March 14, 2009
さて、昨日少し触れましたが、
セカンドライフからインターネットを通じてRLに配信する
インターネット中継ライブ+公開録画を以下の日程で行います。
■Hiroshi Kumaki インターネット中継ライブ
・日時:2009年3月14日(土)24:00〜24:45
・SL内会場:Lifebound Cafe, Fanghammer
http://slurl.com/secondlife/Fanghammer/24/14/22/
・中継URL:http://www.ustream.tv/channel/559811
http://lifebound.slmame.com/
今回はとりあえず一人で全部やるので、
音を出しながら、
アバターを動かしながら、
はたまたテロップ出したりしながら、
と、いつもより更に忙しくなりますので、
ハプニング、トラブル必至! という感じですが、
まぁ、笑って頂けたら。。。^^;
セカンドライフ内の会場にいらしても
WEBでご覧になっててもいいので
是非ご遊びに来て頂けると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。w
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March 12, 2009
「二年間の休暇」というのはジュール・ヴェルヌの名作
『十五少年漂流記』の原題ですが、
前回このブログを書いてからちょうど1年が経ちました。
大変ご無沙汰してます、タンゴ黒猫です。
この1年はシステム開発の仕事で地方の某所に缶詰になったり、
それが終わったと思ったら今度は月250時間以上働く日が続いたり……。
そして何よりボランティア活動やセカンドライフの方も忙しくなったりと
なかなかこのブログに向かう気持ちになれないのでした。
これからも恐らくは、毎日書くものとしては、
「高麗恵子WEBサロン」への書き込みと、
セカンドライフのブログ「Hiroshi Kumaki's Lifebound Blog」が
中心になっていくと思います。
それでも、WEBサロンの方は高麗恵子さんのサイトで
書き込む内容の方向(趣旨)も決まっていますし、
またセカンドライフだけで生きているわけでもないので、
そのどちらにも属さない、つぶやきのようなものは
引き続きこのブログに書いていこうと思っています。
WEBサロンは、世界平和ということを具体的に実現していく場として参加しています。
ただ、私を含め皆ハンドルネームで書いていますので、
どれが私かはわからないかもしれませんね。
いや、案外わかるかな。w
また、セカンドライフはこのブログでも以前書きましたが、
あらゆる制約——性別、職業、住んでいる場所、人種、
そして肉体的な限界も——を超えて
やりたい、やってみたいと思うことを何でもやれる環境であり、
企業にとっては時間と費用を大幅に削減し、
より創造的な企業活動を可能にするツールでもあります。
そのような環境で生まれたものが、現実によりより未来を
人類全体にとって明るい未来を創ると考え
いろんな実験に取り組んでいるところです。
とは言え、昨年はイベント屋(ミュージシャン)として
いろんなイベントに参加してやたらと忙しい1年でしたので、
今年はもっとのんびりと、いろんなものを生み出していきたいと考えています。
(昨年の活動についてはこちら。)
最近ではセカンドライフ内のイベントを
インターネットで生中継する実験に取り組んでいて
今週末にインターネット中継ライブを行う予定です。
詳しくはまたここでお伝えしますね。
そんなこんないろいろありますけれども、
またちょこちょこ書いていきますので、
引き続きどうぞよろしくお願いします。
ありがとうございます。
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March 13, 2008
昨日は日本語では「ん」の音がひとつの音節を構成していて、それが日本語の特徴であることについて触れたのだけれども、実は「ん」にはもう一つ秘密があります。それは「ん」が表している音を発音記号やアルファベットで表現すると、一つの音ではない、ということです。つまり、「ラ」行の音が「L」にもなり「R」にもなったりするように、「ん」の音にもバリエーションがあるのです。このことを殆どの日本人は気づかずに「ん」を使っているのだけれども、時々その影響がかなの振り方に出て来るので明らかになります。
普通、「ん」の後に何も続かない場合は、実はローマ字で当てられている「n」という子音ではなく、前の母音がそのまま鼻に引っかかった音になります。「さん(三)」とか「ほん(本)」、「パン」などという場合で、ポルトガル語で「São Paulo(サンパウロ)」とか「Lisbõa(リスボン)」という時の「ン」と同じ音です。強いてローマ字で表記すると、それぞれ「saã(さん)」、「hoõ(ほん)」、「paã(パン)」となります。
それから、次の音が「ナ」行や「タ」行など、舌が口蓋に接する音の場合、この時が「n」の音になります。「あんない(案内)」や「かんどう(感動)」という時の音ですね。この時、次の音が母音の場合は、その母音に影響して、続く母音を「ナ」行の音節にしてしまう傾向があります。「音」は普通「オン」と発音しますが、「観音様」という時は、「観(カン)」の「ン」の音が「オン」に影響して「カンノン」という発音になってしまいます。同じように、「王」は「オウ」ですが、「山王神社」という時は「山(サン)」の「ン」が影響して「サンノウ」となります。
私の知合いで「華音」と書いて「カノン」と読ませる人がいます。「観音様」の連想からでしょうが、「音」を「ノン」と読むわけではないのです。前の音が「ン」で終わっているからその影響で「ノン」となっているだけなのです。前の音が「カ」の場合は「音」は「オン」のままですね。まぁ、人の名前や店の名前は視覚と音から来るイメージが大事なのでしょうから、こんなところで国語的、言語学的な分析をしても仕方がないのでしょうが。店の名前と書いたついでに思い出すのが「キャノン」ですが、あれはもともと「観音カメラ」なのだそうで、「観音」をローマ字にした時に「canon」と「n」を重ねずに「カン—オン」となっているのは、逆に、さすがぁ、わかってるぅー、という感じがしますね。
さてもう一つ。「ン」の次に「マ」行、「パ」行、「バ」行など、唇を閉じて発音する音が続く時は、今度は「m」の音になります。「サンマ」や「しんぶん(新聞)」という時の音です。そう言えば、朝日新聞は英語では「The Asahi Shimbun」と表記していますね。
更に更に、「ン」の次に「カ」行、「ガ」行が来る時は、いわゆる「ng」の音になります。「あんがい(案外)」や「はんこ(判子)」という場合です。
このように見てくると、
「さん(三)」
「さんない(三内丸山遺跡)」
「さんま」
「さんかい(三階)」
と、同じように「さん」と書いても全部違う発音なのです。それを全部同じ「ん」という文字が表していて、しかもちゃんと一つの音節を構成している。「ん」はそれだけでは音節を構成できない英語や中国語などの「n」や「ng」の音に比べると、何と豊かで大きな存在なのだろうと思うのです。
携帯メールで「ん」を打てなくなって、その偉大さを改めて知らされたタンゴ黒猫のつぶやきでした。
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March 12, 2008
携帯が壊れた。水に濡らしてしまって、何とか動いてはいるし、機能もしているが動作が不安定なのだ。早く買い替えないとそのうちデータも拾えなくなるんだろうな。何と言ってもひどかったのが水に濡れた直後で、「0」のキー、つまり「わをん」などを入力すぐキーが反応しなくなったのには参った。しばらく使っているとわかるが、数字だったら「0」を何と多く日頃使っていることか! それから何と多く「ん」という字を使っていることか! どんなメールを打とうとしても、この2つは必ずといっていい程出て来るので、困った困った。とりあえず「0」の方は過去のメールからコピーしてきて「ぜろ」で「0」と「000」を変換できるようにして、「ん」の方は、何とか訓読みがあるものはそれで逃げる——例えば「ほん(本)」は「もと」と入力するようにして——ものの、案外、漢語しかないもの、例えば「かんじる」の「感」などはこれ以外読みようがないので困った困った。
ところで、そんな日が続くと、日頃何とも思っていない「ん」のありがたさがわかるものである。と同時に、「ん」がない頃はやっぱり大変だったんだろうなぁ、と古(いにしえ)の人々の文筆生活に思いを馳せたりするのだ。
というのも、万葉仮名から「ひらがな」「カタカナ」が生まれた当初は「ん」や「ン」の字はなかったのだ。それで、古文では「案内」と書いて「あんない」ではなく「あない」なのですよ、と習うのである。しかし、よくよく考えてみると、「ん」の字がないから「あない」と書くだけで、実際には「あんない」と発音していたのではないか? では逆に、「あんない」と発音していたのなら、何故「ん」の字がないのか?
それは、ひらがなにしてもカタカナにしても元は漢字であり、漢字では「ん」に当たる音である「n」や「ng」はそれだけで音節を構成しないからだ。音節とは、簡単に言ってしまうと、その言語で一音と感じられる音の単位、ということになる。通常は一つの母音を含むのです。例えば「新」という漢字は日本語では「シン」と、2つの音と感じられますが、中国語では「xin(シン)」を1つの音として感じます。(英語でも「sun」は1音節、「サン」とカタカナにすると2音節になります。英語の歌などでついていけない人がいるのは、この1音のところに無理矢理2音入れようとするからです。w)そう、もともと中国語である漢字の場合は、「ン」の音が既に他の音と一緒にくっついて例えば「新」という字の中で表現されているのです。従って、取り立てて「ン」の字を作る必要がない。
これは、あくまでも、万葉仮名なり漢文なり、漢字で文章を書いていた人たちが、結局は当時の中国語文化圏の人たちであったことを表しています。しかし、文字というものが広まっていくにつれ、当然、もともと日本語文化の人たちがそれを利用するようになります。そうすると、音の捉え方が違うので、いろいろと不都合が起こることになります。例えば「ん」がない……。
逆に、前にも書きましたが、万葉仮名では母音の種類が多く、乙類、甲類というものの存在が指摘されていますが、これがひらがなやカタカナになった時に消えてしまったのは何故なのでしょう? それは、中国語文化圏の人たちには、例えばアメリカ人が「ラ」行の「L」と「R」の音はきっちり分ける必要があるのと同じに、やはりこれらの母音を分ける必要があった。のに対し、いわゆるもとから日本語の人たちにとって、それは重要ではなかったのではないでしょうか。だから使わなかった。そして寧ろ「ん」を必要とした……。
実は、漢字以前の文字である「ホツマツタヱ」のヲシテと呼ばれる文字には、ちゃんと「ン」の音があるのです。しかも、何と象徴的な形なのでしょう!

上記のような事情を考えると、ホツマの文字はどの面から見ても、万葉仮名、ひらがな、カタカナ等に比べ、日本語の特質が見事に生かされた体系になっており、その文字体系と思想体系、歴史体系の綿密な一致が、とても一人の人が頭で作り出した産物ではないことを物語っています。ひらがな、カタカナという、漢字文化から見たのではわかりにくい古文の表現、古語の意味も、ヲシテから見て行くと実にすっきりと整理できるのです。
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March 08, 2008
現在システム開発の仕事に携わっていることを以前書きましたが、先日こんなことがありました。
私が開発に携わっているシステムをお客さんに引き渡す前に、今いろいろな人が実際に触ってみてテストを行っているのですが、そのテスト中にエラーが発生したのです。この人がやっていたのは、まぁ簡単に言ってしまうと受けた注文に対して、付随的な情報を追加する処理だったのですが、発生したエラーというのはその情報の追加ができなくなった、ということでした。調べてみると、そのレコード(情報)は既に登録されていて、二重登録はできません、という内容です。
ちょっと面倒な話になりますが、このシステムでは情報を編集してボタンを押すと、その情報がデータベースに記録されるしくみです。そして、データベースで管理する時は、同じものがダブらないようにチェックがかかるのが普通です。例えば、よくある顧客情報のデータベースを考えると、例えば私が商品を注文する度に「タンゴ黒猫」という名前が何度も追加されて、それを元にダイレクトメールが来たりしたのでは、管理する企業としても客の側としても、不便この上ないですね。既に登録されているものは追加できないようにしておいた方が、既に登録されている情報を集中的に管理できて便利です。が、顧客情報の場合は同姓同名ということもあるかもしれません。(まぁ、「タンゴ黒猫」という人は他にはいないだろうけど。w)そこで、例えば名前と生年月日を組み合わせて、同じ組み合わせであれば追加できない、というようにしておくと、同姓同名のお客さんにも対応できます。
今回私のところで起こったエラーも、データベースのそのようなしくみの中で起きました。注文に関する情報ですから、当然申込番号はダブります。そこで、申込番号に加えて、処理した日時を秒単位まで記録し、申込番号と処理時間の組み合わせでその情報を特定するようにしてあったのです。
ところが、このテストした人の処理が速かった。付随的な情報を何件か登録していて、ある情報を編集、登録ボタンを押して次の情報を編集、もう一度登録ボタンを押すまでに1秒かかっていなかった。従って同じ申込番号と処理時間の組み合わせができてしまったのがエラーの原因でした。会社としては、処理時間を秒まででなく、ミリセコンド(千分の1秒!)まで記録することで回避するような対応をとることになるとは思いますが……。
それにしてもこのテストしていた人の処理能力の速いこと。実際、音楽やっていたりスポーツやっていたりすると経験することが多いと思いますが、人間、1秒の間にやれることは多いものです。逆に、コンピュータは、調子がいい時はそれこそ千分の1秒単位で処理するのに、ちょっとでもメモリー不足、ハードディスクの断片化などが起こると、ファイルを開いたりコピーしたりするような単純な作業でも何分も待たせたりしますね。場合によっては人間のスピードに追いついて来れない。今回もそうでしたが、私もよくあるのは、私のキー入力にコンピュータがついて来れなくて、IMEやワープロのソフトが固まってしまうことです。そういう速さの時というのは本当にノッていて、一気に長文を打ったりしてますから、固まってしまうと……。そう、それまで打った文章が全部失われてしまい、泣く思いをします。ゆっくり、落ちないようにコンピュータに気を遣いながらまた入力し直さないといけない。
一体、コンピュータは本当に速いのか。というより、コンピュータは本当に仕事の効率を上げるのに役立っているのか。現状はどうもそうではなさそうです。コンピュータを使う方がある種の処理は早く、正確なのでしょうし、例えば私のように音楽をやる人間だと、私一人でできる以上のことを実現してくれるのも確かです。が、同時に確かなのは、コンピュータが処理を終わるのを待たなければならないということ。どんどん先に進みたいからコンピュータ使っているのにね。コンピュータを待っている時間ほど無駄でイライラするものはないですね。実際、ワードもエクセルも便利そうで、それより何よりウィンドウズOSなんて使っていない会社はないと思うけれども、あれを使うことで生じている無駄な時間というのを計算したら膨大な損失を日本全体、世界全体で生んでいるんではないかと思います。にも拘らず、その会社を訴えることもせず、ただ言いなりになって次々と出される新商品を買い続けているというのは人がいいにもほどがあるのではないでしょうか。もしあなたの仕事がなかなか片付かないとしたら、それはそんなコンピュータを使っているからかもしれません。
どんどん世の中の変化が激しく、仕事に今まで以上のスピードが求められる時代、本当に人間が先へ先へと動くのに役立つ、速いコンピュータ、速いソフトの登場が待たれているように思います。
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February 14, 2008
人の歴史は
愛する人と引き裂かれた
悲しみの歴史
今まで生きたあらゆる人の
悲しみと祈りが
今ここに集い
全ての悲しみは愛へと変わる
今 この時
愛が実現する時代となった
この喜びを
世界中の
あらゆる人に
伝える
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January 29, 2008
このブログではセカンドライフの話を何度となく書いています。それは一つには、一見ただのネットゲーム、趣味の世界に見えるこのセカンドライフが、実は現実の社会を大きく変えるポテンシャルを持っているからです。が、やっぱりまだまだ認知度は低く、また、要求されるPCのスペックも高いことから、誰もが気軽に参加できる状況にはなっていません。セカンドライフに関するこのブログの記事も、関わっていない、参加したことのない人には何のことだか、何が面白いんだか、ちんぷんかんぷんでしょう。
実はセカンドライフにはソラマメ(SLMame)という専用のブログがあり、セカンドライフに参加している人は大抵そちらで記事を書いているでしょう。ただ、上記の理由から、より多くの人にセカンドライフの可能性を知ってもらい、参加してほしいのと、これ以上ブログやら連載やらを増やすのは無理、というのがあり、ソラマメには手を出さずにいたのです。とは言え、どう考えても内輪受けしかしないようなこともあり、そういうものはセカンドライフの友人から誘われたセカンドライフ用のSNSの日記に簡単に記しているのでした。
とは言え、SNSの記事というのは所詮内輪のものですし、やっぱり多くの人に伝えたいこともある。同時に、セカンドライフのことを書くとなると、どうしてもセカンドライフのアバターである Hiroshi Kumaki として書かないわけにはいかないのです。が、このブログはそもそも「タンゴ黒猫の音楽日記」というくらいですから、やっぱりタンゴ黒猫として書いているわけですね。そういう名前というか立場の使い分けがだんだん煩わしくなってきましたし、何と言っても、検索サイトからここに来た人にとっては何が何だかわからないでしょう。
というわけで、昨年末にポッドキャスティングを止めたことですし、より活動が本格的になってきたソラマメに Hiroshi Kumaki 名義でブログを書く事になりました。タイトルはズバリ、「Hiroshi Kumaki's Lifebound Blog」。日々セカンドライフの中で起こったことは勿論のこと、これまでこのブログで書いた記事も統合して、トータルにセカンドライフのことがわかるようなサイトにしていく予定です。このブログも「音楽日記」と題している割には音楽話題があまりありませんが、私の音楽活動としては、セカンドライフ内の活動の方が活発になってきており、ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」で発表している曲も、セカンドライフ内のコンサートで好評だったものを公開する、というように、今やセカンドライフの方が先行しています。是非、このブログと併せてソラマメの方もどうぞよろしくお願いします。
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January 28, 2008
最近また『ホツマツタヱ』のことなど書いたり読んだりしているからかもしれない。この週末、ふっと立ち寄った古本屋で、何かおもしろいものはないかと眺めていたら、目立たないようにして『桓檀古記』が置いてあった。前からほしいと思っていた書物だが、何と言っても値段がはるので、いつも先送りになっていた本だ。ふっと手に取って値段を見ると何と、1,800円とある。んなバカな! と思って中身を調べてみると結構な美本で、正に私が欲しがっていたその本なのだ。こんなチャンスは二度とないと思い、衝動買いである。
『桓檀古記』は『ホツマツタヱ」同様知る人ぞ知る書物で、基本的には朝鮮半島の古代史を記したもの。いだきしんさんや高麗恵子さんがよく話して下さる高句麗の真の歴史のことなど、この本に詳しく書かれている。この書を紐解けば、単に朝鮮半島と言わず、これまで中国を中心に事実とされてきた東アジア全体の歴史観が大きく変わってしまう本で、例えば、日本で言えば、この本に書かれてあることを真実とするなら、天皇は朝鮮半島から来たことになり、日本の国土での発祥、ないしは天から降りてきた、というような皇国史観はあっさりと崩れてしまう。それだけに日本でも朝鮮半島でも隠された書物となってしまった。が、見方を変えれば、そこに記された人物たちの業績や理念、理想、といったものの素晴らしさ、偉大さに触れることができ、自分たちがそうした偉大な人物の末裔であることに誇りを覚え、どんな困難にも打ち勝つ元気と強さとを取り戻すことができるのだ。
この『桓檀古記』と『ホツマツタヱ』、それに以前話した『契丹秘史』などの書物は、個別には偽書の扱いをされることが多いのだけれども、実は共通する世界観がそこにはあり、鹿島曻さん流の解釈をするなら、それはユーラシア大陸全土にわたる壮大な人と人との交流と発展のドラマ、歴史となるのだ。日本の歴史とはこの島国の中にいた人だけが作ったわけでも、またその人たちだけのものでもない。こうした大きな歴史観に触れる時、私たちは人間というものの存在の素晴らしさ、自分が今ここに生きていることの意味を改めて実感するのである。
(※『桓檀古記』の具体的内容については、じっくりと読み進みながら、ここにポツポツ書いていこうと思うのでお楽しみに。)
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January 27, 2008
昨晩、12月にオープンしたばかりの TOYOTA SIM で行われたイベント、Niseko SL Station in TOYOTA SIM に生で出演、お話と演奏してきました。Niseko SL Station はその名の通りNiseko 3 SIM に拠点を置く kenmi Lomu さんをパーソナリティとする人気ラジオ
番組で、実は STARTracker Island では、私と kenmi さんとはお隣さん同士なのです。二人ともスタトラに店があるということで、それぞれ個別にスタトラでイベントをやったりはしてきたのですが、いつかコラボしたイベントをやりたいね、とは言っていたのです。
それが、漸く技術的な問題を解決して、昨晩実現することになったのです。但し、ニセコやスタトラといったいつもの場所でなく、新しい SIM のテナントや住民募集も兼ねた大きなイベントでの初の試み、さすがに緊張します。午後7時過ぎ、skype を使って北海道の kenmi さんと東京の私とが音声でつながります。いつも SL で会っていて、チャットで会話しているはずなのに、直接声で話せるというのは何とも不思議な感じがします。北海道はマイナス8度、kenmi さん手がかじかんでキーボード打てない、なんて話が聞こえてきます。東京の私も寒い寒いと思っていましたが、勿論北海道は比ではないようです。そんなことも話しながら、そのまま進行など打ち合わせ。ステージに楽器を設置したりと、準備している間に、あっと言う間に22時になります。番組スタート!

会場全景——会場には40人以上の人が
会場には40人以上の人が集まり、賑やかに盛り上がっていきます。私も最初は観客に混じって見ていましたが、そのうち時間になり、楽屋へ移動、着替えていよいよ登場。kenmi さんのキューにドキドキしますが、一旦出てしまえば、もうあとは出たとこ勝負ですね。(笑 おしゃべりして、演奏して、あっと言う間に時間が過ぎていきます。

演奏中の Hiroshi と魅力的なトークの kenmi さん
番組は、kenmi さんへの応援や、賛辞、ラブコール(?)が飛び交い盛り上がる中、無事24時に終了。よくあれだけたくさんのメッセージが寄せられる中、それを読み上げ、時間通りに進行できるな、と私は感心しきりでした。終了後、ステージを撤去、お互いお疲れ様を言って別れます。またどこかでやろうね、と。
そう、きっとまたどこかでやるでしょう。昨晩見逃した方は是非その時をお楽しみに!
P.S. TOYOTA SIM はまだ出来たばかりで、モールのテナントやマンションの入居者を募集中。いずれも驚くようなお家賃で、特に地下街モールは3月末まで無料キャンペーンをやってます。土地を探されている方、TOYOTA SIM にいらしてご検討されてみては?
TOYOTA SIM 情報サイト
SLJP-セカンドライフ非公式情報サイト - TOYOTA SIM
Niseko SL Station SLURL
ニセコ本社 http://slurl.com/secondlife/Niseko3/98/225/24
スタートラッカー店 http://slurl.com/secondlife/STARTracker/30/80/22
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January 25, 2008
私が新曲を発表しているネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」ですが、一週間ほど前にその英語版が創刊されました。当初から編集長の詫間氏はインターネットで出すということは世界を相手にすることだ、とおっしゃっており、英語版の構想はずっとあったようなのですが、海外のお客さんとの決済をどうするかでずっと時機を見計らっていたようなのですね。それが昨年の終わりに環境が整ったとして発表され、いよいよ新しい年の初めに創刊の運びとなったわけです。
自分たちが音楽に込めたメッセージが世界中の人に届けられるかと思うと嬉しい限り。私はあまり海外に知り合いはいないのですが、関根敏行さん、HIROさん、COSMOさん、何れも海外や外国人の知り合いに見てほしい、或いは見てもらったけどよくわからないとか、そんなことをおっしゃってましたのでね、これからはどんどん紹介できますね。
それで気になって、海外からのアクセスはあるか聞いてみたら、これまでもアメリカとスペインからはあったそうなのですが、今週はアメリカは勿論、カナダ、ニュージーランド、ドイツ、韓国、中国からのアクセスがあったとか。いやー、ホントに嬉しいですね。いろんな国の人に見て頂いていると思うとワクワクドキドキしてしまいます。あとは……みんな買ってくれるといいなぁ。(日本語版は500円ですが、英語版はUS$4.00です。)
というわけで、まずはお知らせでした。皆さんも英語版にアクセスしてみて下さいね。
どうぞよろしくお願いします。
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January 23, 2008
前に、『ホツマツタヱ』が語るところでは、日本の建国の理念は、天の恵みを全ての民に行き渡らせる、全ての人が幸せで豊かに暮らす社会を目指す「トノヲシテ」にあるという話をしました。これ自体は大変素晴らしいことだったのですが、時代が下り、第6代アマカミであるオモタルとカシコネの時代に、「トノヲシテ」を守らず、他人から奪う「ヨコマ」と呼ばれる人たちが現れ、とうとう「ホコ」が作られ、この人たちを斬ることで国民の生活を守るという手段がとられました。オモタル、カシコネには子がなく、世もだんだんと乱れていきますので、これは早くアマカミの地位を次の世代に譲らねばならぬと、こうして呼ばれたのがイサナギとイサナミの2人であったわけです。オモタル、カシコネは若い二人に琵琶湖の近くに1500人が暮らす村と田とがあるので、そこへ行き、国を治めなさいと、この時「トノヲシテ」と「ホコ」とを授けるのです。こうして「トノヲシテ」と「ホコ」とが国を治める象徴、理念となったのです。三種の神器の始まりですね。
ところで、何故人を斬って殺す「ホコ」がこの平和な国で宝とされたのか、23アヤ「ミハサダメツルギナノアヤ」に詳しく述べられています。
マタホコモ タカラノユエハ
トノミチニ クイヲサムレト
ソノナカニ ヨコキクモノハ
オノガミニ アワネハミチオ
サカニユク ヒトリモトレハ
トモオマシ ムレアツマリテ
ワタカマリ ミチサマタゲハ
メシトリテ タヾシアカシテ
ツミオウツ ヲサムルミチノ
ミダレイト キリホコロハス
ウツワモノ アメノヲシヱニ
サカラヘハ ミニウクアマノ
サカホコゾ クニミタルレハ
タモアレテ ミヅホノボラズ
マツシキオ ツミビトキリテ
タカヤセバ ミヅホノナリテ
タミユタカ チカラオヽトシ
サヽグレハ ヤモノニギワヒ
タカラデル カレニタカラゾ
サカホコモ ウチヲサムユエ
タカラナリ
<また「ホコ」も宝だというわけは、この国は天の恵みを真っ直ぐに貫く「ト」の道で治めてきたのだけれども、他人から横取りするような人たちは、自分たちの都合に合わないと、「ト」の道に全く逆行した生き方をするのです。そして、一人こういう人が現れると次々に仲間を語らって、群れをなして「ト」の道を妨げようとするのです。そこで、こうした人たちを召し捕って、糺し、罪をはっきりとさせ、その罪を討つのです。国を治める道を乱す、この乱れ糸を切って綻ばせる道具がこの「ホコ」なのです。天の道を逆さに行く者がその身に受け、綻ぶ道具ゆえ、「天(あめ)のサカホコ(逆鉾)」と言うのです。国が乱れれば、田も荒れて、稲の穂も実らず、貧しくなってしまうのを、こうした罪人を斬って、田を耕せば、稲穂も豊かに実り、民も豊かになるのです。税金も低くして民に還元するようにすれば、それは多くの人々が元気に賑わうようになる、こうした豊かさが「田から」出る。それで「タカラ(宝)」と言うのです。「サカホコ」も人を斬る道具であるとは言っても、こうして国を治め、人を幸せに豊かにするものであるゆえに、宝なのです。>
ここで、「ホコ」という文字を見てみることにしましょう。「ホ」は四角に縦2本の線、「コ」は同じく四角に縦1本の線という形です。この四角が「オ」段の音を表し、同時に「土、大地」を表すことは前に話しました。「ホ」も「コ」も、大地に天から真っ直ぐ柱が立っている様を表しています。「ト」の文字が表していたのは天からの恵みが真っ直ぐに民に注ぐという、やはり縦の道です。ところが、天からの恵みだけに満足せず、人の隙=「マ」を狙っては横から横取りする人、これを「ヨコマ」と言ったのです。今の「邪(よこしま)」の元の形ですね。横になったものを縦に正して、この大地に貫かせるもの、それが「ホコ」のヲシテ(文字)の意味なのです。


「ホコ」と「ト」のヲシテ(ホツマ文字)
こうして天の恵みを民に行き渡らせる「トノヲシテ」と、それを乱すものがあれば正す「ホコ」とが国を平和に治める2本の柱となったのです。そして、その「トノヲシテ」と「ホコ」を合わせ象ったのが、今神社にある鳥居なのです。鳥居の2本の柱は「トノヲシテ」と「ホコ」——私たちが神社を訪れると何気なく見ているあの鳥居こそ、この国の建国の理念、理想を古代から今に伝えているのです。
熊野本宮大社の大鳥居
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January 22, 2008
記事としては古くなってしまいましたが、昨日1月21日は大寒でした。1年で一番寒い日。前の晩からニュースでも、東京都心でも最大3センチくらいの雪が積もるかも、というアナウンスがされていました。前にも書いたと思いますが、私は今仕事の関係で小田原近郊の、富士山が大きく見える町に仮住まいしていて、この天気予報を見た日曜の夜には参ったなぁ、と思ったものでした。東京都心で3センチの雪が降るなら勤務先のあの町はどうなるのだろう? これはいよいよ長靴でも履いていかないとヤバイかな、と。
21日の朝、起きてみると、確かに地面は湿っているものの、雪は積もっていませんでした。ラッキー、と思ってそのまま電車に乗って出勤します。朝早く出発するので、どうしても途中で眠ってしまいます。降りる駅のひとつ前の駅ではっと目が覚めると、どうでしょう、一面銀世界ではないですか。国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった——そんな言葉を思い出しながら車窓の風景に見とれます。初雪だ。この冬、初めて雪を見る……。
寒いし、滑るし、雪は困るけれど、それでもやっぱり、雪が降ると風景も美しく、この世の全てが清められる気がします。大寒とは一年で一番寒い日。古(いにしえ)の人はこの時をもって春の始まりとし、2週間後を立春、春立つ日、としたのでした。旧暦の正月はこの時期に当たり、今の1月よりも、ずっと年の初めにふさわしい気がしますね。節分はその名残ですし、今でも中国ではこの辺りを春節として祝います。
しかし、一年で一番寒い日に雪が降ったということは、今年は雪が少ない、ということなのでしょうか。ふと「地球温暖化」という言葉を思い出し、この星の行く末を憂う——そんな大寒の一日でした。
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January 21, 2008
前回のブログの最後の方で、「言葉が音から意味になり、更には記号になり……」みたいなことを書いたのですが、疑問に思われる向きもあるでしょうから、ちょっと補足しておきます。
私たちは言葉を耳にするとすぐにその「意味」を知りたがりますが、私はこの「意味」こそが言葉をわからなくしている要因の一つではないかと考えています。言葉はそもそも「音」であり、その音の中に私たちが某かのものを感じ、わかっているのではないかと思うのです。漢字は、確かに便利な道具ではありますが、漢字の導入によって私たちは本来の日本語感覚を失ったというのもまた事実でしょう。例えば、私たちは「疲れる」と「憑かれる」とは別の言葉、別の意味として認識しています。が、本来これは同じことばであり、「つかれる」とは、自分以外の誰かによってコントロールされ、振り回されている状態を表しています。嫌な上司にこき使われて嫌々やる仕事はちょっとやっただけでも疲れてしまい、回復に時間がかかりますが、自分の好きなことならたとえご飯を食べず、眠らなくとも元気でやれたりしますね。それから昨日『ホツマツタヱ』を読んでいたら出て来たのですが、田を耕し、米を収穫するようになって国が栄え、民も豊かになった、この恵みは「田から」来たものなので「宝」というのだ、というのですね。下手なシャレのようですが、何のことはない、もともと同じ言葉なのです。
前にも書いたのですが、「意味」ということから「音」ということに焦点を当ててみると、言葉はおもしろいのです。例えば、日本語の文字の最初の2つは「アイ」ですが、この音を世界の言語に訪ねてみると、
アイ 日本語=最初の2つの文字
愛(アイ) 中国語=「愛」
I(アイ) 英語=「私、自分」
hay(アイ) スペイン語=「ある、存在する」
eins(アインス) ドイツ語=「1」
このように並べてみて、お気づきになりませんか? 「意味」としてはバラバラですが、何れも、存在とか、無から有を生み出す力、エネルギーと関係しています。それから、例えば、こんなのも不思議です。
名前(ナマエ) 日本語=「名前」
naam(ナアム) ネパール語=「名前」
Namen(ナーメン) ドイツ語=「名前」
name(ナーメ) ペルシャ語=「本」
こちらは、系統は全然違う言語なのに何故か音も意味も似てる。(実はドイツ語とペルシャ語は同じ系統の言語ですが。)そう言えば、比較的最近ですが、日本語とラテン語には、似通った語彙が多数存在する、という研究が出ていて、私は大変そそられました。日本語のルーツなどと言うと、すぐにアジア系の言葉ばかりを考えがちで、まさかラテン語と比較するなんていう学者さんはそんなにいないと思うのですが、実は私も同じようなことを考えていたので、この研究には驚きました。
言語は意味の系統で考えるとわけがわからなくなりそうですが、実際は、どの言語集団であれ、ある音はある効果をもたらしたのではないか、と私は考えています。言葉は音であり、音は音圧という言葉があるようにある力、エネルギーであり、またその音の響きによって私たちは楽しくも悲しくも、また怒りを感じたり苦しくなったりするのも日頃経験しているところです。とすれば、音としての言葉は現実にある状態を変化させていったに違いないのです。それが日本でいう「言霊」の実態でしょう。こうした真に力のある、エネルギーのある言葉を取り戻すことが、私たち一人一人の健康や幸せにとっても大事なのではないか。
『ホツマツタヱ』は私たちに日本語の48音一つ一つが持つ力やエネルギーを教えてくれます。これら48音をもとにした「アワのうた」を民に歌わせることで、イサナギとイサナミとは、国民一人一人を健康にし、精神も豊かに、国も平和に治めたと言います。また、その長女ワカヒメは和歌で田畑に害を及ぼすイナゴの大群を追い払ったと言われています。音としての日本語はそれほどにスゴイのです。
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January 17, 2008
「ホツマツタヱ」は偽書だと言われていますが、私は、2005年12月22日の記事(『ホツマツタヱ』〜宇宙の原理を表す「アイウエオ」)と26日に書いた記事(『ホツマツタヱ』〜日本建国の理念「トノヲシテ」)の理由によってこそ、「ホツマツタヱ」は偽書でないことの照明になっていると思うのです。つまり、この書に盛り込まれた知識といったら、言語学から自然科学から政治学から、全てが矛盾なく一貫しており、それは特定の誰かが勝手に生み出せる産物ではないからです。嘘は必ず齟齬を来すものです。齟齬と言えば、「ホツマ」よりは寧ろ『古事記』、『日本書紀』の方が多いように私には感じられます。私の場合は、記紀を読んでいてどうにも納得できなかった疑問が、ホツマ文献を紐解いて「なるほど!」と氷解したことがいくつもあるので、敢えてそう言うのです。
ホツマ文献を偽書だとする最も大きな理由と思われるのが、ホツマ文献が記載されている文字、つまり「ヲシテ」が48文字しかないという事実です。確かに、平安時代以降、いわゆる「かな」は48文字しかありません。今でも「五十音」と言いますね。が、日本語学者の間で共通の認識になっているのは、万葉時代には48音以上あった、という事実です。確かに、万葉仮名の一部には、現代日本語の五十音のうち、イ段のキ・ヒ・ミ、エ段のケ・へ・メ、オ段のコ・ソ・ト・ノ・(モ)・ヨ・ロ及びエの14音、更にその濁音について、甲類、乙類という2種類の音があったことがわかっており、その2種類は厳密に漢字が使い分けられているのです。そこで、ホツマ文字「ヲシテ」が48音ということは、既にその区別がなくなった、例えば江戸時代の人による創作ではないか、というのです。
しかし、これとて私にとってはナンセンスな話に響きます。何故なら、言語学やそれに関連する音声学を少しでも学んだことのある人であれば、「音」と「音素」とは別物であることは基礎の基礎に属する事項だからです。この言葉を初めて耳にする方もいらっしゃる方も多いかもしれませんね。では、「音」とは何か、「音素」とは何か?
私たちが英語を習い始めてすぐに覚える言葉の一つに「発音」というのがあります。「発音がよくない」とか、「正しい発音を身につける」とかいいます。で、辞書を見ると「発音記号」なるものが載っている……。ところが、学問的には、この「発音」という言葉ほど曖昧な言葉はありません。一体、何をもって「正しい発音」と言うのか? そこで、音声学ではいわゆる「発音」を、「音(音声)」と「音素」とに分けて考えます。「音」とは実際に発音される音、そのものです。そして、「音素」とは、ある言語集団が、「同じ音と感じられる」音の集合、範囲、ということができます。例えば、私たち日本人同士会話していて、私の「あ」と皆さんの「あ」は多少響きが違うかもしれない。或いはどこか訛っているかもしれない。同じ私の「あ」でも、落ち着いている時と、泣いたり叫んだりしている時とでは、実際に出ている音は違うかもしれない。それでも、同じ日本人同士、「あ」なら「あ」として認識できる範囲、それが「音素」です。寧ろ、実際の発話では、同じ発音というのはあり得ません。全く違う音と言ってもいい。それが同じ日本人であれば、ある音は「あ」として認識され、ある音は「え」と認識される、それが「音素」なのです。
この説明の文章で私がしつこく「同じ日本人同士」と書いたのは、言語集団が変わると、その音をどう認識するかは全く変わってくるからです。一番わかりやすい例が日本語の「ら」行の音です。「ら」行の音は私たち日本人には「ら」行の音として、一つの音として認識されますが、例えばアメリカ人からすれば、日本人の「ら」行の音には「L」の音と「R」の音の2種類があると感じられます。逆に、私たちにとってみれば、アメリカ人の「rice(米)」であろうが「lice(しらみ)」であろうが、同じ「ら」行の音、「ライス」であると感じられます。また、アメリカ人が「water」と発音すると私たちには「ワラ」と聞こえますし、「mirror」と発音すれば「ミラー」と聞こえ、どちらも「ラ」の音ですが、アメリカ人ははっきりと前者は「T」の音であり、後者は「R」の音であると感じます。
ここまで書けばおわかりでしょう。どのケースでも、発音されている音は同じものなのです。でもその音をどう感じるかは言語集団によって異なります。恐らく、漢字が輸入される以前の、ホツマ文字「ヲシテ」でものを記述していた人たちは日本語は48音あると感じ、同様に、日本語を漢字で表現しようとした人たち——恐らくその人たちにとっては漢字は母国語であったでしょう——にとってみれば、もっと多くの音があると感じたのではないでしょうか。しかし、結局日本語を表記する文字が48に落ち着いたのは、結局のところ、48音と感じる人たちが圧倒的に多かったからではないでしょうか。
恐らく、万葉仮名は、当時の日本語の発音を忠実に写していることでしょう。が、私がすごいと思うのは、ホツマ文字が何故48音なのかということを、ホツマ文献は自然や宇宙の成り立ちとの関連できちんと説明しているところです。言葉のひとつひとつ、音のひとつひとつが全て宇宙や人間の体とつながっている。音、言葉が人の体に、自然や宇宙に働きかけ、現実を変えていくという、本質的な理解がそこにはあるのです。漢字の日本語への導入により、言葉が音から意味となり、記号となっていった時、言葉はその力を失い、私たちも現実を変える力を失ったのではないか。
「ホツマツタヱ」に触れること、それは、私たちが漢字文化の中で失った、日本語という言葉の持つ力を取り戻し、私たち自身の潜在的能力を取り戻すことなのではないかと思うのです。
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January 16, 2008
前にお話しした、スタートラッカーズ島の明るく楽しい仲間たちのことを表現した曲「スタートラッカーズ」ですが、早くもセカンドライフ内でCDとしてリリースしました!
