=「大和」と書き表したのではないかと思うのです。

何故「大和」と書いて「ヤマト」と読むのか、子供の頃から不思議でなりませんでしたが、ホツマの文字に触れることによって、私たちの先祖が、この国を大いなる平和、大いなる愛の国と名付けたその誇りのようなものが私の体中に溢れ、感動に満たされるのです。

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January 14, 2008

新しい人生のはじまり〜いだきしんコンサート

いやー、スゴかった。本当にスゴかった。
昨日も書きましたいだきしんさんのイベントの2日目、想像を遥かに越える素晴らしさ!
こんなコンサートが、こんな経験が現実にあろうとは!

今日は昨年6月にマケドニア・ビトラ市で行われた「高句麗伝説」コンサートの上映会、続いて「精神の源を辿る旅」と題された映像付きのいだきしんさんの即興コンサートで、「高句麗編」、「縄文編」に分かれ、全部で3部構成の一日でした。

ビトラでのコンサートの映像はこれまで何度も見ているはずなのですが、これまで何を見ていたのかというくらい、音が生々しく体に響き、高麗恵子さんの声も、あたかも今、そこで喋っているかのようであり、同時に、天から響いてくるようでもあり、その、えも言われぬ素晴らしい音響空間に、頭からも体からも、自分の中のマイナスなものが全部吹き飛んだようでした。

続く「高句麗編」では、中盤、いだきしんさんがかなり長い時間にわたって和太鼓を激しく叩き続けます。この太鼓は、私たちの体の中、心の中に火を付けてくれました。そして「縄文編」では打って変わって、原初的とも言える津軽の風景を背景に、宇宙的な広がりのある音が空間を満たし、大地から、宇宙から生まれた私たちの体の深奥と広い無限の宇宙空間とがひとつになるようでした。そしてアンコールは、またまた打って変わって、ハイテンポなロックのビートに観客全員を乗せていくのです。

まぁ、ホントに凄まじい一日で、コンサートに向った時と帰って来た時では全く別人になってしまったみたいです。果たして、今まで生きていたのか、と思えるほどに体が活性化し、頭もスッキリとして帰ってきました。昨日は、自分は何をしようというのか、なんてグズグズ考えてましたが、今日はそんなもの最初から決まってる、今年の目標とはそこに近づくために具体的に何をするかだけだ、ということがはっきりしました。そう、今年向うべき方向が決まったのです。今年に入ってもう2週間も出遅れてしまいましたが、成人の日の今日、私も新しい人生のスタートです。

本当に、自分の今と未来がわかり、向うべき方向がわかり、人生変わるコンサートです。嬉しいことに「高句麗伝説」コンサートは来月、2月14日(木)に東京・狛江市の狛江エコルマホールで行われます。是非、この機会をお見逃しなく。詳しくはNPO高麗がある株式会社いだきのホームペ—ジにて!


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January 13, 2008

セカンドライフ:スタートラッカーライブ!

もう日が変わってしまいましたが、12日の23:30からスタートラッカー島という SIM でミニライブを行いました。公にはしていませんでしたが、この日のライブを行った目的は、最後の最後に発表、演奏した「スタートラッカーズ」という新曲。既にネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第50号で発表されていますが、この曲を捧げた人たちに公開するのはこれが初めて。気に入ってくれるか、実は内心心配だったのですが……。

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pic by Himawari Little

この曲の終わりの方で、汽車の音が入っているのですが、それというのも、スタートラッカー島の売りの一つにツアーライドのSLがあるからです。で、奇しくも、というか、暗示的に、というか、この曲を始める前に、みんなこの島の人はイベント会場に集まってるはずなのに、何故か、そのSLを動かして、会場の周りを回った人がいたのです! 更に奇しくも、この曲の演奏中に、それまで夜だったのが、ちょうど夜が明け始めたのです。誰かが、「スタトラの夜明けだ!」と言います。そこで曲中のSLの音。「スタトラの出発(たびだち)だ!」と言う人がいます。「ヒロシ、計算したな!」という人もいましたが、これはホントに全くの偶然。感動的なエンディングとなり、みなさんに満足して頂き、コンサートは大成功。いやー、ホントにみんなに気に入ってもらえてよかった。ホッと一息です。

