さて、7月30日に映画「日本沈没」のことを書きかけてそのままになっていました。この8月は本当に忙しい日々でしたが、何と言いましてもこの間、イスラエルのレバノン空爆が続き、いだきしんさんの一連の平和コンサートに参加する中で、映画どころでなく、「国民の生命と財産を守る」という意味でのこの国の安全保障を現実問題として考えざるを得ない事態が続いていたように思います。
実は、そういう意味でも、この映画がこの時期に公開、上映されたのはタイムリーであったと言うべきでしょう。有事、何か起った時に、この国がどうなるのか、そういうことを考える意味でもこの映画は観ておいた方がいいかもしれません。というわけで、そのままになっていましたこの映画について書いておくことにしましょう。
前回書きましたように、「日本沈没」は、私が小学校3年生、4年生の頃に映画が話題になり、テレビドラマ化されて一大ブームとなったもので、かなりのめり込んだ私としては、今この時期に映画化されるに当って、どのような視点から描かれるのかというのが実に興味あるポイントだったのです。
始まってすぐに感じたのは、原作と設定がかなり違う、ということでした。まず一番違うのが主人公・小野寺俊夫の恋人である阿部玲子の描かれ方です。原作では、そして映画でもドラマでも、玲子は資産家のお嬢さんという設定で、特に働かなくてもお金も時間も男も自由、という感じで、小野寺と出会うのもパーティーの席ででしたが、今回の映画では、レスキュー隊の隊員であり、小野寺が沼津で起きた地震に被災した際に、彼を助けるという状況での出会いとなっています。しかも、玲子は阪神・淡路大震災で両親を失い、それがきっかけとなって不幸な子供たちをこれ以上つくってはならないと、レスキューの仕事に命を賭けている人物として描かれているのです。原作と、それから前回の映画では——特に小野寺を私の世代にとっては「仮面ライダーの」藤岡弘さんという濃い、逞しい俳優が演じていたこともあって——、小野寺は明らかに玲子よりも強い人間として描かれていたのですが、今回は小野寺よりも玲子の方が強い人間のように思えます。
もう一人、原作になくて存在感あったのが、大地真央さん演ずる鷹森沙織危機管理担当大臣。鷹森はもともと文科大臣だったのですが、一年以内に日本が沈没するという可能性を知らされた山本総理(=石坂浩二)から、こういう時に大事なのは人の心だ、それがよくわかるのはあなただ、と任命されるのです。が、その山本総理は日本人受け入れの交渉のため中国に向かう途中、阿蘇の噴火に巻き込まれ死亡、列島沈没から日本人を救う責任を一手に引き受けることになる、という役回りです。実は、鷹森は、その日本沈没を予言した異端の学者田所博士の元妻、という設定なのです。が、ここでもやはり、大地さん演ずる鷹森大臣は、豊川悦司さん演ずる田所博士よりも存在感ありますね。30年前の作品ではヒーロー然とした藤岡弘さんの小野寺と、偏屈で、自分の信じるもののために命を賭ける小林桂樹さんの田所博士のキャラが強烈だったのですが、今回は草なぎさんも豊川さんも、寧ろ薄いキャラで、柴咲さん、大地さんの女性陣の方がカッコイイですね。
この二人の女性のカッコよさは、その台詞にも表れています。日本沈没を知った小野寺は、30年前とは違い、とっとと海外での就職口を見つけて日本から去ろうとするのです。小野寺は玲子に、自分と一緒にイギリスへ行ってくれ、と言うのですが、玲子は泣いて訴えるのです。「自分だけ幸せになることなんてできない!」と。一人でも多く人を救うのだ、と。小野寺はそれはキレイ事だ、全員を助けることなんてできない、逃げられる時に逃げないと元も子もない、と。しかし、彼女は、「キレイ事なんかじゃない!」と更に訴えるのです。私はこのシーンには本当に心を打たれました。そうなのです。キレイ事なんかじゃないのです。愛とか平和とか、そういうものはキレイ事ではないのです。周りの人、全てが幸せでなければ自分が幸せになれるわけはないのです。そして、その周りの人の幸せということを考えていけば、きっとそれは日本人全員、世界中の人全部というように広がっていくことでしょう。日本中とか世界中が幸せでなければ、個人の幸せなんてあり得ないのです。そして、その日本中、世界中の幸せは、他の誰でもない、私たち一人一人の生き方に懸かっているのです。そのことを今回の映画の阿部玲子は心底わかっているようです。それに比べ、小野寺のカッコ悪い、優柔不断なこと……。
また、日本列島を沈没から救うために、あるとんでもない計画を田所博士は提案しますが、鷹森大臣はそれを実行することを決心します。田所は元の妻である彼女を気遣って言うのです。こんなことやって失敗したら、今まで20年かかって築き上げてきた地位も実績も失うぞ、と。これに鷹森大臣はきっぱりと答えるのです。日本人の未来が懸かっているのだ、日本が救われるのなら、地位なんかどうだっていい、と。うーん、カッコイイ! それでこそ政治家、国の指導者でしょう。やっぱり個人の幸せを心配する田所さんはカッコ悪いですよ。かつては妻であった人を気遣うやさしさなのかもしれないですけど、その人がこれほどの人物とはわかっていなかったんでしょうかね。