このCDはスタートラッカー島の限定商品です。スタトラにある私のお店 Lifebound Records でお買い求め下さい。
Lifebound Records では月に4枚程度のペースでCDをリリースしていく予定ですが、この「スタートラッカーズ」を含め、今回3枚のCDを同時リリースしています。
・Hiroshi Kumaki: Star Trackers L$200
・Hiroshi Kumaki: Prayers to Heaven(天壇)L$200(写真右)
・Toshiyuki Sekine: WSD ST Theme(早稲田通りのテーマ)L$200
「天壇」は、昨年北京を訪れた折に作曲したもので、セカンドライフ・コンサートで皆さんからご好評を頂いている曲。(感謝!)また、「早稲田通りのテーマ」は関根敏行さんがリアルでのライブでよく演奏されている、関根さんのバンド Nippon Soul Jazz Band のテーマ曲とも言える名曲です。是非お楽しみ下さい。
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あの時感じたもの
それは
炎であり
美であり
力であり
愛であり
暖かく 熱いものであり
すっと さわやかなものであり
そうしたものの全て——
光
光に抱かれ
光のうちに
光と共にある幸せ
そして
その更に先の世界
2月14日の「高句麗伝説」
今 待ち望む
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January 14, 2008
いやー、スゴかった。本当にスゴかった。
昨日も書きましたいだきしんさんのイベントの2日目、想像を遥かに越える素晴らしさ!
こんなコンサートが、こんな経験が現実にあろうとは!
今日は昨年6月にマケドニア・ビトラ市で行われた「高句麗伝説」コンサートの上映会、続いて「精神の源を辿る旅」と題された映像付きのいだきしんさんの即興コンサートで、「高句麗編」、「縄文編」に分かれ、全部で3部構成の一日でした。
ビトラでのコンサートの映像はこれまで何度も見ているはずなのですが、これまで何を見ていたのかというくらい、音が生々しく体に響き、高麗恵子さんの声も、あたかも今、そこで喋っているかのようであり、同時に、天から響いてくるようでもあり、その、えも言われぬ素晴らしい音響空間に、頭からも体からも、自分の中のマイナスなものが全部吹き飛んだようでした。
続く「高句麗編」では、中盤、いだきしんさんがかなり長い時間にわたって和太鼓を激しく叩き続けます。この太鼓は、私たちの体の中、心の中に火を付けてくれました。そして「縄文編」では打って変わって、原初的とも言える津軽の風景を背景に、宇宙的な広がりのある音が空間を満たし、大地から、宇宙から生まれた私たちの体の深奥と広い無限の宇宙空間とがひとつになるようでした。そしてアンコールは、またまた打って変わって、ハイテンポなロックのビートに観客全員を乗せていくのです。
まぁ、ホントに凄まじい一日で、コンサートに向った時と帰って来た時では全く別人になってしまったみたいです。果たして、今まで生きていたのか、と思えるほどに体が活性化し、頭もスッキリとして帰ってきました。昨日は、自分は何をしようというのか、なんてグズグズ考えてましたが、今日はそんなもの最初から決まってる、今年の目標とはそこに近づくために具体的に何をするかだけだ、ということがはっきりしました。そう、今年向うべき方向が決まったのです。今年に入ってもう2週間も出遅れてしまいましたが、成人の日の今日、私も新しい人生のスタートです。
本当に、自分の今と未来がわかり、向うべき方向がわかり、人生変わるコンサートです。嬉しいことに「高句麗伝説」コンサートは来月、2月14日(木)に東京・狛江市の狛江エコルマホールで行われます。是非、この機会をお見逃しなく。詳しくはNPO高麗がある株式会社いだきのホームペ—ジにて!
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January 13, 2008
もう日が変わってしまいましたが、12日の23:30からスタートラッカー島という SIM でミニライブを行いました。公にはしていませんでしたが、この日のライブを行った目的は、最後の最後に発表、演奏した「スタートラッカーズ」という新曲。既にネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第50号で発表されていますが、この曲を捧げた人たちに公開するのはこれが初めて。気に入ってくれるか、実は内心心配だったのですが……。
pic by Himawari Little
この曲の終わりの方で、汽車の音が入っているのですが、それというのも、スタートラッカー島の売りの一つにツアーライドのSLがあるからです。で、奇しくも、というか、暗示的に、というか、この曲を始める前に、みんなこの島の人はイベント会場に集まってるはずなのに、何故か、そのSLを動かして、会場の周りを回った人がいたのです! 更に奇しくも、この曲の演奏中に、それまで夜だったのが、ちょうど夜が明け始めたのです。誰かが、「スタトラの夜明けだ!」と言います。そこで曲中のSLの音。「スタトラの出発(たびだち)だ!」と言う人がいます。「ヒロシ、計算したな!」という人もいましたが、これはホントに全くの偶然。感動的なエンディングとなり、みなさんに満足して頂き、コンサートは大成功。いやー、ホントにみんなに気に入ってもらえてよかった。ホッと一息です。
早くも、CDは出ないのか、の問い合わせがありましたが、ご心配なく。近々スタートラッカー島の Lifebound Records で販売予定です。お楽しみに。
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今日は、ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」でも案内されていました、いだきしんさんと高麗恵子さんによる「高句麗伝説」が東京のラフォーレミュージアム六本木でありました。「高句麗伝説」コンサートのことはこれまでも何度もこの日記に書いてきましたが、昨年は海外公演が中心で、何と日本での公演は1年以上のブランクがあったのでした。それだけに自分自身久しぶりにここに帰ってきた、という感じで、胸をときめかせながら会場に向いました。
ここ一年半ほど、「高句麗伝説」はどんどんエネルギッシュかつドラマチックになってきていたので、果たして今日はどんな催しになるかと楽しみにしておりましたら、意外や意外、全体的に静かで、体に心に染み渡るような演奏。高麗さんの声も終止やさしい響きで、じっくりと感じ入っておりました。
その間、様々な思いなのか雑念なのか、そういうものが去来する中、ずっと考えていたのは、今自分がここにいる意味、そして自分がどこに向おうとしているのかということ。
いだきしんさんのイベントは明日も同じ会場で開催されます。まだ聴いたことがないという方は是非いらして下さい。詳しくは株式会社いだきのホームページまで。
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January 11, 2008
セカンドライフがその他のヴァーチャル・ゲームと一線を画している要因の一つに、通貨のことがあると思います。ゲームの中でお金を使ったり稼いだりすること自体は全然新しいものではありませんが、ゲーム内の通貨リンデンドルと現実の米ドルが変動相場制でちゃんと為替レートがあって、売買可能、というところが何より新しいと思います。従って、自分が現実に所有しているお金(=円)をゲーム内に持ち込むことも、ゲーム内のお金を現実世界に持ち出すこともできるのです。カードでリンデンドルを買うと、その日のリンデンドルと米ドルの為替レート、米ドルと日本円の為替レートで計算されて円で引き落としされるのが何とも不思議、というよりは普通に海外旅行で買い物をした時のような感覚ですね。セカンドライフは無料のものが多く、服なども50リンデンドルくらいから買えたりしますから、ここで遊ぶのは正に物価の安い国で遊んでいるようなものです。
そう。もともと遊びだと思って、あんまり時間やお金をかけたくなかったものですから、最初は無料のものを探して手に入れたり、キャンプと呼ばれる安いアルバイトをして小銭を稼いで安いものを買っていたりしましたが、実際問題として、やっぱり無料のものはしょぼかったりしますし、キャンプも時間がかかる割にはあまり豊かにならず、正にワーキング・プア状態。これではとても大きいことができそうにありません。自分はミュージシャンですが、まず第一に商売道具のピアノやシンセといった楽器が買えない。1日に20ドルくらいしか稼げないようでは、1000ドルのピアノを手に入れるのに一体どれだけ働けばいいのか、いつになったらセカンドライフ・ミュージシャンと言えるようになるのか……。
結局、カードを使って現実のお金を投入します。服や姿形も変わり、楽器も手に入れて、ミュージシャンとして動けるようになると、やはりお金というものは入ってくるものですね。特に音楽というものはそうでしょう。私は、セカンドライフのバーニングライフというイベントで、海外の有名なミュージシャンたちのステージを見たことがありますが、普段着でただギター持って立ってるだけ、みたいな感じでは、折角いい曲をやっても盛り上がらない。そこで、私もステージでは、衣装に工夫を凝らしたり、演奏する時のパフォーマンスなども派手にやるようにしています。お客さんというのはそうしたトータルなものに対してお金を出してくれるのだなぁ、と改めて思うのです。
こうなると、お金がお金を呼ぶ流れになります。いずれ自分の土地がほしいからと有料のプレミアム会員になりましたら、毎週300ドルがリンデン社より支給され、月1,200ドルの収入になります。また、たまたま応募したセカンドライフ内の翻訳コンテストなるもので、何と銀賞を受賞、気を良くして次も応募しましたら今度はブロンズでしたが、まぁ、まとまったお金が入ってきました。こうして最近は、以前のように時間をかけて働かなくても、お金の心配はなくなり、欲しいものもパッと買えるようになったのです。
セカンドライフはお金をかけなくても十分楽しめますし、寧ろ、以前書いたように一文無しから成り上がっていくアメリカン・ドリームのような楽しさがあるのですが、一方で、お金をかけるとそれだけ動きが大きく、早くなるのも事実だということをここ半年くらいセカンドライフに暮らしていて気づかされました。そう、こうして経済活動が大きくなってきて、人との交流も盛んになってくると、これはもう、完全にセカンドライフで暮らしている、生活してると言っていいですね。ハマッてる、どころではありません。(笑
ところで、このお金を大きく動かせば動かすほど、お金がお金を生み、人との交流も多くなっていくというのは、現実の生活でも同じですね。うーん、現実もセカンドライフと同じくらい大きな動きができればいいのだが……!
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January 10, 2008
セカンドライフ話題の第3弾です。
昨晩、結局土地を3つ借りることになった話をしましたが、Mirandirge、STARTracker Island と書いてきて、最後の一つが SilkRoad というSIM です。ここに GOLESTAN - Lifebound Garden というイスラーム風、というよりはイランを意識した庭園を作っています。
SilkRoad は、最初にこの SIM がオープンになった時から気になっていたのでした。このブログもイランとか中東、中国の話題が多いのは皆さんもお気づきでしょうが、本当に、アジアのこの地域というのは大好きなのですね。最初はセカンドライフは結局ゲームだし、そんなにお金をかけてもしょうがない、と思っていた私も、結局はどれかひとつを選ぶということではなく、気になっているものは放っておくわけにもいかず、やりたいことは全部やりたいと、STARTracker に続いてここも借りることにしたのです。それに、ここには私のコンサートに来て下さる仲のよい人たちもいて……。
ここは入るとすぐ左手にバラの花が一杯咲いていて、その中にあずまやがあります。そう、場所の名前「ゴレスターン」はペルシャ語で「バラ園」の意味で、同時にイランの偉大な詩人サアディーの詩集のタイトルでもあります。この庭園自体はシーラーズにある、やはり詩人のハーフィズの廟を参考にしていて、そこは、砂漠の真ん中というのに花が咲き乱れ、音楽が流れ、そして、イスラームの戒律の厳しいこの国で、いくつものカップルがハーフィズの詩集を手に愛を語り合う、何とも幸せな空間なのでした。ああいう豊かな空間をもっともっと広げていきたいと思うのです。私のあずまやの中央には丸い大理石のテーブルがありますが、いずれここにはハーフィズの詩集を置く予定です。ハーフィズの詩集は、ぱっと開いて出た詩が、そのまま占いになるのです。私がハーフィズの廟を訪れた時も、イランの女学生たちが集まって、きゃあきゃあ言いながら詩集を開いてましたっけ。そのハーフィズ占いをここでできればと考えているのです。
さて、この庭園に入って右側にはモスクが建っています。入口はやはりイランのエイヴァーンという半ドームを真似したつくりになっていて、中ではイランを中心にした写真展を行っています。実はペルシャ、イスラームの造形は実に繊細で豊かなものであり、私のセカンドライフでのデザイン力がまだまだ及ばないところもあり、ここは時間をかけてより美しく、かつオーセンティックなものに変えていきたいと思っています。因みにここのメナール(ミナレット)には登ることができ、やはり高いところから見る風景はきれいで気持ちがいいですね。
ところで、ここで見るべきものと言ったらこれだけではないのです。あずまやの奥、バラ園に囲まれたところに地下室への階段があって、その地下はちょっとしたチャーイハーネ(ペルシャ風の喫茶店)になっています。絨毯の上に座ってお茶が飲めるのはもちろん、イスラーム世界に独特の水タバコなるものを楽しめます。私もエスファハーンのスィー・オ・セ(33)橋の下にあるチャーイハーネに行ったことがありますが、普通はタバコを吸わない私も、この時ばかりはめったにできない経験でもあり、水タバコを吸ってみました。いろいろ味がついていてなかなかおもしろかったですね。イスラームでは飲酒を禁止していますからこういうものが発達するのですが、味と言えば、ノンアルコール・ビールも日本のようにビールの味を再現したものというよりは、レモン味とかイチゴ味なんてのがあっておもしろかったですね。ビールのイチゴ味なんて想像できます?(笑
そうそう。ゴレスターンのチャーイハーネでは、勿論、私のミュージックビデオを見ることができる——今はお正月に因んでイランの日の出の映像を流しています——のと、ピアノやお琴の先祖であるサントゥールという楽器がおいてあり、この楽器を遣った即興演奏のコンサートも企画していますのでお楽しみに。
GOLESTAN - Lifebound Garden
http://slurl.com/secondlife/SilkRoad/26/209/26
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January 09, 2008
今日もセカンドライフの話題です。
昨日はよりよい空間を求めてメインランドに音楽活動の拠点を移した話をしましたが、そうやって求めている時というのは不思議なもので、おもしろい話が他にあと2つ来たので、結局3ヶ所土地を借りることになりました。その一つが STAR Tracker Island で、ここに Lifebound Records というミュージックショップを置くことになりました。
STAR Tracker Island は、仲良しの Leoleo Ling さんの知り合いがオーナーというSIMで、基本的にはクリエイターアイランド、物作りをする人のための島です。いろいろと面白い乗り物やグッズを作っては僕らを笑わせてくれる Leoleo さんはずっと自分が落ち着ける土地を探していたのですが、やはり気の合う仲間のSIMだからか、殆ど即決してしまいました。で、私も誘われ、Leoleo さんが勧めるなら、と心を決め、せっかくだからコンサートを一緒に主催した pira Noel さんも誘おうと思ったら、何と pira さん、私より先にここに土地を借りることを決めていました。Leoleo さんと仲良しで、pira さんのお店のスタッフでもある sena Pinklady さんも含め、pira さんの Hakata にあるカフェに集まっていたみんなが、揃って同じ SIM に土地を借りることになったのです。
ところで、クリエイターアイランドですから、ただ住むというわけにはいきません。商品を作って売らなければなりません。作ろうと思えばいろんなものを作ることができるでしょうが、如何せん、時間が足りない身の上なので、できるだけ手間のかからないものを、と思い——Leoleo さんからは、「案外めんどくさがりやだな」と笑われています——、結局CDを販売することにしました。音楽やってますからね。安直な発想です。
セカンドライフ内でCD? 前にも書きましたが、セカンドライフ内でまとまった音楽を聴かせるのはなかなか難しいと言えます。フリーで手に入れたCDもありますが、これはそのCDに音が入っていて、その場にいる人みんなで聴くことができるものの、例の10秒毎に音楽ファイルが刻まれているもので、PCや回線の状態によって音がブツブツ切れて、とても聴くに耐えられるものではありません。これを商品として出すのはどうか?
私のCDは、CDケースをタッチすると中からディスクが出て来て、ディスクをタッチすると回転し始め、WEBサイトに接続、そこに置いてあるmp3ファイルを鳴らす、というものです。音が鳴るのはセカンドライフの外、PCにインストールされた QuickTime やら Media Player やらが鳴らしているわけですから、セカンドライフ内にいる周りの人と一緒に聴くことはできませんが、こっちの方がずっと音がいい。お金をとるんであれば尚更です。実際にはCDでなくmp3を売ってるわけですが、ちゃんとパッケージやディスクがお客さんの手許に渡るところが、ダウンロードサイトで購入するのとは違った、セカンドライフらしい楽しみを与えてくれていると思います。
STAR Tracker Island と契約したのは何とオープンの前日だったため、最初はとにかく商品とそれを並べる台だけ作って誤摩化しましたが、やはりいつまでもそれでは淋しい。現在では2階を商談もできるようなオフィスにして、壁は通り側が渋谷にあるような大スクリーン、海側は開放的なガラス張りにして、いよいよレコード会社らしい体裁に改装しました。とは言え、ただ会社っぽくしてもつまらないので、基本的にはメインランドと同じような広い海と空を感じられる空間として、土地の殆どを海にし、やはりヨットを置き、隣の pira Noel さんのアクアショップと連携したイメージになっています。
ここから美しく広い海と空とを見つめながら、僕はその向こうにある未来を思い描くのです。気の合う仲間の集まるこの楽しい場所は、私の交流と新しいビジネス展開の拠点なのです。
Lifebound Records
http://slurl.com/secondlife/STARTracker/31/54/22
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January 08, 2008
セカンドライフの話を続けます。
前に、Toshimakuという所に土地を借りているという話を書いたことがありますが、11月にそこは引き払ってしまいました。やはり、pira Noel さんの水族館でチャリティコンサートをやって、50人がSIMの限界というセカンドライフで、40人近く集まる大成功となったことで、私自身、ものの見方や感じ方がすっかり変わってしまったことがあります。それから、スクリプトを多用する楽器郡や照明などが、同じくスクリプトで動く魚たちがたくさんいる水族館には負担になったこともあります。この水族館のように美しい、気持ちのいい所で、音楽演奏専用の場所がほしい。
Toshimakuもなかなか牧歌的でのんびりしていていいところだったのですが、広ーい、大きな自然を感じられる場所であること、それから、日本人だけでなく外国の方にも来てほしいところからメインランドを狙うことにしました。ちょうどコンサートの頃出会った縁で、メインランドに土地を持っている人がいて、Mirandirgeという海岸の土地を2000平米借りることができました。2000平米と言えば、かなりいろんなことができそうですが、友人の Leoleo Ling さんからもったいない、と言われるほど贅沢な使い方をしています。浜辺からピアを渡った海上にステージを備えたカフェがあるのです。ここを Lifebound Cafe と名付けて、活動の拠点とします。
いやー、ここはのんびりした所で、メインランドなので外人さんもよく来るのですが、左右両隣は日本人の方なのでホッとしますね。方やヨットハーバー、方やティキ風の気持ちよさそうな家で、さすが皆さんのセンスのよさを感じます。そして目の前は何と言っても広い海。海に面したSIMも多いと思いますが、ここはリンデンの海と言って、実際に船で乗り入れることができるのです。また、そこにはリンデンの風が心地よく吹いてきます。というわけで、リーマン時代にヨット遊びを覚えてしまった私は早速ヨットを買って、海を渡って、海の向こう側のSIMまで遊びに行ったりします。これがリアル同様に気持ちいい! これはメインランドならではの楽しみですね。
この気持ちのよい場所で、毎週土曜日、23:00過ぎからミニライブをやっています。やっぱりライブだと直接お客さんの反応がわかったり話ができていいですね。そんなわけで、一方的に喋って配信するラジオ「DAICHI-大地-」は昨年一杯でやめてしまい、こちらに専念することにしました。選曲も演奏も、その時のお客さんに会わせて即興的にやりますので、自分でもどういう展開になるかわからなくて、それがまた楽しいのです。
皆さん、セカンドライフにログインした際には、是非お立ち寄り下さいね。
Lifebound Cafe
http://slurl.com/secondlife/Mirandirge/205/71/21
営業時間:土〜木 23:00〜25:00(Hiroshi Kumakiのログイン時間帯です)
ミニライブ:土 23:30〜24:30
ヨットによるリンデン海のセーリング、タロット占いなども行っています。
詳しくはセカンドライフ内で Hiroshi Kumaki までIM下さい。
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January 07, 2008
あけましておめでとうございます。
って、もう新しい年が始まって1週間になるんですが。(^_^;
大変ご無沙汰しております。
タンゴ黒猫でございます。
昨年最後の4ケ月くらいは、仕事とセカンドライフで忙しくなってしまって
このブログもついついサボりがちなのでした。
セカンドライフでは、昨年から今年への年越しの日、
Niseko SL Station DJのKenmi Lomuさんがそのラジオ番組で何人かの方に
今年の10大(重大?)ニュースは何ですか、と質問されてましたが、
皆さん、セカンドライフに参加したことですね、とお答えになるのですね。
セカンドライフの中の話なので、当然と言えば当然なのかもしれませんが、
私自身、そうだなぁ、とつくづく思うのでした。
最初はどんなとこか、何ができそうなのか、まずは見てやろう、
というような軽いノリで始め、あちこちをフラフラ彷徨っていたのが、
今や3ヶ所に土地を持って、ライブハウス、CDショップ、イスラーム庭園などを展開し、
毎晩最低でも2時間くらいはいろんな人と交流するようになってしまったわけですから。
それと言うのも、本当にここは出会いの場であり、創造の場であり、
新しい価値を生み出せる場だと感じているからなんですね。
リアルライフでは、私の音楽活動の場もネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」で
毎月1曲新曲を発表する程度でしたが、
10月の水族館コンサート以来、いろんなイベントに呼ばれたりして、
頻繁にライブステージを行うようになりました。
リアルでライブをやるのはいろいろと大変ですが、
仮想世界では家にいながらにして、気軽に演奏できるので、
これはありがたいですね。
まぁ、そんなこんなでこうした催しを通じて多くの人と知り合い、
それがまた新しい催しや商品づくりにつながっていくのが
セカンドライフのおもしろいところ。
さて、今年はどんな展開が待っているのか、自分は何を成していくのか?
まだ、という方には是非お勧めしたいところです。
今日はこの辺にして、明日から僕がセカンドライフの中で何をしてるのか
また何を見聞きしてるのか、
少しずつ書いていってみたいと思います。
ではまた!
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November 07, 2007
私はよく物知りとか博識とか言われることがあり、この間などは辞書を枕替わりに頭に敷いて寝ると、辞書の内容が頭に入っていくのだ、なんて伝説がまことしやかに伝えられているのを聞いて笑ってしまいました。いやー、そんな便利な作りになっていればいいんですがね。実際、私はあまりものを記憶するような努力はしていません。頭に情報がたくさん詰まっていると、却ってわけがわからなくなり、物事を判断できなくなってしまうのではないでしょうか。どうも私の見るところ、物知りとか記憶がいいと言われている人に共通しているのは、ものを覚えないようにしている、ということのようです。大量な情報を的確に処理するには、頭に記憶させておくのではなく、知りたい時にどこに行ったり見たりすれば、或いは誰に聞けばいいか、それだけ知っておくことの方が重要です。辞書に載っている言葉を全部覚えるのではなく、わからない言葉、知りたい言葉があったら辞書を引けばいい、とわかっておくことですね。或いは、こういう問題だったら誰々さんに聞けば詳しい、とか。最近はネットで、グーグルで検索すれば、大抵のことは知ることができますね。
そうは言っても、ちゃんと知っておかなければならないことというのはあります。仕事に関する知識などはそうですね。これは頭で覚えるというよりも、身体にしみこませて、頭を使わなくても自然に出てくるようでなくてはいけません。
今、某有名企業のシステム開発の仕事を受けていて、その企業の開発専用の部屋で仕事しているのですが、これが、当然と言えば当然なのですが、顧客情報の流出、ネットやリムーバブルディスクを通じてのウィルス感染などのセキュリティが厳しく、何と私が使っているパソコンはネットにつながっていないのです。従って、あ、あれについて知りたい、と言った時に、ネットを利用することはできません。
これは先日実際にあった出来事なのですが、そういう環境の中で、急ぎであることを実現しなければならず、そのためのプログラムを作られなければならなくなりました。その時、私の頭の中には、あっ、これはあれを使えばいい! というのがあったのですが、その「あれ」とは以前ネットで見たことがあるものなのですが、ちゃんと覚えてはいなかったのです。手許にはマニュアルや教科書の類もありません。仕事中ですから家に戻るわけにもいきません。何しろ、その日の業務が終るまでにそのプログラムを作って、業務終了後に実行しなければならないのです。時間はありません。周りの人に聞いても、その「あれ」については知らないというのです。さあ、どうするか?
今も書いたように、ネットも見られない、本もない環境ですから、これはもう、自分がはっきりとわかっている知識だけで実現するしかないわけです。「あれ」を使えば1行でさらっとカッコよく実現できることですが、それがわからない以上、もう「あれ」のことは考えずに、実現しなければならないことをどう実現するか、どうなっていればいいか、結果から考え始めました。自分の拙い知識を、どう組み合わせればその結果に辿り着けるのか。発想の転換というやつですね。結局、その結果に辿り着くまでのステップをいくつかに分け、それぞれを実現する子プログラムを作り、最後にそれらのプログラムを順番に続けて実行する親プログラムを作って、何とか業務終了までに間に合わせました。プログラムとしてはカッコ悪いけれども、大事なのは目的を実現すること、時機を逃さないことですね。
やり終えたあと、ああ、これは通訳と同じだなぁ、と思いました。通訳もまた、一々辞書やガイドブックなんかみていられない仕事ですね。何を言われても聞かれても、即座に受け答えできなければなりません。正しい訳語とか、ガイドブック的知識に拘るとできない仕事です。自分の持っている単語や表現、或いはそれぞれの分野の知識を駆使して、とにかく内容を正確に伝えるということが求められます。
いや、こうしたことは、プログラマーや通訳に限らず、仕事というものは、現場での仕事というのは、そういうものではないでしょうか。現場で起ることというのは、必ずしも理想的な環境ではありません。寧ろ必ずと言っていいほど、予期しない、準備のできていないことが起ります。その時、プロであれば、わかりません、できません、知りません、聞いてません、といったことは言えません。ものを柔軟に考え、自分の持っているものだけで勝負する、何が何でも必ず目的を実現する。それこそ実力というものであり、プロであると言えるでしょう。
最初に書きましたように、覚えなければならないもの、知らなければならないものは覚えなければ、知らなければならないのです。が、全てを覚えられるわけでも知ることができるわけでないのもまた事実です。以前、「エレガントな解答」という文章で書いたような、カッコイイ答を出せるように、自分の仕事では常に勉強しておくことも大事です。が、「エレガントな解答」という言葉が同時に表わしているのは、数学ですら、答を導く方法は一つではない、ということです。どんな状況下でも、必ず目的を実現できるような発想の転換、応用力といったものも、仕事の現場では要求されています。「正解」を記憶することが求められるテストに長い間どっぷり浸かって慣らされている私たちにとって、このことはとても重要なことだと思うのです。
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November 01, 2007
あっと言う間にもう11月、今年も残すところあとふた月となりましたね。9月半ばに北京に行ってからのこのひと月半は本当にいろんなことがありましたのに、セカンドライフでのコンサートの準備などで忙しくしていたこともあって、殆どこのブログの記事も書くことなく過ぎてしまいました。
さて、そのセカンドライフでのコンサートを実行するに当って、私が是非参考にしたいと思っていたイベントがありました。9月の終わりから10月の初めにかけて約1週間にわたってセカンドライフ内で行なわれたバーニングライフという催しです。この催し自体についてはまた別の機会に詳しく書くことにしますが、まあ、とにかくセカンドライフやってるみんなで集まって交流し、大いに盛り上がろうというものです。いくつもの会場でライブステージが行なわれますので、セカンドライフの公式イベントに出てくるようなミュージシャンがどんなステージを展開しているのか、世界的なレベルを確認しておきたかったのです。
会場に行って驚いたのは、折しもミャンマーのデモが盛り上がっている頃であり、正にミャンマーの僧侶の出で立ちをした方や、"Free Burma" というグループに属している方が多くいらしたことですね。やはりこういう国際的イベントに参加するような人は、意識の高い人が多いと感じないではいられません。日本でも新潟中越地震にセカンドライフが敏感に反応していたということを以前書きましたけれども、そういう点を考えても、セカンドライフはインターネットゲームというよりも、意識の高い大人が創るコミュニティという感じがします。
そして、ミュージシャンです。イベントに登場するミュージシャンの方はどなたも、ミャンマーの問題に触れたり、平和とか自由とか、人と人との交流、内面、精神を充実させることなどをステージ上で語るのですね。ああ、いいなぁ、と思いました。自然、このイベントが、ウッドストックやライヴ・エイドなどの流れにあるものとして感じられるのでした。欧米の、特にアメリカのミュージシャンは自由とか平和ということに敏感ですね。自由や平和が脅かされるとすぐに立ち上がる、そういう伝統があるようです。ミュージシャンは、私もそのはしくれとしてよくわかるのですが、自分の裡に表現したいことがいっぱいある人間だということができると思います。表現しないではいられないのです。が、その表現も、生きるということも、自由があって、平和であって初めて実現できるものなのです。ですから、自由が奪われる、平和が脅かされるということに対して、とても敏感なんですね。音楽と言葉とで多くの民衆に語りかけ、共に戦おうとする、それが欧米のミュージシャンであるようです。
日本では、自由とか愛とかいうことが個人的にとらえられ過ぎていて、それが社会全体とは関係ないように思われがちで、従って音楽活動も同じで、純粋に個人的なものに、社会問題とは関係ないもののようになっているように感じます。しかし、実際は、私たちの個人的な生活は社会全体の動きの影響を受けていることは言うまでもありません。この辺りについては、我々日本のミュージシャンはもっと欧米にミュージシャンに学ぶべきところがあるように思うのです。
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October 18, 2007
北京から戻ってきてしばらくしてから、申し込んであった銀行からカードが届いた。この銀行の発行するキャッシュカードであるが、VISAデビットカードがついているのだ。待ってました! という感じである。
実は、私はかつてクレジットカードで事故を起したことがあって、返済終了から5年経過するまではクレジットカードは持てないし、ローンも利用することができない。今更借財をするつもりはないのでローンはともかく、クレジットカードを持てないというのは厳しい。というのも、私はインターネットがもはや生活の基盤になっていると言っていいが、そのインターネットでの決済手段は殆どがクレジットカードである。日本では振込サービスを受け付けているところもあるが、全体としてはクレジットカードの決済しか受け付けないというところが圧倒的に多い。何千円という安い商品であっても、それを現金で買える余裕があっても、カードがないと手に入れることができないのだ。以前、アメリカのある会社から更新手続をカード決済で行なうよう言われ、銀行から振り込むから更新の手続をお願いしたい旨申し入れたが、カードでないとダメだ、自分で持っていないなら友人からカード番号を借りて手続してほしいと言われ、さすがにそんなことで人に迷惑をかけるわけにはいかず、結局そのサービスの更新は見送ったという、そんなこともあった。また、今ハマッているセカンドライフにしても、カードを登録しておかないとリンデン・ドルを購入することもできない。勿論土地が手に入るプレミアム・アカウントを持つこともできない。
実は、今回VISAデビットカードを知ったのは、そのセカンドライフの流れなのである。クレジットカードの他にVISAのデビットカードも受け付けるよ、ということになっていて、おお、それなら持てるかもしれないと、調べたのだ。デビットカードは「デビット(debit)=引き落とし」という言葉からわかるように、そのカードを使用した時点で、登録されている銀行口座からすぐに引き落とされるしくみだ。後払いのクレジットカードと違ってリアルタイムでお金が動くので安心だし、安心と言えば、口座に入っている金額以上に使用することはできないのもいい。(ちゃんと残高を知っていて使わないと拒否られるので恥ずかしいけどね。)日本ではJデビットというのがあって、普通の銀行のキャッシュカードをデビットカードとして使うことが可能なんだけれども、VISAのデビットカードはVISAのクレジットカードと同じように使えるところが魅力だと言えますね。
というわけで、そのVISAデビットカードが届き、セカンドライフを始めいろいろ試しておりますが、いやぁ、やっぱり便利ですね、カードが使えるというのは。決済方法が増えただけで、何か物事を始めたりするのにも選択の範囲が広がるわけですから。これは大きいです。
こういうサービスがあるのは本当にありがたいことですが、それだけに、信用というものが私たちの生活、人生に及ぼす影響の大きさを改めて思い知りました。なので、本当にクレジットカードは大切に使った方がいいですよ。その使い方が正にその人の信用につながるわけですからね。
それでは、また。
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October 04, 2007
音
言葉
風
光
そこから始まる
新しい世界——
* * *
今日は東京のめぐろパーシモンホール・小ホールで、高麗恵子さんの詩と語り、いだきしんさんのピアノによる「大地の声」の催しが行われました。高麗さんの語る詩は全て風をテーマにしたもの。その言葉の響きと、いだきしんさんのピアノの響きから生み出される、今まで感じたことのない心地よい空間。これは一体ーー。
目に見えて世の中が素晴らしい方向へ変わったと感じられる一日でした。
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September 18, 2007
今、知人のお通夜から帰ってきたところです。昨日、訃報を受けた時は信じられませんでした。いつも一緒にボランティア活動している人のご主人で、昔からよく知っている人です。42歳でした。私より若いのに。私よりずっと純粋な目をしたきれいな人でした。なのに何故? この世で起こる全ては神や仏の計らいだと言いますが、何故こんなに若くして彼の命が召されなければならなかったのでしょうか? まだまだ小さい3人のお子さんと奥さんを遺して……。
お通夜の会場にはいだきしんさんのピアノのCDが流れていて、本当に清らかな空間でした。正面に飾ってある彼のカラーの肖像写真は、今にも動き出しそうなほどでした。やがていだきしんさんご本人がお見えになり、ピアノを弾いて行かれました。いだき先生のあのピアノで、彼の魂は本当に安らぎを得ただろうと思います。
願わくは、彼が肉体を失った分、いつも奥さんやお子さんたちと一緒にいることができたらと。そして改めて思わずにはいられないのです。今、こうして生き残っている私は、先に逝ってしまった彼の分も、彼のお子さんや、世の若い世代の子たちのために、一日も早くよりよい社会、世界を創っていかねばならないと。私よりも若い彼がいなくなった今、私にも残されている時間は少ないのです。一日一日、一分一秒おろそかにすることはできません。
美しい魂が、美しい生命が犠牲になることなく、真に幸せに生きられる世の中を!
ご冥福をお祈り申し上げます。
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September 10, 2007
今日から久しぶりに海外に出ます。明日、北京で行われる「高句麗伝説」コンサートに参加するためです。
9月に入ってからこの間、ブログもセカンドライフもあまりやってませんでしたが、それはずっと気になっていったことがあったからです。このコンサートは、しかも私がこれまで何度も関わった中国でのコンサートは、最初から行くと決めていたにも拘らず、仕事の日程や費用の点で迷っていたのです。
が、迷う必要などなかったのです。自分がやりたいと思っていること、自分が決めたことを曖昧にしておいては日々の生活も仕事もあったものではないのです。ずっとそれが気になりながらの状態が負担だったのか、頭はぼーっとし、疲れやすく、朝も寝覚めが悪いのです。
それが、出発も5日前になって、急遽行くことを決めました。決めると体の奥底から元気が出て来て、頭もすっきりと働くようになりました。当然、朝も早い時間にすっきりと目が覚めます。グズグズと迷っていたのは何だったのだろう、という感じです。それほどまでに、自分が望んでいること、心の奥底ではもう決めていることが自分の生活、人生に影響を及ぼしているのだということを改めて気づかされました。これを無視してはいけません。
そんなわけで、これから北京に行って参ります。明日、奇しくも9月11日という日に行われるこのコンサートが良い意味で世界を大きく変えることを祈りながら。
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September 09, 2007
昨晩は pira Noel さんが Hakata で経営する Cosmic Tree Cafe で初の九州人会が行われました。既に書きましたように、私は pira さんの水族館が気に入ったので、よく私のところに来てくれる Leoleo Ling さんに紹介しましたら、Leoleo さんも「癒される!」と大いに気に入って頂き、pira さんとも意気投合、いろいろと話しているうちに三人とも九州人だとわかり……。pira さんの Hakata のお店のご近所さんは当然のように九州人の方で、こんなにいるんなら、と集まることにしたのでした。
会は pira さんの「秘密基地」にあるステージでまずは一人一人が自己紹介するところから始まりました。必ずしもリアルライフで九州と縁がある人ばかりとは限らないのですが、共通しているのはみんな pira さんに出会ってその人柄に惹かれてこの Cosmic Tree に出入りするようになったということでしょうか。これだけの人を集めてしまう pira さんは、本当に不思議な魅力に溢れた人です。
そうやって集まった人たちがまたバラエティに富んでいておもしろいのです。服のデザインをする人、家具を作っている人、そしてもちろんアバターを作る人、pira さんもパーティクルがお気に入りでいろいろと作っているようですし、そうそう、スクリプトを書く人もいましたね。で、私こと Hiroshi Kumaki は音楽担当ですし。リアルではWeb開発の会社をやっている社長さんという方もいらっしゃいました。まぁ、これだけいろんな才能を持った人が集まれるという、これこそセカンドライフならではの楽しみですね。ここから何が生まれてくるか、非常に楽しみです。
ステージで自己紹介する ema さんはグループTシャツを作ってくれました——
左奥の女性が pira Noel さん、右から2番目、右を向いているのが私 Hiroshi Kumaki

40-0 の Kyoko さんはSLでは家具を作っている人です——
話す時に PCが出てくる人は結構いますけど、Kyoko さんは携帯が出てくるのだ

ギズモなキャラの人もいる——ぬいぐるみではありません
いろんな方、と言えば、途中からサーフボードなどで有名な Analog Jun さんにも来て頂きました。私たちのグループのTシャツをプレゼントしたのですが、どうもサイズが合わず、おへそが出てしまいます。じゃあこれで隠そう、と浮き輪を出して身につけられるではないですか! そこからはもう大騒ぎ。みんなで浮き輪やサーフボードを試したいと、Analog さんのお店がある海へと向かいます。みんな大はしゃぎで楽しいひとときを過ごしました。私もリアルではサーフィンなんてやったことないのですが、実に気持ちいい経験をさせて頂きました。これも仮想空間ならでは。
まぁ、そうやって大騒ぎのうちに閉会しましたが、先ほども書きましたように、いろんな才能が集まったこのグループ、これからどんなことになっていくのか楽しみです。この会を企画してくれた pira さん、グループのTシャツを作ってくれたりと pira さんをいつも支えてくれている ema さん、そして海に連れていってくれました Analog さん、その他会を盛り上げてくれた皆さんにお礼を申し上げます。
それでは、また。
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September 06, 2007
会社で働いていると、人の年齢を計算しないといけない局面というのが間々ありますね。人事担当の方は勿論でしょうけれども、営業をやっていても顧客管理というのもあります。今日、まさにそういう場面が訪れたのです。○月×日時点で雇用されている社員の平均年齢を出してくれ!
いやぁ、久し振りでしたね、こういうのは。かつて顧客管理データベースを作ったことがあるのですが、年齢計算というのは面倒ですね。単純に今の西暦から生年を引くわけにはいきません。誕生日が来ている人と来ていない人とでは変わるからですね。では、実際、どういう計算式で表現するか? もし誕生日が来ていれば、そうでない場合は、なんてIF文を使ったのではやたらとややこしくなります。ややこしい計算式を書いてしまうと、間違えた時に直すのも面倒です。
多分、私がかつて書いたのはこんな感じのものだったのでないかと思います。
=(現在の年月日−生年月日)*4/(365*4+1)
これは、誕生日までの日数を年で割るのですが、4年に1回閏年があるので、4年の日数で割って、その分分子に4を掛けてあるのですね。まぁ、誰でも考えつきそうな、最も基本的な、真面目な式と言えますが、あまりかっこよくないですね。
こういうものは表計算ソフトのエクセルでやることが多いと思いますが、エクセルは関数が充実しているので、便利な関数はないかと思って調べたら、ありました! DATEDIFというやつです。
=DATEDIF(生年月日,現在の年月日,"Y")
私は最初これを "dated if" と読んで何のこっちゃ、と思ってしまいましたが、"date difference" のことですね。最初の日付と2番目の日付がどれだけ離れているかを計算するもので、最後の"Y"のところで「満」になった単位を示します。例えば"Y"ならば満何年(何歳)という結果が得られ、"YM"とすると、満何ヶ月という結果が出てきます。よく勤務年数や居住年数で「何年何ヶ月」という表現がありますが、ああいう場面で便利ですね。うん、これは使える。
でも、必ずしもエクセルを使ってるとは限りません。他のデータベースソフトだったり、いや、出先で、パッと電卓かなにかで計算しないといけない時もあるかもしれません。
今回、どういう式を設定するのが一番いいか、試しにググってみたところ、佐野裕さんのブログに「生年月日から年齢を計算する簡単な計算式」なるものが出ていて、これには目から鱗でした。
=(現在の年月日−生年月日)/10000 (小数点以下切り捨て)
な、なぬっ! 閏年も複雑なかけ算や割り算も、IFも何もないぞ! 殆ど、ただ引いているだけではないか! 勿論、これらの年月日は"20070906"の形式にして計算するのですがね。試しに、1970年9月11日生まれの人の年齢を計算してみると
20070906 - 19700911 / 10000 = 36.9995
小数点以下切り捨てで見事36歳が得られました! 何でこうなるの? と思って、二つの数字を筆算風に縦に並べてじ〜っと睨んでいてわかりました。
20070906
19700911
そっか! 下4桁が誕生日の数字に達するかどうかだけが問題なんで、途中に閏年があるかないかなんて、全然関係なかったんですね!