早くも、CDは出ないのか、の問い合わせがありましたが、ご心配なく。近々スタートラッカー島の Lifebound Records で販売予定です。お楽しみに。

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久しぶりの「高句麗伝説」日本公演

今日は、ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」でも案内されていました、いだきしんさんと高麗恵子さんによる「高句麗伝説」が東京のラフォーレミュージアム六本木でありました。「高句麗伝説」コンサートのことはこれまでも何度もこの日記に書いてきましたが、昨年は海外公演が中心で、何と日本での公演は1年以上のブランクがあったのでした。それだけに自分自身久しぶりにここに帰ってきた、という感じで、胸をときめかせながら会場に向いました。

ここ一年半ほど、「高句麗伝説」はどんどんエネルギッシュかつドラマチックになってきていたので、果たして今日はどんな催しになるかと楽しみにしておりましたら、意外や意外、全体的に静かで、体に心に染み渡るような演奏。高麗さんの声も終止やさしい響きで、じっくりと感じ入っておりました。

その間、様々な思いなのか雑念なのか、そういうものが去来する中、ずっと考えていたのは、今自分がここにいる意味、そして自分がどこに向おうとしているのかということ。

いだきしんさんのイベントは明日も同じ会場で開催されます。まだ聴いたことがないという方は是非いらして下さい。詳しくは株式会社いだきのホームページまで。


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January 11, 2008

セカンドライフの経済学

セカンドライフがその他のヴァーチャル・ゲームと一線を画している要因の一つに、通貨のことがあると思います。ゲームの中でお金を使ったり稼いだりすること自体は全然新しいものではありませんが、ゲーム内の通貨リンデンドルと現実の米ドルが変動相場制でちゃんと為替レートがあって、売買可能、というところが何より新しいと思います。従って、自分が現実に所有しているお金(=円)をゲーム内に持ち込むことも、ゲーム内のお金を現実世界に持ち出すこともできるのです。カードでリンデンドルを買うと、その日のリンデンドルと米ドルの為替レート、米ドルと日本円の為替レートで計算されて円で引き落としされるのが何とも不思議、というよりは普通に海外旅行で買い物をした時のような感覚ですね。セカンドライフは無料のものが多く、服なども50リンデンドルくらいから買えたりしますから、ここで遊ぶのは正に物価の安い国で遊んでいるようなものです。

そう。もともと遊びだと思って、あんまり時間やお金をかけたくなかったものですから、最初は無料のものを探して手に入れたり、キャンプと呼ばれる安いアルバイトをして小銭を稼いで安いものを買っていたりしましたが、実際問題として、やっぱり無料のものはしょぼかったりしますし、キャンプも時間がかかる割にはあまり豊かにならず、正にワーキング・プア状態。これではとても大きいことができそうにありません。自分はミュージシャンですが、まず第一に商売道具のピアノやシンセといった楽器が買えない。1日に20ドルくらいしか稼げないようでは、1000ドルのピアノを手に入れるのに一体どれだけ働けばいいのか、いつになったらセカンドライフ・ミュージシャンと言えるようになるのか……。

結局、カードを使って現実のお金を投入します。服や姿形も変わり、楽器も手に入れて、ミュージシャンとして動けるようになると、やはりお金というものは入ってくるものですね。特に音楽というものはそうでしょう。私は、セカンドライフのバーニングライフというイベントで、海外の有名なミュージシャンたちのステージを見たことがありますが、普段着でただギター持って立ってるだけ、みたいな感じでは、折角いい曲をやっても盛り上がらない。そこで、私もステージでは、衣装に工夫を凝らしたり、演奏する時のパフォーマンスなども派手にやるようにしています。お客さんというのはそうしたトータルなものに対してお金を出してくれるのだなぁ、と改めて思うのです。

こうなると、お金がお金を呼ぶ流れになります。いずれ自分の土地がほしいからと有料のプレミアム会員になりましたら、毎週300ドルがリンデン社より支給され、月1,200ドルの収入になります。また、たまたま応募したセカンドライフ内の翻訳コンテストなるもので、何と銀賞を受賞、気を良くして次も応募しましたら今度はブロンズでしたが、まぁ、まとまったお金が入ってきました。こうして最近は、以前のように時間をかけて働かなくても、お金の心配はなくなり、欲しいものもパッと買えるようになったのです。

セカンドライフはお金をかけなくても十分楽しめますし、寧ろ、以前書いたように一文無しから成り上がっていくアメリカン・ドリームのような楽しさがあるのですが、一方で、お金をかけるとそれだけ動きが大きく、早くなるのも事実だということをここ半年くらいセカンドライフに暮らしていて気づかされました。そう、こうして経済活動が大きくなってきて、人との交流も盛んになってくると、これはもう、完全にセカンドライフで暮らしている、生活してると言っていいですね。ハマッてる、どころではありません。(笑

ところで、このお金を大きく動かせば動かすほど、お金がお金を生み、人との交流も多くなっていくというのは、現実の生活でも同じですね。うーん、現実もセカンドライフと同じくらい大きな動きができればいいのだが……!