こんな感じで、男たちが妙に現実的なのに比べて、女性陣は実に豪胆、二人とも、国全体のことを考えて生きているのです。女性は本来、生命のことには敏感と言われます。やはり生命を産み出す存在だからでしょうか。自然界で起ることに敏感に反応し、わかり、それ故、古来、世界各地でシャーマンとして活躍してきた女性たち。今回の映画「日本沈没」は、国民の生命が危機に曝された時、その生命を救うのは生命のことをよくわかる女性である可能性を示唆しているようにも思えます。
さて、今回の映画が前作と大きく違う点をもう一つ。前作では、前に書きましたように、日本が実際に沈み始めるのは作品の後半も後半だったのですが、今回は割と早い段階で沈み始めます。となると、描かれる中心となるのは、そのような状況の中で、人がどのように生きていくのか、ということです。自分さえよければ、と先を争って逃げようとする人々のパニック状況が描かれます。これを見ながら私は、実際に、今危機的な状況が起れば、日本人はこのように醜い姿を晒すことになるだろうと思わざるを得ないのでした。最近ニュースで伝えられる様々な事件は本当に、自分さえよければ、ということが露わになっているように思いますし、別に事件にならなくても、例えば毎日の通勤で電車に乗っていても、肘で人を掻き分けてでも先に降りようとする人や、ドアの前に立って、ドアが開いても頑として動こうとしない人など、一体、この国の人はどうなってしまったのかと思う場面によく遭遇します。こんな風では、日本が沈まないでも、よりありそうな大地震でも起った時にはどんなパニックになることか……。
しかし同時に、この映画では、国に見捨てられ、海外に脱出することのできなかった人たちをじっくりと描いていきます。結果として、この人たちはいつも一緒に、互いに助け合い、励まし合いながら助かるのです。こうしたこと全てを考え合わせると、この映画は、人の心、人と人とのつながりが人を救うのだ、ということを描こうとしたように思えます。
これは前作との大きな違いかもしれません。この30年の間に何があったのか。それは勿論、阪神・淡路大震災です。私は、今回映画を観た後、小松左京さんの原作を読み直しましたが、それは1995年、あの大震災の直後に出版された光文社文庫版でです。この文庫版には小松左京さんのまえがきがついていて、そこで小松さんは、『日本沈没』で高速道路がよじれたり倒れたりという描写は、自分の想像力で描いたのであって、日本の建築技術から言えば、そんなことは現実には起らないと説明してきたのだが、それが現実に起ったことに驚きとショックを隠せない、というようなことを書いています。『日本沈没』が描いた状況が現実化したのがあの大震災だったのかもしれません。
しかし、同時に、あの震災で私たちが学んだこと、それは、結局は人と人とのつながりが互いに生きる希望を与え、復興への大きな力になったのだということではないでしょうか。高麗恵子さんの『本音で生きて下さい』(いだき 1998)に、高麗さんが震災後に神戸の社長さんから次のような電話をもらったと紹介している言葉があります。
「高麗さん、家も事務所もみんな燃えて失くなったちゃったよ。でもオレはわかったよ。残ったのは生命と愛だけだった。地震の後、みんなで力を合わせて、鍋煮たりして食べたもののおいしかったこと。助け合えれば生きていけることわかったよ。高麗さんがしょっちゅう言っていた生命、愛ということばは、理想であって現実ではないと思っていたけど、何もなくなっても生命があれば生きていけるし、人と人が助け合う愛があれば食べていけるし、生き延びれる。やっとわかったよ。ありがとう。それだけを伝えたかったんだ。」(前掲書P170)
そう、私たちはあの震災でこのことを学んだはずなのです。しかし今だに生命を無視した多くのシステムと、自分のことだけを考える人が多すぎるように思います。今回の映画で男たちがカッコ悪いのは、今の男たちの生き方では生きていけないよ、もっと考えることがあるんじゃないの? という疑問も投げかけているように思います。エンディングは、急にハリウッド映画みたいな展開で閉口しましたけど、愛とか、人生とか、そして自分が日本人であるとはどういうことかとか、国とは何かとか、そして、今日本が、日本人がどういうところにいるのか、そういうことをもう一度考え直してみる、いいきっかけになる映画なのではないかと思います。
まだまだ書きたいことはたくさんありますが、とりあえず今日はこの辺で。
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