勿論、この「簡単な計算式」を含め、ここで紹介したDATEDIFなど、全てそうなのですが、他のブログでも指摘されているように、これはあくまでも一般的に考えられているように、誕生日をもって年齢が増える、という解釈に基づく計算であって、実際の法律では、年齢の数え方がいろいろあるようで、法律によっても異なるようですので、実際に1日の違いがクリティカルな局面では、その場合場合に合わせて上記の式を変形することが必要でしょう。
それにしても、シンプルな式というのは気持ちがいいものですね。高校生の頃、よく矢野健太郎先生の数学エッセイを読んだものですが、矢野先生はよく「エレガントな解答」ということを書いておられました。正しい答を出す方法は、実はいくらでもある、だけれども、ゴタゴタした式や証明よりもすっきりと短いものの方が素晴らしい、それを先生は「エレガントな解答」と呼んだのでした。
矢野先生の影響があるのか、自分でもプログラムを書いていく時には、できるだけスッキリしたものを書きたいと思っています。なかなか最初からそんなにかっこいいコーディングができないのですけれどね。それだけに——。
年齢計算は面倒、と思い込んでいただけに、「簡単な計算式」は久し振りに目から鱗が落ち、スカッとする経験をさせて頂きました。佐野さん、ありがとうございました。
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August 29, 2007
8月も終わり、子供たちにとっては長いような短いような夏休みの終わりである。宿題をまとめなければいけない時期であり、子供たちの会話にも当然この話題が出る。実は、今の勤務先の関係で、毎朝女子中学生の集団に会うのだが、聞くともなしに彼女たちの会話が聞こえてくる。
「あたしはもう宿題終ったよ。」
「えー、早いなー。あたしまだ感想文が残ってて。」
「感想文なんかあらすじ書いちゃえばいいからさぁ。あらすじはどこかに書いてあったりするから、あたしはそれを写しちゃった。少しだけ言葉変えて。」
「3枚以上書かなきゃいけないんだよねぇ。」
「3枚以上だから3枚書けばいいのよ。で、不安だったらさ、4枚目に1行だけでもあればいいわけじゃん。」
そうそう。夏休みの宿題と言えば読書感想文や音楽の鑑賞文、理科の自由研究などがありましたね。で、面倒なのが感想文や鑑賞文で、一体何を書けばいいのか。で、いつの間にか感想文とは、あらすじをうまくまとめてそれに自分はこう思ったああ感じたと書くものだ、という風になっていて、これは僕が子供の頃と全く変わっていないのだな、と思っておかしくなったのであった。実際、本を読んだ感想なんて一言二言しか書けるものではないだろうか。それでも先生からは原稿用紙何枚とか指定されるので、残りは殆どあらすじをその枚数引っ張って書くことになる。
一体、いつから感想文はあらすじを書くものになってしまったのだろう。本当は感想文なのだから、自分を感じたことを文字で表現するということが大事なのではないだろうか。けれども、学校の国語の授業では与えられた文章の理解力を確認することが優先されているため、あらすじをまとめるとか作者や筆者の書きたかったことは何かとか、受け身的な内容が中心になりがちなように思える。
実際、自分の感じたことを表現するというのは、大人の私たちにも難しいことだ。表現しようとすると、短い、一般的な言葉——よかった、素晴らしかった、すごかった、最高、といったような——で終ってしまいがちで、自分の表現力というか単語力というか、要するに国語力のなさを痛感してしまうのだ。こうやってことあるごとにブログを書いていてすらそうである。これは、常日頃自分の感じたことを表現することをしてこなかったからであるし、一方では、学校では正しい答を求められることが多いので、感じたことというのも模範解答的に表現するように身についてしまっているからだ。桂枝雀の落語にもあるが、何でもかんでも最後に「感動した」と付け加えればいいようなものだ。だが、本当は感じていることに正しいも間違っているもない。一人一人の生徒にそれぞれの感じ方があっていい。答は一つではない。
本当は、子供の頃から自分の感じたことを表現するような授業がもっとあっていい。一人一人のそういう感じ方の表現を指導しなければならない先生は大変だろうが、でも結局それがなされていないところで大人になってみんな苦労するのだ。国語はあらゆる教育の基本であろう。
人と人とが出会い、つながり、そこから何かが生まれてくる時、自分が感じていることを的確に表現し、伝える力は絶対的に必要である。その力のなさを今さらのように感じながら、僕もこのブログを綴り続けるのである。
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August 28, 2007
妙なお菓子を買ってしまった。コンビニで、突然目に飛び込んできたのだ。「そのまんまポテト」とある。この語呂のよさ、と思ったらそのまんま東さんこと東国原宮崎県知事の似顔絵が! 次に目に入ったのは「宮崎産」の大きな文字。宮崎産日向夏のパウダーを使用しているというのだ。よく見ると東国原知事の似顔絵は「みやざき」と書かれた法被(はっぴ)を着ている……。NHKの朝のニュースで県庁舎が今や宮崎県の観光名所になった——あわよくば東国原知事を一目見たいというところからだろうが——という報道があった後だけにタイムリー、思わず買ってしまったのだ。
軽い、と思われる向きもあるだろうが、こうやってお菓子のキャラクターにまでなって自らの県を宣伝するような知事というのはこれまでなかったのではないでしょうか。タレントから知事になった方はこれまでに何人もいて、大阪の横山ノックさん、長野の田中康夫さん、東京の青島幸男さん、いやいや、現在の石原知事もタレント出身だ。それぞれの都道府県内では似たようなことがあったのかもしれないが、こうして全国区で宣伝キャラとして登場した方はいないのではないかと思います。こんな風にキャラになった政治家の方と言えば、寧ろストラップになって人気を呼んだ小渕首相を思い出します。携帯ストラップがあらゆる世代に流行ったのはあの方の影響が大きいのではないでしょうか。
こんなキャラになっても、不愉快に思わせない、寧ろ宮崎のいいイメージに貢献しているのが東国原知事のいいところではないかと思います。単にタレントだから、ということ以外に、人を惹きつける何かがこの人にはあるようです。政治家としてはまだまだこれからというところでしょうが、それだけに一生懸命宮崎のためになろうとしているところが感じられ、好感が持てるのです。県庁が観光名所になるのもわかる気がします。ずっとこのままのいい感じで進んでほしいものですね。
頑張れ、東国原知事!
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August 23, 2007
引き続きセカンドライフの話題です。昨晩は、セカンドライフに参加した時からずっと懸案事項であったセカンドライフ内でのライブ演奏の実験を行ないました。前にも書きましたように、セカンドライフはデザイン、アニメーション、映像、音楽、プログラミングといった、クリエイターなら誰でも挑戦のしがいがある舞台なのですが、しかしその実、音楽についてはいろいろと制限も多いのです。それは、セカンドライフでは1つのSIM(地域)で起る全てのことを1つのコンピュータが全部処理しているということに加え、音楽や映像の処理が重たいということと関係しているのでしょう。
音楽について言えば、例えば、ピアノを弾いて音を出す、ということを考えてみましょう。この時はピアノに、操作すると読み込んである音を出すスクリプト(プログラムのようなものです)を仕込んでおくことになるのですが、その読み込める音というのがWAVという形式のファイルで10秒までという制限があるのです。しかもその10秒のファイルをセカンドライフ内に持ち込むのに10リンデン・ドルの費用がかかります。10秒というと、これはもう、効果音の世界ですね。普通の曲なら4〜5分はかかるでしょう。そこで、ピアノでまとまった音楽を流すようにするには、曲を10秒毎に分割したファイルを作っておいて、これらのファイルをセカンドライフ内にアップロードし、スクリプトで順々に音を出すように設定する必要があります。この方法だと1曲にかかる手間は大変なものですし、費用も240〜300ドルかかることになります。無料で服から家まで手に入るようなセカンドライフの世界で300ドルと言ったら、結構いいものがいろいろ買える金額です。しかも、これだけ手間と費用をかけて、セカンドライフ自体の動きが重くなると、分割されたファイルはうまく連続して再生されず、ブツ切れになったりします。これは音楽ではありません。
そこでストリーミングという方法があります。ストリーミングはオン・デマンド方式とライブ方式に分れるのですが、まずはオン・デマンド方式。これは、その土地(敷地)のプロパティに、その土地で流す音楽ファイル(mp3)が置いてあるサーバのURLを記述しておくのです。すると、その土地を訪れた時に、自動的にメディア・プレイヤーのボタンが画面に現われ、音楽が流れるというものです。これだと、普通に音楽が流れ、途切れることもないので気持ちがいいのですが、一つだけ難点があります。それは、その音楽の再生が、それぞれのアバターの設定によって異なるということです。例えば、私などは「編集」メニューの「環境設定」の「オーディオ&ビデオ」で、音楽が再生可能な場所では再生するような設定にしてあるので——これは時々メッセージが出て確認されることもあります——、そういう土地に行くと自動的に音楽が始まりますが、そういう設定になっていないと、いちいちプレイボタンを押さないと音楽は始まりません。そして、音楽はそのアバターがその土地に入った時から、またはプレイボタンが押された時から始まるので、同じ土地にいるからと言って、同じものを聴いているわけではないのです。曲は同じですが、その曲のどの部分を聴いているかは、時間差が出てくるということです。
つまり、同時に同じものを聴こうと思ったら曲がブツブツ切れてしまうかもしれず、曲を気持ちよく聴こうと思ったら、今度は一緒にいるのにリアルタイムで同じ経験ができないというジレンマがあるのです。
そこで出てくるのがライブ・ストリーミングです。これは、ストリーミング・サーバというものを経由して、そのサーバのURLを先程と同じように土地のプロパティに設定しておけば、リアルタイムで音が流れてくるというもので、セカンドライフでのライブイベントなどではこの方法がとられています。但し、この場合は、楽器やマイクの音を取り込んで、その音をストリーミング・サーバにアップロードするものと、セカンドライフ内で自分のアバターを操作するものの、2台のパソコンが必要になります。当然、いい通信状態を確保するならインターネット回線も2つ要ることになります。
さて、ビンボーな環境の中でこれらの問題をどうクリアするか。幸いパソコンは本格稼働しているものが2台あり、一つはセカンドライフを走らせているMac OS Xのもの、もう一つはOS 9.1のものです。必然的に9.1のMacで楽器の音を取り込み、サーバにアップすることになりましたが、このアップするためのソフトというのが大変でした。サーバはセカンドライフで使った人もいるというライブドアのねとらじで試すことにしたのですが、ねとらじで実績があり、OS9.1で使えるソフトとなるとMac Ampというソフトくらいしかないのですが、これがオフィシャル・サイトはクローズしていて入手困難というものなのです。が、執念であるサイトを見つけダウンロードしました。となると、あとは回線の問題。これまで導入していなかったのが不思議なくらいですが、ブロードバンド・ルータを買ってきて2台のパソコンを接続し、OS 9.1でアップした音をOS X側のパソコンで聴くことができました。とりあえずはねとらじを使ってのストリーミングの実験自体は終了。となれば、いよいよセカンドライフ内でうまくいくかどうかです。
というわけで、技術的な前置きがかなり長くなりましたけれども、前回ご紹介しました pira Noel さんが Hakata のお店の隣の部屋にピアノを持っているので彼女に連絡します。「今からライブの実験やりたいのですが……。」「いいですよ〜。」ここで考えたのです。ただあの部屋でピアノ弾いてもおもしろくないよねぇ。きっと彼女はまた写真撮ってくれるだろうから、だったら絵になるようにしたいねぇ。そう思って彼女に言ったのは、「お手数ですけど、ピアノをHakataからKaruizawaの水族館に持ってきてもらえませんか?」そうです! 海の底にピアノを沈めてそこで弾こうというのです。海の底でタキシード着てピアノ弾くなんて、これはもう仮想世界ならではなんではないでしょうか。で、折角なので pira Noel さんをご紹介下さった kyoko Infinity さん——そう、ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」でもおなじみのあのKyokoさんです——にも連絡します。「行く行く!」と文字通りの二つ返事。というわけで、3人Karuizawaの水族館に集まったところで、リアルの世界にいる私が演奏を始めます。実際の演奏より15秒ほど遅れてセカンドライフ内で音が鳴り始めました。
pira Noelさんの後ろ姿(水着だ!)
——中央上の方にはイルカと戯れる kyoko Infinity さんの姿も
演奏が終ってから聴いてみたら、2人とも聞こえていたとのこと。同時に経験できたようです。私のADSL回線も、音楽データのアップとセカンドライフを走らせるのを難なく同時に処理してくれました。いや、アップに使った古いOS 9.1のマシンもよく頑張ってくれました。
それにしても、とっさの思いつきとは言え、海底での演奏会というのはなかなか美しく素晴らしいものでした。ミュージカル出身の kyoko Infinity さんも踊りたくてたまらないご様子。最近、ある席で、もしかしたら気が違ってるんじゃないかと思うようなことがひらめくかもしれないけど、そのひらめきを自分で抑えたり否定したりしないで、メモして実現するかやってみなさいという話が出たことがあったのですが、皆それを思い出し、「ピアノを海の底に沈めて弾くなんて気が違ってるよね。」「しかも博多にあるピアノを今すぐ軽井沢に持って来いだなんて。」と大笑いしました。こういうことが簡単にできてしまう仮想世界だからこそ、新しい可能性が生まれてくるのかもしれないと。
というわけで、今回の実験の結果に満足した私たちは、ここで実際に人を集めて演奏会を開くことにしました。いろいろと準備がありますので、秋になってからのことになるとは思いますが、その時はまたこのブログ等を通じてお知らせしますのでどうぞよろしくお願いします。
長くなりました。今日はこの辺で。
P.S. 今晩は定期メインテナンスのため、日本時間で8月23日(木)午前0時〜3時の間はセカンドライフに接続できなくなっています。詳しくはリンデン・ラボ社のオフィシャル・ブログをご覧下さい。
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August 22, 2007
日本ではセカンドライフというとお金儲けやビジネスの話ばかりが先行しているきらいがありますが、セカンドライフのモットーは "Your World. Your Imagination." 日本語版では「あなたの世界。あなたの想像力。」と訳されています。あらゆる「現実」の制約をとっぱらったところで自分の想像力を最大限に羽ばたかせてみる場だと私は考えています。で、実際にいろいろものを作り始めたり、話題のスポットを訪れてみてすぐに気づくことですが、せっかく空も飛べる、どんな格好でもできる空間にいるのに、人間、なかなか保守的なのですね。
例えば私なども、自分の店を建築し始めて笑ってしまったのですが、どうしても店というと地面に柱を立てて、床を、壁を、天井を、屋根を、と考えてしまうのですね。床は日本古来の高床式を取り入れたのですが、そこに上がるのにちゃんと階段をつけました。空飛べるからそんなものいらないのにね。(笑 屋根もガラス張りのものを考えていましたが、考えてみるとここでは雨も降らないし、寒くもないし、寧ろ天井や屋根がない方が、そのまま飛んで上から出られていいな、とか考え始めて途中でやめてしまってます。
そうやって自分でいろいろ考えながら作っていると、当然、人が創っているものが気になりますね。で、あちこち見ながら気づいたのは、結構みんなリアルなもの創るのにこだわってるようだということですね。そうでない人でも、スターウォーズやガンダムで見たような、SFチックなものだったりして、要するに、どこかで見たような、という点では変わりないのですね。自由に何でも創っていいよ、と言われた時に、本当に想像力を羽ばたかせて自由に、これまでなかったような新しいものを創るのってなかなか難しいんですね。
そんな時に知り合ったのが pira Noel さんという女性ですが、この人は Hakata に Cosmic Tree Cafe、Karuizawa に Cosmic Tree Aquarium という水族館をテーマにしたお店を展開しているのです。これがよかったですねー。とても幻想的な空間で、とても落ち着き、癒されるのですね。そうそう、このブログで何度も触れているいだきしんさんのピアノ曲が流れているのがまたいいんですね。
Karuizawa の Cosmic Tree Aquarium
私が特に気に入ったのは、Karuizawa のお店にある水族館の方。ここは、本当に海の底にいるようで、いろんな魚が泳ぐ中を散歩したり泳いだりできるのです。アクアラングも着けずに簡単にこんな空間に遊ぶことができるのは仮想空間ならではですね。お魚と一緒に泳いだり、そう、私もイルカに乗ったりしたのですが……。

イルカに乗る、というより座ってる Hiroshi Kumaki 君
乗るのに失敗して、横向きに座ってしまいました。(笑 それでもイルカ君は文句一つ言わず、私を乗せて海の中を遊泳するのです。その間、いろんな魚とすれ違ったりして。これがなかなか気持ちいいのです。思わずいつまでもイルカに乗って過ごしてしまうような、いつまでもいたい気持ちにさせてくれる空間です。
この水族館にはかなり刺激を受けてしまいまして、私自身も自分のお店の方針を見直しているところです。刺激的なスポットは結構あると思いますが、刺激だけであれば、現実の世界にもたくさんあります。それよりも、現実の世界で誰もが夢見ながらなかなか実現の難しいような美しい空間を創るということに力を入れるべきなのではないか、そんなことを考えさせられたんです。そしてそういう美しい空間が広がっていけば、同じく現実の世界で難しいと思われている平和とか愛とか、人間なら誰もが望むものが実現していける、そんな風に考えたのです。
今日ご紹介した pira Noel さんの2つのお店、本当に美しく、気持ちのいいところですので、一度訪れてみて下さい。SLURLは次の通りです。
●Cosmic Tree Aquarium
http://slurl.com/secondlife/karuizawa/244/230/21
●Cosmic Tree Cafe
http://slurl.com/secondlife/Hakata/139/239/23
それでは、また。
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August 21, 2007
前にメタバースについて書いた時に、この言葉がニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』という小説から来ていること、そしてこの本はハヤカワSF文庫から出ていたが、今は品切れ中の旨述べました。が、実は、あのブログを書いた翌日、新宿の某書店で運良く新刊本として手に入れることができたのです。ここは、いつも私が、ここになかったら東京の本屋にはない、と考えている、そういう本屋です。
その『スノウ・クラッシュ』では、メタバースについてどんな風に述べられているか、ちょっとここに引用しておくことにしたいと思います。
「……彼はいま、このユニットにはいない。彼がいるのはコンピュータの作り出した宇宙であり、ゴーグルに描かれた画像とイヤフォンに送り込まれた音声によって出現する世界。専門用語では”メタヴァース”と呼ばれる、想像上の場所だ。ヒロは、このメタヴァースでほとんどの時間を過ごしていた。ここには<貯蔵庫>のような嫌なことはない。
「ヒロはいま、<ストリート>に近づいている。メタヴァースのシャンゼリゼとも言える、明るく照らし出された大通りだ。ゴーグルのレンズに映って小型化した、現実には存在しない通りを、何百万という人間が行き来している……(中略)……。
「現実世界と同様、この<ストリート>でもつねに開発が続いている。開発者たちは、メインストリートから枝分かれした自分だけの小さな通りを設定して、そこに建物や公園などを作る。それだけでなく、頭上の広大な空中に浮かぶライトショーとか、三次元の物理法則が無視された特殊空間とか、中にいる人間同士が殺し合うフリー・コンバット・ゾーンといった、現実世界には存在しないものも作ることができる。」(ニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ(上)』(2001 ハヤカワ文庫SF1351 P44〜46)
ゴーグルをつけてアクセスする、という点が違うものの、基本的にはセカンドライフはこのSF小説の世界をそのまま現実化したもののように思えますね。いや、セカンドライフでは最近、ボイス機能が搭載され、専用のヘッドセットなんかも出てきてますから、そのうちヘッドセットと一体化したゴーグルも出てくるかもしれない。そうなるとますます面白くなるでしょうね。
さて、そのセカンドライフでは自分のアバターを使って生活するわけですけれども、この "avatar"=「化身」というサンスクリット語をこの世界に持ち込んだのもこの『スノウ・クラッシュ』のようですね。再び引用します。
「もちろん、彼がいま見ているのは、現実の人間ではない。光ファイバー・ケーブルを通って送られてくるスペックにそって、彼のコンピュータが描き出した動画の一部だ。人間の画像は”化身(アヴァター)”と呼ばれるソフトの一部で、視聴覚体(オーディオビジュアル・ボディ)を使ってメタヴァース内でのコミュニケーションが行なわれる。ヒロのアヴァターも<ストリート>にいて、モノレールを降りてくるカップルたちが彼のほうを見れば、ヒロが相手を見ているのと同じく、むこうも彼を見ることができるわけだ。
「さらに、会話を交わすこともできる。一方はロサンジェルスの<貯蔵庫(ユー・ストア・イット)>にいるヒロ。他方は、おそらくシカゴあたりの郊外でカウチに寝そべりながらラップトップ・コンピュータに向かっている、四人のティーンエイジャーたち。だが、双方が言葉を交わす可能性は、現実世界にいるときよりもさらに少ない。ちゃんとした若者なら、刀を差して一人で歩いているようなオーダーメイドのアヴァターに、声をかけたりしないのだ。
「アヴァターは、使っているマシンの能力が許すかぎり、どんな姿かたちにもすることができる。実物の自分が醜ければ、ハンサムなアヴァターにすることもできる。現実世界ではベッドから起きたばかりでも、アヴァターにはきれな服を着せ、プロ顔負けの化粧をすることもできる。ゴリラだろうがドラゴンだろうが、巨大なしゃべるペニスだろうが、メタヴァースではなんでもありだ。<ストリート>を五分も歩いてみれば、そのすべてに出会うことができる。」(前掲書 P63〜64)
こちらもセカンドライフそのまんまですね。1992年と言えば私がパソコン通信を始めて、電子メールを使い始めたばかりの頃で、当時はインターネットなんて言葉も知りませんでしたが、そんな時代に、ここまで明確なイメージを打ち出している作者の想像力には脱帽ですね。
もともと、「メタバース」って一体何なの、という疑問から始まって、その出典とも言えるこの本を読み始めることになったわけなのですが、はっきり言って、この本、メチャクチャ面白いです。主人公が仕事にあぶれたハッカーで、ピザ配達の仕事と、いろんな人や会社の内部情報を手に入れてはそれを売って暮らしている日系人のヒロという少年と、お母さんには内緒で、マクドナルドのトイレで着替えてはスケボーで書類などを届ける<特急便屋(クーリエ)>の15歳の少女Y・Tという二人の主人公が実に魅力的なのだ。「ニッポニーズ」と呼ばれる日本人のカリカチュアも笑える。ヒロが売ってるような情報は「インテル」と呼ばれている。ヒロの同居人は「チェルノブイリ」という名のウクライナ人で、彼がやってるバンドの名前はメルトダウンズ=原子炉の炉心溶解だ! 市場原理が公平に働いた結果、この時代のアメリカが誇れるものは、音楽と映画とソフトウェアとピザ配達だけだ、というのもまた笑える。世の様々な現象を嫌みな皮肉でなく笑い飛ばしながら、登場人物たちは実に現実味があって共感でき、何よりこの文章のテンポがいい。これはもう、SFなんていうジャンルに留めておけるようなものではなく、良質の文学です。久し振りにおもしろい本に出会った、という感じです。セカンドライフとかメタバースとかいうことを離れても、是非手に入れて読んでみられるといいと思います。お薦めです。
それでは、また。
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August 20, 2007
あの、暑かった先週末の金曜日のことである。帰宅すると早くシャワーを浴びたくて風呂に向かった。と、何とゴキブリがいるではないか! それもデカイ! 以前、ゴキブリが大発生したことがあったが、ホウ酸ダンゴを買ってきて部屋のあちこちに置いたところ、見事翌日から全く見なくなった。みんな死んだはずであった。今いるやつはその大きさから見ると、この時を生き延びてきたやつに違いない。賢いやつで、ホウ酸ダンゴを怪しいと見て相手にしなかったか、或いは口にして苦しんだものの、何とか生き延びた、生命力の強いやつだ。許すわけにはいかない。僕はとっさにシャワーを手にとって排水口からこいつを流す作戦に出た。
ところが、さすがにここまで生き延びてきたやつだ。しかも賢いやつだ。僕が何を考えているかはよくわかっているらしかった。何とか風呂の壁面に辿り着き、そこから這い上がろうとする。僕は僕で許さじと、シャワーの水で叩き落とそうとする。ここに長時間にわたる格闘が始まった。やがて、水攻めでぐったりしたのか、ゴキブリは全く動かなくなって、ぷかんと水に浮いている。死んだか? いや、僕はよく知っているのだ。ゴキブリの生命力の強さを。あのホウ酸ダンゴを生き抜いてきたゴキブリである。こんな程度で死ぬはずはない。死んだふりをしているに違いないのだ。僕は見守った。風呂の底に溜まった水がどんどん退いていく。ゴキブリも排水口に向かって流れていく——。と、正に、排水口から落ちていきそうになったその瞬間、こいつはそこから這い上がろうと、見事な素早さで動き出したのだ。やっぱり!
2回戦が始まった。同じ事が繰り返される。やはり風呂の壁から上がろうとするゴキブリ、うまく行かないと見るとまた死んだふりをする。が、排水口近くに来るとまた動き出す。こうしたことが繰り返されるうちに、僕はこのゴキブリにだんだん共感を覚えてくるのであった。何度叩かれても叩かれても、死んだふりしてまでも、這い上がってくるこのゴキブリ。しかも、排水口のところで動き出すところを見ると、自分にとってどういう状況が一番まずいかもよくわかっているのだ。このしぶとい、諦めることを知らないゴキブリを見ながら、自分はどうなんだ? 何でも簡単に諦めたりするようだと、このゴキブリ以下ではないか、なんて声が聞こえてきたりする。
私の執拗な水攻めに、最初は巨大な、黒光りしていた憎たらしい面構えのゴキブリも、弱々しく、ボロボロであわれな姿となっていた。本当に、こいつを殺す必要があるのか。同じ生命ではないか、などと憐れむ心が生まれてくる。わかったよ。負けたよ。俺の負けだよ。見逃してやるから早くどっか行ってくれ。しかし、ボロボロのゴキブリはもう風呂の壁を上がっていくだけの力はないようであった。上がろうとしてはズルッと下に滑って落ちる。やがて這い上がるのはやめて、同じ場所でじっと回復を待っているようであった。そしてそのうちにまたゆっくりと登り始めた。今度は確実に登り始め、やがて壁を伝い、天井近くまで上がっていった。そこでこいつは再び止まった。膠着状態であった。なるほど、僕がここにいる以上は、こいつも逃げ道がないのであった。この状況を打破するには、どうにかして僕に逆襲するしかない、という感じである。そのチャンスを窺っているようではないか。そしてそれは同時に、回復の時間を稼いでいるようでもあった。そして、おお、見よ! 先程はボロボロで哀れ催していたこいつは、今また黒光りする憎たらしい姿へと戻っているではないか!
騙された! 膠着状態を破ったのは僕の方だった。再びシャワーの水で排水口へと叩き落とした。うまく排水口へと誘導できた。こいつも必死でそこから脱出しようとする。僕はと言えば更に水圧を上げる。そのうちにドンという音がしてゴキブリは消えた。多分、一旦はパイプに詰まったあいつが水に流された音だろう。
かくして、このゴキブリは見えなくなった。が、暫く僕は排水口を見守っていた。これほど長時間にわたって戦い続けた生命力の強いあいつのことである。死んだふりして排水パイプに潜んでいて、また再起の機会を、そして復讐のチャンスを窺っているに違いない。そう、僕が寝入った頃襲ってくるかもしれないではないか。確かに死ぬところを確認できない状況を作ったのは失敗であった。
とは言え——。あのゴキブリが生きていて復讐されることを怖れているということは、生きていてほしいと心のどこかで願っているということではないのか? そんな自分に気づいておかしくなってしまった。そうなのだ。あの長時間にわたる戦いの中で、あいつは僕に何かを教えてくれたゴキブリなのであった。
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August 14, 2007
セカンドライフが盛んに話題に上るようになるのと同時に急速に広まってきている言葉があります。「メタバース」です。やたらと、これからはメタバースだメタバースだ、と言われるようになってきたのはいいのですが、そもそもメタバースとはどういう意味なのか。仮想現実の3D空間という意味で用いられているようですが、もともとどういう英語なのか。更に、セカンドライフの関連で「メタバーズ(Metabirds)」という会社もあるので、話はますますややこしくなります。
「メタバース(Metaverse)」はもともとニール・スティーブンスンが1992年に発表したSF『スノウ・クラッシュ』で導入した概念、言葉で、セカンドライフがそうであるように、アバターを通じて仮想空間の中で他のアバターと面と向かって会話し、社会的、経済的生活を、あたかも現実生活と同じように、更には現実生活で生ずる様々な制約から離れて活動できるような仮想空間のことを言うようですね。現実世界の「ユニバース(universe)」に対して「メタな」つまり、コンピュータ世界に転換された「宇宙」という意味で「metaverse」となったのでしょう。お恥ずかしながら、私自身このSFは読んでいないのですが、ここで提唱されたメタバースの概念の殆どが実現しているのがセカンドライフと言えそうで、それがセカンドライフと共にこの言葉が普及し始めた理由でもあるのでしょう。(原作はハヤカワSF文庫から出ていましたが、残念ながら現在は品切れのようです。)
しかし、それにしても、1968年のフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、その約10年後にこれを映画化した「ブレードランナー」、1982年のディズニー映画「トロン」、1984年のウィリアム・ギブスンによる『ニューロマンサー』、そして1992年のニール・スティーブンスンの『スノウ・クラッシュ』と、ほぼ10年単位で発表されてきた影響力のあるSF作品が描いてきた世界が、とうとう現実のものとなってきたというのは感慨深いものがあるのと同時に、近年ヒットした映画「マトリックス」なんかが急に色褪せて見えてしまう。今ここに挙げたような作品群の方が余程予言的に思えます。(正直言うと、『ニューロマンサー』は以前、最初に読んだ時はよくわからなかったのだ。今読み返すと「グリッド」とか「マトリックス」とか、重要な概念は全てここから出ている。)
インターネットが普及して、人類はSFの世界に追い付いた、もうSFなんてつまらないと思ったけれども、とんでもない。人間の想像力というのは常に先に先に新しいものを生み出していくものなのですね。そしてその想像の世界を実現していこうとするのもまた人間。人間の想像力って素晴らしいですね。
そんなわけで、久し振りにSFを読みたくなったタンゴ黒猫であります。
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August 13, 2007
業務用のソフトウェアには、スタンダードと言えるものがあります。事務処理だったらマイクロソフト・オフィス(ワードやエクセル、パワーポイント等)、画像処理だったらフォトショップといったところですが、これに更にクリエータ系のイラストレータや、フラッシュ、それから文書処理という意味ではアクロバットなんかを加えてもいいかもしれないですね。今挙げたようなソフトは何れも割と普通に、どこのオフィスでも使用するほど普及しているにも拘らず、どれも高価ですね。マイクロソフトのオフィスなんかは、少なくともWindowsのOSには標準添付していいんではないかと思いますし、アドビのものも、組み合わせて使うケースが多いことを考えると、これらを全部揃えるのには、かなりの出費となりますね。違法コピーが絶えないのには、こうした普通に使われているソフトがあまりにも高いことも一因だろうかと思うことがあります。
その一方で——。
世の中無料のサービスというのがどんどん増えてますね。この状況を最も牽引しているとも言えるのが、やっぱり、グーグルですね。実は、今日Google Docs & Spreadsheetsを使ってみました。これはワードやエクセルがインストールされていなくても、Web上でワードやエクセルのファイルを開いて編集できるもので、なかなか強力です。ワードもエクセルも、それぞれ完成の域に達しているソフトですので、それに比べるとまだまだ操作性などの面で不十分なところもあるでしょうが、それも時間の問題と感じました。私はエクセルでいろいろな自動処理をさせることが多いのですが、Spreadsheetsは、かなりの関数機能が組み込まれており、かなりのことができるように思いました。で、勿論、Web上で作業してWeb上に保管されるわけですから、例えば外出先でいつも使っているパソコンがない場合でもインターネットに接続できさえすればどこでもその資料を利用できるわけです。これは考えようによっては、そして使い方によってはすごいです。イントラネットやLANでつながっていなくても、グループで利用して常に資料を最新に保つこともできるわけですからね。
グーグルは例の「グーグル・アース」や、本の中身も見ることができる検索システム、グーグル・ニュースやユー・チューブ、簡単な翻訳ツールもあって、これらの便利なツールを何れも無料で提供しています。ともするとグーグルのサイトにアクセスすれば、大抵の用は足りてしまうほどになってきています。
便利なソフトなのだから高いのは当たり前——もうそんな常識は崩壊しつつあります。ブログのサービスも無料なのはもう当たり前ですし、ユー・チューブなどの動画配信も同じ。そう言えばセカンドライフも無料で遊べますね。こうした便利な無料サービスがどんどん当たり前になってきているのが今の時代ではないでしょうか。そして無料が当たり前になってくると、わざわざ高いソフトをお金を出して買う人も減ってくるのではないでしょうか。
グーグルも、マイクロソフトも、アドビも、みんな、頑張れ!
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August 12, 2007
暑い日が続いています。ここのところ毎日のようにニュースのトップに出るほどです。私自身はと言えば、仕事で昼間は部屋の中にいることが多いのであまり感じることがなかったのですが、日曜日の今日は久し振りに日中散歩に出ました。確かに暑い。
そう、確かに暑いのですが、皮膚に太陽の熱を感じ、それがじわっと身体の中に入っていくのを感じると、寧ろ心地よくさえ感じます。ああ、そうだ、忘れていた、この感覚だ。太陽の光と熱とが身体にしみ込む感覚——。
ものを買いにお店に入ると強烈な冷房。寧ろ、こちらの方が具合が悪くなるようです。異常気象だとか何とか天気が悪いような言い方をしますけれども、本当はおかしいのは私たち人間の方かもしれないですね。私たちは自然を、地球を我が物として自分たちのやりたい放題にし過ぎたのではないでしょうか。
散歩しているとあちこちに蝉の死骸が目に入ってきます。というか、家を出たところ、私の家のドアのところに既に2匹も死骸が落ちていました。今年は6月に雨が降らず、梅雨が来ないのかと思っておりましたら、7月には雨の日が続き、今度はなかなか梅雨明けしない。で、梅雨が明けたと思ったらいきなりの暑さと蝉の大量発生。話には聞いていましたが、こんなに身近にあちこち死骸が落ちているとはちょっと驚きでした。
蝉というとはかない命の象徴のように思われますが、どうしてどうして。それは地上に出てからの生活しか私たちが見ていないからですね。多くの蝉が7年地下で暮らしているのは有名な話ですね。しかし種類によっては11年とか17年とかもっと長いものもあります。注目すべきはこの7とか11とか17とか、何れも素数であるという点ですね。
全ての生命に共通するのは、次の世代へと生命をつないでいく、つまり子孫を残すのが最大の仕事であるということですね。どんな生物でも、厳しい環境の中で、確実に、しかも様々なヴァリエーション(多様性)をもって子孫を確保しようとします。蝉の場合は、同時に大量発生して、食べ物をはじめ環境を利用し尽すことで、逆に自らの生命維持に危険をもたらさないよう、種類によって見事に素数の年月で分れたようですね。もし2年ゼミ、3年ゼミというのがいたとしたら、これらの蝉は6年ごとにベビーブームを迎え、それが種の存続に危機をもたらしますが、例えば7年ゼミと17年ゼミのベビーブームがぶつかるのはその最小公倍数である119年に一度、ということになります。蝉が長い間地中で過ごすのは、正に確実に子孫を残すため、ということになります。
果たして私たちはどうか。あまりに地球の資源を濫用し過ぎてはいまいか。そして子孫のことより今自分が生きることに夢中ではないか。それでいて、自然に、環境に、不満ばかり抱いてはいまいか。
折角の夏だ。もっと日の光を浴びよう。この暑さを楽しもう。そして汗を流そう。こういう時の汗こそ、身体の中に溜まった悪いものを外に出してくれるのだ。汗をかかないようにすることこそ不健康だ。そう言えば、若い頃、こんな夏の暑い日、バドワイザーの缶を1本だけ空けて、太陽の下で汗をかきながら昼寝したのを思い出す。飲んだものも全て汗となって吹き飛び、目を覚ます頃にはすっかり酔いも抜けているのだ。太陽は、やっぱり、いい。
暑い夏の久し振りの散歩。ふとそんなことを考えながら歩いていたのでした。
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昨晩はセカンドライフで花火大会があったという話を書きましたが、私には更にその後もう一つイベントがありました。それは、高麗恵子さんといだきしんさんによるヨルダンでの「高句麗伝説」コンサートです。昨晩の深夜3時からインターネットでライブ中継されたものを縁あって見ることができました。
ヨルダンのジェラシュ遺跡でのジェラシュ・フェスティバルの一環として行なわれたこのコンサートの映像は、夢の世界か、或いは神々の国か、どこか不思議で幻想的な、美しく明るい世界を現出していました。その中での高麗恵子さんの詩の朗読も、いだきしんさんの演奏も、どこまでも明るく、やさしく、心地よいのでした。光溢れる世界は、もう、遠いどこかの話ではない、私たち一人一人がそのように生きようとするならば、今ここにあるのだと確信させる、心地よい、幸せなひとときでした。
その高麗恵子さんといだきしんさんのお二人による「詩と語り」の催しが、帰国直後の8月17日(金)横浜市開港記念会館にて行なわれます。この古く趣のある建物での催しでは、私はいつも落ち着いた中で深い体験をさせて頂いています。是非お誘い合わせの上いらして下さい。詳しくは、株式会社いだきのホームページをご覧になるか、またはこのブログへのコメントでお問い合せ下さい。
それでは、また。
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昨晩はセカンドライフの日本人居住区で花火大会がありました。50万発という驚異的な数の花火を打ち上げることができるのも、そして日本人居住区ではどこにいても見られるというのも仮想世界のセカンドライフならではですね。セカンドライフならでは、と言えば、花火を目の前で見ることもできるのもセカンドライフのいいところ。つまり、花火を見上げるんではなくて、上空に飛んで行って、花火を正面から見ることもできるのです。実際、私以外にも、同じ地域の人は半数以上の人が飛んでみてましたね。一度間違って真下に行ってしまったりしましたが、これはこれでなかなか迫力がありました。何と言っても花火が上から降ってくるわけですから。現実世界だったら危険極まりなく、そもそもそんなエリアに入ったら注意されること間違いなしですが、火の粉が降りかかってきても火傷しないのも仮想世界のいいところですね。こんな経験は他ではできないでしょう。
というわけで、その花火大会の模様をいくつか写真に収めてきましたので、ご紹介することに致しましょう。「スナップショット」という機能を使うと見えている画面を画像ファイルに保存できるのですが、いちいち「スナップショット」ボタンを押すのは面倒で、また操作性も悪いので「Contrl」+「Shift」+「S」というショートカットを使います。それでも、うまくシャッターチャンスに合わないのは、現実世界のカメラと同じ……。(笑
こうして写真に撮ると、花火というよりは色と光の渦のような感じになりますね。火花の一つ一つを絵で表現してそれを動かしていくわけですからすごく手が込んでますよね。
手が込んでいると言えば、仮想世界の花火にも「型もの」があるのには驚きました。これは、よく猫の顔とかニコニコピースマークとか、更にはどらえもんやアンパンマンといった絵を浮かび上がらせる花火ですが、セカンドライフの花火にもこうしたものがありました。あんまりうまく撮れてませんが、次の写真の左の方、何だか顔みたいなものが写っていますでしょう?