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January 10, 2008

イスラーム庭園の癒し〜GOLESTAN - Lifebound Garden

セカンドライフ話題の第3弾です。

昨晩、結局土地を3つ借りることになった話をしましたが、Mirandirge、STARTracker Island と書いてきて、最後の一つが SilkRoad というSIM です。ここに GOLESTAN - Lifebound Garden というイスラーム風、というよりはイランを意識した庭園を作っています。

SilkRoad は、最初にこの SIM がオープンになった時から気になっていたのでした。このブログもイランとか中東、中国の話題が多いのは皆さんもお気づきでしょうが、本当に、アジアのこの地域というのは大好きなのですね。最初はセカンドライフは結局ゲームだし、そんなにお金をかけてもしょうがない、と思っていた私も、結局はどれかひとつを選ぶということではなく、気になっているものは放っておくわけにもいかず、やりたいことは全部やりたいと、STARTracker に続いてここも借りることにしたのです。それに、ここには私のコンサートに来て下さる仲のよい人たちもいて……。

ここは入るとすぐ左手にバラの花が一杯咲いていて、その中にあずまやがあります。そう、場所の名前「ゴレスターン」はペルシャ語で「バラ園」の意味で、同時にイランの偉大な詩人サアディーの詩集のタイトルでもあります。この庭園自体はシーラーズにある、やはり詩人のハーフィズの廟を参考にしていて、そこは、砂漠の真ん中というのに花が咲き乱れ、音楽が流れ、そして、イスラームの戒律の厳しいこの国で、いくつものカップルがハーフィズの詩集を手に愛を語り合う、何とも幸せな空間なのでした。ああいう豊かな空間をもっともっと広げていきたいと思うのです。私のあずまやの中央には丸い大理石のテーブルがありますが、いずれここにはハーフィズの詩集を置く予定です。ハーフィズの詩集は、ぱっと開いて出た詩が、そのまま占いになるのです。私がハーフィズの廟を訪れた時も、イランの女学生たちが集まって、きゃあきゃあ言いながら詩集を開いてましたっけ。そのハーフィズ占いをここでできればと考えているのです。

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さて、この庭園に入って右側にはモスクが建っています。入口はやはりイランのエイヴァーンという半ドームを真似したつくりになっていて、中ではイランを中心にした写真展を行っています。実はペルシャ、イスラームの造形は実に繊細で豊かなものであり、私のセカンドライフでのデザイン力がまだまだ及ばないところもあり、ここは時間をかけてより美しく、かつオーセンティックなものに変えていきたいと思っています。因みにここのメナール(ミナレット)には登ることができ、やはり高いところから見る風景はきれいで気持ちがいいですね。

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ところで、ここで見るべきものと言ったらこれだけではないのです。あずまやの奥、バラ園に囲まれたところに地下室への階段があって、その地下はちょっとしたチャーイハーネ(ペルシャ風の喫茶店)になっています。絨毯の上に座ってお茶が飲めるのはもちろん、イスラーム世界に独特の水タバコなるものを楽しめます。私もエスファハーンのスィー・オ・セ(33)橋の下にあるチャーイハーネに行ったことがありますが、普通はタバコを吸わない私も、この時ばかりはめったにできない経験でもあり、水タバコを吸ってみました。いろいろ味がついていてなかなかおもしろかったですね。イスラームでは飲酒を禁止していますからこういうものが発達するのですが、味と言えば、ノンアルコール・ビールも日本のようにビールの味を再現したものというよりは、レモン味とかイチゴ味なんてのがあっておもしろかったですね。ビールのイチゴ味なんて想像できます?(笑

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そうそう。ゴレスターンのチャーイハーネでは、勿論、私のミュージックビデオを見ることができる——今はお正月に因んでイランの日の出の映像を流しています——のと、ピアノやお琴の先祖であるサントゥールという楽器がおいてあり、この楽器を遣った即興演奏のコンサートも企画していますのでお楽しみに。

