« 即興、アドリブの基本はバッハ | Main | 愛 »

January 30, 2008

塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』読了!

やっと読み終わった。塩野七生さんの『コンスタンティノープルの陥落』(新潮文庫 1991)だ。前に少し書いたけれども、今は仕事の関係で自宅を離れて職場近くで仮住まいしていて、最初は近くには夜遅くまでやっているような店もないし、ネットの環境も整ってないし、睡眠時間の少ない生活をしていた私には夜の時間を持て余すだろう、そうだ、この機に読めなかった本をまとめて読もう、なんて思って買ったうちの一冊。ところが結局ネット環境を整えてセカンドライフも普通にできるようになったので、薄っぺらい本なのに、読み終わるのに結構時間がかかってしまったのだ。

塩野七生さんの歴史著作は大好きだ。最初に読んだのはヴェネツィアの千年に及ぶ歴史を描いた『海の都の物語』で、はっきり言ってこんなに面白い歴史の本はないと言っていい。ひとつの国の歴史を、膨大な史料にあたってそれを整理し、淡々とした筆致で書かれているのだが、その淡々とした事実の積み重ねが生き生きとした人間のドラマとなり、感動を呼ぶのだ。もともと英語の "history(歴史)" と "story(物語)" とは同じ語源で、今でもスペイン語ではどちらも "historia" と言う。語り継がれてきたもの、それが歴史なのだ。塩野さんの本は、正に歴史がそのまま物語となっている点が、僕は大好きなのだ。

コンスタンティノープルの陥落——今はイスタンブールと呼ばれているこの都に僕はまだ行ったことはないのだけれど、この都市には何とも言えず心惹かれるものがある。それまでは弾圧していたキリスト教を国教と定めたコンスタンティヌス帝に因む都。東ローマ帝国の首都として、西側がどんどん世俗化していく中で、常にキリスト教の崇高な精神の象徴だった都。立地条件に恵まれ、難攻不落とされたこの都がメフメト二世率いるオスマン・トルコによって陥落した時、それがヨーロッパの人たちに与えた精神的ダメージはそれは大きかったようだ。

その物語が、当事者たちが残した記録を基に、実に生き生きとした物語として蘇る。そう、その鮮やかな筆致は、まるで目の前に見ているようですらある。ヨーロッパ人の誰もが、トルコのまだ20代前半の王を軽くみていた。しかし、その若きリーダーは、或いは道を整備して山を越えて艦隊を海へと導き、或いは地下にトンネルを掘って城壁の内に達しようとし、そして遂には大砲という新兵器で見事城壁を突破し、この都を突破するのだ。方や暢気なヨーロッパ側は緊急の知らせにもゆっくりと予算取りをし、造船をして、これまたのんびりと出帆し、恐らくその艦隊が着いていれば結果が変わったかもしれない戦争に間に合わなかった。そうした状況の中、最後は総崩れになり、皆が逃げ惑う中、皇帝その人はわずか3、4人で自ら先頭に立って敵に斬り込んで行く! 何と壮絶な死。こんな皇帝がこの世にいたとは……。

今の世界情勢を見ていると、ヨーロッパ=キリスト教国 vs. イスラームという対立の構造を感じないではいられないわけだけれども、何故そうなのか。考えてみれば、ヨーロッパ最初の歴史書でもあるヘロドトスの『歴史』は、ギリシャとペルシャとの戦いの物語だ。そしてこの時代のトルコとヨーロッパ。塩野さんの本で、その背景にある歴史の1ページをきちんと知っておきたいと思う。

で、引き続き昨晩から同じ塩野さんの『ロードス島攻防記』を読み始めたのだ。


|

« 即興、アドリブの基本はバッハ | Main | 愛 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/76639/17903606

Listed below are links to weblogs that reference 塩野七生『コンスタンティノープルの陥落』読了!:

« 即興、アドリブの基本はバッハ | Main | 愛 »