セカンドライフでは現実世界にある大抵のものは実現可能のようですね。しかも現実世界とは違う技術でできてしまいます。花火を打ち上げたのは現実の世界では花火の技術なんかない人でしょうし、建築設計の知識のない私が自力で建築を進めているのもそんな例の一つですね。建築については、先日セカンドライフ内で知り合った人と話して笑ったのですが、造って失敗したり気に入らなかった場合は、ぶっ壊してまた別のを造ればいいのです。現実には壊したらいろんな廃棄物が出ますし、壊すのにも新たに造るのにもきっと何億というお金もかかるでしょうが、そんなもの気にする必要もない。セカンドライフは、リスクを負わずにいろんな可能性を試せる場であるとも言えますね。だからこそ、この世界に入ってくることが、個人にとっても企業にとっても重要なことになってくるわけです。
最後に、花火と言えば、私の分身Hiroshi Kumaki君の敷地内ではビデオを見ることができますが、現在、私が以前ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」で発表した「花火」という曲に、昨年某所での花火大会で撮影した映像をつけて編集したものを見ることができます。Hiroshi Kumaki君の敷地は「Toshimaku」の、中央に案内板が置いてあるところを右手に入った2つ目の場所です。その場所にテレポートするためのSLURLはhttp://slurl.com/secondlife/Toshimaku/183/139/22です。まだ建造途中で何もありませんが、大きなスクリーンが置いてあり、その前に立つと、画面の右下にビデオをプレイしたり停めたりするボタンが現われますので、プレイボタンでビデオ見ることができます。よろしかったらお立ち寄り下さい。
それでは、また。
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August 11, 2007
8月——夏休みでテレビでは戦争に関するものをはじめ、いろんな特集が組まれているからかもしれないのですが、最近やたらと「思い」という言葉を聞くようで気になっています。日本人はこの「思い」という言葉が好きだなぁ、と常々「思う」のです。そう、今私自身がそう書いたように、日本人の文章には「思う」というのがやたら登場しますね。以前、自分が書いたものを英語にしようと思って気づいたことがあります。短い段落の中に何度も「思います」「思う」という表現が出てくるのに、英語にするとこれらの言葉は全て省かれ、全て断定的な表現になるのですね。日本語では「思う」と書かないと落ち着かないのか。一方、「思い」の方は、これはもう、かなわぬ恋、あこがれのあの人への「思い」が繰り返し詠われたあの古代からの伝統、というよりは遺伝子的に私たちの身体の中に入ってしまっているのでしょうか。
今、「思い」について、かなわぬ恋を連想してしまいましたが、しかし、「思い」の正体は正にそうなのです。これはいだきしんさんを講師とする「いだき講座」を受講した時に学んだことなのですが、「思い」は「重い」なのです。つまり、動かない、実現しないものです。「思いが強い」という状態は、もう頭の中がいわば妄想で一杯になって、全く動けないことを言うのです。これは私自身経験してきたことです。今のこの時期、「平和への思い」という言葉がよく聞こえてきますが、私たちは「平和」を、もう、思うだけではなくて、実現するために動かなければなりませんね。
「思う」に対する言葉は「考える」となりますが、これも同じ頭の中でのことではないか、とおっしゃる方もあるでしょうが、同じいだきしんさんによると、「考える」とは「動く」ことなのだそうです。動かないと考えられない。じっと頭を抱え込んでみても、何にも考えられない、確かにそうですね。頭の中だけでいろいろ思ってみても、ああでもない、こうでもない、もしこうなったらどうするか、とか、グルグル回るだけで疲れてしまいますけれども、実際に動いてみると、良くも悪くも必ず何か結果が出ますから、その結果を見てまた次どうするか考えられるわけです。この繰り返しで、必ず現実は動いていきますね。
テレビで話している人たちのことをじっと聞いていると、どうも「思い」と「考え」がごっちゃになっているようですね。「思い」が、本当に勝手な個人的な思いの人もいれば、ちゃんと「考え」になっていて、実現に向かい行動している人もいますもの。でも、どちらにしても、単なる妄想に終らせず、実現したいのは誰しも同じでしょう。そのためには、「思い」「思う」という言葉を使わないよう気をつけてみること。そして、自分の頭の中にあることが「思い」なのか「考え」なのか、考える癖をつけることでしょう。
多くの人が心の中で夢に描いていること、それが「思い」でなく、「考え」として実現していく——その時この世の中はもっとよくなるのではないかと思い……、いえ、考えます。
それでは、また。
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August 10, 2007
実はこんなことがありました。
前に、ベートーヴェンとヨゼフィーネ・ダイム伯爵夫人との恋について書いたことがありましたが、この時、改めてジュリエッタ・グィッチャルディとかテレーゼ・フォン・ブルンスヴィックのことをネットで調べていたのですが、グーグルで出てきたリストの中に、あ、これ、いい線行ってそうだな、私と同じようなことに興味を持つ人がいるもんだな、と思ってよく見たら、何と自分が前に書いたブログの記事でした。(笑 で、翌日、ヨゼフィーネのことで検索していたら、何と前の日に書いた自分の記事がやっぱり出てきたのですね。更には、先日、セカンドライフのジェスチャーについて書いてる人がいないかと思って調べてたらやっぱり自分の記事が出て来ました。
ブログというのはすごいなぁ、と改めて思うのですね。記事を書いて1日2日したらもうグーグルの検索に引っ掛かるのですからね。いや、ブログのしくみもすごいし、グーグルの検索システムもすごい。で、自分の記事が上位に上がってくるほど(登録件数の少ない)マニアックな記事を書いたりマニアックなキーワードで検索してる自分もすごいなぁ、と我ながら呆れているところです。
冗談はさておき、こうしたブログの検索にかかりやすいしくみを大いに利用したいものですね。殆ど、日々思いつくままに綴っているだけですが、本当に自分が人に伝えたいことを、求めている人が検索しやすいキーワードをちゃんと入れながら書いていくことがますます重要になってきていると感じるのです。折角ネットという、何億もの人が見られる舞台で書いているのですからね、もっともっと大事なことは人に読んでもらえるように書かないと、と思うのです。
それでは、また。
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August 09, 2007
セカンドライフ、また障害が出てますね。今回はログインができないということで、こうなるともうどうしようもありませんね。原因はまだ不明なようで、リンデンの方々も最善の努力を払われているようですが、かなり難しいようですね。やっぱり急に人口が増えたことが影響してるのかな?
さて、何度も書いていますように、セカンドライフでは人種も階級や職業も、性別も、そして姿形も、自分の好みで生まれ、生きることができるわけですけれども、そんな仮想世界で遊ぶ一方で、現実の、若者たちが集う街、渋谷を歩いていると、おもしろいなぁ、と思うことがあります。
それは、渋谷を歩く若い人たちのファッションというのは、本当に自由だなぁ、と思うのです。金髪で、青い眼をして、本当に欧米人みたいな人がいる一方で、アフロな人もいたり、ラスタな人もいたり、日本の若者というのは、何人の格好をしても決まってる、カッコイイなぁ、と思うのです。これは、例えば、黒人が無理して髪をストレートにして、肌も白くしようとしたり、或いは逆に白人が黒人や東洋人の真似をしようとしても様にならないということを考えると、実はすごいことなのではないでしょうか。そう言えば、日本の女性の皆さんはご存知でしょうか? 欧米の女性が憧れる髪というのは、本当のブロンド——本当のブロンドというのは欧米人にも殆どいないのだそうです——か、東洋人のような、しなやかで黒い髪の毛だということを。それから、渋谷や原宿の若い女性たちのファッションは、ファッションの都に生きるパリジェンヌたちの憧れなんだそうです。
セカンドライフのような、もう一人の、こうありたい自分、という仮想世界がアメリカで生まれたのは、ある意味で必然のような気もします。何故なら、日本の若い人たちは、自分がカッコイイ、カワイイと思うスタイルを生きることができてるわけですからね。私たちはこの幸せにもっと気づいていいのかもしれませんね。
それでは、また。
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August 08, 2007
ムフフフフ。実はセカンドライフに土地を借りたのです。現実の私は狭い1Kのアパート暮らしですが、分身のHiroshi Kumaki君は約千平米の土地を自由に使える身となったのです。
まだ殆ど更地状態ですので詳しい案内はしませんが、今日はそこでいろいろな実験を試みました。その土地の中でストリーミングによる音楽が聴けるようになるかどうか、同じくストリーミングによって映像を流すことができるかどうか、などです。音の方の設定はすぐにできました。引き続いてはビデオの設定です。いよいよセカンドライフで最初の建造にかかります。8m×6mのスクリーンを敷地の真ん中に建設、無事外部のWebサーバに置いたビデオが流れました。
とりあえず今日はここで終わりにしたので、今私の土地には何もないところに映画「2001年宇宙の旅」の石碑(モノリス)よろしくスクリーンだけが建っているのです。人は何と思うでしょうね。
で、ここからです。活動の拠点となる建物を造ることになります。セカンドライフで建築を専門にやってる人から買ってもいいのですが、折角ですからここは自分で建築に挑戦してみよう、ということで、これまでやったこともないのに今度は建築デザインに手を染めることになってしまいました。
で、すっかり気分は建築デザイナーとなってしまいまして、仕事の帰りに本屋に寄っては、実に久し振りに建築関係の雑誌に目を通して先端の傾向を頭に叩き込んだりします。おもしろかったのは、やたらとル・コルビュジエ関係の本が出てたり、特集が組まれていたことですね。これはどうも今六本木でル・コルビュジエの展覧会をやってるからのようですが、実は、そんなことを知らない私は、ここ3ケ月くらい、ずっと枕元にル・コルビュジエの『建築をめざして』という本が置いてあって、気が向いた時にパラパラめくっていたのです。不思議な偶然だなぁ、と思って。この本は古い本で、写真も古いのですが、そうでありながら、ル・コルビュジエのデザインは新しいなぁ、センスいいなぁ、と思いながら、そしてこの本に織り込まれたル・コルビュジエの建築に対する理念に、なるほどー、その通りだなぁ、と面白く読んでいたのです。
何て書いてしまうと、ル・コルビュジエ風の建物ができるのか、なんて期待させてしまいそうで、寧ろ本当に素人ですのでそんなものは期待すべくもないのですが、自分で建物をデザインするということにちょっとワクワクしているタンゴ黒猫であります。
最初に書きましたように、まだ案内できる段階ではありませんが、何か進展がありましたらここに書くことにします。それでは、また。
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August 07, 2007
今日またセカンドライフ内で新しい人と知り合いになりました。例によって(?)女性キャラでしたが、なかなか可愛い動きをする人で、別れしなに「フレンドになってもらえますか?」と聞きましたら、「いいですけど、自分は男ですよ」とのこと。おもしろい人だったので、「勿論構いませんよ、よろしくお願いします」ということでフレンドになってもらいました。
自分の好きな性で生まれることのできるセカンドライフの世界ですから、リアルライフでは男でもセカンドライフでは美しい女性、という人は多いと思いますし、これまでセカンドライフ内で出会った女性の中にも本当は男、という人いるかもしれませんね。そうでありながら、今日のように敢えて男だと言われると、やはりちょっと驚かずにはいられません。
おもしろいのは、最初に書いたように、この女性キャラの人のことを可愛い人だ、と思ったことですね。ここで改めて男らしいとか女らしいとか、カッコイイとかカワイイというのはどういうことなんだろう、と私などは考えてしまうのです。
NHKの番組に「きよしとこの夜」というのがありまして、氷川きよしさんがホストで毎回いろんなゲストを招待してのバラエティ番組なのですが、この番組の最後に氷川きよしさんが女性ゲストに、男性のどんなところに魅力を感じますか、という質問をするのですね。で、その答に、男性視聴者である私は勿論、氷川さんもへぇー、という感じになるのです。大抵は男が思いもよらないところをカッコイイと感じてる。それを、タカラヅカの男役の方なんかが語ると説得力があるのですね。なるほど、あのタカラヅカのカッコよさ、美しさは、女性の目から見て男のここがカッコイイと感じてるところを女性が演じるからなのですね。
今日のセカンドライフの経験で感じたのは、リアルライフで男の人がセカンドライフで女性となるような人は、女性のこういう仕草、こういう立ち居振る舞いが魅力的なんだよね、美しいんだよね、と感じてる人なのかもしれないですね。そこにまた私のような男が反応してしまったのかもしれない。
男が男のこういうところがカッコイイと思ってることと、女性がそう感じてること、女性が女性のこういうところがかわいい、美しいと思ってることと男がそう感じてることは実は違うのでしょうね。そしてそれぞれが相手のためにいいと思って頑張るわけですからね。でも、きっと男には女性がいいと思ってること、女性には男がいいと思ってることは、一生、わからないのかもしれません。
で、あればこそ——。自分のことを好いてくれている異性がいてくれるということはありがたいことですね。一体自分のどこがいいと思ってくれているのか。きっとそれは自分がいいと思ってることとは違うのでしょう。その人のことをよくわかることが、自分のよさをわかることにつながっていく、そんな風に思います。
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誰でも自分で音楽をやってみようという人は、リスナーとして、どこかで強烈な音楽体験があった人だろうと思います。私自身、子供の頃聴いたベートーヴェンの交響曲や、一連のロック音楽が、こういうのいいなぁ、カッコイイなぁ、と感じたところから始まっています。それがやがて、自分もこういうのやってみたい、自分だったらもっとこうしたい、と変化していき、ミュージシャンとなっていくのですが——。
不思議なことに、音楽を聴いている側だった時と、音楽を演る側になった時とでは、耳が違っているのです。このことをミュージシャンは得てして忘れがちなのです。先程書いたように、こういう音楽を作りたいというところで音を作っていくわけですが、それがそのミュージシャンが意図した通りに一般のリスナーに聞こえているかどうかはまた別問題だ、ということです。
わかりやすく説明すると、リスナーであった時は、例えばベートーヴェンの曲なら、そのサウンド全体がドンと耳に入ってくるのですが、ミュージシャンになった途端に、あ、今フルートがどう鳴っている、それが第一ヴァイオリンとどう絡んでそれが更にホルンに受け継がれて——というように、楽器ごとにバラバラに分解して聞こえるといったらいいでしょうか。ロックも同じです。昔はエレキギターが鳴ってるのかシンセサイザーが鳴ってるのかすらよくわからず、やはりサウンド全体が好きだったりしたのですが、今は当然、どの楽器がどう鳴っているのかというのがはっきりと聞き分けられますね。
クラシックの世界で言うと、昔、ピエール・ブーレーズが指揮した一連のものが話題を呼びましたが、一般的にはストラヴィンスキーの『春の祭典』やシェーンベルクの『浄夜』などが好評だった一方で、ベートーヴェンの『交響曲第5番』やドビュッシーの『海』などは不評だったようですが、しかしこれらのどの演奏も一貫しているものを私は感じるのです。それは何れも、作曲家の耳で解釈——というよりはミキシングされた演奏だということです。つまりどれも、スコア(楽譜)を見ながら聴くと、一体作曲家が何を意図してその場所でその楽器のそのフレーズを書いたか、というのがはっきりとわかるのです。『春の祭典』などは、そのリズム構造など、それがはっきり見えるように演奏したからこそ、難解と言われたあの曲がぐっと身近になったわけです。逆に、『海』は、誰しもドビュッシー特有のボワンとした曖昧な音の響きを期待するのに、ブーレーズはその音の構造をはっきりと、クリアーに描き出すので聞き慣れない耳には反発を覚えるのでしょう。しかし、スコア片手に聴き直してみると、全くその音は、ドビュッシーの楽譜通りと言えるのです。
ブーレーズの話を出したついでに指揮者の話をすると、指揮者というのはオーケストラの曲を聴くのに最悪の位置に立っているのだそうです。まず、すぐ周りからはヴァイオリンなどの弦楽器の音がワッと襲ってくる。奥からはトランペットやトロンボーンの音が響き渡ってくる。その隙間からフルートやオーボエなどの木管楽器が聞こえてくる。それらをどういうバランスで聴衆に聴かせるか、これはもう想像の世界でしかないそうです。勿論、経験を積んで大指揮者となれば、その想像がピタッと合うわけですからね。自分が聴いているものと聴かせたいものが違うという中での仕事は、本当に大変なことだと思います。
同じことはロックやジャズのバンドでもあるのです。ロックやジャズでは電気的に拡声しますからね、ステージではモニタースピーカーを置いて、プレイヤーはそこでバンド全体の音や自分の出してる音を確認しながら演奏することになります。が、このモニターから出ている音というのが必ずしも理想的でなかったりするのですね。自分の音がよく聞こえないということもあります。かと言って音を上げてもらうとこれがハウリングを起したりしますし、結局、全体としてどういう音になってるのかわからないまま演奏を余儀なくされることもしばしばですね。時々私も立ち会う関根さんのNippon Soul Jazz Band のステージなどでは、私がステージと客席を行き来して、それぞれどんな音になっているのか確認しながらミキシング・エンジニアの人に調整をお願いすることもあります。
そんなわけで、ミュージシャンが聴いている音とリスナーが聴いている音は違いますし、ミュージシャンが聴かせたい音とリスナーが聴いている音もまた違うのです。本当は、ミュージシャンはその両方の耳を持っていないと、ただ自分の思いばかりが先行した、自己満足の音楽を作ってしまいがちになるのです。いくらミュージシャンがここの所で、この楽器のこのフレーズを聴いてほしいと思っても、リスナーは最初からそんな聴き方はしていないのです。リスナーは音楽が心地よければそれでいいのです。
以前、HIROさんが、いつも聴いて下さってる人が、自分が聴いてるようには聞こえていないということがわかったと驚かれていることがあって、その話を関根さんにしたら、関根さんはそりゃそうだよね、と言った後で、「そう言うタンゴさんの耳も完全にミュージシャンの耳になってるよ。これはね、もう戻らないんですよ。今から普通の人の耳で聞こうと思ってもそうは聞こえないんですよ。」とおっしゃいました。先程書いた「両方の耳」というのはあり得ないようですね。音楽することの難しさは、演奏の技術の問題よりも、本当はそこにあるのかもしれませんね。
そういう意味では——。こうしたことは音楽に止まらないかもしれないですね。例えばこうして文章で表現すること、日常の会話で表現していることも、もしかして、自分の思いばかりが先行して、その思っていることが相手にきちんと伝わっていないかもしれない。相手は全く違うように受け取って、それはそれで納得しているとしたら、それはコミュニケーションではありませんね。
表現するということは、自分の表現したいことが相手に正確に伝わるように表現するこということは、本当に難しいものですね。
それでは、また。
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August 05, 2007
さて、私のように曲を創ったり、CDの製作に携わったりしていますと、必然的にその曲やCDのタイトルを考える必要に迫られてきます。昔、ビートルズの曲を知った頃からそうだったのですが、名曲というのはどれもタイトルがいいなぁ、と感心してしまうのです。どこからこんなカッコイイタイトル、或いはロマンティックなタイトルを思いつくんだろう、と。あの人たちはイギリス人やアメリカ人で、英語が母国語なんだから当たり前じゃん、とも思うのですが、必ずしもそうではないのです。彼らだってタイトル選びには考えに考えてるはず。ではそんな時どうしているのでしょうか。
例えば、昔フィフス・ディメンションの「アクエリアス(Aquarius)」という曲が流行りましたが——古い! 年代がバレルぞ!——星の名前をタイトルにするなんてカッコイイなぁ、自分もこれにあやかって星をタイトルにして作りたいなぁ、なんて思ったとします。ところが、他にどんな星や星座の名前があるのか知らなければ、どうにもなりませんね。英和辞典は勿論、和英辞典も殆ど役に立ちません。知っている星座の名前を日本語で一つ一つ引いていたのでは3つ4つ引いたところで疲れてしまいます。できれば、星座の名前がズラッと並んでいるような辞典があれば——。
そういう時に、英米人が必ずと言っていいほど使っているのがシソーラス(thesaurus)という辞典です。これは、概念から求める単語や熟語に辿り着ける辞典、その単語や熟語自体を知らなくても辿り着ける、という辞典なのです。有名なのは「ロジェ」のシソーラス(Roget's Thesaurus)です。
例えば、その目次をめくってみると、まず、あらゆる言葉が次のような大きな概念に分けられています。
第1類 抽象的な関係(Abstract relations)
第2類 空間(Space)
第3類 物質(Matter)
第4類 知性:心のはたらき(Intellect: the excercise of the mind)
第5類 意志:意志のはたらき(Volition: the exercise of the will)
第6類 感情・宗教心・道徳(Emotion, religion and morality)
といった具合です。
この中で、例えば第1類の「抽象的な関係」は更に、
1. 存在(Existence)
2. 関係(Relation)
3. 数量(Quantity)
4. 順序・秩序(Order)
5. 数字(Number)
6. 時間(Time)
7. 変化(Change)
8. 因果関係(Causation)
といった具合に分れています。
今探そうとしている星座の名前、これは星というものの名前ですから、第2類の「物質」を見てみると、
1. 物質一般(Matter in general)
2. 無機物(Inorganic matter)
3. 有機物(Organic matter)
と分れています。「無機物」というのは石とか水とか土、空気、そういったものですね。「有機物」には動物とか植物とか含まれます。面白いのは、ここに有機物である人間が発生させるもの——香りとか音楽とか光や色も入ってることですね。で、星座や星は「物質一般」のところにあります。
319 物質(Materiality)
320 非物質(Immateriality)
321 宇宙(Universe)
322 重力(Gravity)
323 光(Lightness)
この頭の数字が概念番号=インデックスということになります。詳しくはまた後で説明します。で、ここでは「宇宙」のところを見てみると、ありましたありました。「宇宙」に冠する英語が、名詞、形容詞、副詞の順に、ズラズラ〜っと並んでいます。で、名詞は更に
universe(宇宙)
world(世界)
heavens(天空)
star(星)
nebula(星雲)
zodiac(十二宮)
planet(惑星)
meteor(流星)
sun(太陽)
moon(月)
satellite(衛星)
astronomy(天文学)
uranometry(天球図)
cosography(宇宙地理学)
earth sciences(地学)
のグループに分れていて、例えば「アクエリアス(Aquarius)」でしたら「十二宮」のグループに入っていますね。そこにピッタリくるものがなければ前後の項目に視野を広げていろんな星の名前を見ていけばいいわけです。
でもこうやって探していくのは面倒、できれば "Aquarius" から直接このページに辿り着けないか、と思うのも当然です。そこでこのシソーラスにはインデックスもついているので便利です。そこで "Aquarius" を引くと、
Aquarius
zodiac 321 n.
とあります。これは、概念番号321の名詞の "zodiac" のグループを見てください、という意味なのです。これで先程のページに辿り着くことができます。
同じように、例えば、「はじまり」というようなタイトルにしたいと考えたとして、とりあえず思いつく英単語が "beginning" だったとして、"beginning" をインデックスで引いてみると、
beginning
prelude 66 n.
beginning 68 n., adj.
new 126 adj.
primal 127 adj.
youth 130 n.
earliness 135 n.
source 156 n.
とあって、そのニュアンスによって概念番号も異なることがわかります。一口に「はじまり」と言っても、"prelude" なら「序曲」という感じ、"youth" は若いことですから人生のはじまり、"source" は何かの源、ということでしょう。一般的にはやっぱり "beginning" の項を調べることになるのでしょうか。
こんな感じで、自分の知らない言葉を知ることができるのがシソーラスです。ご紹介した英語の Roget's のものはペーパーバックでも何種類か出ていて1,000円程度から買えるので持っておくと便利です。和英辞典に出ているよりも多くの言葉の中から自分にピッタリの言葉を見つけられるからです。(但し、この時、"Roget's II" というのは、辞書形式になっているので、できればここでご紹介したような、概念別の形式になっているものの方がいいと思います。)日本語ではこの分野の辞書があまり充実していないのが残念ですね。最近は少しずつですが出てきてはいますが。
それでは、今日はこの辺で。
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August 04, 2007
さて、今日はセカンドライフ内でのお金の稼ぎ方として有名な「キャンプ」についてお話ししたいと思います。キャンプは、もともとはその地域での交通量、人口を増やすためにお金を払って一定時間その場にいてもらう、いわばサクラとしてその土地のオーナーがお金を払って雇うものです。よくあるのは椅子にじっと座ったり、一定時間その場で踊ったり、というものですね。私はあるビーチで20分ベージング・タオルの上で寝そべっていたら2ドル、というのをやりました。20分DJをやって5ドルというのもあります。効率悪いですが、まぁ、大体そんなもんです。あくまでもてっとり早くお金を手に入れる手段であって、これで稼げるわけはありません。なにしろ2リンデン・ドルというのは1円になるかならないか位のお金ですからね。1時間やって3円稼げるかどうか、って話でしょう。
とは言え、これもうまく使うとなかなかおもしろいですね。じっとしているわけですから、普通なら放っておいたら昨日話した "Away" の状態になり、これではお金を払ってもらえません。そこで「デバッグ・モード」というのにしておくと、アバターを放ったらかしにしておいても "Away" にならず、ずっとお金を稼ぎ続けてくれるのです。ということは、必ずしもアバターに付き合わなくても、自分が寝ている間とか、昼間会社に行っている間にセットしておけば、その間にアバターはじっとその場でキャンプして稼いでくれるというわけです。
そうなのです。セカンドライフでは男に生れることも女に生れることも、空を飛ぶことも、一瞬で好きな場所にテレポートすることも、超セレブとして生きることも、どんな仕事に就くことも自由だ、と前に書きましたがそれだけではないのです。アバターは食べなくても寝なくてもいいのです。みなさんは、食べなくてよかったら、寝なくてよかったら、どんなに24時間有効に使えるか、と思ったことはありませんか。または、今自分がここで何かしている時に、もう一人の自分が別の仕事をやってくれたらいいな、とか。正に、セカンドライフではそういうことが可能になるのです。私自身は同じ場所で何もしないでじっと寝てるなんてバイトはとてもできそうにありませんが、私のアバター君は私が寝ている間もそうやって稼いでくれるのです。
ただ、キャンプについて一つだけ注意しておきたいことがあります。それは時々 "camping online" というのがあることです。そう、"online" という言葉が気になりますよね。これは、実は、ちゃんといないとお金にならないパターンのものなんですね。例えば20分単位の支払なら、20分経った時点で、"Are you a human?(あなたは人間ですか?)" とか "Are you a robot?(あなたはロボットですか?)" といった確認メッセージが表示されるのです。勿論、いくらでもじっとしてられるロボットならお金は払われないわけですし、このメッセージに応えない場合は、自動的に退席させられ、お金はもらえません。このメッセージは不規則に内容が変わるので、人間かと聞かれたら "Yes" を、ロボットからと聞かれたら "No" のボタンをクリックしないといけないのです。このパターンの場合はアバターを放ったらかしにしておくわけにはいきませんね。私はこのパターンの場合は始めた時間をちゃんと確認しておき、他の作業をしながら、20分なら20分経過する2、3分前にはアバターのとこに戻って確実にメッセージに応えられるようにしています。ちゃんと応えるとその時点でお金が支払われます。
さて、このように見てくると、セカンドライフは本当に何から何まで自由な世界だな、と思います。もしこうだったら自分はこんなことができるのに、なんて自分の現実に対する言い訳は通用しないということです。大抵の人がこうだったらいいと考えるようなことは、セカンドライフでは前提条件として保証されてると言ってもいいのです。なのでここでは、その「こうだったら」が全て満たされたところで、「何をやるのか」が問われてくることになります。「何をやりたいのか」というのがないと、セカンドライフもおもしろくはないかもしれません。逆に、何かやりたいことがある人にはこんなに楽しいものはないかもしれません。
最初に書きましたようにキャンプはあくまでも持ち金0円で始まったセカンドライフでの当面のお金を手に入れるための手段に過ぎません。キャンプしてセカンドライフの世界を彷徨いながら、さて、この世界で自分は何をやって生きていくのか、現実の世界で本当は何をやりたいのか、それを考えることが大事だと思います。その時初めてセカンドライフは自分の可能性を開いてくれるのだと思います。
1週間にわたってセカンドライフの話題を続けてきましたが、他に書かなければならないこともいろいろありますので、とりあえずここでこの話題はひとまず終了ということにして、また新たな進展がありましたらご報告させて戴こうと思います。
それでは、また。
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August 03, 2007
セカンドライフで時々困っている人の相談にのることがあります。また、オフラインでも直接メールで相談を受けることがあります。共通してよく言われるのが、英語がよくわからない、面倒、ということですね。まぁ、世界中の、いろんな背景を持った人と直接コミュニケーションできるわけですから、ここは逆に英語の練習の場だ、くらいに考えて頂いて、どっちにしても、英語が母国語でない人もかなりいるわけですし、実際に喋るんじゃなくて「書く」わかですからね。相手も待ってくれるので、あんまり神経質にならずに下手でも適当でも、チャレンジしていったらいいと思います。
とは言え、やはりゲーム英語、チャット英語といった、普通には接しない表現もあって、私自身戸惑ったこともあります。そこで今回は特によく出てくる言葉を順不同でまとめておこうと思います。
1. よく出てくる英語
■rez(レズ): もともとは "resolve" という他動詞から来た言葉です。"resolve" はもともと「固まっているものを解放する」という意味なのですが、そこから「溶かす」、「変化させる」、「自由にして放つ」というような意味に転じていきます。で、ここでは「セカンドライフの世界に出現させる」という意味になります。そこで、
1. オブジェクト(プリム)を何か作る
2. 持ち物からオブジェクトを出して使う
3. 自分自身がセカンドライフの世界に現れる
といった意味で使われるようです。
■away(アウェイ): 立ったままでも、座っていても、自分のアバターをそのまま放っておいて何か他の作業をしていると自分の名前の後にカッコ書きで "Away" と書かれていることがあります。これは "Away from keyboard"、つまり、キーボードから離れていて、今ゲームには参加していない、ということですね。実際の生活でも、身体はここにあるのに、心はどっか他のところに行ってる時ってありますよね。あれとおんなじです。実生活では、「ねぇ、ちょっと、ちゃんと話聞いてる?」と確認することになりますが、セカンドライフでは名前の後にこうして "Away" と表示されるので、見てわかるのがいいですね。(笑
因みに、意図的に "Away" したい時は、「ジェスチャー」から "afk" を選ぶとよいです。勿論 "away from keyboard" の略で、すぐに自分の名前に上記の "Away" が表示され、首がうなだれた状態になります。(つまり寝ちゃうわけだ!)
■furry, furries(ファーリー): 文字通りには「毛皮を着た人」ということでしょうが、動物型のアバターを着た人のことを言います。結構多いんですよね、動物になりたい人。(笑 何だかスターウォーズやスタートレックに出てくる不気味な宇宙人みたいな人もいたりして。個人的には完全に動物になってるより、ヒト型なのに何故かネコの尻尾を靡かせてる若い女性とかに惹かれてしまいます、ハイ。(笑
■newbie(s)(ニュービー): セカンドライフ初心者のことです。こういう看板があったりしたら近づいていってみましょう。初心者向けの情報があったり、お互い初心者の人が集まってて意見交換できるかも。
■freebie(s)(フリービー): 上と似てますが、これは「無料アイテム」のことです。タダでゲットできます。
■grid(グリッド): もともとは「格子」の意味ですが、ご想像できるようにセカンドライフ内の場所を示す座標の意味となり、更にはセカンドライフ内の全てを表わす言葉となります。リンデン・ラボの公式ブログではセカンドライフの動いている状況を表わすのに "grid status"(グリッドの状況)という言葉を使用しています。更に、先日のような世界的な、全てのサーバで障害が出ているような場合には "worldwide" ならぬ "gridwide" なる言葉が使われています。
■lag(ラーグ): 「遅れ」のことです。よく話題に出てきます。自分が操作してから実際に動いたりするまでの時間差です。サーバが重くなっているとこのラグが発生して、思うように動けなかったりします。
■parcel(パーセル): 学校で習ったのは「小包」という意味ですが、ここでは土地の区画を意味します。「敷地」という日本語がピッタリくるかもしれません。"You are not allowed to enter this parcel.(この敷地内に入る権限がありません。)" など。
■IM: 勿論 "Instant Message(イスタント・メッセージ)" のことです。チャットは側にいる人としか話せませんし、話した内容は周りの人に聞かれてしまいますが、IMは相手がその場所にいなくても送れるのと、その場にいても他の人に聞かれずに会話できます。また、相手がオンラインでない場合は相手が登録しているメールアドレスに転送されるしくみになっています。
■lol: よく英語のチャットの終わりに出てきます。"lots of laugh" で「大笑い」、日本人がメールなどで使う「(笑」とか「w」とかに当りますかね。
■Ty: これもよく出てきますね。"Thank you." です。
2. ジェスチャーの英語
前に、早めにジェスチャーを自分の好みに設定しておいた方がいい、という話を書きましたが、考えてみたら、このジェスチャーがまた英語でよくわからない、という人も多いでしょうね。というわけで、ややこしそうなものだけここに記しておきます。
■/blowkiss: 投げキッスです。
■/bored: 「あ〜あ」という退屈を示す仕草です。
■/embarrassed: 「やだぁ、恥ずかしい!」という感じですね。男がこれをやるとちょっとキモイかも。(実はやってみた。)
■/excuseme: 「失礼」ということで、咳払いをします。
■/extinguish: 「火を消す」ということですが、何のことかと思ったらタバコの火を消してタバコをポケットに戻す仕草です。で、この逆が、
■/smoke: タバコをポケットから出して吸う仕草です。
■/frown: 顔をしかめます。
■/getlost: 「失せろ! あっち行け!」ですね。
■/kmb: これがわからなかった。"Kiss my butt!" = "Kiss my ass!" という侮辱の言葉ですね。相手にお尻を向けてぺんぺん叩く仕草をします。あんまり使いたくないねー、これは。
■/muscle: 「筋肉」ということですから、ご想像つくでしょう。力コブをつくってみせるのですが、イッパツで決めればいいのに3回もくりかえすから却って笑っちゃいます。
■/nya: これは「あっかんべー」ですかね。ヘンな顔をつくっておどけます。その「べー」に当るのが、
■/sticktongue: 文字通り舌を突き出してヘンな顔をします。
■/repulsed: 嫌な顔をして拒絶します。
■/scold: 「叱る」というよりも、指を横に「チッチッ」と振る感じですね。
■/shrug: 肩をすくめて両手のひらを上にむける "I don't know." みたいな例の仕草ですね。
■/count: これが最初わからなかった。何で数える仕草なんか入っているのだろう、と。これはじゃんけんですね。「じゃ〜んけんで」と腕を振る仕草です。となれば、
■/paper: 「紙」=「パー」です。
■/rock: 「石」=「グー」です。
■/scissors: 「はさみ」=「チョキ」です。
さぁ、どうでしょう。気になっていた言葉はありましたでしょうか。私が「ん?」と引っ掛かった言葉を中心に選んでみましたので、もっとこの他にもあるかもしれません。疑問の言葉などありましたらコメントでお寄せ頂ければと思います。
それでは、また。
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August 02, 2007
引き続きセカンドライフの話題です。
今日はケチなアルバイトはしないで、徹底的にいろんなところを見て回ることにしました。とりあえず話題になった大手企業のSIMを訪れて、企業がここで何をしようとしているか、おもしろくてやってる個人とどう違うのかを見て、考えておこうと思ってのことです。
で、まずは有名なSONY/BMGの島に行って来ました。よく紹介されいるSIMですが、これがあんまり面白くなかったですね。アーティストの紹介がメインで、それも殆どは外部の、つまりネット上のサイトに飛ぶようになっているもので、結局はただのリンク集みたいな感じ。ムービーやサンプル曲もうまく流れてこないし。そのくせCDは買わないと(99ドルだったかな)聴けないので、うーん、お金出さないと楽しめない場所なのか、と思ってしまいました。
そういう意味では面白かったのはNISSANのSIMですかね。有名になった自動販売機でNissan Sentraを売ってる所です。セントラというのはアメリカ仕様の車で、サニーの流れを汲む、日本では今のブルーバード・シルフィーに当るモデルなんだそうです。ここではこのセントラに一切の生活用品を持ち込んで7日間この車で暮らす、というプロモーションビデオがあって結構おもしろいですよ。ここにいらした方は是非面倒臭がらずにごらんになってみて下さい。
で、自動販売機。自動販売機と言っても、これがタダで手に入るのですね。ただ、タダと言っても、ちょっとしたコツがありますので、ここに書いておきます。自動販売機の脇に説明書きがあって、
Come clean and get the code. (It's nearby.)