GOLESTAN - Lifebound Garden
http://slurl.com/secondlife/SilkRoad/26/209/26


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January 09, 2008

会社設立?〜Lifebound Records

今日もセカンドライフの話題です。

昨日はよりよい空間を求めてメインランドに音楽活動の拠点を移した話をしましたが、そうやって求めている時というのは不思議なもので、おもしろい話が他にあと2つ来たので、結局3ヶ所土地を借りることになりました。その一つが STAR Tracker Island で、ここに Lifebound Records というミュージックショップを置くことになりました。

STAR Tracker Island は、仲良しの Leoleo Ling さんの知り合いがオーナーというSIMで、基本的にはクリエイターアイランド、物作りをする人のための島です。いろいろと面白い乗り物やグッズを作っては僕らを笑わせてくれる Leoleo さんはずっと自分が落ち着ける土地を探していたのですが、やはり気の合う仲間のSIMだからか、殆ど即決してしまいました。で、私も誘われ、Leoleo さんが勧めるなら、と心を決め、せっかくだからコンサートを一緒に主催した pira Noel さんも誘おうと思ったら、何と pira さん、私より先にここに土地を借りることを決めていました。Leoleo さんと仲良しで、pira さんのお店のスタッフでもある sena Pinklady さんも含め、pira さんの Hakata にあるカフェに集まっていたみんなが、揃って同じ SIM に土地を借りることになったのです。

ところで、クリエイターアイランドですから、ただ住むというわけにはいきません。商品を作って売らなければなりません。作ろうと思えばいろんなものを作ることができるでしょうが、如何せん、時間が足りない身の上なので、できるだけ手間のかからないものを、と思い——Leoleo さんからは、「案外めんどくさがりやだな」と笑われています——、結局CDを販売することにしました。音楽やってますからね。安直な発想です。

セカンドライフ内でCD? 前にも書きましたが、セカンドライフ内でまとまった音楽を聴かせるのはなかなか難しいと言えます。フリーで手に入れたCDもありますが、これはそのCDに音が入っていて、その場にいる人みんなで聴くことができるものの、例の10秒毎に音楽ファイルが刻まれているもので、PCや回線の状態によって音がブツブツ切れて、とても聴くに耐えられるものではありません。これを商品として出すのはどうか?

私のCDは、CDケースをタッチすると中からディスクが出て来て、ディスクをタッチすると回転し始め、WEBサイトに接続、そこに置いてあるmp3ファイルを鳴らす、というものです。音が鳴るのはセカンドライフの外、PCにインストールされた QuickTime やら Media Player やらが鳴らしているわけですから、セカンドライフ内にいる周りの人と一緒に聴くことはできませんが、こっちの方がずっと音がいい。お金をとるんであれば尚更です。実際にはCDでなくmp3を売ってるわけですが、ちゃんとパッケージやディスクがお客さんの手許に渡るところが、ダウンロードサイトで購入するのとは違った、セカンドライフらしい楽しみを与えてくれていると思います。

STAR Tracker Island と契約したのは何とオープンの前日だったため、最初はとにかく商品とそれを並べる台だけ作って誤摩化しましたが、やはりいつまでもそれでは淋しい。現在では2階を商談もできるようなオフィスにして、壁は通り側が渋谷にあるような大スクリーン、海側は開放的なガラス張りにして、いよいよレコード会社らしい体裁に改装しました。とは言え、ただ会社っぽくしてもつまらないので、基本的にはメインランドと同じような広い海と空を感じられる空間として、土地の殆どを海にし、やはりヨットを置き、隣の pira Noel さんのアクアショップと連携したイメージになっています。

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ここから美しく広い海と空とを見つめながら、僕はその向こうにある未来を思い描くのです。気の合う仲間の集まるこの楽しい場所は、私の交流と新しいビジネス展開の拠点なのです。

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Lifebound Records
http://slurl.com/secondlife/STARTracker/31/54/22

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January 08, 2008

活動の拠点〜Lifebound Cafe

セカンドライフの話を続けます。

前に、Toshimakuという所に土地を借りているという話を書いたことがありますが、11月にそこは引き払ってしまいました。やはり、pira Noel さんの水族館でチャリティコンサートをやって、50人がSIMの限界というセカンドライフで、40人近く集まる大成功となったことで、私自身、ものの見方や感じ方がすっかり変わってしまったことがあります。それから、スクリプトを多用する楽器郡や照明などが、同じくスクリプトで動く魚たちがたくさんいる水族館には負担になったこともあります。この水族館のように美しい、気持ちのいい所で、音楽演奏専用の場所がほしい。

Toshimakuもなかなか牧歌的でのんびりしていていいところだったのですが、広ーい、大きな自然を感じられる場所であること、それから、日本人だけでなく外国の方にも来てほしいところからメインランドを狙うことにしました。ちょうどコンサートの頃出会った縁で、メインランドに土地を持っている人がいて、Mirandirgeという海岸の土地を2000平米借りることができました。2000平米と言えば、かなりいろんなことができそうですが、友人の Leoleo Ling さんからもったいない、と言われるほど贅沢な使い方をしています。浜辺からピアを渡った海上にステージを備えたカフェがあるのです。ここを Lifebound Cafe と名付けて、活動の拠点とします。

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いやー、ここはのんびりした所で、メインランドなので外人さんもよく来るのですが、左右両隣は日本人の方なのでホッとしますね。方やヨットハーバー、方やティキ風の気持ちよさそうな家で、さすが皆さんのセンスのよさを感じます。そして目の前は何と言っても広い海。海に面したSIMも多いと思いますが、ここはリンデンの海と言って、実際に船で乗り入れることができるのです。また、そこにはリンデンの風が心地よく吹いてきます。というわけで、リーマン時代にヨット遊びを覚えてしまった私は早速ヨットを買って、海を渡って、海の向こう側のSIMまで遊びに行ったりします。これがリアル同様に気持ちいい! これはメインランドならではの楽しみですね。

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この気持ちのよい場所で、毎週土曜日、23:00過ぎからミニライブをやっています。やっぱりライブだと直接お客さんの反応がわかったり話ができていいですね。そんなわけで、一方的に喋って配信するラジオ「DAICHI-大地-」は昨年一杯でやめてしまい、こちらに専念することにしました。選曲も演奏も、その時のお客さんに会わせて即興的にやりますので、自分でもどういう展開になるかわからなくて、それがまた楽しいのです。

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皆さん、セカンドライフにログインした際には、是非お立ち寄り下さいね。

Lifebound Cafe
http://slurl.com/secondlife/Mirandirge/205/71/21
営業時間:土〜木 23:00〜25:00(Hiroshi Kumakiのログイン時間帯です)
ミニライブ:土 23:30〜24:30
ヨットによるリンデン海のセーリング、タロット占いなども行っています。
詳しくはセカンドライフ内で Hiroshi Kumaki までIM下さい。

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January 07, 2008

さて、2008年は?

あけましておめでとうございます。
って、もう新しい年が始まって1週間になるんですが。(^_^;

大変ご無沙汰しております。
タンゴ黒猫でございます。
昨年最後の4ケ月くらいは、仕事とセカンドライフで忙しくなってしまって
このブログもついついサボりがちなのでした。

セカンドライフでは、昨年から今年への年越しの日、
Niseko SL Station DJのKenmi Lomuさんがそのラジオ番組で何人かの方に
今年の10大(重大?)ニュースは何ですか、と質問されてましたが、
皆さん、セカンドライフに参加したことですね、とお答えになるのですね。
セカンドライフの中の話なので、当然と言えば当然なのかもしれませんが、
私自身、そうだなぁ、とつくづく思うのでした。

最初はどんなとこか、何ができそうなのか、まずは見てやろう、
というような軽いノリで始め、あちこちをフラフラ彷徨っていたのが、
今や3ヶ所に土地を持って、ライブハウス、CDショップ、イスラーム庭園などを展開し、
毎晩最低でも2時間くらいはいろんな人と交流するようになってしまったわけですから。
それと言うのも、本当にここは出会いの場であり、創造の場であり、
新しい価値を生み出せる場だと感じているからなんですね。

リアルライフでは、私の音楽活動の場もネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」
毎月1曲新曲を発表する程度でしたが、
10月の水族館コンサート以来、いろんなイベントに呼ばれたりして、
頻繁にライブステージを行うようになりました。
リアルでライブをやるのはいろいろと大変ですが、
仮想世界では家にいながらにして、気軽に演奏できるので、
これはありがたいですね。

まぁ、そんなこんなでこうした催しを通じて多くの人と知り合い、
それがまた新しい催しや商品づくりにつながっていくのが
セカンドライフのおもしろいところ。
さて、今年はどんな展開が待っているのか、自分は何を成していくのか?

まだ、という方には是非お勧めしたいところです。
今日はこの辺にして、明日から僕がセカンドライフの中で何をしてるのか
また何を見聞きしてるのか、
少しずつ書いていってみたいと思います。

ではまた!

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