とあります。どうも自動販売機の左側にある数字キーでパスワードを入力、続けて右側のキーで商品を選ぶと出てくるらしい。しかしそのパスワードはどうやって知ることができるのか——。"Come clean?"——きれいになって戻ってきて下さい、ということでしょう? この説明書きは先程のプロモーション・ビデオと連動していて、7日間車で過ごした人の絵が出ていました。プロモーション・ビデオで彼は、とにかく匂いには気を付けないとと——特に彼女と一緒にドライブに出掛ける時はね——、駐車場のトイレなどでシャワーを浴びたり身体を洗ったりしていたのだ——と、見回すと駐車場の脇にトイレがあるのですね。で、そこへ行くと、はい、ありましたありました。トイレの落書きがパスワードだったのです! で、そこに書いてあったパスワードを入力、自分の好きな色のキーを押すと、ドカン!と車が落ちてきました。この後は勿論、この車に乗ってドライブしましたよ。(笑 この自動販売機の他には何もない割には結構楽しめましたね、ここは。みんなここで手に入れたセントラを持ち帰ってあちこちで乗り回すんですから、これは結構いいプロモーションになってるんではないでしょうか。
しかし、それにしてもこうした企業のSIMは淋しいですね。日産の所には私を含めて2、3人しかいませんでしたし、ソニーは私一人でしたから。やたらと混んでる個人のSIMとかに較べると、本当に淋しい。
というわけで、今日は企業訪問はこの辺にして「Ueno」にテレポート。ここはなかなか面白かったですね。上野動物園もあったし。で、どこでは動物もののアバターを売ってたりする。自分が動物になれるわけだ! あと、観光案内もあって、日本関係のSIMに飛べる、ネットで言うリンク集みたいなところもあって便利だし。でも、最高に笑ったのは「UNI CIRO」というカジュアル・ウェアの店。ユニクロそっくりのロゴで「ユニシロ」かぁ! 中に入るとユニクロよろしく男女兼用の無難な色とデザインのトレーナーとかあって、これが5ドルと安い! 思わず買おうかと思ったけど、現実世界でユニクロ着てて、セレブな仮想世界でユニシロ着るのもなぁ、とやめました。(笑
それから有名な「Sugamo」のハローワークにも行ってきました。なるほどー、って感じでしたね。セカンドライフの中でどんな仕事が一番求められてるかということなんですけど、クリエイター系としてはやっぱりものを造る仕事、建物とかそういうのをデザインする仕事ですね。そりゃそうですよね。SIMを魅力的に見せるのは結局はそこにある建物とか景観ですけれど、これが一番創るのが大変で、技術が要りますもの。それから、女性は受付とかメイドとか、やっぱり容姿が重視されるものかな。残念ながら音楽関係はなく——現実世界のハローワークでもミュージシャンはないか!——自分にできるものとしては通訳というのがあったけど、これは既に契約済。残念。
あと、前から気になっていた「新潟沖中越地震支援」のSIM、実はこれ新潟県のSIMだったんですが、ここにも行ってきました。写真による状況報告のボードなどがあり、現実世界での義援金の振込先などが書かれてあったりしました。が、やっぱり一番インパクトがあったのはリンデン・ドルの募金箱。この募金箱に自分の持っているリンデン・ドルを入れると、それが募金に反映されて、10万リンデン・ドル(日本円で約4万4千円)単位で日本円にして、実際に寄附されるのだそうです。私が見た時は19万リンデン・ドルになってましたから、この世界でもかなりの人が募金したのではないでしょうか。というわけで、私も10ドルだけ募金してきました。
日本ではセカンドライフというとやたらとお金儲けの話題が出てきますけれども、本来ここは自由に現実ではできないことを創っていく場ですね。で、現実でなかなか実現できないことと言えばその自由とか、愛とか、平和とかあるわけですけれども、そういうことを実現させていくことの方が重要であると感じます。とすれば、この新潟沖中越地震の支援SIMのようなものこそ、人の心が、気持ちが、たとえ微々たるものであっても現実を動かしていくものとして意味のあるものと感じるのです。
今日はいろいろなところを見ながら、ここで何をするのが、セカンドライフをもより楽しい場所にし、そして現実にも影響を与えていくことになるのか、考えさせられた一日でした。
それでは、今日はこの辺で。
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July 31, 2007
昨日から障害が出てますね、セカンドライフ。まぁ、850万近い人が登録してて、常に3万人前後の人がアクセスしてるわけですから、サーバがダウンしても当然と言えば当然でしょうが。
リンデン・ラボの公式ブログによると、アメリカの時間(=セカンドライフ時間)で28日の午後4:56と言いますから日本では日曜の朝8:56頃からセカンドライフをアプリケーションを立ち上げ、ログインしようとすると「Error」の表示が現れる、という問題が発生し——これは私も経験した——、これは数時間で解決し、その後何度かシステムが重たくなる事象が繰り返され、とうとう29日の午後8:26、日本では昨日のお昼過ぎに「検索、地図、テレポート、及び資産管理の機能がやたらと遅いか、寧ろ全く使用できない、自分の持っているリンデン・ドルの残高は "Loading" と表示される」——つまりは全く何もできない——という事態が発生、その後、懸命の努力が続けられているようですが、30日の午後6:55、日本時間今朝の10:55頃に「今晩も作業は続いています。今晩、或いは明日の朝、進展があったらご報告します」と書き込みされたのが最後となっています。試しに先程接続してみたら——こんなことする人がいるからまたまた重くなるのだ! メッ!——、地図機能、テレポート機能は回復し、一旦は移動ができました。更に、リンデン・ドルの残高については、昨晩このブログを書きながら稼いだはずの15ドルは全く反映されなかった模様で、その前の金額が表示されていました。(おーい! どこ行ったんだぁ。俺の金と時間!)が、その後は全くレスポンスがなくなりましたので、やっぱり復旧を待つしかないようですね。これだけ長い時間に渡ってシステムがダウンしたままというのはクレームものですが、彼らも、恐らくは寝るのも惜しんで最善の努力をしてるでしょうから。このブログでも進展がありましたら報告させて頂きたいと思います。
さて、実は私が参加し始めた28日の夕方、出会った人たちがテレポートできない、できない、と嘆いていたのですが、きっとこれも何か関係あるのだろうと思っています。出会う人出会う人、外人の名前はついていても、実は日本語喋る人たちでしたからね。しかもみんなセカンドライフに来たばかりの初心者の人が多くて。つまり、1日経験しただけでも、そして日本人だけでもそれだけの新しい参加者の人たちがいるわけでしょう。これは、かなり急激なスピードで参加者が増えていること、そしてシステムがそれに追い付いていないということではないでしょうか。6月に発売された公式ガイドでは450万人が参加、と書いてあり、7月に出た本では700万人と書いてあり、そして今の今は850万人ですもの! それはパンクしますよ。しかも、セカンドライフでは、殆どの処理がサーバ側で行なわれていますからね。私一人が歩いたり喋ったりするの、全部サーバでやってて、それを、そこにいる人たち一人一人について全部対応しているわけでしょう? これはサーバに負担かかり過ぎますよ。
ここで技術的なことを少し。最初に接続した時から時々停まってしまうので閉口していたのですが、これには原因が3つ考えられますね。
1. 自分が使っているパソコンのスペック(能力)
2. 自分が使っているプロバイダの回線状況
3. セカンドライフのサーバの状況
今回はもう、3.が理由だとはっきりしましたけれども、普通は疑ってみるのは1.の自分のパソコンのスペックですよね。公式サイトを見ると、これは結構スペックの高いパソコンが必要になりそうですね。特に問題がありそうなのがグラフィックボード。但し、Macintoshユーザの方について言えば、今売っているIntel Macであればほぼスペックは満たしていると考えてよさそうで、敢えてグラフィックボードを購入する必要もなさそうですね。私のMac BookにはIntelのボードが入っているようですが、公式サイトで推奨されているボードの中にはそれは入っておらず、寧ろ「Intelの表示のあるボードはセカンドライフに対応していません」というような表記まであるので、ダメモトで始めたのですが。なので、Intel Macユーザの方なら取りあえず安心して始められるのではないかと思います。G4とか、あとWindowsの方はよく行くお店とかで相談した方がいいかもしれませんね。
あと、当然、2.の回線の問題はあるでしょうね。やっぱり回線が混みやすい時間帯は、これは普通のWEBを見てても遅くなりますからね。"camping" という、その場でじっと椅子に座ったり(いわゆるサクラですね)、ペンキ塗ったりしてお金がもらえる仕事があるのですが、ADSLモデムを見ていると、こういうじっとしているだけの時でもLANのアクティビティを示すランプが激しく点滅しているのです。セカンドライフではデータの送受信量がかなりのものになるようです。(そうそう、なので、もしADSLモデムなどが何も反応していないようでしたら、それはもう、サーバと切れてしまってると考えてしまった方がいいかもしれません。こういう時私は結局再起動しています。)
まぁ、何れにしても重たいです。フラストレーションなく遊ぶには、やっぱりハイスペックのパソコンに光回線、ということになるんでしょうかね。
さて、障害とはっきりわかりましたので、こういう流れになってしまいましたけれども、本来お伝えしたかったのは、先程話題にしました「テレポート」の仕方です。これができないと全くもって動けないですからね。
一番簡単なのは、右下の方にある「地図」ボタンを押すと今自分がいる所の地図が画面一杯に表示されますが、その右の方に「私の友だち」「私のランドマーク」と右側に検索ボタンのついたブランクのボックスがあると思います。このボックスにガイドブックなどで見つけた自分の行きたい場所を入力、検索ボタンを押します。するとその下に検索結果が現れ、その座標が画面中央に表示されます。ここで「テレポート」ボタンをクリックするとその場所に移動できます。
まぁ、最初はそこから始まるんですが、毎回これをやるのは面倒ですね。そこでちょうどネットで「お気に入り」に登録する要領で「ランドマーク」に登録しておくと、先程の「私のランドマーク」にリストが追加され、そこから選ぶだけですぐにテレポートできるようになります。「ランドマーク」を登録するのはメニューバーの「世界」メニューをクリックして現れるリストから「ここにランドマークを作成」を選択すればOKです。
それでもなかなかうまくテレポートできない、という人は——。「フレンド」=友だちにテレポートをお願いすることもできます。友だち同士になると、自分のいる場所に友だちをテレポートさせて連れてくることができるのです! (これが現実にできたらいいよね!)ということもあって、早くいろんな人に話しかけて気に入った人をフレンドにすることが結構重要なことになってきますね。
それでは、また。
まずは復旧を待ちましょうか!
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July 30, 2007
さて、セカンドライフも3日目となりました。うろうろするうちにだんだんいろんなことがわかるようになってきたように思います。と言ってもまだたった3日なので、当然知らないことの方が多いんでしょうが。
しかし、初めてとは言え、なかなか本屋で売っているガイドブックなどに書いてないことも多くて、とにかく初日はとまどい続けました。インプレスから出ている「公式ガイド」にも、何故だかプリムの作り方やスクリプトの書き方と言ったマニアックな部分で詳しいのに、ショートカットキーやアイコンの一覧みたいな、基本的なところが書いてないのが残念ですね。どうしたらいいか、どう動いたらいいかわからずに、結局はつまんない、ということになってしまう。勿体ないことですね。
特に、私の周りには、自分を含めてMacintoshユーザーが多いのですが、殆どの解説本はWindows標準で書かれてますよね。だからMacユーザーにはますますわからない。
というわけで、今日はセカンドライフを本格的に楽しみ始める前に、つまづきやすい導入の部分について、しかも特にMacintoshの操作法を中心に、自分の経験からご紹介していきたいと思います。実際に始める前にお読み頂くと、少しでもお役に立てるのではないかと思います。
1. 名前を決める
まず最初は、勿論ユーザー登録をするわけです。で、この時セカンドライフでの名前を決めるわけですが、実に残念なことに、いろんなことが自由なセカンドライフにあって、名前だけは自由でないのですね。新しく生まれ変わるわけですから、自分の好きな名前をつけたいものなんですが。
まず、「姓(Last name)」は予め決められたリストの中から選ぶことになります。これがなかなか難しいですね。やっぱりセカンドライフはセレブとして生きる世界ですからね、普通っぽい名前があんまりない。(笑 私は全く想像力のない人間で、あちらに行ってもやっぱり男でいたくて、日本人でいたい人なんですけどね。普通っぽい日本人の名前ってNakamuraさんくらいなもので……。その一方で、Offcourseとか、更にはGacktというのがあったのには笑ってしまいました。やっぱり、セレブですから、いろんな国の著名人や芸能人の名前からとってるんですかね。私もよっぽどGacktにして、色白のイケメンスタイルでデビューしようかと思いましたけど……やっぱり現実とあまりかけ離れ過ぎるのもねぇ。(笑
名前は一度登録すると変更できないのです。ですからここは慎重に時間をかけていきたいところです。一生その名前で生きるわけですからね。「名(First Name)」の方は自由につけられますが、これも姓との組み合わせが既に存在していたら、つまりその名前の人が既にいたら、別の名前をつけなければなりません。
繰り返しになりますが、早く登録して遊びたい、と気持ちが逸るところですが、ここは慎重に時間をかけて名前を決めるようにしたいものです。
2. オリエンテーション・アイランド(1)Communicate Areaで
登録が終るとオリエンテーション・アイランドというところに自分のアバターがいます。ここは4つのエリアに分れています。
Move
Communicate
Appearance
Search
まず、「Move」エリアで動き方の練習をします。次に「Communicate」エリアで会話の練習をします。ここでは自分から話しかけたり、相手の質問に答えたりするわけですが、3つの石像がいて、この石像が練習台になるわけです。最初の石像からは名前を聞かれます。それに答えると書物の名前を教えられます。2番目の石像のところでその書物の名前を聞かれます。で、3番目の石像のところにいくと、間もなく火山が噴火する、もしあなたが自分たちが待っている人物なら神の怒りを鎮めてこの島を救うことができるのだが……、というようなことを言われます。
そこで、正に自分こそその人物である、ということを示すのに、「hula=フラダンス」のジェスチャーをすることになります。ジェスチャーは「ジェスチャー」ボタンをクリックすれば代表的なジェスチャーのリストがズラズラっと出てくるのですが、何と、私のリストの中には「hula」のジェスチャーが入っていないではないですか! どうすりゃええのか!
もし、皆さんのリストの中に「hula」がなかったら、ここで慌てずに、一番右下にある「持ち物」ボタンをクリックします。すると「Inventry」というフォルダがたくさん並んだリストが出てきます。この下の方に「Library」というのがあり、これを開くとその中に「Gestures」があり、それは更に「Common Gestures」、「Male Gestures」「Female Gestures」、「Other Gestures」といったフォルダがあり……この中に「hula」が入っています。これを使えば神の怒りを鎮めることができ、Communicateエリアを通過することができます。
3. オリエンテーション・アイランド(2)Appearance
Appearanceエリアでは、先程の持ち物の中から自分の身につけたり、欲しいものをクリックして手に入れたり、そして何と行ってもセカンドライフ最大の楽しみの一つ、自分の容姿を変える方法を練習します。
ところで、自分の容姿を変えるには自分のアバターを右クリックすればいいのですが、果たして、ワン・ボタン・マウスのMacユーザーはどうすればいいのでしょうか? 一般的には、Windowsの右クリックの操作をMacでしたい時は「control」+クリック、というのが常識になっていますが、これでは、何にも起らないのです。これには私もさすがに焦ってしまいました。えー、容姿を変えられないんじゃ、一生この姿形で生きなきゃならんのか、と。初っぱなから破れかぶれになった私は、試しに「command」+クリックしてみました。と、出てきたではないですか、パイメニューと呼ばれる、円グラフ型のメニューが。で、「容姿」というところをクリックすると、なかなか楽しそうな、自分の姿鷹地を変えられるオプションが出てきました。が、それはあとでゆっくりすることにしましょう。ここはそのままメニューを閉じてクリアーということになります。
この右クリックはセカンドライフの中では多用しますので、Macユーザーの方、是非覚えておいて下さい。「command」+クリックです。
4. ヘルプ・アイランドの過ごし方
オリエンテーション・アイランドは一度出ると二度と戻って来られないので、納得いかない時はじっくり時間をかけていろいろ試してみるといいと思います。私も、何度も同じところを行ったり来たりしました。で、Move、Communicate、Appearance、Searchのエリアを一通りクリアーしたら、SearchとCommunicateの間にある「Help Island」の看板をクリックします。するとヘルプアイランドにテレポートします。
ヘルプ・アイランドははっきり言って見るべきものはあまりありません。無料の服や家なども売っていますが、大したものはありません。寧ろここではあちこちにあるいろんなサインをクリックして、ヘルプ・ノートを集めることがメインになります。ここも二度と戻ってこれないので、とにかくいろんな物に触れてノートを集めて行きます。それぞれ文章が表示されますが、読むのは後で、わからなくなった時でいいので、タイトルだけ見て、どんなことが書いてあるかだけ見てどんどん「維持(Keep)」していきます。
ところで、ヘルプ・アイランドは広くて、殆ど人もいないので、ここでやっておくといいことがあります。一つは容姿を変えること。これは時間が掛かりますからねぇ。実際のSIMに入っていくと、どこも人が多いですからね、立ち止まって自分の顔や体型を変えるのは勇気も要りますし、他人の邪魔になりますね。なので、人の見ていない、のんびりした空間のここでやっておくとよいのです。
ここで先程のLibraryからいろんな服に替えてみたり、髪型を変えてみたりと、時間をかけることになるのですが、忘れずにやっておきたいのが、ゼスチャーの登録です。ゼスチャーがあると、会話が断然盛り上がります。私が最初の日に会った人などは、ある会話の中で嬉しさのあまりに踊り出してしまいまして、私は大変驚いたのですが、こうした踊りもゼスチャーの中に入っています。そして、ゼスチャーはキーボードのファンクションキーに割り当てることができるのです。だから、タイミングよくファンクションキーをポンと叩くだけで、会話に動きが加わり、リアルさが増し、魅力的になるのですね。ゼスチャーの登録とファンクションキーへの割り当ては、Windows、Macintosh共に「control」+「G」でできます。是非お試しあれ。
それでは、長くなりましたので、今日はこの辺で。
明日もこの続きを書く予定です。
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July 29, 2007
私の周りでは、Voie lacteeさんが書いていたセカンドライフですが、私もようやく登録、住民になることができました。恐らくはVoie lacteeさんと同じ場でその話を聞いていたとは思うのですが、その夜ネットでざっと調べた後は、あまりの忙しさにそのままになっていたのでした。
で、昨日、やっと登録して、セカンドライフの世界をうろつき始めました。そう、まだうろつき始めたばかりで何にもできていないというのが現状です。しかも一文無しで! ん? これでは現実の自分と同じではないか! そうなのです。セカンドライフは「もう一つの人生」というだけあって、現実の世界の引き写しと言えます。お金を払わないベーシック会員で始めると、一文無しの、TシャツとGパンというスタイルで始まります。ここでどうやってお金を稼いでセレブに成り上がっていくか——これは、もう、アメリカン・ドリームそのものですね。しかも、その一方で最初にお金を払うプレミアム会員だと最初からお金がある状態で、しかも土地が持てる状態で始められるのです。スタートからして持てる者、持たざる者がいるというのも「リアル」ですね。
セカンドライフのおもしろいところはこの辺りにあるのかもしれません。仮想空間なので、何でもできるはずです。映画「マトリックス」のネオよろしく空を飛ぶことだってできますし、そんな面倒なことしなくても、行きたい場所を指定すればテレポートすることもできます。更には、友だちをテレポートさせて今自分がいるところに呼ぶこともできます。それから、男として生きるか、女として生きるかも自由ですし、何人として生きるかも自由です。勿論どの地域に住むかも自由です。そしてどんな職業に就くこともこれまた自由ですね。
ただ、やはり同じ人間のやってることですからね。やっぱり現実の自分が反映されてしまうようですね。例えば、仕事にしても、やっぱり現実の自分が一番得意とするところで勝負するのがいいようです。そう言えば、お金を稼ぐのに、"camping" という、いわば単純作業のアルバイトみたいのもあるんですが、そういうものはやはり人気が高いので、なかなかありつけないですね。これも現実的。それから、結局ここも一つの社会ですから、人間関係をつくっていく能力みたいなものは必要ですね。基本的には英語の世界ですが、日本語喋る人もいるし、周りにいるそういういろんな人たちの誰に話しかけてどう人脈を作っていくか、これも自分の日頃の動き方がそのまま表れてしまいますね。
そう見てくると、セカンドライフというのは、性別とか人種とか国籍とか、或いは国の境、時間空間の壁といった、これまで私たちの生活の自由を奪ってきたものが撤廃されたところで、では、あなたはどのような能力、素質が発揮できるのですか、というところが問われているように思います。そういった壁がないところでなら、現実世界ではできない何ができるのか。それは、実は現実世界とパラレルなところで動いていると言ってもいいのではないでしょうか。
だからこそ企業がどんどん参入してきているのでしょう。明日発売になる「東洋経済」でも特集されるほどビジネスの世界で注目されてきています。現実にはすぐにできないことをセカンドライフで実現させてみる。そしてそこでうまくいけば、現実のマーケットに反映させることができる。これはセカンドライフの世界で稼いでいる人が現実にも稼いでいるということと関係してきます。と、すれば、です。
私たちはどうしてもお金を稼ぐとか、経済的な側面ばかりに目が行ってしまいますが、それだけでなく、どんな社会が作れるか、の実験もここでできるということではないでしょうか。例えば平和。セカンドライフで理想的な社会を築くことができれば、私たちは現実にも、平和な社会を築くことができる、そういうきっかけになるのではないかと思います。
実際、日本人が運営しているエリアを訪れてみると、あちこちに「新潟沖中越地震支援」と書かれたブルーの横断幕があります。"etter World Islandというところでは「今バグダッド市街で何が起っているか、その現実を見てください」という看板もあったりします。セカンドライフの世界に現実の問題が持ち込まれ、この世界を通じて現実の世界を何とかしようとしている人たちがいるのです。
さて、そういうところで私は何をするのか。いろいろとこれまで抱いてきたアイデアがあるので、それを実現したいところですが、まだまだうろつくので精一杯。昨日はやっと友だちを2人作ったところで終ってしまいました。今はとあるところで安いバイトをしてるところです。(笑
また、何か展開がありましたらご報告させて戴きます。
そうそう。最後に、私のセカンドライフでの名前はHiroshi Kumakiです。このブログをご覧の方でセカンドライフやってらっしゃる方いらしたら、是非IM(インスタントメッセージ)などでお声をかけて下さい。
それでは、また。
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July 23, 2007
さて、今月のネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」で私は"Happy Happy Birthday"という曲を発表していますけれども、これは解説にも書いていますように、私の親しい友人の誕生日のために作ったものなのです。そして今日、7月23日がその人の誕生日なのですね。
こうして誕生日を祝いたい人というのは、勿論、自分にとって大事な人であるわけですが、よくよく考えてみるとこれは不思議なことですよね。何と言っても、歴史的にも地理的にも全く異なった人生を歩んで来た人と出会って、その出会いが、自分にとって大事と思えるほどの意味を持っているわけでしょう。これは殆ど奇跡ですね。人と人とが出会うということは、本当に、並大抵のことではないと感じます。人は、瞬間瞬間、いろんな決断や判断を重ねながら自分の人生を創っていってますから、そのどこかの決断や判断が違っていれば、その人と出会うこともなかったということでしょう。今、こうして会えているということ、それはお互いの決断や判断の積み重ねで実現していることなのですね。
そして——もう一つ——。そういう、大事と思える人に会っている自分が、今、ここにいるということ。それも考えてみたら不思議なことではないですか。
実は、今月は私自身の誕生月でもあって、その日私はある集まりに出ていたのですが、それが終ってから携帯に留守番電話が入っているのに気づき、再生してみると九州の母からでした。たった一言。
「今日はお赤飯を炊いて頂きました。」
想わず、柄にもなく泣いてしまいました。事あるごとに対立したりしては、「生まなきゃよかった」「生れなきゃよかった」「あんたなんかいなかったと思うよ」「僕も親なんかいないから」なんてひどい言葉を浴びせ合ったりすることもあるのですが、親にとって、特に自分のお腹を痛めた母親にとっては、忘れようとも忘れられない、そしていつも元気で幸せであれと願わずにはいられないものなのでしょう。自分が今ここにいるということ、そしていろんな素晴らしい人たちに出会っているということ、それを可能にしたのはこの母親であり、父親であると思うと、もうそれだけでありがたさに胸がいっぱいになります。
今、自分がここにいるということ、そして大事と思える人に出会えたということ、誕生日というのは、その奇跡を、人生の不思議を、今一度考える機会なのかもしれません。
というわけで、今日誕生日を迎えた人、これから迎える人、そして、もう過ぎてしまった人、全ての人に——。
お誕生日おめでとう。
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June 17, 2007
久し振りに衝動買いをした。
仕事の合間に時間が空いたのでCDショップに行ったのだ。見てみたいクラシックやワールドミュージックのCDがあったからだ。が、ここでそのままクラシックやワールドミュージックのCDを買ってきてそれがよかった、というのであればいつものことで何もおもしろいことはない。が、ここで衝動買いしたというのは、CDショップを出ようとしたその時、出口の近くにあった追悼特集のコーナーでのこと。買ったのはそう、『ZARD/Golden Best』、一時はCDショップから消えたというものだ。
日本の音楽界に批判的な私が歌謡曲のCDを買うというのは、一体何年振りのことだろう。恐らく、宇多田ヒカルのファースト『First Love』以来くらいのものではないかと思う。しかし、正直言って、ZARDのことはずっと気になってはいて、ベスト盤くらいは持っていたいと思ってはいたのだ。が、ずっと後回しになっていた。世の中にはまだ聴いたことのない、聴かなければいけない音楽が多過ぎる。
それが、あの日、たまたまニュースを見ていて、ZARDの坂井泉水さんの死去を知らされた。これには何故か大きな衝撃を受けた。え、何、ウソ! 別に特にファンというわけでもなく、ZARDのことを殆ど何も知らないにも拘らず、言いようのないショックだった。
何故、こんなにショックなのだろう? 以来、不思議と、殆どちゃんとまともに聴いたことのないはずのZARDの音楽が頭の中で鳴っている。ふと手にした週刊誌に坂井さんの死についての記事があると読んでいたりする。一体、僕の中で何が起っているのか。こうなるともう、CDを買って聴きまくるしかないのだ。だから、本当は衝動買いではない。僕の心の奥底でずっと気になっていたものが、CDショップの特設コーナーで引き出されただけだ。今はクラシックでもワールドミュージックでもない、この人の音楽を聴きたい——。
『ZARD/Golden Best』2枚組全27曲。27曲もあるのに、その殆どを私のようなテレビも殆ど見ない、流行に疎い人間が聴いたことがある、というのに改めて驚いた。殆どがドラマやアニメやCMのタイアップ曲。CMはともかく、ドラマやアニメを殆ど見ない私が知っているということは、いかにそれがヒットして街中で流れていたかということを物語っている。先程書いたように、ちゃんと聴いたことがないのに、私の頭の中で鳴ってるくらいのインパクトを持っているのだ。
正直、ZARDというのはロックバンドというよりは歌謡曲だと思っていた。CDのジャケットはいつも坂井さんの顔の大写しだし、声もロックボーカルというよりは歌謡曲風だ。でもそれは主に誰にでもわかりやすい日本語の歌詞だからかもしれない。しかし、その日本語の歌詞とメロディとが強力なインパクトを持って胸に飛び込んで来るのだ。これってただの歌謡曲だよね、と思いたくとも、その歌詞に、そうなんだよね、人って、恋ってそうなんだよね、よくこんな歌詞書けるなぁ、と共感している自分がいるのにも気づくのだった。何のことはない、要するに好きなのだ。
坂井泉水さん、行年40歳だったという。何と僕と殆ど変わらない、僕の妹のような年齢(とし)の人だったんだ。解説の文章を読んでいて気づいたのはやはり僕と同じような音楽や映画を経験していて、同じようなものをいいと感じている人だったんだ、ということだ。詞は全部彼女が書いているという。一見、わかりやすそうなその詞には、彼女が生きてきて経験してきた人生の様々が織り込まれていると感じた。正に、彼女の生きる真実がそこにあるからこそ、ただの、作られたよくある歌謡曲の歌とは違うリアリティがZARDの歌にはあるのだ。その意味では、やはりZARDは歌謡曲ではなく、ロックなのだろう。
が、それが歌謡曲的にこれだけ広く人に受け入れられるというのは、どんなに悲しい、辛いことも、あのポップなサウンドで、最後にはハッピーに癒してくれるということにあるからだろう。そう、このベスト盤のCDにしても、27曲聴き終わった後に残るのは幸せな感じ、そして、自分自身の純粋な気持ちなのである。そして、その純粋な気持ちを取り戻せた時こそ、今がどうであろうと、人は先に進むことができる。僕が聴きたいのはそういう音楽なのである。
坂井さんの書く詞には、歌う歌には、そんな、人をハッピーにして、純粋な気持ちにさせて、今いるところから一歩前へ踏み出させてくれる、そんな力がある。人を元気にしてくれる素晴らしい歌の数々だと思う。そんな歌をもっともっと聴きたいと思う。
それだけに、本当に残念だ。人をこれだけ元気にしてくれた坂井さん自身が元気を取り戻さずに、その命を召されてしまったということは。人を幸せにする純粋な魂はいつも早く召されてしまう。何ということだろう。今は僕の頭の中では「君がいない」が鳴っている。CDを聴きながら、坂井泉水さんのご冥福を祈りたいと思う。
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June 12, 2007
ふとカレンダーを見ると6月12日だった。6月12日——私にとっては忘れられない日付だ。1993年6月13日土曜日、今から14年前の今日、東京・両国の国技館で、「S.T.3 森林は愛のフィールド」と名付けられた斎藤忠光(現・いだきしん)さんの国際的コンサートが行なわれたのだ。
コンサートは「次世代の子供たちが生きられる地球、社会環境を創る」という趣旨に賛同したボランティアの一般の市民によって組織される実行委員会によって組織され、出演者の斎藤さんもボランティア出演、コンサートの開催にかかる費用はこのボランティアが国内の企業や個人を一軒一軒回って趣旨を伝え、ご賛同頂いた方々からの協賛金だけでまかなわれた。一方、この趣旨は英語に翻訳されて世界中の国や企業の指導者、地球環境の活動家、芸術家、科学者など、私たちが名前の知ることのできるあらゆる方々に送り、多くの支援と共感のメッセージを頂いた。
前の年から斎藤さんの「いだき講座」を受講し、終ったばかりの私も当然このボランティアに参加したわけだが、6月12日当日、コンサートが始まった時も、そして終った時も、私はある感慨と未来への希望を感じていた。ボランティアの実行委員会というのは、その間、本当に何度かしか開かれなかった。出演者の斎藤さんも、実行委員長の高麗恵子さんも、そして皆それぞれに仕事を持っているであろうボランティアの一人一人も、メチャクチャに忙しいはずだ。そう何度も全員が揃うわけがない。だから実行委員会では、それぞれが何をするのか、何が必要なのかの確認だけが行なわれ、あとは完全にそれぞれ独自で、自分ができること、自分が担当していることを行なうのみなのだ。必要な連絡は電話とFAXで行なう。私もこの時初めて、パソコンのデータをやりとりする必要性から電子メールを導入した。まだインターネットなど普及していない、パソコン通信と呼ばれていた頃の話である。
そうやって、皆バラバラで動いてきたものが、6月12日当日、運営に必要な費用はちゃんと集まり、会場はちゃんと設営されてお客さんを迎える準備ができており、世界中から寄せられたメッセージがその会場を飾っていた。斎藤さんから共演するミュージシャンも、アメリカからヴァイオリニストのダロール・アンガーさんが、青森からねぷた太鼓の皆さんが来ていた。そして、このコンサートを実現するためにそれぞれの活動をしてきた仲間のボランティアたちとの再会——。
そして、本番。終演。コンサートが終ると会場の撤収。そしてお客さんもボランティアのみんなもそれぞれの生活へと戻っていった。ヴァイオリンのアンガーさんもアメリカへと帰っていった。
何てカッコイイんだろう、というのがその時正直に思ったことである。これこそ21世紀型の仕事なのではないか。プロジェクトの方向だけ確認したら、あとは一人一人、自分の得意な分野、好きなところでこのプロジェクトに関わる。メールやFAXを使って、互いの生活のリズムに影響を与えず、しかも自分のペースで連絡を取り合い、確実にプロジェクトを前に進めていく。皆がそれぞれの生活の中で「その日」に向かい、「その日」に集まり、そしてまたそれぞれの生活へと戻っていく——。
私たちは、一人一人がそれぞれにしかできない能力や素質を持っている。一人一人がその能力や素質をこの社会の中で活かして生きることができれば、それが社会全体にとって大きな仕事となる、利益となるのだ。そしてそのように生きられるということが自由に生きるということであり、そのように生きられる社会こそ平和な社会なのである。そんなのは理想であって現実ではないと言う人がいるかもしれない。しかし、私はあの時、そしてそれ以降の斎藤忠光(いだきしん)さんのコンサートを通じて、そのような生き方が実現できることをこの目で見てきたのである。
そのいだきしんさんは5月末からシリア、ブルガリア、ルーマニアと連続してコンサートをされている。14日からは東西文化の壁を取り去ったアレクサンドロス大王が生まれたマケドニアの地で、4日連続でコンサートが行なわれる。あれから14年。社会にも世界でも、大変な問題が次々に噴出しているように見えるけれども、それは、この新しい生き方を始めなさい、という私たちへの警鐘なのかもしれない。そう、この新しい生き方を実現するのは、私たち一人一人なのだ。
14年前のいだきしんさんや高麗恵子さんとの出会い、ボランティアのみんなとの出会いを思い出しながら、そして、今はマケドニアにいるであろうお二人に思いを馳せながら、私もこの方向に向かって進み続けるのだ。
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May 28, 2007
キリスト教の、カトリックの五本山というのをご存知だろうか。高校の世界史の時間に出てきたのを覚えている人もいるかもしれない。ローマ、コンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)、イェルサレム、アレクサンドリア、そしてアンティオキアである。最初の3つはいいだろう。アレクサンドリアはエジプト、最後のアンティオキアは? 現在トルコ領で、かつてセレウコス朝と呼ばれた時のシリアの首都である。こうしてキリスト教の拠点にエジプトとシリア(またはトルコ)の地名があることを不思議に思う方も多いかもしれない。が、これこそローマ時代の世界観なのであった。
かつて、ギリシャの北、マケドニアから出たアレクサンドロスはトラキア、ギリシャを平定し、更にはペルシャを下し、フェニキアを陥とし、エジプトをも平定、その後中央アジアからインドにまで進出しようとした。その結果、アレクサンドロスのマケドニア、またはギリシャ的世界は一挙にエジプトからインダス川まで広がったのである。
が、そのアレクサンドロスも志半ばで亡くなってしまう。当然、後継者問題が出てくる。アレクサンドロスの大帝国はその側近の3人の将軍が分割統治することとなった。アンティゴノスがアナトリア(トルコのある半島)を中心としたマケドニアを、プトレマイオスがエジプトを、そしてセレウコスがバビロニアを治めることとなったのである。そしてエジプトの首都がアレクサンドリアであり、バビロニア、またはシリアの首都がアンティオキアであった。カトリックの五本山は、そのアレクサンドロス王国を最終的に受け継いだローマ帝国にとって、いずれも重要な都市であったのである。
さて、このうちセレウコス朝シリアはギリシャ風、そして後にはローマ風の都市国家がたくさん栄えた国であった。何と言ってもアンティオキアはシルクロードの始発点とも終着点とも言うべきターミナルであった。その地中海沿いの南には地中海貿易を仕切っていたフェニキアの諸都市が控えていた。どのような意味でも、シリアは文化、文明の十字路であったのである。であればこそ——。
アレクサンドロスの後継者たちは、結局は互いに勢力争いをしたり、或いは領土拡大を求めて近隣諸国に進出しようとして、結局は疲弊してしまい、滅んでいってしまった。時代は新興国家ローマへと移りつつあった。こうして古い王朝は滅んでいく。が、しかし。アレクサンドロス大王が蒔いた種は、確実に普通の、民衆に浸透していく。自由な文化、文明の交流によって東西が融合した新しい文化、ヘレニズムが生まれたのである。そして、アンティオキアが後にササーン朝ペルシャによって滅ぼされ、その中心がやがてダマスコスに移ろうと、シリアは常にこうした文化文明の十字路であり続けたのである。
その文化文化の十字路、シリアのダマスカスで、今晩、いだきしんさんと高麗恵子さんによる「高句麗伝説」コンサートが行なわれます。現地時間の午後8時と言いますから日本では深夜の2時頃からでしょうか。激動の時代の中で新しい文明、文化を生み出したこの地から、また新しい時代を創る何かが生まれる、私は今、そんな期待と確信に満ちています。東京で、新しい時代のエネルギーを感じられるか、楽しみです。
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May 17, 2007
昨晩、寝る前にとてもショッキングな映像を見ました。例によってBBCの午後1時のニュースを見ていたのですが、そこで実に久しぶりに日本のニュースが流れたのです。そのニュースというのが……。
この1時のニュースというのはBBCの国内向けのニュース、普通のイギリス人がテレビで見ているニュースです。海外の放送局のニュースを見る時、海外向けの国際版を見るよりも、こうした国内ニュースの方がその国の事情や、人が何に関心を持っているかなどがよくわかるのでおもしろいのです。その国内ニュースで日本の記事が報道されるということは、まずないと言っていいでしょう。実際、昨日も後でよく考えてみると海外のニュースが流れたのは、パレスチナ情勢とフランスの新しい大統領就任の記事、そしてこの日本の記事の3本だけでした。その、パレスチナ情勢やフランス大統領に並んで、いや、時間としてはこれらよりも長く放送された日本のニュースとは……。
千葉県の市川市で英会話学校講師のリンゼイ・アン・ホーカーさんが殺害されたという事件についてのものでした。リンゼイさんのご両親がBBCのインタビューに応じているものだったのです。BBCの記者がご両親に対して、「これまでこの件についてずっと沈黙を守っておられたのに、7週間、ほぼ2ヶ月たってからインタビューに応じたのはどうしてですか?」の質問に、父親は、「娘を殺した犯人は、どうあっても正義の裁きに付されなければならない。その為には、多くの人にこのことを知ってもらい、犯人逮捕に協力してほしい」と、日本語で書かれた手配書をカメラに向けて強く訴えるのです。そして、「娘は教師となるために日本に行ったのであって、殺されるために行ったのではない」と言い、全身を震わせて泣き崩れるのでした。
私の胸は痛まずにはいられませんでした。あの両親の嘆きと訴えをイギリス中の人が見たでしょう、或いは国際版のニュースでも流れたのかもしれません。何れにしても、珍しく日本の話題が流れたと思ったら、このような痛ましいニュースで、同じ日本人として、残念でならないのです。
最近は、海外での日本の話題と言えば、こうした残念なものが多いように感じられます。何故かアメリカで第二次大戦中の日本の中国に対する行為に対して批判が巻き起こったり、そんな折も折、南京大虐殺をテーマにした映画が公開されたりしている。何だか日本人の残虐性のようなものばかりがクローズアップされているようです。実際、日本のニュースでは殆ど毎日のように猟奇的な事件が報道されているのが現状ですね。今もテレビのニュースでは拳銃男立てこもり事件が繰り返し伝えられています。
尤も、昨晩の同じBBCのニュースにしても、イギリス国内のニュースもやはり猟奇的な事件の話題が多いのです。アメリカでも立て続けに銃の乱射事件が起こりました。戦争がないはずの日本でもイギリスでもアメリカでも、こうした事件が頻発しているということは、ただ戦争がないだけでは平和な社会とは言えないということの証明なのではないでしょうか。戦争はなくても、経済が発展したとか回復したとか言っても、もっと根本的なところで社会が病んでいるように思います。「生きること」、「生きていること」の意味が失われようとしているのではないでしょうか。
そういう状況であればこそ、私たち一人一人が、生きること、生きていること、それも、人と一緒に生きているということの素晴らしさが感じられるような世の中、社会づくりの実現に向けて生き、仕事をしていく必要があるのだと、改めて思わずにはいられませんでした。そういう社会を一日も早く実現することこそ、リンゼイさんのご両親の訴えを聞いてしまった私の、ご両親に対する日本人として果たせる責任なのだろうと思うのです。
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May 10, 2007
先日占いの話題について書いたので、今日はそれに関連して少し書いてみたいと思います。それは、人はどうしても「良い事」とか「悪い事」とかを性急に判断しがちだ、ということです。
物心ついた頃からずっと幼稚園や学校で、「良い事」、「正しい事」、「正しい答え」ということばかり教わってくるからでしょうか、多くの人がこの事に拘り過ぎているように感じられることがよくあります。例えば、仕事をするに当たって一番大事なのは、私は事実だと思っていますが、誰かに「どうしてこれはこういう風に処理したんだっけ?」と単純に聞いてみても、聞かれた方は何か間違ったことをして責められているのかと感じて、「これは誰々さんからそういう風にやれと言われたので、私は言われた通りにやっただけで云々。」とすぐに言い訳が始まったりします。或いは別の場面で、「ねぇねぇ、あれ、あたしがやっといたんだけど、却って手間かけて迷惑じゃなかった? 迷惑だったらごめんね!」と、やたらと自分の行為に不安な人もいます。更には、「あの人っていい人なの、悪い人なの?」なんて人に聞いてくる人もいます。
人がいい人になるのも悪い人になるのも、それはその人とある人との関係性によって起こることなので、絶対的にいい人とか、絶対的に悪い人というのはそういるものではありませんね。同じように、ある事柄についてもそれがいい事なのか悪い事なのか、単純には判断できないこともあります。占いをするのも、誰だっていい未来を聞きたいし、いい未来にしたいと思うからでしょうが、いい運勢が出たからといって手放しで喜べるわけでもありませんし、悪い運勢が出ても落ち込む必要はないのではないでしょうか。塞翁が馬の故事は皆さんもご存知でしょうが、人がいいことが起きたと言って喜んでいる時にこの老人はそれが不幸なことにつながることを見通し、逆に不幸なことが起こって人が嘆いている時に、それが幸運へとつながることを見通したのでした。
占いで面白いのはタロットです。ご存知のようにタロットにはいろいろと象徴的な、しかもわかりやすい絵が書いてあって、占ってもらう方もそのカードを見ればなんとなくイメージできるところはあります。で、例えば「死神」のカードが出たりするとぎょっとするのですが、「死神」=「悪い運」というわけではないのです。「死神」はその名の通り「死」=「終わり」を意味するのですが、終わりとはまた新しいものの始まりでもあるのです。その証拠に、タロットの「死神」のカードは、前景は恐ろしい死神の絵ですが、その背後には朝日のような、明るい光が描かれているのです。古い自分が死んで、新しい自分に生まれ変わる、という、希望に溢れる状態をも表しているのです。なので、例えば現在の恋について占っている場合には、その恋が終わることも意味しますが、同時に、今までの慣れきってしまった関係が続くなら二人に先はないが、そういう関係を見直して新しい二人の関係を築けるなら先がある、とも読めるのです。
逆に、「世界」のカードは何もかも満たされ、それこそ世界は自分のためにあるような完全さを表す、幸運のカードのように思われますが、私は占っていて、このカードが現在の問題として出て来たことがあり、はっとしたことがあります。「世界」が問題とはどういうことか。それは、自分がもう完結してしまっていて、満足しきっているので、それより先に発展、成長しようがなくなっていて、つまり終わってる、ということを意味していたのでした。
こうして、タロットのカードが表すのと同じように、私たちが現実の生活の中で遭遇する様々な出来事も、それだけで「いい」とか「悪い」とか簡単に判断できるものではないと思います。大事なのは、そうしたいろんな事が起きた時に、それを冷静に受け止め、その先を見通し、そして自分はどうするか、自分自身で考え、行動することではないでしょうか。人生も、仕事も、そして恋愛や人間関係も、正しい答え、なんてないのですから。
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May 08, 2007
最近占い絡みの仕事の話がありました。それはこの占い師の人が、私自身も占いをやってることを知ってるからでしょう。私は、いろいろな流れで占いを勉強したことがありますが、一つには勉強不足というのと、もう一つは、日本人の占いに対する意識に疑問を感じるところもあるので、やってると公表はしていないのです。
その疑問とは何か? 一言で言うと占いにハマりやすい、ということです。占いにハマるということは、自分自身の人生を生きるのではなく、占い師が明らかにした未来を生きるようになる、ということです。一番いいのが占いで悪い運が出た場合です。例えば有名になった占いの言葉に「大殺界」というのがあって、周りの女性たちも、「あたし今大殺界に入ってるから何やってもうまくいかないのよ」なんて言ってたりしますが、このように、うまく行かないことの理由に使われてしまうんですね。運が悪いんだからしょうがないと。逆に、いい運が出てる場合は何が起こっても、運がいいんだから大丈夫、と強気だか楽天だかを決め込んでしまいますね。
どちらも要するに、占いがそうなっているんだから、が言い訳になっていて、自分を変えようとしない態度がどうかと思うのですね。私は、実際は、運は自分の生き方次第で変わるし変えられる、という立場の人間なのです。わかりやすいのが手相の例ですが、手相というのは簡単に言ってしまえばただの「シワ」です。その皺は何でできるかというと、現在の健康状態を反映していると言えます。そして今の健康状態は、これまでの自分の食生活だったり、精神状態だったり、生き方の結果であるわけですね。だから、手相を見ればこれまでどう生きてきたか、そして、このまま生きていけば将来どうなるかがわかるわけです。それも何歳でどうなるか、までわかります。で、例えば、5年後に大病をします、とかわかるわけです。ここで大抵の人がガーンとなるわけですが、それはあくまでも今のままの生き方を続けた場合です。おもしろいことに、自分のおかしなところに気づくと、見事に手相は変わるのです。それも気づいたその瞬間から変わり始めます。
手相の場合を例にとりましたが、他の占いも同じような傾向はあると思います。悪い運勢は警告であり、良い運勢は今持っている素質を大事に生かして行きなさいというアドバイスであり、何れにしてもその結果を客観的に受け止め、自分をよりよくしていく努力は必要なのです。ところが、皮肉なことに、占いのお客さんは大抵が「自分は変わりたくない」と思っている人たちが多いようですね。もっと正確に言うと、「自分は何もしないで、周りの環境とか人間関係とかがよくなってほしい」と願っているということでしょうか。状況をよくするのに「自分も変わらねばならない、自分に問題があるのだ」と感じる人は心理カウンセラーの許に通うようです。
そういう意味で面白いのはタロットかもしれませんね。タロットはカードの絵が示す象徴的な言葉を伝えていくことになるのですが、お客さんは大抵その言葉にハッとするようなのですね。お客さんとの関係が十分親密になっていれば、「そう言えば……」と始まることでしょう。人間、何か迷っている時も、本当は自分でその答えはわかっているものです。が、気づかないふりをしていたりします。それがタロットのカードとそこから導かれる占い師の言葉をきっかけにしてその答えが顕在意識化するわけですね。タロットのそういう面を生かすなら、これはもう立派なカウンセリングになり得ると思います。
話が長くなりましたが、このように、占いが人の意識をハメていくのがいやなので占いをやらないと言っているのですが、逆に、ハマりに来たお客さんの意識が変わり、自分自身で運を開いていけるようなカウンセリングの場としてならばそれもありかなと思っています。冒頭の仕事の依頼は、そういう条件でおもしろいものを作りましょう、ということで協力をお受けしたものです。おもしろいもの、できたらまたここでご報告しますね。
それでは、また。
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May 04, 2007
昨日の憲法記念日は、このブログで憲法の英語についての文章を書いた後に、そう言えばこれも5月3日だったな、と、小林正樹さんが監督した『東京裁判』のDVDを見て寝ました。この映画は東京裁判そのもののアメリカ側と日本側の映像、それに裁判が熱かった事件に関する様々な映像と、殆ど記録映像の組み合わせだけで構成されたものなのですが、やはり事実というものの見せる力は強く、4時間という長さを感じさせずに一気に見てしまえるものなのです。日本の現代史を考えるのにいい材料ですので、是非一度ご覧になることをお勧めします。
さて、その映画の冒頭、日本に原爆が投下され、昭和天皇がポツダム宣言を受諾した旨を国民にラジオで伝える、終戦の詔勅、属に言う玉音放送が紹介されます。玉音放送と言えば、「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」というところが有名ですが、映画ではこの玉音の最初から最後まで聞く事ができるのです。非常に長い詔勅であり、難しい漢語的表現が多いので、パッと聞いただけでは何を言っているのかわかりにくいと言えばわかりにくいでしょう。母によると玉音放送のあった日、ラジオのあった母の実家に近所の人たちも集まってみんなで聞いたのだそうですが、やっぱり皆よくわからなかったようで、地元では知識人として通っていた祖父に皆が聞くと、「(戦争は)どうも負けたようだ。」と祖父が言ったのを母は覚えているそうです。
昨晩、改めてこの玉音を聞いてみて、私は非常に感動しました。というか、はっきり行って泣けて泣けて仕方なかったですね。戦争に直接関係のない私がこうなのですから、当時の人々にとってはいかばかりであったでしょうか。何にそんなに感動したかというと、その詔勅の根底に流れる世界の平和、共存共栄を願い、国民の幸福と安寧、未来を願うお気持ちの深さです。そして、そこに奇しくも、同じ日に読んだ、あのGHQから押し付けられたと言われる憲法に流れる理想、理念と共通のものを感じたのです。
憲法があのような形になったのは、やはりある必然に基づくのではないか。ああでなければならなかったのではないか——。
「ケンポー、ケンポー」と言いますが、そもそも「憲法」とは何なのでしょうか? 勿論この言葉は古くから日本にある言葉ではありますが、現在使われているのは英語の「constitution」の訳語としてでしょう。そしてこの英語は元々、「構成、組成」を意味し、「体質」を意味する言葉です。それが国の組織を設定した文書という意味になっていったものなのです。言わば国の設計図のようなものです。私たちがその人生の全てを、否、自分だけでなく自分の家族や、もしかしたらまだ見ぬ子孫の人生をも託す「国」という家の「設計図」。そういう設計図ならば、100年経っても200年経っても、そう、1,000年経っても有効な設計図でなければならないのではないでしょうか。となれば、それは、普遍的な理想なり理念なりをベースとしていることが必要となるでしょう。
環境や条件は常に変化します。いい時ばかりとは限らない。そういう状況の中で常に成功している企業は普遍的な理念を掲げている企業だということはよく知られていることです。国も同じではないでしょうか。そういう意味では、私は、今回、英語から憲法を読み直すという変則的な方法を通じてですが、この憲法を貫く徹底した平和主義に改めて感銘を受けました。この理念、精神は決して失われてはならないと感じるのです。
国際政治を学んだ私の常識から言えば、「非武装中立」というのはあり得ません。自国を十二分に守れる強さがない国など信用できない、というのが国際社会の冷たい現実でしょう。が、皆がそれが現実だから、を言い訳にしているからこそ戦争はなくならないのではないでしょうか。わが国の理想主義的憲法が生まれたのが、インドでガンジーが無抵抗、非暴力によって自由、独立を勝ち取ろうとしたのと同じ時期だというのはとても象徴的だと思います。平和は、武力では決して得られないのではないでしょうか。そして、正にその平和の実現に向けてこそ、この日本という国には向かっていってほしいものと思います。
改憲するのか、しないのか、するのであればどう変えるのか、それは私たちの人生にかかわる国の設計図です。私たちがどう生きていきたいのかということと無関係ではない問題です。自分がどんな国で、どんな風に生きていきたいのか考えながら、今一度憲法を読んでみられるとよいと思います。最後に憲法を日本語と英語で読めるページをご紹介しておきます。
http://homepage3.nifty.com/constitution/materials.html
それでは、また。
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May 03, 2007
さて、前回は一条と九条について思わず長くなってしまいましたので、今回はその他の気になる条文をさらっと見ていくことに致しましょう。途中大幅に飛ばして、第四十一条です。
Article 41. The Diet shall be the highest organ of state power, and shall be the sole law-making organ of the State.
<私訳——国会は国権の最高機関であり、国の法律を作成、制定する唯一の機関である。>
これもまんまですが、敢て砕いた表現にしてみました。日本文は「国の唯一の立法機関である」ですね。敢てこの文章を引っ張り出して来たのは、「立法」というと難しい言葉だけれども、その実態は中学生でもわかる「law-making」=「法律を作る」ということであり、従って、国会議員の仕事というのは法律を作ることなんですよ、というのを今一度思い出してもらいたかったからです。(実際、アメリカでは議員のことを「law-maker」=「法律を作る人」と表現したりします。)
皆さんは、会期中の、NHKで深夜0時か1時頃放送されている最後のニュースをご覧になったことがあるでしょうか? このニュースの最後に、その日成立した法律を(恐らく)全て紹介し、一言で簡単に解説するコーナーがあるのです。これを見ていると、如何に多くの法律が毎日決まっているかがわかります。じっと見ていると、なるほどー、こういう法律って必要だよねー、と感心するものあり、逆に、何で今更こんな法律作るんだ? と訝しく思うものもあります。こうした細かい法律の一つ一つが私たちの日々の生活や仕事に影響していることを考えると、テレビで大写しに報道される法案だけでなく、こうした細かい法案にも注意しておくべきでしょう。テレビでは大体決まった役者たちがワァワァと騒いでるだけのようで、一体この人たちは何でこんなんで高い給料を貰えるのかと思ったりもしますが、その裏で、地道に法案を一つ一つ作っては成立させているというのもまた事実なのです。
給料のことが出たついでに、第四十九条。
Article 49. Members of both Houses shall receive appropriate annual payment from the national treasury in accordance with law.
<私訳——衆参両院の議員は、法律の規定に従い、国庫から適当な額の年収を受け取る。>
「適当な額」というのはどの位なんでしょうねぇ。随分貰ってるんではないかと思いますが……。その一方で、苦労している議員もいるという話も聞きますよね。日本文は「相当額の歳費」となっていて、何となくたくさんもらえそうなニュアンスがあります。
あと、最近問題になりそうなところで、第八章「地方自治」の第九十五条を見てみましょうか。
Article 95. A special law, applicable only to one local public entity, cannot be enacted by the Diet without the consent of the majority of the voters of the local public entity concerned, obtained in accordance with law.
<私訳——ある一つの地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その関係する地方公共団体の有権者の投票による、過半数の同意なくしては、そのような特別法を国会が制定することはできない。>
国の利益と地方の利益が相反するケースは沖縄などのケースにあるように、これからもどんどん増えていくでしょうね。
で、この地方自治に続くのが、改正の手続についてです。第1項のみ取り上げます。
Article 96. Amendments to this Constitution shall be initiated by the Diet, through a concurring vote of two-thirds or more of all the members of each House and shall thereupon be submitted to the people for ratification, which shall require the affirmative vote of a majority of all votes cast thereon, at a special referendum or at such election as the Diet shall specify.
<私訳——この憲法の改正には、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成票を得て、国会により動議されなければならず、その後、国民の批准を受けなければならず、それは特別な国民投票、または国会の定める選挙の日に行われる投票に於ける、過半数の賛成票を必要とする。>
出席者の3分の2ではありません。各院の全議員の3分の2以上ですから、これはかなり厳しい条件です。安倍首相は任期中に改正を実現すると言ってますし、民主党側でも対案があるなんて言ってますけれども、今日、中曽根さんがどこかでおっしゃっていたように、本当に真剣に憲法改正を考えるなら、与野党の大連立とか政界再編とか、そういうことを視野に入れないと無理なんではないでしょうか。
最後に、あの崇高な前文に対応する後書きのような、第十章「最高法規」の3つの条文を見ておくことにしましょう。
Article 97. The fundamental human rights by this Constitution guaranteed to the people of Japan are fruits of the age-old struggle of man to be free; they have survived the many exacting tests for durability and are conferred upon this and future generations in trust, to be held for all time inviolate.
<私訳——この憲法が日本国民に保証する基本的人権は人類の長年にわたる自由獲得への闘争の賜物である。これらの権利は多くの厳しい試練に耐え、永久に冒すことのできないものとして現在、及び将来の世代に信託されたものである。>
Article 98. This Constitution shall be the supreme law of the nation and no law, ordinance, imperial rescript or their act of government, or part thereof, contrary to the provisions hereof, shall have legal force or validity.
The treaties concluded by Japan and established laws of nations shall be faithfully observed.
<私訳——この憲法は国の最高法規であり、この憲法の規定と矛盾する如何なる法律、政令、詔勅、或いは政府の行為の全部または一部も、その法的な力、有効性を持ち得ない。
<日本が締結した条約、及び既に確立している国際法については、誠実にこれを遵守する。>
Article 99. The Emperor or the Regent as well as Ministers of State, members of the Diet, judges, and all other public officials have the obligation to respect and uphold this Constitution.
<私訳——天皇または摂政、並びに国務大臣、国会議員、裁判官、そして全ての公務員はこの憲法を尊重し、擁護する義務を負う。>
実は、一番大事なのはこの最後の規定かも知れません。何故なら、この文章の途中で書いたように、この憲法は本来国家権力から国民を守るためのものであり、その憲法を揺るがせにするのはここに挙げられた政府や国会の人たちの可能性があるからです。必ずしも改憲という名目でなくても、この憲法に抵触する動きをしようとしていないか、この憲法が規定する崇高な理想に向かって本当に国の舵取りをしているのか、私たちは真剣に見守る必要があるように思います。
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さて、それでは気になる条文をいくつか見ていくことに致しましょう。まずは、やはり、冒頭の第一条、天皇の地位についての規定についてです。
Article 1. The Emperor shall be the symbol of the State and of the unity of the people, deriving his position from the will of the people with whom resides sovereign power.
<私訳——天皇は国の象徴であり、国民の統一の象徴であって、その象徴としての地位は主権を有する国民の意志に由来するものである。>
小学校で初めてこれに相当する日本語を読んだ時は、全く意味がわからなかったといってよかったですね。一体、何が言いたいのか。尤も、小学生で「象徴」、「国民統合」、「国民の総意」といった言葉を、概念を、それまで教わったことがなかったわけですから、わからなくて当たり前かもしれません。そういう意味では小学生にこの憲法を教える先生方の努力は並々ならぬものがあろうかと思われます。
そういう子供の私がうすうす感じていたのは、結局、これは国内的には「天皇は国のトップだよ」と暗示し、対外的には「主権はあくまでも国民にあるんで、天皇はただの飾りだよ」と誤摩化した文章のように感じたということでしょうか。子供の頃からませた、生意気だったわけですが、今、英文を読み直してみるとあながちその推測は当たってなくもなさそうですね。「国民統一の象徴」ということは、つまり元首であることですし、すぐその後で
「でもその地位は主権者の国民次第なんだよ」と但し書きをつけているわけですから。これ故にでしょう、結局、世界的、と言いますか外交的には日本の元首は天皇であると、どんな国のプロトコルや年鑑などにも記載されています。
因みに、私は象徴天皇ということが長い間どうもよくわかりませんでした。天皇が「国民統一の象徴」であるということは、具体的には、天皇の存在を感じることによって自分自身が日本人であることを感じるということです。果たしてそんなことがあるのか? 確かに、オリンピックなどで日本人がメダルを獲って「日の丸」が揚がり、「君が代」が流れると、選手ともども泣いてしまったりはしますが——。それを意識したのは実のところ、昭和天皇が崩御された時でした。家が比較的近かったので、御苑の大木戸門から出て来る昭和天皇を載せた車を見送りに行ったのでした。そして見送りながら、自分のアイデンティティの、大きな何かが失われたように感じたのでした。考えてみれば、私にとっては生まれる前からあの天皇がいて、そして、天皇と言えばずっとあの天皇なのだと思っているところがあったのでした——天皇もただの人間であることは当然わかっているはずなのにも拘らず。国民の象徴とは、そういうことなのかもしれません。自分がどういう国のどういう時代に生きているかを改めて感じさせてくれる存在ということでしょうか。
では、いよいよ、九条です。
Article 9. Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
<私訳——正義と秩序を基盤とする国際平和を心から願い、日本国民は国の主権としての戦争を、並びに、国際紛争を解決する手段として武力による威嚇を行い、或いは武力を行使することを永久に放棄する。>
これは、すごい平和宣言だと思います。放棄する内容は日本語では「国権の発動たる戦争」となっていてよくわからなかったのですが、英語では「国の主権として(認められている権利である)戦争を」という含みがあるということです。「主権」というのはもともと国際法の用語ですが、つまり、個人に基本的人権が認められているように、国際社会の中でも、ある要件を満たしていれば「主権国家」としての権利が認められる、と考えて頂ければわかりやすいかと思います。主なものとしては、対外的な独立性や、ある一定の領土を有すること、その領土内の人民に対する統治権を有することなどが挙げられ、また、全ての個人が神の下に平等に生まれついているように、全ての主権国家は平等であるとされています。(これが認められてなければ国連の議決は成り立ちませんね。)戦争とは本来、そのような主権国家に認められた権利の一つであったわけです。国際的紛争の解決には勿論、外交的手段に何より優先することは言うまでもありません。が、外交が失敗した場合の最後の切り札として戦争が用意されていた、というのが第二次世界大戦までの言わば政治的常識だったわけです。
そうした、本来、国の権利として認められている戦争権を放棄する、というのですから、これは随分思い切った宣言であると言わなければなりません。ここには、時代の流れもあるでしょう。それまでは、戦争とはそういう外交の手段であればこそ、負けた国は、正しいとか間違ってるとかいうこととは関係なく、負けたのだから国として領土を割譲したり、賠償金を払ったりしてその責任を全うする、ということで終わっていたのですが、第二次大戦の時は戦争そのものが犯罪であるとされ、更にはその戦争を起こした責任者として個人を戦争犯罪人として裁き、処罰するという、前代未聞のことがニュルンベルクと東京で行われたのです。戦争は国に認められた権利ではなかったのか? それが犯罪であるということであるなら、そんな権利はいっそのこと、世界のどの国よりも先に投げ捨ててしまおうではないか! 我々は新しい、理想を実現する国民として生まれ変わるのだ! そういう意気をこの英文には感じるのです。(因みに所謂「東京裁判」の開廷と共に日本の戦争犯罪の罪状が数え上げられたのは憲法施行のちょうど1年前の1946年5月3日です。)
こうして戦争が犯罪とされて60年経つにも拘らず、わざわざ他の国の内政が気に入らないからと戦争をしかけて勝利し、負けた国の指導者をやはり裁判にかけて死刑にしてしまうような国があることこそ、正に国家主権の蹂躙ではないかと思うのです。
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.
<私訳——前項の目的を達成するため、陸・海・空軍及びその他の戦力は永久にこれを保有しない。国の交戦権はこれを認めない。>
これは殆ど日本文そのままですね。
この後、基本的人権についての条文が続きます。第十一条から十四条まではフランスやアメリカの人権宣言に匹敵する名文と思いますが、ここの日本語は特に難しくないので飛ばします。ただ、改憲論議との絡みで言うと、この辺りも改憲の対象になっていることに留意すべきです。繰り返し出て来る「公共の福祉に反しない限り」という人権の制限についての部分を「常に公益及び公の秩序に反しないように」と書き換えようという論議もありますが、これは非常に危険と言えるでしょう。政府が「公の秩序を乱している」と決めればいくらでも個人の自由を制限できるからです。各国の憲法の基本的人権規定が、国家が個人の自由を束縛することを禁止するためのものであることを考えると、こうした制限規定こそ時代錯誤の非民主的なものと言わねばなりません。九条問題も重要ですが、この辺りがどのように議論されているかも注視していく必要がありますね。
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さて、前置きがえらく長くなってしまいましたけれども、いよいよ「日本国憲法」の英文に実際に触れてみることに致しましょう。まずはその「前文」です。この前文は、「We, the Japanese people,...」という文言で始まっていますが、これを初めて見た時、私は大変感動したのを覚えています。何故なら、「We, the People...」と言えばアメリカ合衆国憲法のあまりに有名な出だしであり、日本国憲法が自由を平和を求めるアメリカの独立革命、フランス革命などの歴史を通じた一連の歴史的文書であることをそこに感じたからです。
We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim that sovereign power resides with the people and do firmly establish this Constitution. Government is a sacred trust of the people, the authority for which is derived from the people, the powers of which are exercised by the representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed by the people. This is a universal principle of mankind upon which this Constitution is founded. We reject and revoke all constitutions, laws, ordinances, and rescripts in conflict herewith.
<私訳——私たち日本国民は、正当な手続によって選ばれた国会における代表者を通じて行動し、私たち自身のため、そして私たちの子孫のために、世界の全ての国々との平和的協力による成果と、わが国全土における自由の恵みとが確実に享受されるようにすることを決意し、また、政府の行為によって戦争の恐怖が二度とこの国に訪れることのないようにすると固く心し、ここに、国の主権は国民にあることを高らかに宣言し、この憲法を固く制定するものである。政府とは、国民の聖なる信託によるものなのであって、従ってその権威は国民から生まれるものであり、その力は国民の代表者たちによって行使されるべきものであり、そしてその利益は国民が享受すべきものである。これは洋の東西を問わず普遍的な、人類の原理なのであり、その普遍的原理の上にこそこの憲法が基盤としているものなのである。私たちは、この憲法と矛盾するいかなる憲法、法、政令、詔勅を断固拒絶する。>
熱い文章だと思いませんか。前文の半分を占めるこの長い段落に、最初に私が述べた西欧の自由と基本的人権への戦いの歴史全てが盛り込まれていると言ってもいいのではないでしょうか。途中の「政府というものは国民の聖なる信託……」からのくだりは、リンカーンの有名な「government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth. (人民の、人民による、人民のための政府は決してこの世から滅ぶことがない)」を彷彿とさせますね。
We, the Japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world. We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. We recognize that all peoples of the world have the right to live in the peace, free from fear and want.
<私訳——私たち日本国民は、永久の平和を願い、崇高な理想こそが人と人との関係を支配しているのだという事実に深く気づいており、従って、私たちは自らの安全と生存とを守り抜くと決意したが、それは世界の平和を愛するあらゆる国の人々が持つ正義と信義とを信頼してのことである。私たちは国際社会の中で、平和を守り、専制と奴隷制、抑圧と不寛容をこの地球から永久に追放することに励む国民として、栄誉ある地位を与えられることを願う。私たちは全世界のあらゆる国民が、平和のうちに、そして恐怖や困窮から免れて生きる権利を有していると認識するのである。>
この一節では平和と人権の擁護者としての日本国民を宣言するわけですが、途中の「他の国民の正義と信義云々」というところ、一瞬何でここで人に期待するような文章が出て来るのか、あれ? と思ってしまいますね。で、これは本文を読めばわかるわけですね。例の第九条の伏線になっているのです。「崇高な理想のみが人と人との関係を豊かに作り上げていく」という冒頭の分から、ならばその理想を実践しよう、軍備を全て撤廃する。このような理想を現実にしようとする無防備な国を、まさか攻撃したりなんて、そんな正義にも信義にも欠けることはしませんよね、ということではないでしょうか。そして、自国が軍備を持たないだけでなく、世界の全ての国々のために恒久平和とあらゆる人権蹂躙の動きと戦っていくというのですから——この節も最初の段落に劣らず崇高な理念に溢れた文章と言えますね。
We believe that no nation is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal; and that obedience to such laws is incumbent upon all nations who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other nations.
We, the Japanese people, pledge our national honor to accomplish these high ideals and purposes with all our resources.
<私訳——私たちは、どんな国も自分の国のことにだけ責任をとっていればよいわけでなく、政治の道徳法則は洋の東西、時代のいかんを問わず普遍的なものであり、従って、そのような普遍的法則に従うことこそ、自国の主権を維持し、他国との対等な関係を持とうとするあらゆる国々にとって必要なことであると信ずる。
<私たち日本国民は、私たちの持てる全てを賭けて、上記の崇高な理想と目的とを必ずや達成することを、ここに、名誉に賭けて誓うのであります。>
どうでしょう? 何てカッコイイ、歴史的宣言なんでしょう! 「カッコイイ」なんて軽薄な言葉を使うと真面目に改憲が護憲かを論じている人たちからはお叱りを受けそうですけれども、この英文は、私たちがよく知っている日本文に比べて実に歯切れよく、高邁な、人類普遍の理想へと向かう希望と力に溢れているのではないでしょうか。私は最初この前文がどうにも頭に入ってこなくて眠い思いをしたのを覚えていますが、英語で読むと実に鮮烈なイメージが湧いて来るではないですか。だからいいとか悪いとか、改憲しなきゃいけないとか、そういうことではありません。世界の人々が日本の国の憲法と言った時に目にするのはこの英文であり、このような高邁な理想に溢れた歴史的文書を憲法として持っていることを、私は世界に誇っていいのではないか、そう思うのです。
続きはまた後で。
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翻訳の問題でもう一つ話題になることがあるのが「天皇」は果たして「Emperor」でいいのかどうなのかということですが、結論から申し上げると、結局はこの訳語こそが戦後の日本を救う事につながったのではないかと思っています。
「Emperor」は通常「皇帝」に対する訳語であって、また「皇帝」にも「Emperor」が対応するように考えられていますが、それはこの二つの言葉とその政治的な役割が似ているからでしょう。「皇帝」は中国の用語であり、「Emperor」はローマ帝国を元にする言葉で、本来異なる文化圏、異なる政治体制の言葉であって、翻訳などできるはずはないのですが。
中国で初めて「皇帝」という言葉を使ったのは例の、秦の始皇帝だとされています。中国では歴史が三皇・五帝に始まるとされています。三皇とは、この世の初めに現れた、天皇・地皇・人皇という、名前そのものに「皇」のついた神様のこととも、伏羲(ふっき)・女媧(じょか)・神農(しんのう)という、治水や農業など中国の社会・文化基盤に貢献あったとされる伝説上の人物とも言われています。一方、五帝は、黄帝(こうてい)・顓頊(せんぎょく)・嚳(こく)・堯・舜とされいます。黄帝は、某メーカーのドリンク剤にその名前がついている程、薬や医術を整備した人として、そして、堯や舜は、学校で漢文の時間に習ったでしょう。特に堯の御代は「鼓腹撃壌(こふくげきじょう)」と呼ばれ、民が楽しく豊かに暮らした時代とされていますね。
この五帝の後、「王」が統治する時代となるのですが、最初に統一王朝である周が弱体化すると各地に「王」を名乗る実力者たちが群雄割拠し、所謂春秋戦国時代に入って行くわけですが、この状況の中で秦王の政(せい)は、自分は他の国の王とは格が違うのだ、自分はこの世を創り給うたあの三皇・五帝を合わせた力を持つ「皇帝」である、それも自分がこの中国を統一し、新しい歴史を創る、その始まりの皇帝、「始皇帝」である、としたのです。歴史が自分から始まる、としたわけですからそれまでのことを書いた歴史書も、その歴史を知る人々をも全て亡き者にしようとした「焚書坑儒」はあまりに有名です。
秦の始皇帝以降、中国の歴代統一王朝の支配者は皇帝を名乗るようになり、周辺の属国の長、言わば代官のような役目として王を規定するようになるのです。例の、福岡で見つかった金印の「漢委奴國王(かんのわのなのこくおう)」という文言も、当時の日本が中華帝国の従える王国の一つであったこと事情を説明しています。
一方、「emperor」の元の語、ラテン語の「imperator(インペラトール)」は、有名なユリウス・カエサルの後にローマを統一し、アウグストゥスと呼ばれたオクタウィアヌスに初めて用いられた称号です。ローマは基本的には元老院を中心とした政治が行われてきましたが、時に強いリーダーシップを持つ人間が現れ、英雄視されることもありました。中でも一番有名なのがカエサルでしょうが、彼は「独裁官」=「Dictator(ディクタトール)」という地位にまで上りつめました。が、それが人の妬みを買ったか、反対派にあっけなく暗殺されてしまいます。それを見ていたからか、アウグストゥスは何度も与えられる称号を辞し——中には「神の子」とか「國の父」とかいうのもあります——最後に、崩御の年に贈られた最終的な長い称号の一番最初が正にこの「Imperator」=「最高司令官」だったのです。(正式には、「Imperator Caesar Divi filius Augustus, Pontifex Maximus, Consul XIII, Imperator XXI, Tribuniciae potestatis XXXVII, Pater patriae(=最高司令官・カエサル・神の子・尊厳なる者・大神祇官・執政官13回・最高司令官の歓呼21回・護民官職権行使37年目・国の父)」——長い!)ここからローマは所謂「帝国」となっていき、「Emperor」とは広大な版図を持つローマ帝国の最高司令官として君臨することになるわけです。
(ここで、「大日本帝国憲法」の第四条「天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ(The Emperor is the head of the Empire, combining in Himself the rights of sovereignty, and exercises them, according to the provisions of the present Constitution.)」と第十一条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス(The Emperor has the supreme command of the Army and Navy.)」を思い出して頂けると、それは正に「Emperor」=「最高司令官」の定義そのままと言えると思います。)
ところで、ヨーロッパ史において、それでは「王」とはどういう存在かというと、これは地方にあって部族なり地域なりをまとめるための、やはりローマ皇帝の代官のような役割でしかなく、秦の政と違って王の身から皇帝になろうなどと思うものなど当初はいなかったようですね。そもそも英語の「king」もドイツ語の「Koenig(ケーニッヒ)」も、元の意味は「(高貴なる)血族」という程度の意味なのです。部族の中で力ある一族の人たちが「王」に選ばれ、部族を束ねていき、それがそのままローマ帝国に取り込まれて行ったという事情があるのでしょう。そして、中央の絶対的権力と周辺の異民族に代官を置くというこのシステムはローマと中国に共通するものであり、自然と「Emperor」=「皇帝」、「King」=「王」という対応関係が成立したのでしょう。
さて、ここで日本の天皇に戻りたいと思いますが、この称号を初めて用いたのは天武天皇の時のようです。それまで「オオキミ」と呼ばれていた国の指導者を、「スメラミコト」、つまり、「聖なる神の言葉」と名付けたのはこの天武こと大海人皇子(おおあまのみこ)で、この称号を「天皇」と翻訳したのもこの人だったのです。ここまでこの文章を読んで来て方にはおわかりの通り、「天皇」とは中国の歴史書では、この世に最初に現れ、この宇宙を最初に創り給うた神の名前でした。この称号を以て天武は、自分は中華帝国の属国の王などではない、独立した国の、しかも中国の皇帝などより遥かに高い地位の、天の意志を、御言葉を実現する指導者なのだ、と宣言したわけですね。
こうして見てくれば、私が最初に述べたことの意味がおわかりになれるでしょうか。「天皇」=「Emperor」ならば、それは最早戦勝国のどの国の指導者たちよりも格が上だということです。イギリスは王国ですが、先に述べたように「King」や「Queen」よりも「Emperor」の方が格が上です。アメリカの大統領は民衆の中から選ばれた代表者に過ぎませんし、ソヴィエトや中国は正にその王なり皇帝なりを廃した革命のリーダーたちだったわけです。これらの戦勝国が戦後の日本で自由にその影響を行使するには、是非とも、彼らにとってすら心理のどこかで「神聖冒さざるべき」と考えている天皇に退位して頂き、帝国を解体する必要があったろうと思います。マッカーサー元帥は天皇に謁見した時に、それまで会った他の人間からは感じたことのない崇高な感動を覚えたと伝えられていますが、恐らく他の戦勝国の指導者たちも同じく只ならぬ何かを天皇に感じていたのではないでしょうか。そのマッカーサーが天皇制の存続を死守しようとしたことはよく知られていますが、それは、日本国民の戦勝国に対する不満を和らげるだけでなく、同時に、他の戦勝国が日本国内にこぞって乱入するのをも防いだのだろうと私は思うのです。そしてこれは、誤訳であれ何であれ、「天皇」が「Emperor」と訳されていたことが大きいだろうと思うのです。
追記——この文章はよくお読みになって頂ければおわかりだと思いますが、あくまでも言葉の洋の東西での使われ方が現実の国際政治の中で心理的効果を与えたのではないかという論考に過ぎないのであって、決して天皇を賛美しているわけでも、また、私が天皇を神と信じているわけでも、或いは、大日本帝国憲法時代の日本がよかったなどという趣旨のものではありません。蛇足とは思いますが、敢てここに明記しておきます。
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本日は憲法記念日ということで、数日前からNHKなどで憲法について考える特集番組が組まれていますね。施行60年というひとつの区切りの時期に、安倍首相は憲法改正に本腰を入れようとしており、今この時期に今一度憲法を読み直し、この問題を考えることは正にタイムリーと言えます。NHKの番組では先の日曜日に放送された「NHKスペシャル〜日本国憲法誕生」と昨日の「その時歴史が動いた〜憲法九条・平和への闘争」がおもしろかったですね。
現在の日本国憲法はGHQの草案が基になっていることはよく知られていて、従ってこれは押し付けられた憲法であって国民の憲法ではない、という議論を聞くこともあるわけですが、今回のNHKスペシャルでは、日本人側も様々な条文を追加、死守しようとしたこと、他方、ワシントンに日本大使館内に設けられた戦勝国から成る極東委員会では、GHQ草案に反発したり、日本を弱体化するための規定を盛り込ませようとする動きがあり、GHQが極東委員会と日本政府の間でギリギリの調整をした上で現在の憲法が成立したのだという事実を初めて知りました。この番組によると、問題の第九条が現在の姿になったのは日本人側の提案によるものだということでした。当初「軍隊を保持してはならない」という消極的な、それこそ押し付けられたような文章だったのを、いや、これは日本人の主義として、理念として不戦を世界に高らかに謳い上げるのだ、と、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という理念の部分が追加され、文末も「永久にこれを放棄する」とあくまで国民の意志としての表現になったのだそうで、このようにこの条文が決定されたことは、私たち日本国民が世界に誇っていいことなのではないでしょうか。一方、「その時」の方は、国際政治の現実の流れの中から岸信介元首相が60年安保を成立させるも、国民の強い反対運動が岸政権を総辞職に追い込み、この民衆の力、平和への願いこそが今日まで憲法を改正させずに来たのだ、という希望に溢れるものでした。
そんなわけで、私も久しぶりに憲法を読み直してみましたけれども、どうしても避けて通れないのが「結局原文は英語でしょ」という問題だろうと思います。実は、日本語の文面でどうにもよくわかりにくいところは、英語を読んでみると何ということのないシンプルな文章だったりします。そこで、問題の「第九条」はじめ、いくつかの文章を英語で読んでみたいと思います。
その前に、です。英文を読むに当って気になる言葉をいくつか整理しておきたいと思います。一つは「国会」に当たる英語=「Diet」。「ダイエット」と言えば食事制限のことを思い浮かべる人も多いでしょうが、何と日本の国会も「ダイエット」というのです。
現在の世界の多くの国には日本の国会に当たる議会がありますが、この議会に当たる英語は様々です。イギリスでは「Parliament(パーラメント)」、アメリカは「Congress(コングレス)」、イスラエルでは「Knesset(クネセット)」、特にイランなどの中東のイスラーム国では「Majlis(マジュリス)」、そして日本は「Diet」と、この位の言葉の使い分けがわからないとなかなか英字新聞を読むのに苦労します。それにしても、何故、日本の国会は「Diet」なのか?
私は、これもGHQの使った用語かと思ってましたが、実はこの英語はその前の「大日本帝国憲法」から受け継がれた用語でした。「大日本帝国憲法」では「帝国議会」を「Imperial Diet」と訳しており、「帝国」ではなくなったので、「Imperial」を取り、或いは「国民の」を意味する「National」を挿し入れて「(National) Diet」と表現を改めたものだったのです。ではその「Imperial Diet」はどこから出て来たのか?
実は、これは「大日本帝国憲法」が参考にしたと言われるドイツはプロイセンの憲法からの英訳でした。つまりプロイセン憲法にある、「帝国議会」=「Reichstag(ライヒスターク)」の英訳だったのです。現在でも連邦議会は「Bundestag(ブンデスターク)」と呼ばれていますが、この「議会」に当たる「Tag(ターク)」の部分が英語では慣例的に「Diet」と訳されてきた、という経緯があるのです。従って、元々はドイツなどの議会を指す言葉だったのですね。それにしても、ドイツ語を少しでも齧ったことのある方ならおわかりのように「Tag」とは「日」のことですよね。何故「日」が「議会」になるのか? そして何故それを「ダイエット」と訳すのか?
ドイツ語の「Reichstag」という言葉は神聖ローマ帝国時代に遡るそうです。神聖ローマ帝国と言えば、もう皇帝の絶対的権力の時代ですから、議会なんてあってないようなものだったでしょうね。いわば、皇帝が意見を聞くための一種の諮問機関のようなものだったのではないでしょうか?
諮問機関、という言葉から思い出したのがペルシャ語やアラビア語の「Divan(ディワーン)」という言葉です。元々はペルシャ語で「記録」を意味する言葉だったようですが、「ディワーン」と言えば『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』を思い出される方もあるのではないでしょうか。アラブの王様が毎朝大臣や客人たちが居並ぶ部屋に表れて玉座に座り、或いは大臣たちの意見を聞き、或いは民衆の訴えを聴き、あれこれと指示や命令を与えて解決する——それが王様の日々の政務であったわけですが、おそらくはそこでの公式記録が法律となり、やがてその部屋そのものから、結審する場まで「ディワーン」と呼ぶようになったのではないでしょうか。今のペルシャ語では「裁判所」の意味になっています。
話が逸れそうですが、恐らくは神聖ローマ帝国の皇帝の毎日もこのようなものだったのではないでしょうか。そこで、皇帝や諮問官たちとの間での審議を「日々のこと」=「Tag」と呼ぶようになったのかもしれないと想像するのです。
それでは、「ダイエット」の方は? もともと「diet」という言葉は、ギリシャ語の「diaita(ディアイタ)」に由来していて、その意味は「生活方法」であり、「常に食するもの」でした。それがこの言葉が「食事」を意味するようになっていくわけなのですが、ここで勘違いが起こります。この言葉が「日」を意味するラテン語の「dies(ディエス)」に似ていることから、「日々のもの」だから「食事」だと勘違いされるようになったのです。そして、同じ「日々のこと」という意味で、ドイツ語の「Tag」を英語にする時にラテン語風に「Diet」としてしまったのです。
長くなりましたけれども、こうして日本の「国会」に当たる英語「Diet」は、実は皇帝=「Emperor」の国としてのドイツの歴史と伝統を踏まえた用語だったのです。この用語は今となってはもう時代遅れでしょうか? いえ、何れにしても、国会議員の方々にはこの言葉が秘めている通り、「日々」私たちの生活を、未来を真剣に議論して頂きたいものだと思います。
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April 23, 2007
もうひと月ほど前になりますが、NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」で映画監督の宮崎駿さんが取り上げられていて、大変おもしろく拝見しました。番組の中で宮崎さんはいろいろと考えさせられる発言をされていましたが、中でも印象に残った言葉があります。
宮崎さんの息子さんの監督デビュー作品「ゲド戦記」の試写会を見終わってのことです。恐らくNHKの記者が恐らく試写を見ての感想か何かを聞き出そうとしたのでしょう、宮崎さん、こんな風に言うのです。「初めてにしてはよく出来た、というのは本人にとって最大の侮辱だよね。」と。そして続けるのです。「ものを作るというのは、世界を変えるつもりで作るんだよね。」
そう! その通りなのです。映画監督に限らず、クリエイターなら誰でも世界を変えるつもりで仕事するのです。音楽だって彫刻だって小説だって、みんな今ある世界や価値観に違和を感じていて、自分の作品を通じて、もっといい世界、もっといい価値を生み出すんだ、という意気で取り組むわけですよ。であれば、「初めてにしては」何て言われたら、それはつまり既存の世界や価値観の中で評価されて、その中でも大したレベルではない、と言われてるわけですからね、これは最大の侮辱なわけでしょう。同時に、自分自身で、「俺はこれだけやったんだから、自分なりにやったんだから」なんて甘えたことを考えてしまったら、これはもうクリエイター失格ですね。寧ろどんなに周りから評価されようと、自分自身で「世界を変えた!」と感じられるまで、本当に自分の仕事をしたことにはならないのでしょう。
こんなことを書いている僕自身は何をして世界を変えようとしているのか、自分に問うてみました。前にも書いたことですが、私はずっとこの世界の真実を知りたかったし、知った以上はその真実を伝えたいと思ってきたのです。あまりにもいい加減な情報に溢れているこの世界で、人間の生きる真実を伝えたいと。
果たしてそんな真実があるものなのか、あったとしてわかるものなのか、訝る人たちは多いかもしれません。私がそういう真実への確信を得たのは、いつもここで触れているいだきしんさんのコンサートや講座を通じてのことです。そのいだきしんさんのコンサートが明日午後7:00から、東京目黒区のめぐろパーシモンホールで行われます。すべてのはじまりである、自己の真実を見出せる素晴らしいひとときです。是非足を運んで頂ければとお勧めさせて戴きます。
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March 29, 2007
昨年、岩波文庫からゲーデルの『不完全性定理』が出版され、ずっと気になっていたのですが、やっと最近買って読むことができました。ちょうど今日本文の2回目を読み終わったところです。
ゲーデルの「不完全性定理」とは数学の世界の話で、従って、この文庫本も、本屋で覗いて頂ければおわかりになると思いますが、309ページあるうち本文は15ページから62ページのわずか50ページ足らずで、殆ど訳注と解説なのですが、その50ページ足らずに数式がやたらと載っているので、敬遠する人は多いでしょうね。ああ、自分は文系だから無理だな、或いは関係ないな、と。ところがどうして、この「不完全性定理」は、アインシュタインの相対性理論、そしてボーアやハイゼンベルクらを始めとする「量子論」と並んで、私が、21世紀を生きる現代人にとっては常識的に知っているのと知らないのとでは、ものの見え方、考え方がまるっきり変わってしまう、そういう必須の知識と考えているものなのです。
ここで、先に書いたように、「自分は文系だから自然科学の知識は必要ない」と考える方がいても不思議ではないと思います。が、文系とか理系とかというのは、本来学問の体系上の分類に過ぎず、それをそのまま人間に当てはめて文系人間、理系人間と分類するのはどうかと思うのですが。私は文系の国立大学の出身で、その大学を受けるには共通一次試験、今のセンター試験を受けなければならず、数学は勿論、理科も2科目受けなければなりませんでしたが、高校では物理と化学を選択してました。当時は理系は物理と化学、文系は生物と地学を選択するのが普通でしたから、私は当然理系だと思われていたようです。が、数学の点数が悪かった。数学そのものは好きでしたが、高校入学から共通一次直前まで、200点満点の模試で一度も100点を超えたことがなかったのです。(本番では何と168点だった!)実はこの頃から文系、理系という分け方や、好きということと点数を取るということの違いについての疑問はうすうす抱いていたのでした。
しかしまぁ、世間では文系、理系と分けて教育が進んでいくので、否が応でもその仕組みにはまっていってしまいます。かつて「毎日新聞」の日曜版に連載され、その後出版化されたSF作家石川喬司さんの『IFの世界』(毎日新聞社 1978 絶版)に次のようなクイズが紹介されています。
「質問A『あなたはシェークスピアを読んだことがありますか』
質問B『熱力学の第二法則を知っていますか』
この二つの質問に即座にイエスと答えられる人、手をあげて。
おそらくBの方で『うーん、何だったっけ?』と首をかしげた読者が多いのではないでしょうか。ところが、この二つはほぼ同じレベルの質問なのです。それなのに答えがかたよるのはおかしい——……。」(前掲書 P214)
シェークスピアは原典を読んだことなくても、どんな本を書いたか、それが大体どんなストーリーかくらいはどなたもご存知でしょう。問題は質問Bの「熱力学の第2法則」ですよね。確かに、この質問は理系の人には何ともないでしょう。そして、その具体的事例は実は誰でも経験的に知っていることなのです。熱いお湯が入っているコップに冷たい水が入っているコップをくっつけるとお湯の方は温度が下がり、水の方は温度が上がりますね。最終的には2つのコップに入っている水の温度は同じになります。このように熱は温度の高い方から低い方に、もっと正確に言うと、密度の高い方から低い方に移り、最終的な密度が均一化するという現象を言います。これがそのまま、整然とした状態は必ず乱雑な状態へと変化するという「エントロピー増大の法則」へとなっていきます。そう、「エントロピー」と言えば、ビジネスの世界でも流行した言葉なので皆さんご存知でしょう。
言われてみれば何ということのない当たり前なことで、これを無意識に知っているからこそお風呂が熱い時は水を入れますし、毎日お掃除したりするわけですね。それが、「熱力学の第2法則」と言われただけで拒否反応を示してしまう——。文系の人にとって理系の世界が難しく敷居が高いように見えるのは、実はこの程度のこと、というのが案外多いものです。そして、そういう先入観を捨てて思い切って理系の世界に遊んでみると、なかなか面白いものだと気づき、またいろいろな新しい発見もあるものです。
実は、ゲーデルの「不完全性定理」は数学の話ではありますが、論理学と関係があることなのです。そしてこの論理学、本屋に行っていろんな本をパラパラめくってみるとわかると思いますが、やたらと数式が現れる理系風な本と文字ばかりで書かれた文系風の本との2種類があることに気づくと思います。論理学は人間のものの考え方や行動に関わる学問であり、従って、理系、文系を問わず、その両方に跨がるものなのです。
実は、私がゲーデルの名前や「不完全性定理」を知ったのは、今から二十数年前、学生時代に読んだダグラス・ホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ—あるいは不思議の環』(白揚社 2005)という大部な本を読んで以来のことなのです。この本は発売当時100年に一度の名著と言われたもので、エッシャーの不思議な絵、バッハの音楽、そしてゲーデルの不完全性定理に共通する「不思議な環」の謎を解いていくというもので、それぞれの章の間に、論理学ではお馴染みのアキレスと亀のおもしろい対話が前奏曲として挿入されていて、実に楽しく読めるのです。もともとエッシャーもバッハも好きだった私はそのおもしろさにあっと言う間に読み終えてしまい、難しいはずのゲーデルの不完全性定理の魅力も知ることになったのでした。
というわけで、この定理について、そして論理学というものについて、不定期になるかもしれませんが、少しずつ書いていってみることにしたいと思います。が、まずは、この辺で失礼します。
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March 28, 2007
さて、先日の日曜日に白鵬が優勝して大相撲の三月場所が終わりましたけれども、その優勝の仕方には納得いかなかった方も多いようですね。今回は14日目の段階で13勝の白鵬を12勝の朝青龍が引き落としで下して両者13勝同士となり、千秋楽での決定戦にもつれ込んだわけですけれども、この、強者同士の一番が再び見られるとあって、みんなの期待は否が応にも盛り上がってしまっていたのでした。そう、誰もが両者がっぷりと四つに組んで、というのを期待していただけに、立ち会いすぐに白鵬が朝青龍をぺちんと叩き込んであっという間に決着が着いてしまったのには納得がいかないのでした。私はたまたま前日の取り組みも見ていて、前日は白鵬が勢いよくかかっていったのを朝青龍が引き落としであっさりに下してしまったのもあっけなかったですが、この日もあっさりと決着してしまったのには拍子抜けしてしまいました。ここのところずっとスランプが続いていた白鵬としては何としても勝っておかねばならない試合だったわけですが、私の知人は、「横綱の頭を押さえつけて手をつかせるなんて、あれは横綱に対して失礼だ。あれでは横綱にはなれないですよ!」と憤慨しておりました。
この勝負で思い出したのが前日のフィギュアスケートの選手権でした。安藤美姫選手が優勝の金メダルを勝ち取りましたが、私も一緒に見ていた友人も、優勝を決めた彼女のフリーの演技には必ずしも納得しなかったのです。確かにきれいな演技ではありましたけれども、確実でできることだけでまとめていて、私たちが期待するときめき感のようなものがなかったからです。そういう意味では浅田真央選手の方がよかったですね。だからでしょう、前日5位と振るわなかったにも拘らず、最終的な合計点では安藤選手にコンマ6ポイント差まで肉薄したわけですから、どんなにすごい演技であったかの証明でしょう。そう言えば、あの、荒川静香選手のオリンピックでの演技も、殆ど涙が出そうになるくらいのときめきと感動がありましたね。今回の安藤選手には、これが足らなかったと、私も友人も感じたのです。得点差はあれだけあったのだから、やっぱり4回転に挑戦してほしかったですね。ミスはなくとも、無難な演技には何の感動もないのです。
白鵬にしても、安藤選手にしても、その優勝は誰もが期待していたのです。私自身そうでしたから。ましてフィギュアの方は、表彰台に日本人が2人も立つという快挙で、それ自体非常におめでたいことなのです。にも拘らず、この納得いかない感じというのは何なのだろう、と思わずにはいられないのでした。もうさすがに「勝ち組/負け組」という表現は以前程聞かれなくなりました。「勝ち組」と言えば元ライブドア社長の堀江さんや、投資ファンドの村上さんを思い出しますが、あのような事態になってしまったのでは、「勝つ」ということに対する疑問が出て来たのも当然でしょう。勝てばそれでいいのか? 今勝っていても、それで将来勝ち続けることはできるのか? そこへ昨年は藤原正彦さんの『国家の品格』がベストセラーとなり、今度はやたらと「品格」ということが言われるようになってきました。
勝たなければならない。負け続けているのなら、尚更のこと勝たなければならない。だけれども、その勝ち方の「質」というものが求められるようになってきたのではないでしょうか。これは、やたらと「形」ばかりが優先されてきたこの国で、漸く「質」ということを多くの人が問題にし始めたということなのではないでしょうか。だとすれば、これはこの国にとっていい方向なのではないかと思うのですが——。
スケートと相撲というスポーツの優勝決定戦を見ながら、ふとそんなことに思いが及んだのでした。「勝つ」というのは、本当に難しいことですね。
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March 25, 2007
首都圏でPASMOのサービスが始まってから一週間になります。私もちょうどこの時期に通勤定期が切れたのでPASMOに切り替えて使い始めましたが、これはなかなか便利でいいですね。何と言っても私鉄だろうがJRだろが、パッとタッチするだけで改札を通れるので、切符を買う手間などがなくて、スムーズに乗り換えができるのがいいのです。しかも従来のパスネットなどのように改札機を通さなくていいので、その機械的動作に要する時間とか、トラブルとかがその分少なくなっているのもスムーズさに貢献し、快適さを高めていると言えますね。
これまでにも同様のサービスはJRのSuicaがありましたが、これまではJRだけでしたし、私鉄はパスネットカードでしたが、これはチャージができないのでつい中途半端な金額が残っているカードが何枚もたまってしまうのでした。昨今はどこに行ってもポイントカードがありますでしょう? それもあって財布や定期入れの中がカードだらけになり、しかも必要なカードがすぐに出て来ないような状況が嫌いなので、できれば余計なカードは持ちたくなく、結局JRも私鉄も切符を買ってしまうのでした。
それだけに、今回のPASMOは1枚で何てもできるとあって、ちょっと期待していました。冒頭に書いたようにちょうど定期が切れたので、今まで使っていた磁気定期券を入れてPASMOに切り替えます。個人データは再入力が必要でしたが、いつも定期を継続購入するのとほぼ同じ操作で出て来ました、出て来ました、PASMOのカードが。そのカードの表面に定期の内容が印字されているではないですか。これでこのカードが定期として使えることはわかりましたが、それだけではつまらないので早速チャージしてみます。これも無事できました。あとは使ってみるだけですね。
早速PASMOを買った翌日、会社の帰りに途中の駅で乗り換えてある所へ行ってみましたが、見事に乗り換え駅からの分が差し引かれていて「オオ!」と訳もなく感心してみたりします。更には、JRの改札を初めて入る時もちょっとドキドキ。それでも難なく通過。お金は事前に払っているにも拘らず、何だかタダ乗りでもしてるような、或いは得したような気持ちになるのが不思議です。
加えて、何と言っても、このPASMOを便利にしているのは、最初に述べたように機械的に改札を通さなくていいところなのですが、すごいのは定期入れに入れたままでちゃんと感知してくれるところですね。それだけに、同じ定期入れに別のカードが入っていたりすると誤動作やトラブルも起きたりするようですが、そういう状況を回避しておけばこれも問題ないでしょう。私は財布や定期入れでなく、名刺入れに入れるようにしました。それだと胸ポケットからさっと出してさっと改札を通り抜けられるからです。とにかく、いちいち出さなくていいのがいいですね。
そんな性質を利用してでしょう。先日おもしろい光景を見ました。私の前にいた女性は、何と、ハンドバックの底に入れてあるようで、ハンドバックをセンサーにちょんと当てて実にカッコよく改札を抜けて行きました。ハンドバックも通すのか、と私は驚くと同時に、そんな使い方もあるのかとおかしくなって一人笑ってしまいました。
都会人は何をそんなに急いでいるのかと笑う方もいらっしゃるかもしれませんが、とにかくこのPASMO、使い方一つで時間を短縮するツールになりそうですね。さて、皆さんはどんなところに入れて使いますか?
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March 21, 2007
今日は春分の日ですね。この日はイランではお正月、元旦に当たる日で、この3月21日の正午を以て新しい年が始まる、とするのです。つまり、昼と夜との長さが同じ日の更にその真ん中の時間、それが新しい年の始まりとなるわけですね。このイランのお正月「ノウルーズ」についてはこれまでも何度か書いてきましたので、それを参考にしてもらうことに致しましょう。
・「イランの新年について」(2005/03/07)
・「イランのニュースから〜そして『高句麗伝説』」(2005/03/18)
・「『ノウルーズ』春の到来(翻訳)」(2005/03/20)
・「イランからのメール」(2005/04/09)
・「春分の日――新しく生まれ変わる日」(2006/03/21)
「エイデ・ノウルーズ・モバーラク!(お正月おめでとう!)」のメールをイランの友人に送り、新しい年が彼女にとってよい年になるよう祈ったのですが、そのメールに、ふと気づいたことを書いてしまいました。その趣旨をざっと日本語に直すと、
「今日は日本も祝日なのです。『春分の日』というのですが、考えてみると、日本は旧暦と言って、長い間中国式の暦を利用してきました。その暦では2月3日頃、一年で一番寒い『立春』を正月としています。不思議なことに、今でも旧正月の行事はあるものの、この日は祝日ではないのです。なのに何故春分の日が祝日なのでしょうね? これにはもしかすると今から1,500年前にイランの文物がいろいろと入ってきた時の影響があるのかもしれませんね。」
全く日本の伝統行事はいろいろおもしろくて、例の、「お水取り」として知られる東大寺の「修二会(しゅにえ)」も「水」だけではなくて「火」も出て来て、火と水の宗教であるゾロアスター教の影響を感じさせますよね。実際、修二会がそう呼ばれるのは旧暦の二月に行われていたからですが、旧暦の二月ということは今の3月、春分の日、イランのノウルーズに近い日の行事なんですね。
ところで、暦のことを考えると、それぞれの文化というものが見えてくるようで実におもしろいですね。イランは昼と夜の時間が同じ春分の日ですが、いわゆる旧暦は、上の私のメールでも触れているように、一年で一番寒い日を、つまりその日から暖かくなるということで「春立つ日」、「立春」として、この日を始まりとしているのですね。実際には多少のずれがあるのでしょうが、中国の「旧正月」、いわゆる「春節」も、日本の建国記念日が2月11なのも、ここに由来していますね。それから、クリスマスの時に少し触れたと思いますけれども、ヨーロッパでは、やはり寒いからでしょう、夜が一番長い冬至の日を、つまりはそこからは陽の光が増える日として正月にしたようですね。実は、クリスマス、つまりイエス・キリストの降誕祭が12月25日なのは、当時のヨーロッパの人たちにキリスト教を広めるために冬至の日を選んだ、とされているくらいです。
昼と夜が同じ日、夜が一番長い日、そして一年で一番寒い日、それぞれそこに生きてきた人たちの知恵を感じますね。
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March 20, 2007
昨日、仕事では言い訳をしないように言っている、ということを書きましたが、これに関連して思い出したことがあるので書いてみることにします。それは、仕事で一番大事なこと、或いは逆に絶対にやってはいけないことは何か? というものです。皆さんはどうお考えになりますか? 勿論、その答は一つではありませんし、私自身その時その時で違うことを言うかもしれません。
最近私が感じてることでは、一番やってはいけないのは、仕事を「止める」ことです。逆に大事なことは「止めない」ことですね。というのも、今働いている会社に管理職の方で何事につけ止めてしまう方がいらっしゃるからなんですが。ご本人としては勿論ご本人なりの言い訳や理由があるのはわかるのですが、しかし、本当にその仕事の重要性を理解しているなら、いくらでもその仕事が流れるようにする手はあるはずなのです。
なんて書くとまた偉そうなことを言ってあなた自身はどうなのだ、と糾弾されそうですが、はい、実は私もかつて大きな仕事で、もっとはっきりと言うと、人類の未来に関わるような(!)大きな仕事を止めてしまって、つまりは大変な失敗をしでかしたことがある人間なのです。だからこそこのことに拘るのかもしれません。
その時の私もそうでしたし、先の管理職の方もそうなんでしょうけれども、結局のところ、仕事を止めてしまう人というのは、その仕事全体のこと、その仕事の意味というのがわかっていないのでしょうね。私は仕事とは、結局のところ誰かを幸せにすることだと思っています。でも、多くの場合、その誰か、は、見えていないことが多いですね。自分が請け負っているのは、その人を幸せにするための仕事の、ほんの途中の一部分だったりすることの方が多いのではないでしょうか。そしてその部分だけで仕事というのを見て、その先にいる人のことを忘れてしまう。自分の担当している部分についてやることはやったのだからそれでいい——そう思ってしまいがちなのですが、そうではないのですね。
そして、その仕事の最終的な目的ということを考えるなら、どんな仕事にもその旬の時というのがあります。物を売るというようなお客さんが目の前にいる仕事でも、お客さんをあまりに待たせてしまってはそのお客さんも不満を抱いたまま帰ってしまいますし、或いは大きなプロジェクトのようなものでも、時機を逃したら全く意味のないものになってしまうということもあります。
だからこそ、仕事を止めたり、遅らせたりすることは、その仕事にとって致命的だと思うのです。人間の生きる世界ですから、不測の事態は次々に起こると言えます。が、それでも、思い描く、あるべき未来を実現するために一歩でも先にその仕事を進めること、それが大事だと思うのです。
そう、そんな未来へ向かって、止めたり、止まったりすることなく、絶えず進んで行くことに致しましょう。
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March 19, 2007
私はいい年をして結婚もしてませんし、恋人と言えるような人もいません。それで時にどんなタイプの人がいいのかと訊かれることがあります。時には「女優で言うと誰?」なんてのもありますね。そう訊かれていつも思うのは、タイプとか何とか、そういう条件で人を好きになるもんなのかな、ということです。女優なんてテレビや映画でしか見たことない人は好きも何もあったものではなく、好きだとしたら顔が好き、とかそういうことなんでしょうけど、だとしたらその女優さんそっくりの人なんてそんなにいるもんでしょうかねぇ? あまり意味のない質問のように思えますね。タイプというのもよくわからない。性格とか何とか一点挙げればいいんでしょうけど、そんな一点だけで人なんて好きになるんでしょうか? なのでどんな人が? と訊かれたら、悪戯っぽく「えーと、美人でスタイルよくてかわいくて、やさしい性格で、趣味や生き方が同じで、いろいろ話し合うことができて……」と身の程知らずな答をしてしまうことになります。だって、当たり前ですよねぇ?
今は付き合っている人はいませんが、実は好きな人たちというのはいますよね。好きになるだけなら一方的ですから。(笑)で、その人たちのどういうところが好きなのかと考えてみると、これがよくわからないのですね。好きになった人たちに共通点があるかと言えば、あるようなないような。(タイプとかで好きになるんだったらもっと一貫性があるはずですよね。)その人のどこかに——ある仕種だったり表情だったり——に母親や初めて好きになった人の面影を感じるからか、などとフロイト流の解釈を与えて納得しようとしたこともありますが、やっぱりそれでは心から納得できない、その人の何かに惹かれるのですね。その人の存在自体と言っていいのかもしれない。女の人は必ずと言っていいほど、「あたしのどこが好きなの?」と訊きますが、これにはいつも答えに窮してしまうのです。
他の人はどうなんだろう? と思うのです。人を好きになるのって、何か理由が要るもんなんだろうか、と。次に思うのは、人を、異性を好きになるという、本能的、根源的なものですら理由が必要なのだから、より本能的でない事柄に理由が必要なのは当たり前ですね。とすれば、私たちは何につけ理由をつけて生きていることになります。その意識が進むと、理由があれば何事もOKということになります。
私が今働いている会社で自分のスタッフにいつも言っていることは、仕事で失敗したら言い訳をするな、ということです。人というのはすごいもので、自分を守るためにはありとあらゆる言い訳、理由を見つけ出してくるものです。言い訳をするな、というのは、その言い訳なり理由が通ってしまえば、つまり間違ったのは仕方のないこと、避けられないことだった、つまり、その人には問題はなかった、ということになり、その人が更に成長するチャンスを奪ってしまうことになるからです。失敗を自分のことと受け止めれば、そこまで考えが至らなかった自分に気づき、より広い視野で物事を見たり考えたりすることができるようになり、つまりは能力アップにつながると考えます。
「これがあったからこうなった」というのを因果律、因果関係と言います。多くの論文では先に起こった事象Aと後で起こった事象Bとの間にこの因果関係を見出すことで議論が展開していきますが、しかし、同時に私たちが気をつけなければならないのは「因果関係の誤謬」というものです。学生の頃、経済学を勉強していた時に、有名なポール・サミュエルソンの『経済学』を原著の最新版で読んでいたのですが、その冒頭で彼がこれについて触れていたのが印象的でした。つまり、事象Aが事象Bに先立つからと言って、事象Aが事象Bの原因であるとは限らない、ということです。「お母さんが朝から起こるから学校の帰りに雨が降ってきてズブ濡れになったでしょ!」というようなことを感情にまかせて口走ったりしますが、お母さんが起こったのは雨が降る前であったとしても、お母さんは天気とは全く関係ないことは誰でもわかるはずです。が、程度の違いこそあれ、この類の「論理」を私たちは口にしがちなのです。
何につけ理由をつけて生きていくことは、同時に自分の夢なり目標なりが決して実現しないように生きていくことでもあります。因果関係の中で生きていくということは、現在も未来も過去の積み上げに依存し、不測の事態が発生した場合には、同様に未来も予測不能のものになってしまいます。しかし、きっと偉大な人たちはそういう生き方ではないのでしょう。実現すべき未来が先にあって、現在があり、その延長線上にこそ過去はある。実現すべき未来のために当時はどんなに不幸に思えた過去も意味のあるものとなってくる。同時に、途中どんな不測の事態が起ころうと、どんな妨害が入ろうと、その未来を実現すること以外は考えない。と書いて、『旧約聖書』に出て来るモーゼとかダニエルとかを思い出してしまいましたけれども、ああいう風に何が起こっても淡々と目的の実現のために生きていく姿というのは本当にカッコイイものですね。
自分も、あれこれ理由をつけながら生きるのはやめて、目的の実現、未来の実現に向かって生きていきたいものだと思うのです。
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March 14, 2007
さて、長いことブログを休んでいた間、関根敏行さんの新しいCDの製作にも関わっていたと書きましたが、その中で、ジャケットなどのデザインについての打ち合わせにも参加しまして、おもしろい経験をしましたので、その事について触れてみようかと思います。
ご自身のCDですから、関根さんご自身、デザインやレイアウトについていろいろとご意見をおっしゃいます。ここで印刷の担当の方がおもしろいことをおっしゃってました。
「今はDTPで、誰でもパソコンで簡単にデザインできるようになったでしょ? だから昔はデザイナーがいて、印刷会社で版下を作成してと、なかなか専門的な世界だったんですけど、今はパソコンが発達して、それまで写真家やデザイナーがやっていた部分を、素人さんが、クライアントさんが直接自分でできるようになっちゃった。で、そうやって作ったデータを印刷屋さんに送れば、印刷屋さんはそれを印刷するだけ、というのが仕事になっちゃた。印刷屋は本当に印刷するだけになっちゃったんですよ。で、逆に、それまでの過程が全部、クライアントさんの仕事になっちゃったんですね。」
言い換えると、クライアントは自分の好きなようにデザインできるようになったのと同時に、印刷内容に対する責任、文字校正は勿論、色合いに至るまで、その責任はデザインしたクライアント自身にあるというわけですね。クライアントが仕上がった結果を見て不満を言ったとしても、頂いたデータ通りに印刷しただけですから、と言われてしまうでしょう。便利になったのか不便になったのか……。
自分でいろいろとできるようになったこと自体は歓迎すべきことではあるのですが、しかしDTPについてはどうしてもやっかいな問題が生じます。「色」の問題です。ご存知のようにパソコンのディスプレイは「RGB」という、「光の三原色」に基づいて色を表現します。画面自体が発光体ですから、色合いも明るく美しく表現されています。これに対し、紙への印刷は「CMYK」という、「色の三原色」に黒を加えたもので表現されます。色を表現するしくみが違うので、パソコンの画面の色合いがそのまま紙で再現されるかどうかは実に微妙なのです。パソコンやプリンタの調整、加えてどんな紙を使用するかで、色合いは大きく変わってきます。
更に驚いたことには、同じ紙でも、写真の「カラープリント」、あれは印刷で使われる「CMYK」とは違うしくみなのだそうです。ということは勿論、デジカメで撮った写真を「カラープリント」した場合と、プリンタで印刷した場合は違う結果になる可能性があるということです。私たちに身近なデジカメやプリンタは、プリンタで印刷した時にカラープリントと似た色合いになるように、メーカーごとにいろいろと調整されているのだそうです。
ということは、待てよ。ということになります。デジカメで撮った写真をパソコンの画面で見ます。そして写真屋さんに持って行ってカラープリントにします。そして、同じパソコンのデータからフォトショップやイラストレータを使って紙に印刷します。或いはそのデータをメールか何かでデザイン会社や印刷会社に送ってそこの違うメーカの違う機種のプリンタで打ち出します。それぞれの色が違うとすると、一体、本当の色合いはどれなのでしょう?
ちょうど一年ほど前のことですが、ある会食の席で、デザイナーの方と隣り合わせになりました。私はその頃、フォトショップの色補正のことで苦労していたりしたので、その方に訊いてみたのです。
「自動色補正、ってあるでしょう? あれをやるとくっきりはっきりした絵になっていいんだけれども、どうも元のイメージとは全然違っちゃうし、何かわざとらしい感じがして……。」
「ああ、あれは使えないよね。」
「かと言って、手動でやってるとどうもしっくりこないんですよね。」
「どれがいい色かってわからなくなるでしょ?」
「そうなんですよ。やってるうちに何がなんだかわからなくなって、それで結局何もいじらない方がいいのかな、と。」
「フフフ。でもやっぱり補正しないとちゃんとしたものにならないんですよ。やってるうちにね、どういう色がいい色なのか、わかるようになってきますよ。」
いい色とはどんな色なのかわからないままにここまで来てしまったわけですが、私は、いい色とは、「本当の色」をより魅力的に見せるような補正かな、と漠然と思っていたのです。が、その「本当の色」とはどの色なのでしょう?
今回の関根さんのCD製作で立ち会ってくれたデザイン会社の担当さんは笑ってこうおっしゃいました。「本当の色、なんてのはどこにもないんですよ。あるのはその人の頭の中の、イメージの中だけなんですよ。」
本当の色というものなんてない。だからデータだけ渡されても、フィルムだけ渡されても、印刷屋さんはどう対処したらいいのかわからないのだそうです。写真というものはこれまでカラープリント、紙焼きの状態でみんな見ていました。現像や焼き付けはそれぞれの写真屋さんによって傾向があるでしょうが、とにかく写真屋さんで紙に焼いてもらったものを最初に見た時のイメージがその写真のイメージだったわけです。が、写真屋さんが異なれば焼き増しした時に色合いが変わることはありますよね。そこで、その写真をもとに印刷する場合や、フィルムから直接デジタルデータとしてスキャンする場合も、必ず紙焼きを添えるのが普通だったそうです。要は、その紙焼きの色に近づけてね、というわけですね。
なるほど、となると、写真を印刷物に使う場合は、最終的にどういう色を見せたいか、そのデザイナーのイメージが先行する、というわけですね。なので、この担当さんは、いい色合いになるんだったら、たとえ元の色合いと全然違っても、自動補正を使ってみるのもいいですよ、と教えてくれました。そう言えば、CDのインナースリーブにはメンバーの顔写真が入っていますけれど、女性のメンバーたちは、もっと色白に、もっと目をきれいに、髪の分け目がハゲに見えないように、と注文をつけてましたっけ。(笑)「本当の色」「正しい色」なんてものはなくて、「見たい色」「見せたい色」が大事なのかもしれませんね。
そう言えば、ソニーのテレビやビデオの色には一貫した特徴がありますね。透明感があって、鮮やかで、シャープで、独特の立体感がありますよね。私は最初にビデオを買った時はやはりVHSを開発したビクターのものを使っていましたが、ある時壊れたので試しにソニーのものを買ってみて驚きました。今まで見慣れていたビデオも、よりクリアに美しくなったように見えたからです。さすがソニー、とすっかり気に入ってしまいました。そんなソニーの色ですが、一方では、自然でない、作った色だ、と嫌いな人もいますけれども、そうした批判がありながらもああした色を作り続けているのには、あれも、ソニーはこういう色がいい色なんだ、こういう色を見せたいんだ、という一貫したポリシーを表しているということなのでしょう。
写真は「真実を写す」と書きますが、それが作品となる時、その真実とは、クリエイターが見せたい真実ということなのでしょう。「本当の色なんてない。」——今回デザインの現場で聞いた衝撃的な、そして考えさせられる一言でした。
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March 13, 2007
昨日は日本のニュースで伝えられることの偏りに思わず「情報鎖国」なんて言葉を使ってしまいましたけれども、それはやはりこのことに危機感を感じているからです。
先日、こんなことがありました。仕事で電車での移動中に、どこかの会社の人らしい二人連れを見かけました。一人はその会社の役員か何からしく、年輩の、堂々としてはっきりとものを喋る人で、もう一人はその下役か何かのようでした。と、その役員らしき人が手にした本をポンポンと叩きながら話し始めたのです。
「これ、読んだんだけどね。」見るとそれは私の知らない本でしたが、タイトルはヨーロッパとイスラーム勢力の対立についてのものであることを物語っていました。「やっぱり、イスラムというのは、あれはダメだね。このままだとヨーロッパは(イスラムに対して)爆発するね。大体、普通は経済が発展すれば宗教色というのは薄れてくるんだけどね、あそこはどんどん熱くなってるでしょ。あれじゃぁね。経済ったって、あそこは石油しかないんだから、石油がなかったらどこからも相手にされないとこなんだからさ。もうみんな石油なんか使うのやめて核エネルギーに転換して、石油使うのやめたらいいだんよ。アメリカなんかだったらそのくらいできるでしょ?」
耳を疑いました。今どきこんな世界観を持った人がいるなんて。しかも話を聞いているとどうも歴史好きらしくて、いろいろ本は読んでいるらしく、しかも最初に書いたようにどこかの立派な会社の役職についているような人でしょう? あまりの発言に、私はムカつきを抑えられませんでした。が、現在の日本でのイスラームについての報道を見ていると、このような世界観、歴史観を身につけたとしてもしょうがないのかな、とも思うのです。「イスラーム」と言えば「原理主義」、「自爆テロ」といった恐ろしいイメージばかりが伝えられるのですから。このブログを書き始めた頃、1980年代にエドワード・サイードが『イスラム報道』という本で、イスラームについてのアメリカの報道が、いかに現場で見たことよりも、伝統的なステロタイプの表現で行われているかについて述べており、その状況は20年以上経った今も変わっていないと書きましたが、嘆かわしいことに同じ東洋人であるわが日本での報道も、そのアメリカのステロタイプそのままというのが現状ではないでしょうか?
その一方で、「アメリカ=ビジネスライク=非宗教的」という図式がまかり通っているのも、このおじさんが経済発展に伴って宗教制が薄れる、と言っていることに表れていると思います。が、アメリカは非常に宗教的な国です。キリスト教の神の正義を実現するために作られたのがこの国と言ってもいいでしょう。そもそもこの国のモットー(標語)は "In God We Trust(我々は神を信ず)" であって、これが毎日使うコインに刻まれていることは皆さんもご存知でしょう。国旗に対して忠誠を誓う時にも神は出て来ますし、裁判で証言する際には聖書に手を置いて、 "I swear to tell the truth, the whole truth, nothing but the truth, so help me god.(私は真実を述べることを、真実をありのままに述べ、真実以外の何ものも述べないことを誓います。そのように神よ私をお導き下さい。)" と宣誓するのもよく知られていますよね。日本では偽証しないことを誓う相手は恐らくその場にいる人たちに対してでしょうが、アメリカでは人ではなく、神に対して誓うのです。そう言えば、かつてのレーガン大統領も演説の最後に必ず "God bless you.(皆様に神のご加護のあらんことを)" を付け加えることで有名でしたね。更に、ビジネスライクと言うことでは、ビジネスの世界で成功している人たち、ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットといった人たちが財団を作ったり慈善事業をやっていることも有名ですが、あれもキリスト教の考え方に基づいているのです。神の教えに従ってまじめに仕事をしていたら必ず成功してお金持ちになる、お金持ちになったら、それは神のおかげなのだから、その稼いだお金を貧しい人々や自分の後に続く人たちに還元するのです。
逆に、イスラームについて伝えられていないことの一つは、現在この宗教が、中東地域などよりも、ヨーロッパやアメリカ、そして日本の都市部で勢力を広げているということです。イスラームは実は、都会的な宗教だと言われているのです。何故か? それは、元々様々な民族、様々な文化がぶつかり合う地域で発達したこの宗教は、今ここにある全ての存在を認めることに発しているからだと言われます。互いの違いを認めながら共存しようとする宗教だというのです。それが、様々なライフスタイルの人間がぶつかり合って暮らす都市には適しているのだと。イスラームのこうした面についてもなかなか触れられることが少ないですね。
尤も、ここで私は、だからイスラーム教はいい宗教で、キリスト教は悪い宗教だ、なんていうことを言うつもりは勿論ありません。欧米についてもイスラームについても、私たちにはまだまだよく知らないことが多く、普通に接することのできるテレビなどのメディアは勿論、このおじさんのように歴史の本をよく読むような人であっても、かなり偏った情報しか入らず、偏ったものの見方しかできなくなる、ということです。
この二人連れは途中の駅で降り、私はちょっとホッとしましたが、乗り換えた電車でまた出会いました。(笑)その間話題はいろいろ移ったらしく、今度は中国について批判的な発言をしていました。私はまたまたムカムカするのを覚えながら、それでもそのおじさんの発言から耳を逸らすことができませんでした。
何故そんなにムカつくのか。その答えが漸くわかったような気がします。結局、このおじさんにとって世界で起こっていることは他人事(ひとごと)なのです。「石油があるだけでいい気になっている奴らなんかヨーロッパ人がやっつけたらいいんだ」みたいな発言の無責任さと、そうなったとして自分に全く影響がないと思っているらしいことが腹立たしかったのだと。世界にいろいろ問題があるのだとしたら、その世界に対して自分は何をするのか、どう働きかけるのか、というのが全くないからです。歴史を学ぶ人がこのように無責任であってはなりません。それでは歴史を学ぶ意味はありません。
昨年、北朝鮮がミサイル実験を行い、同じ時期に「日本沈没」が公開された時にも書きましたが、私たちの毎日の生活も仕事も、世界の平和の上に成り立っているのです。海の向こうで起こっている様々なことは、決して他人事ではないのです。そのことを思い起こすなら、世界についてより多くのことを知ることは、私たち一人一人が、自分たちのできる中で世界の平和に貢献することに絶対に必要なことだと思うのです。テレビは勿論、インターネットも含めて、様々なメディアを通じて、普通に、より多くの、多彩な情報に接することができるようになることを期待したいと思います。
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March 12, 2007
私は殆どテレビは見ません。忙しくてテレビを見ている時間がないというのが一つと——時間がもったいない!——、見たい番組がないという両方の理由からですが——前にこのブログでも書いた「チャングム」は久しぶりにハマりましたし、今やはりNHKでやってる「ハゲタカ」も見応えがあっておもしろいですが——、それでも毎日ニュースだけは見るようにしています。やはり、今日本で、世界で、何が起こっているのかを知っておくことは必要だからです。
前にも書きましたが、ニュースは、同じ事実がどのように報道されているかに関心があるので、いくつかの局で見るようにしています。最近は忙しかったのでじっくり見てませんでしたが、時間がある時には、イギリスBBCやフランス2など、海外のものも見たり、イランのニュースもネットで見たりしてます。時間のない時は、NHKとTBSの「ニュース23」を、「ニュース23」の放送時間が遅い金曜日はテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト(WBS)」を見たりしています。
この中でWBSは特に面白いですね。日経系列のテレビ東京だけあって、経済情報に偏ってはいますが、それだけに各業界のトレンド、新しい製品やサービスについての情報がどこよりも早く、うーん、こんなビジネス、こんな商品があるのか! と、自分の仕事に重ね合わせて見てしまうのです。ならば、自分はこれから何をすべきか、考えさせられてしまうところがいいですね。
12チャンネルはこうして経済情報を中心に見るのですが、およそ一般的な情報として見るのがNHKとTBSというわけです。NHKは公共機関としての報道がどのようになされるのかに、TBSは民放の中では「報道のTBS」と言われるだけあって、ニュース番組やドキュメンタリー番組に定評があるので、実は夜の11時代は「情報デスクToday」の頃からずっと見続けているのです。公共機関とは違う、それでいてうーん、と唸らせるような意見や報道の仕方が見られるのではないかという期待からですね。
ところが最近気になることがあります。NHKもTBSもほぼ同じ記事を扱い、特集についても同じようなものを流している傾向にあるようです。勿論時間が前後しますが、それも大体3日以内くらいの差で、NHKでやったものをTBSが、TBSでやったものをNHKがやっていて、全く、新しい情報を見ている気がしないのです。
以前から、日本のニュースはどこの局も同じようなものをやっているということについては書いてきましたが、最近は更にその傾向が進んでいるようです。世界のニュースを見ると同じ事件でもその論点があまりに違うことに衝撃を受けますが、私たち日本人は、このインターネットの発達した高度情報化社会の中で、テレビを見ているうちに逆に情報鎖国状態になっていくのではないかと危惧しないではいられません。
だからこそ、私たち一人一人がこうしてブログを書いて、一人一人が生身で経験している事実を表現し、伝えていく必要があるのではないか、そんな風に思うのです。
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March 11, 2007
長いことお休みしておりました。この間、皆様はお元気にされていらっしゃいましたでしょうか?
私はと言えば、あまりに忙しい毎日のこの2ヶ月でした。昨年5月の開始から欠かさず毎週配信してきました「ラジオDAICHI-大地-」も定期的に配信できなくなり、また、ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」も予定していた作品を発表できず、過去のものを引っ張り出してきての公開となりました。
そのネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第37号も無事先週発行となり、予定されていたイラン編の第3部を発表することができました。これは昨年の11月にいだきしんさんの平和コンサートに参加するためにテヘランを訪れた時の印象を、映像に合わせて音楽をつけていくという方法で製作したものなのですが、「大地の響、人の響」と題して2部構成でお届けするはずだったものが、構想が膨らんで3部になってしまったものなのです。それだけに映像の編集にも音楽の製作にも時間的な、というよりは心のゆとりがないととても難しいことなのでした。それだけに何とか今回無事に完成させることがでいてほっとしています。
第1部はテヘランの日の出の模様と、アルボルズの山並みを中心に、最後はテヘランの街を見下ろして終わります。続く第2部では、パフレヴィー王朝の王様たちの宮殿の様子を、そして今回発表した第3部では、テヘランはタジュリーシュ広場のバーザールの雑踏に、この街で生きる人々のエネルギーを表現しています。いや、全く、映像版ではバーザールの目の回るような喧噪ぶりがよく表現されているのではないかと思います。QuickTimeがインストールされていることが必要ですが、よろしかったらサンプル版をどうぞ。
第1部「Sound of the Earth」 映像版 音楽のみ
第2部「Here Lived the Shahs」 映像版 音楽のみ
第3部「Life of the People」 映像版 音楽のみ
(*何れもサンプル版です。完全版はご購入手続が必要になります。)
さて、忙しかった理由の一つには、この2月に関根敏行さんが新しいアルバム『誕生—IGNITION—』を発売したのに関わっていたこともあります。「Stop Over」や「Strode Road」という、約30年前、20代の頃の作品がCDとして復刻、再発されて評判を呼び、話題となっている関根さんですが、それだけにこの時期に誰もが期待する新作をリリースするのは大事なことなのでした。更にはホームページもリニューアルされ、今、ノリにノッってる感じですね。そこで、お休みしていたラジオ「DAICHI-大地-」でも、他に先駆けて特集を組み、関根さんの音楽を配信することにしました。
というわけで、ようやくいろんなことが再び軌道に戻りつつあるようです。ここにもまたいろいろと折に触れては書いていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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February 20, 2007
どうして 良いことよりは悪いことに
楽しいことよりは辛いこと悲しいことの方を
感じてしまうのだろう
それは きっと
本当の幸せというのを経験したことがないからだ
あの
素晴らしいはじまりの瞬間(とき)以来——
自分でひとりはどうしようもない
苦しい 闇の日々を抜けて
迎えた 2月19日 めぐろパーシモンホール
いだきしんさんの
神業としか思えぬような指から叩き出されるのは
或いは打ち砕ける 海の波の怒濤のような
或いは荒々しく吹きすさぶ風のような 響きだ
しかし その響きの
何と心地よいこと!
そう こんなに気持ちのよい空間は
他には ない
アンコールの最後の音に感じた
涙が出そうになるほどの やさしさ 愛
この空間に身を置くことの 幸せ
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February 16, 2007
大変ご無沙汰しています。1月の後半からやたらと忙しくなってしまい、このブログを休んでしまったのに加えて、昨年の5月に始めて以来、イランに行っている時でさえ毎週書かさずに配信し続けてきたラジオ「DAICHI-大地-」も2回分、穴を開けてしまいました。今ようやく、何とかこうしてブログの原稿に向かう気持ちのゆとりのようなものが出てきたところです。
この忙しさの中で、今月2月4日に発行されたネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第36号では、新作を提供することができず、2004年、今から3年前に公開した「恋歌」の音楽を再発表することにしたのでした。これは、私が『万葉集』についてのエッセイを書いたりしたメールマガジン「恋歌」最後の作品で、天の羽衣さんの詩と絵に音楽をつけてムービーとしたものなのです。
私はできるだけ新しいものを、今人の前に曝すものは今の自分そのものであるようにしたいと思っているところがあり、本当は、古いものを引っ張り出してくるよりは、今の自分を表現した方がいいのではないか、という疑問を抱いていたのです。私を含め、私の仲間のミュージシャンは皆そうなのですが、どうも自分の過去の仕事に対して懐疑的なところがあるのです。ある音楽を演奏するということは、その時自分が感じていること、自分の中にあるものの表現です。その意味では、その演奏を記録したもの(CDであれ、テープであれ)は、その時自分が表現したかったもの、或いはいいと思っているものの全てと言えます。が、一旦表現されたが最後、自分自身の内面は変化してしまうので、その作品に対する愛着もなくはないのですが、もう冷たく突き放して見てしまう傾向があるのです。それは過去の自分であると。
とにかく、あることを表現してしまったら、もう、そのことを表現したことすら忘れてしまって、更にその先へ、先へ、と進もうとするのがクリエイターの常なのではないでしょうか。そんなことで、私自身、「恋歌」のことはどこか自分の中から消えているようなところがあったのです。その活動の中で、仲間と毎日のように集まっては打ち合わせをして、本すら出版しているというのに。
それが、今回、関根敏行さんが新しくCDをリリースするという動きの中で、私がこの「恋歌」の本を出版した時のことを経験として話すことになった時に気づいたことがあるのです。関根さんは、私が「恋歌」の活動に参加していたことも、本を出版したことも知ってはいたのですが、私が積極的に伝えていなかったこともあり、その本そのものを見たこともなかったのでした。話の中で関根さんは、自分が過去に作ったものをあまり人に話したくないのは自分もそうだからわかるけど、でもやっぱり自分が一所懸命いいと思ってやったものは、ちゃんと宣伝もしなきゃダメだ、というようなことをおっしゃって下さったのでした。
そんなこともあって、久し振りに『恋歌』の本のページをめくったりしていると、その時の純粋な気持ちが自分の中に蘇ってくるのを覚えるのでした。そして、メールマガジン「恋歌」のページに掲載されている、天の羽衣さんとのコラボレーション作品の音楽を今一度聴いてみると、なるほどーっ、と改めて気づくことがあったのです。考えてみれば、この音楽は私がその後音楽活動を再開するきっかけになった作品で、下手くそかもしれないけれども、その時自分が感じていたこと、自分が表現したかったこと、いいと思っていること、そんな全てが詰まっていることに気づいたのです。「忙しい」とは「心を亡くす」と書きますが、正に内面にゆとりのない状況の中で聴いた自分の音楽に、3年前のものながら、「結構いいじゃん!」みたいなものを感じて、この作品を今月の曲として提供することにしたのでした。更には、私のプロフィールのページに、この本を出版したことも追記してもらうことにしたのです。
驚いたことに、第36号が発行されてみると、新曲を出してきたのはHIROさんだけで、CDリリース前でお忙しい関根さんは「稗搗節」のライヴ・バージョン、COSMOさんは、やはり音楽活動再開のきっかけとなった『ドクターM』からのセレクションでした。私が過去のものを出すのに躊躇したのは、自分が懐古的になるのを怖れたからですが、しかし、こうした他のメンバーも含めて考えてみると、皆、今は新しい動きをつくろうと懸命になっている時期であり、その中での、それぞれの原点を今一度見つめ直す時期だったのだろうかと考えるに至りました。
過去の自分の作品というのは、懐かしさもある一方で、当然、今の自分から見れば至らないところもいろいろあり、恥ずかしさを覚え、あまり直面したくないものではありますが、しかしその時その時の、一番純粋な自分を見出すものでもありますね。たまにはそういう過去の自分と直面するのも必要なのかもしれない——そして、それもまた、更に先へものを創っていく力になるのかもしれないですね。
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January 09, 2007
1月8日にラフォーレミュージアム六本木で行なわれたいだきしんさんのコンサート「ペルシャ編」で、エスファハーンのマスジェデ・ジャーメがかなりの時間にわたってフィーチャーされていました。エスファハーンと言えば、メイダーネ・エマーム(エマーム広場)にあるブルーの壮麗なマスジェデ・エマームが有名で、確かにこの寺院は、もうどこをどう歩いても驚き、圧倒されるばかりなのですが、同じエスファハーンにあってやや地味ながら、寧ろ落ち着いた深い経験ができるのがマスジェデ・ジャーメ(金曜寺院)なのです。この寺院は8世紀に建てられ始め、一通りの形を見たのは14世紀頃と言いますから、約600年にわたって増改築を繰り返してできた建物なのです。それだけに、ぐるりと見て廻ると、時代時代の建築様式が残されていて、さながらイランの建築の歴史を目の当りにするようです。そうでありながら、ちゃんと中庭を中心にしたイスラーム特有の建築計画に従っているのがすごいところで、この中庭を中心にして、夏でも涼しい場所、冬でも暖かい場所などが確保されていて、この地方に暮らす人たちの知恵の集積とも言える寺院なのです。
エスファハーンのマスジェデ・ジャーメ

そのマスジェデ・ジャーメ内部——渋く、落ち着いた空間

イラン随一と言われる有名なメフラーブ(部分)
しかし、それにしても600年! ひとつの寺院を造るのに、これだけの年月をかける発想の壮大さ。この年月を聞いて私が思いだしたのは、以前訪れたスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂です。ここはスペイン語でサンティアゴと呼ばれる聖人ヤコブの御遺体が安置されているというところで——ヤコブはイスラームからスペインを守ったとされる聖人なのです——、そのこともあって、イェルサレムがイスラームに支配されて以来、イェルサレムに代わる巡礼地となったところなのです。そこでこの巡礼の道そのものが世界遺産に登録されたところなのですが、そういう聖地の大聖堂ですから、やはりキリスト教の人たちの力も入ります。ここもやはり11世紀頃から16世紀まで500年、教会のそもそもの創建が9世紀ですからそこから数えると実に700年にわたって建てられたものなのです。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂
600年とか700年後の完成を目指して建築を計画するというのはとんでもないことですね。何と言っても計画した当人たちがその完成を見ることができないわけですから。このような遠大な計画に参加した人たちは、キリスト教であれイスラームであれ、同じような心を抱いていたのではないでしょうか。
サンティアゴに向かう飛行機の中で読んでいた本がありました。こうした人たちのことを知りたくて買った本で、ジャン・ジェンペル著『カテドラルを建てた人びと』(SD選書 1969)です。この中で、著者は次のように書いています。
「これからその発展ぶりを示そうとする『教会堂建築熱』の本当の意味での出発点は、中世の信仰のうちに求めねばならぬことはいうまでもない。当時の状況は宗教建築が開花するのにとくに都合がよかった。しかし中世がまず何よりも敬虔な時代でなかったとすれば、建築家の才能と商人たちの金とは、教会堂以外の対象に向けられたであろうことは明白である。そしてシャルトルもアミアンもストラスブールの大聖堂も残らなかったであろう。」(前掲書P47)
「中世のひとびとは気の毒なことに教会堂の完成を見ずじまいで、たえず工事をつづけている教会堂も、息子の時代には完成するだろうと想像することしかできなかった。建築材料を運ぶ荷車のゆきかう狭い現場の敷地には、彫刻師・石切工・石工・しっくい工・屋根師・とび・かじ・解体工(ピッタール)・鉛工・石切役(アパレイユール)など、あらゆる職種の人びとが立ち働いており、壁体に取りつけた足場のために教会堂の一部はつねに隠されていた。
「活気にあふれる現場の作業をみて市民たちは少なくとも、彼らの寄進した建設資金が正しく使われているかどうかを自分の目で確かめられる満足感を味えた。そこで彼らは将来の資金調達に当り、以前にもまして積極的に協力しようという気持ちになったと思われる。自分の財産の一部を絶対君主の娯楽のために投げ出そうなどという気を起した人は、一七世紀にはひとりもないのである。」(前掲書P67)
つまり、これらの大聖堂の建築を支えたのは、一般の市民であった、ということなのです。彼らは自分たちのためには勿論、その子孫の幸福のために、自分がその完成を見ることもないもののためにお金を投じたというのです。何という遠大な生き方なのでしょう。
様々な問題が噴出している現代の日本ですが、よりよい社会をこの国に実現するのに私たちに本当に必要なのはこのような遠大な発想ではないでしょうか。問題が起きる度に出される政策なり法案なりは、目の前の問題ばかりを対象にした対処療法的なものが多すぎるように思えてなりません。これだけ問題が出ているからこそ、じっくりと100年先、200年、500年、1000年先を見据えてものを考える必要があるように思うのです。
新しい年が始まったので、例の、ヒルティの『眠られぬ夜のために』(岩波文庫 1973)をその日付通りに読んでみようと思い起こされた方もいらっしゃるかもしれませんね。(ってそれは私くらいしかいないか!)その『眠られぬ夜のために』の巻頭、1月1日は次のような象徴的な文章で始まります。
「たえず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい。これは一般的にいって、人生の多くの苦渋と心配事を最もたやすくのり越える道である。」(前掲書 P27)
自分にはそんな力がないとか、現実はそう簡単じゃないとか、自分自身を過小評価というよりは矮小化する必要はどこにもないのです。小さく目先のことばかり考えるから自分の実力も世界も小さくなってしまうのかもしれません。あの、何百年も完成にかかる寺院や教会の建築に参加したのが普通の人々であったことを思い出そうではありませんか。
大きな世界に生きること。それが私たち一人一人にとっても、社会全体にとっても、よりよい未来への一歩なのではないでしょうか。私たち一人一人がそう生きる時、かつて巨大な寺院や聖堂が完成をみたように、必ずや皆が幸せに生きていける社会も実現すると思うのです。
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January 08, 2007
現在 過去 未来——
懐かしい風景に
様々な人との出会いと別れとが
胸の裡を過(よ)ぎる
過去はただ過ぎ去り
置き去りにしてきたものではない
それらの出会いと別れの全ては
今 この瞬間を生きる 自分そのものだ
そして未来
全てはその未来に向かうためにある
これまでの来(こ)し方の全てを抱き
今 ここにいるのは
よりよい未来に向かうためだ
現在 過去 未来
それは線上に並んでいるものではない
全て 今ここにある
そして 今ここにある未来に向かって
ひたすら 前へ 前へ
* * *
2日間にわたるいだきしんさんと高麗恵子さんによるイベントに参加して参りました。いやー、やっぱりすごかったです。本日は特に「ペルシャ」と「トラキア」がよかったですね。
「ペルシャ編」では冒頭、昨年11月の旅行では訪れることができなかったギーラン地方マースーレの村が映って、大変嬉しかったですね。ラジオでもこのブログでも触れましたけれども、正直私はここを訪れたかったのです。それだけにこの村の風景がスクリーンに大写しになった時には、「いだき先生、ありがとう!」と感謝感謝なのでした。
また、同じくペルシャ編の後半では大好きなエスファハーンの懐かしい風景が次々に映し出されました。ラジオでも触れたスィー・オ・セ橋——文字通りには「33橋」という意味で、橋桁のアーチが33あるからこう呼ばれるのです——はとても美しいところで、そこのチャイ・ハネ(喫茶店)でみんなで車座になってイラン式のお茶を飲んだり水タバコを吸ったりしたところで懐かしく、また、かなり長い時間にわたって映されたマスジェデ・ジャーメ(金曜寺院)もよかったですね。この寺院についてはまた別に書くことにしますが、ここのドームの一つにみんなで座って、ガイドをしてくれたレザ博士が宇宙について、存在、精神について語ってくれたのを、その時の空気がドームに反響する博士の声と共に蘇ってきたのでした。そしてある女性と知り合いになったのもこの寺院ででした。
それから、トラキア編では、もうディスコ(今のクラブではなく、往年の)もかくやと言わんばかりの超スピードのリズムに、会場からは手拍子が起るほど——皆行儀よく聴くお客さんが多いいだきしんさんのコンサートでは珍しいのです——。もうみんなじっとしてはいられないほどにノせられたのでした。
何ともすごい2日間でした。深く、そしてエネルギッシュな2日間——。ここで得たエネルギーで、新しい年、猪突猛進して参ることに致しましょう。
それでは、また。
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January 03, 2007
元旦の日は縁あって高輪・泉岳寺の辺りを訪れました。この辺りは仕事でよく訪れるのですが、泉岳寺の駅を出たすぐの交差点の角に、周囲の開発から守られるようにして稲荷神社が残っているのがいつも気になっていました。神社の由来などを書いた案内板もないので詳しいことはわからないのですが、わざわざ高い所にあるところを見ると、もともとこの辺りは小高い丘のようになっていたのではないかと想像したりするのです。
泉岳寺の交差点に稲荷神社が——右手奥に進むと泉岳寺がある

稲荷神社正面
そのような想像をしていると、ここは案外江戸の風景が残っているような気がするのです。実際、安政の頃の「江戸切絵図」で確認してみますと、確かにこの場所に「稲荷」と記してあるではないですか。当時は、この稲荷の前を走っている国道15号線が東海道であり、道の向こう側はいきなり海だったはずです。海に向かってこの稲荷神社のある辺りが高輪北町、そして交差点を渡った左側、泉岳寺の駅がある辺りは車町(くるまちょう)と呼ばれていました。増上寺の安国殿の建立やお濠の石垣普請の折、材木や石類の運搬のために京都から呼ばれた牛持人足を住まわせたところで、100台以上の牛車が並んでいたところから「車町」と言ったのですが、俗に「うしまち」と呼ばれていたようです。
その「うしまち」を広重が『江戸名所百景』の中で、「高輪うしまち」という絵に描いています。画面左半分は、例によって前景に牛車の車輪が大きく描かれ、遠景は江戸前の海が広がり、帆船がたくさん浮かんでいます。更に遠景をよく見ると土が盛られたような島のようなものが見えますが、これこそ正にお台場なのです。(絵をご覧になりたい方は、ネットで伊藤三平さんという方が「輪の組み合わせの『高輪うしまち』」で詳しく書いていらっしゃいますのでどうぞ。)
これがかつての泉岳寺駅前の風景だったのでしょう。今、この近く、先程の稲荷神社から海側を見たのが次の写真です。15号線の向こうにはビル、そしてJR線が走り、その更に向こうにまでビルが建て込んでいるのが見えると思います。この辺り、全部海だったんですね。
稲荷神社から海側を望む
海側の景色は変わってしまいましたが、この稲荷から泉岳寺へ入って行く道、伊皿子坂など、この辺りの道は先程の「江戸切絵図」の頃のものがそのまま残っていて、大名屋敷だったところがマンションなどに変わってはいるものの、やはり江戸の風景を残しているように思います。
この辺りで私が一番江戸を感じるのは15号線から高輪警察署を抜けて明学前の交差点に出る桂坂のところです。坂の左側には東禅寺や高野山の別院などがそのまま残っており、右側は水野出羽守の屋敷だった辺りが野村證券の研修所か何かになっていますが、ここは鬱蒼としていて、何とも懐かしく、好きなのです。そう言えば、桂坂は美称で、もともとは蔦葛(つたかずら)に覆われていたから「葛坂」だったのだそうです。その趣が今も残っているのです。
昨日は岡本かの子さんの小説について少し書きましたが、岡本さんの小説の魅力の一つが、その舞台の描写で、昭和初期、まだ江戸の風情が残る街並の様子が描かれているのです。それから70年以上経って、東京もどんどん変わってしまいましたが、今なおその頃の風情を残した場所はまだあちこちにあって、岡本さんの小説の描写に、ああ、あの辺は今もそうだな、と今の自分とのつながりを感じると、何となく元気が出てくるからまた不思議です。
折角のお正月です。いつもの街並の中に、歴史の風景や風情を見出してみるのはいいものですね。
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January 02, 2007
年は明けてしまったので時間が前後することになるのですが、今回の年越しについて少し書くことにします。
毎年12月31日は仕事、それも遅い時間までの仕事で、帰宅してNHKの紅白歌合戦が少しでも見られればいい方なのです。が、今年は意外と早く仕事が終わり、11時前には家に着いたのでした。そこでとにかく日付が変わる前にと、溜まった洗濯をし、そばを茹でて食べ、仕事の関係で入っていたFAXの返事をしたりと、約1時間、バタバタと動き回ったのでした。
そして、2007年1月1日の午前0時、ふと耳を澄ますとゴーンと除夜の鐘が聞こえてくるではないですか。父方や母方の田舎ではともかく、東京で除夜の鐘を聞いた記憶がなかったので、何とも新鮮でした。と、同時に、何とも静かな気持ちになっていくのを感じたのです。今年は初日の出も茅ヶ崎か大磯辺りまで見に行こうかと意気込んでおりましたが、それまでの1時間バタバタしたこともあって、このまま静かに新しい年を迎えることにしました。
比較的早めに床に就くと、ふと枕元に積んだままにしてあった本の中から岡本かの子さんの『老妓抄』(新潮文庫 1968)を取り出してパラパラページを繰っているとこの中に「越年」という短編が収められているのに気づき、何とタイムリーと思いながらこの小説を読んで過ごすことにしたのです。
これがなかなかよかった。内容は掻い摘んで話すと、年末のボーナスが出たその日の帰りに、主人公の加奈江は同じ会社の堂島という男にいきなり撲たれる。翌日、この件を課長に訴え出ると、何と堂島から退職届が出ていて、しかも住所もわからないという。加奈江は堂島の同僚で仲のよかった山岸から銀座辺りで一緒に飲みに行った話を聞かされ、事件の時一緒にいた明子と共に毎晩銀座の街で堂島を張り、年明けにようやく見つけるのだが……、というものです。
これを読みながら、岡本かの子さんの作品の底には共通してある悲しみのようなものが流れていることに気づきました。それは生きる悲しみとでも言うのでしょうか。岡本さんと言えば、新しい女の代表のような存在で、女性の性の奔流を表現した人のように言われていますけれども、この文庫本に収められた代表作とされる「老妓抄」にしても「家霊」にしても、淡々とした文章で、明らかな性の描写などどこにもないので、初めて接した時にはちょっと戸惑いました。これらの作品がどうして発表当時、それほどの衝撃を与えたのかわからなかったのです。
しかし、「東海道五十三次」、「愚人とその妻」、「鯉魚(りぎょ)」、「鮨」と折に触れて読み進むにつれて気づいたことがあります。それが今回読んだ「越年」ではっきりしたように思ったのです。それは、女と言わず男と言わず、自分の心の奥底で蠢いているものを表現するのに不自由しているということです。いや、その蠢いているものに自分自身気づいていないかもしれません。
「好き」とは一体どういうことなのでしょう。当たり前のように感じていることが実は結構難しかったりします。意識的に「好き」と思っているだけの場合があるかと思えば、特にその人のことを意識しているわけでもないのに何となく気になったり心惹かれたりという経験は誰にもあると思います。自分のそうした気持ちに気づかぬまま、相手と大した意味もない会話を交わし、しかしその会話の底に互いに気持ちの通じ合う何かがあったり、逆に好きだと意識していても、なかなかその気持ちを相手につたえられなかったり——男と女とは互いに求め合うのが自然なはずでありながら、どうして気持ちを通じ合うということがこうも不自由になってしまったのでしょう? 女に生れ、男に生れて生きていくことの悲しみ、それが岡本さんの作品には共通して流れているように思うのです。そして、その更に奥に、仏教的世界観を感じるのです。
それは、この「越年」という銀座のサラリーマン社会を描いた作品にも言えることなのです。加奈江を撲った堂島という男は、現在いる会社に先がないと見るや、会社を見限り、より有利な条件の会社へ転職を考えると同時に、そのことはおくびにも出さずに、ボーナス支給日にもらえるものはもらってから辞める、というような、昭和の初めという当時からすれば新しいタイプの男でしょうが、その彼にして結局は加奈江に対する気持ちをどう表現してよいかわからずに撲ってしまうのです。他の作品も同じで、出てくる男出てくる男表現が下手で、女はもどかしさを感じながらもそれをどうすることもできないのです。これは、作品の発表から70年近く経っても尚、私たちが普通に経験していることではないでしょうか。そう、女性の性の奔流などと言っても、これらの短編に出てくる女性たちは特に異常な生活を送っているわけではない、普通の女性たちなのです。
私がおもしろいと思うのは、日本で男と女のことを真正面から取り組んだ人たちに仏教者が多いということです。まず第一に空海。彼は誰よりも仏門で禁じられていながら、何故自分の中に性的なものが生まれてきてしまうのか苦しんだ人でしょう。その人にして、日本に「理趣経」を持ち帰ることができたのでしょう。親鸞にしても、蓮如にしても、男女のことに取り組んだ人に偉大な仏教者がいるのは日本の仏教の特徴なのでしょうか。それから『源氏物語』。あの一大恋愛物語にも、仏教的世界観が流れているのを感じますね。あれを書いた紫式部という人は、よほど仏教に詳しかった人と察せられます。
その『源氏物語』と同じような悲しみのトーン、仏教的トーンを私は岡本さんの作品に感じるのです。瀬戸内晴美さんが得度して寂聴さんとなったのは、岡本さんの伝記『かの子撩乱』を書いたことがきっかけなのだそうです。その仏教者である寂聴さんが『源氏物語』を現代語に訳していることは皆さんご存知の通りですね。私はここに千年にわたる、女として、男として生きることの悲しみを巡る円環のようなものを感じるのです。
男であること、女であること、それはジェンダーという現代的なテーマであるのかもしれません。男と女の間にある何か、そのことを考えるのに、岡本かの子さんの淡々とした短編群はお薦めできると思います。戦前に亡くなっていながら、そこに現代を私は見出すのです。
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January 01, 2007
あけましておめでとうございます。
そう、新しい年、2007年が明けました。今年は全国的に晴れて初日の出が拝めたようですね。そう言えば、私が住んでいる町でも、結構遅い時間まで富士山がその白く清らかな姿を見せておりました。いつもは、日の出直後は見えるのですが、時間が経って少しでも霞むと、全く見えなくなってしまうのです。初日の出と富士山で始まったこの新しい年が、同じく明るい年になればと願うばかりです。
いつもブログを読んで下さりありがとうございます。偉そうな、わかったような文章ばかり書いているのに付き合って下さり、感謝申し上げます。今年は、上に書いたように、少しでも明るい世の中にするのに貢献すべく、口だけではなくて、身近な、小さなことからでもどんどん現実に動き、動かしていきたいと思います。そういう動きの一つ一つもこのブログでご報告できればと思います。
それでは、本年もどうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。
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December 29, 2006
昨年の「文藝春秋」12月号には、前にご紹介した関岡英之さんの『拒否できない日本——アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書 2004)を更に進めた「警告リポート・奪われる日本——「年次改革要望書」米国の日本改造計画」という衝撃的な記事が掲載されましたが、ほぼ1年後に、現在書店やコンビニに並べられている「文藝春秋」1月号の藤原正彦さんの特別寄稿「国家の堕落」もまた現在の日本のベースとなっていて誰も疑う者のないこととなっていることに対して鋭く斬り込んだ、衝撃的内容の一文です。ここに書いてある内容の殆どは、今年私が繰り返し書いた内容と共通するものがあり、やっとこのような影響力のある人がこの内容を公にして下さるようになったかと、嬉しく思ったのです。同時に、この文章を読むことは、自分自身の人生を振り返ることでもありました。
この文章で触れられていることの中心は、経済における「市場原理」と「自由化」こそが国家を崩壊させていくシステムである、ということです。藤原さんの文章については、「文藝春秋」の記事そのものを読んで頂きたいのですが、今年は特に、私もこの問題について考えることが多かったのです。
何故なら、今から二十数年前、私が大学に入る前の年にミルトン・フリードマンの『選択の自由』が出版され、大学に入り、更には外交官の試験を受けようと、それまであまり興味のなかった経済学の勉強を始めた頃に読んだこの本の内容は衝撃的であり、私もまた、「自由」と「競争」こそが個人も、そしてこの国も強くすると信じてその方向で生きていくことの必要性を周りに説いて回っていたからです。折しも、時代はこのフリードマンの理論を実践すべく登場したレーガン・アメリカ大統領、サッチャー・イギリス首相、そしてわが国は中曾根首相の時代でした。皆が市場原理、競争原理をベースとする自由化と小さな政府を目指していた時代です。政府の無駄遣いや債務にメスが入り、それまで赤字を出しても国は国民の福利のために面倒を見なければならないという論理の上に成り立っていた公共事業は見直され、国鉄はその赤字故に解体、JRという営利を目的とする民間会社へと移行することとなりました。この流れがその後、電電公社の解体と民営化、日本航空の民営化、そして小泉首相の郵政民営化へと受け継がれていったことは皆さんご存知の通りです。また、ただでさえ食糧自給率の低いこの国で、農産物輸入の自由化が進められたのも同じ流れにあります。
私の母方の実家は農家だったので、お盆などでこの実家に親戚一同集まった時など、伯父などはこの自由化の流れは困ったと言っていました。が、私は一見厳しいように見えるけれども、競争の中でこそ真にいいものが勝っていけるのだ、そしてマーケットを日本の中だけでなく、世界を見据えて、守ることばかりでなく、世界に打って出ることも考えるべきだなどど生意気なことを言っていたのでした。所詮自分は生まれながら都会で育ってきた人間であり、農家の苦労など知りもしないのに、理論ばかりを振りかざすハンバな人間であったのです。
理論と言えば、経済学を勉強していると必ず出てくるのが、リカードウの「比較優位説」というもので、これが貿易自由化の根拠になっています。リカードウがその著『経済学及び課税の諸原理(The Principles of Political Economy and Taxation, 1817)』で示した例に基づいて、イギリスの羅紗(毛織物)とポルトガルの葡萄酒が引き合いに出されますが、要はそれぞれの国の生産コストを考慮すると、大国イギリスは葡萄酒よりは羅紗に、小国ポルトガルは羅紗よりは葡萄酒に、つまりそれぞれの国の比較優位産業に特化する方がそれぞれの国の国民の利益になる、という内容でした。このことを学んでいたからこそ、私も農業の自由化と市場原理の下での競争こそ、却って日本の農業を強くすると主張していたのでした。その時実際に母方の実家で起っていたことは、競争の結果どんどん農産物の価格が下がり、働いても働いても金にならない、という状態だったのですが。
市場原理が価格を下げていくのは当然であり、それが消費者のためだ、というのがアメリカが日本に規制緩和を迫る時の決り文句でしたが、本当にそうなのでしょうか? ここで私たちが忘れてしまっているのは、その消費者が同時に各産業で働いている従業員である、ということです。価格の低下ということは、実は従業員の給料の減少にもつながりかねません。現在の経済学ではインフレは悪とは見倣されません。何故なら、物価の上昇は全産業で賃金の上昇が起る結果に過ぎないからです。であれば逆に、物の価格が下がるということは、コスト削減を余儀なくされ、結果的に最大の固定費である従業員の給料に跳ね返ってきます。この流れの中で各企業は正社員からパート、アルバイト、派遣の比率を高めていったわけですが、私自身もそうですが、こうした雇用形態では、会社に対する愛着などない一方で、正社員で働くよりも多くの企業や業種を渡り歩くことで様々な技術や知識を得られるので、こうした技術や知識が外へ漏れていく事態ともなっていきます。
かつて私は気づかなかったのです。自由とか、改革とかいう名の下に、一見良さそうなもののもう一つの結果を。それは、結局のところ、私自身が体制側というのか、流行の言葉で言えば勝ち組というのか、要するに支配する側にいた人間だからです。そういう人間は勝つことしか考えていないのです。が、市場競争で負けた側はどうなるのか? リカードウの比較優位説は一つのモデルですが、現実に、例えばポルトガルが葡萄酒に特化することになった場合、ポルトガルの毛織物業者はどうなるのか? 彼らは葡萄酒の仕事に鞍替えするか、イギリスへ行かなければなりません。が、そんなことが現実にあり得るでしょうか。明らかに、この比較優位説は、大英帝国の植民地主義を正当化したものであり、強者の論理です。そして、経済学が植民地主義を正当化したことで、欧米各国は帝国主義へと邁進し、日本もまたそれに追随することになったのです。(因みに、かつて教科書問題で、「進出」か「侵略」かと議論になりましたが、「進出」というのは経済学上の用語なのです。)
そう、これまでの議論でお分かりのように、負けた側は消えざるを得ない、存在できないのです。市場原理主義とはそういうことであり、格差社会となるのは当然なのです。また、かつてイラクで日本人のボランティアや新聞記者が拉致された折に小泉首相が「自己責任」という言葉を出して物議を醸しましたが、私たちの国がこの二十数年歩んで来た方向がこの言葉に凝縮されています。つまり、国は国民の面倒を見ない、みんな自分の力で生きろ、負けたら生きる場はない、そういうことです。そうだとわかれば、全てのことに納得がいくと思います。鉄道だろうと学校だろうと採算に合わないものはどんどんカットされ、年をとって働けないのに高齢者や体の不自由な人への援助もどんどんカットされていく。弱い者の面倒は見ない、つまり子供や高齢者の方々が生きにくい国なのは当り前なのです。自由、改革の中身はそういうことだったのです。
「自己責任」——この言葉に私が思い出すのは、あの赤ん坊の例えです。自由は確かに素晴らしい。が、生まれたばかりの赤ん坊を道端に放ったらかしにして、「おまえは自由だ! 好きに生きろ!」と言ったら、この赤ん坊にとっての自由とは、即、死を意味することは誰にも明白です。が、正に我が国における自由、改革とは、そのような状況になっていると言えるのではないでしょうか。
そう、私たちは騙されてきたのかもしれません。自由とか改革といういかにもよさそうな言葉に。「自由=いいもの」というような、単純な理解では、私たちはこれからも騙され続けるでしょう。それによって何が実現されようとしているかを、自ら考え、見抜く力がこれからの私たちには必要です。本当に大事なのは、子供もお年寄りも、弱い人も、つまりは全ての人が安心して幸せに暮らせるような世の中を創ることにあると思うのです。
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December 27, 2006
今年も残りあとわずかとなりました。ここのところこのブログもずっとサボっておりましたが、やはり気になることは年内に表現しておきたいと思いますので、少しずつ書いてみることにします。
今年やはり一番気になったのは子供たちや学校を巡る事件の数々ですが、前に書きました必修科目履修洩れに件について、あるお叱りを受けましたので、これを受ける意味も含めてもう一度触れておきたいと思います。
実は、私自身、中学校の英語科の教員として教壇に立っていたことがありますので、学校側のこのような対応はよくわかると言えばわかるのです。平成10年に行なわれた学校教育法施行規則の一部改正及び中学校学習指導要領の改訂が行なわれ、要するに義務教育である中学校を完全週休2日制に移行し、「ゆとり教育」が実施されることになったわけですが、この中で私の担当していた英語の授業は週5時間から週3時間へと減ったのでした。今では半ば常識になっていると思いますが、英語などの外国語の習得は、どれだけ多くの時間その言語に接しているかに懸かっています。このように授業時間数が減った結果、前の時間、或いは1週間前に行なった授業内容をあまり覚えていない生徒が結構いる、という状況が生じるのも不思議ではありません。
しかし、同時に、一方では、当時の学習指導要領によれば、英語科の目標としては、「英語で話すことに慣れ親しみ、初歩的な英語を用いて自分の考えなどを話すことができるようにする」といったような実に素晴らしい目標が掲げられているのです。明らかに授業時間の削減はこの目標を達成するための授業時間の不足を生じるのです。従って、進学校を目指す生徒達にとってはその不足分を埋め合わせるために塾などでより高度かつ深い授業を受ける必要が生じ、一方で、学校の授業についていけない生徒はどんどんわからなくなり、ついていけなくなるという状態となり、学校の中で学力の格差がどんどんついていってしまったというのが実状なのです。そういう中で子供たちのストレスが増していくは当然のことです。
従って「ゆとり教育」の体制は、必然的に子供たちをますます勉強漬けにし、学校側は不足する授業時間の中でよりよい進学率をキープし続けていかなければならないという、生徒たちにとっても、学校にとっても厳しい体制となってしまったのです。
「ゆとり教育」がこのような結果になるのではないか、ということは当初から懸念されていました。最近のテレビの報道などを見ていますと、正にかつてのこの懸念がそのまま現実化したのだと思い知らされます。にも拘らず、何故このような政策が実施されたかに思いを巡らす時、私はある考えに達して、ハッとしたのです。
私は、あの政策を提言した委員会や文科省の担当者が、具体的にどういう人たちなのかは全く知りませんが、しかし、国の政策について任される人たちですから、学識も経験もあり、何かの分野で他の誰より秀でた優秀な人たちでしょう。そのような人たちが現在現れたような結果を想定できずにこのような政策を編み出すなんてことがあり得るでしょうか?
また、こんなこともあります。前にも書きましたが、ミルトン・フリードマンの『選択の自由』が一世を風靡し、「市場の自由化」、「小さな政府」こそが全ての解決への正しい選択と思え、アメリカも、イギリスも、日本も、世界がその方向へ向かったのは今から20年前のことでした。が、既に20年前、自由を標榜していたアメリカの教育が崩壊し始めていたことは日本のメディアでも伝えられていました。このような状況の中で、敢えてわが国はそのアメリカを追う政策をとったのでした。
(比較的最近見たテレビでは、知恵遅れの子供たちを集めた学校が、強力な詰め込み主義、徹底した生活指導というスパルタ教育で、トップの子供たちは州の名門校のトップと競うレベルになっていること、敢えてその学校への転入を希望する児童や親がいること、この学校は日本の教育システムを参考にしたことなどが伝えられていて対称的でしたが——。)
とすれば、とすれば、です。私がハッとした、というよりゾッとしたのは、あの優秀な人たちは、現在起きているような結果をもたらすために、この国の教育を破壊するために、一連の政策を提言してきたのではないか、という恐ろしい考えです。
勿論、これは不健全な、疑心暗鬼的な考えでしょう。これが現実でないことを期待したいと思います。が、恐ろしいことに、そう考えた方がいろいろと辻褄が合ってしまうこともまた現実なのです。
それはそれとして、私の考えでは、あの「ゆとり教育」の政策が現在起きている様々な事件に影響していることは間違いないのではないかと思います。ただ学校の時間を減らすことがそのまま子供たちの豊かな人間形成につながらないことは、今や誰の目にも明らかです。真に子供たちが豊かで幸せな人生を歩めるようになるために、どのような教育が必要なのか、様々な立場や角度からの議論が必要だろうと思います。そしてそれは勿論、偉い人たちだけに任せておけるものではなく、私たち大人一人一人が関わっていかなければならないものだと思います。何故なら、子供たちこそ、そしてその子供たちの未来こそ、何ものにも代え難い私たちの宝なのですから。
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December 26, 2006
今宵 大地 鳴動す
我は見き
その低弦の伸びゆく響きに
大地鳴動し
人の目に見えぬ内に閉ざされたものが
深き淵より打ち出されるを
我は見き
その和音の連打は
この大地の上を吹きすさぶ
風となり嵐となり
旧き世を微塵とするのを
我は見き
今 人の目に見えぬ内より
溢れ出づる強い光が
この世を満たしてゆくのを
新しい 世界の はじまり
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December 24, 2006
水曜日——
通勤電車の車窓に突然入って来た
富士山
白く 気高く
天そのもののようなその姿に
一気に目が覚める
視界は開け
全身に力が漲る
会社に着くと
窓から見える東京湾が
朝日を受け 銀色に輝く
その美しさが
全てを癒し 溶かしていく
* * *
土曜日——
その大学の門に立つ
黄葉した一本の楓の木
さっと一陣の風が吹き
あたりに黄色い葉っぱが雪のように舞う
何て美しいんだろう
都会の 何の変哲もない いつもの通りが
こんなにも胸をときめかせるなんて
* * *
日曜日——
重たい雲が下の方でキラリと光ったかと思うと
姿を現わした夕陽
雲の下にどんどん下りてきて
大きく オレンジ色に輝く夕陽
辺りの空を 風景を 美しく染めてゆく
いつまでも いつまでも見ていたいと思う
その夕陽——
* * *
口さがない人たちの言葉に
人間の生み出した小さな意識に
わざわざ心を曇らせる必要はない
自然の こうした一瞬の輝きが
僕を癒し 方向を示し
力を与えてくれる
そう 時に厳しくはあるけれど
いつも僕とともにいてくれるのだ
天 自然 大地
この大きな世界とともに
僕は生きていく
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November 29, 2006
もう、いい加減、憤りを抑えられなくなっています。何のことかと言うと、勿論、学校のいじめ問題のことです。今日、いじめた生徒や、見て見ぬふりをした生徒も出席停止にするというような提言ですが、一体、どういう頭の使い方をしたらこういう子供たちを更に苦しめるような政策を思いつくんでしょうか、全く理解に苦しみます。以前から、例えばカッターナイフによる殺傷事件が起ると、カッターナイフの学校への持ち込みを禁止し、更に持ち物検査をする、というような対策がとられてきましたが、こうした対策ではカッターナイフを禁止しても、今度は別のもので事件が起る可能性は多分にあり、実際起きるのですが、そうするとまたそれを禁止するということの繰り返しで、本当に大事なのは、何故その生徒がカッターナイフで殺傷事件を起さなければならなかったのか、その心理的、環境的背景なのではないでしょうか。それがなくならない限りは、また別の生徒で同じ問題が起きる可能性は残されているのは当然です。
繰り返しになりますが、子供たちにそのような厳しい罰則を課すことができるほど私たち大人はいじめとは無縁でしょうか? 私は会社でも、それから職員室でもいじめがあることを見てきています。まじめな会社員の方、まじめな先生方には大変申し訳ないですが、そういうところは結構あるのではないですか? また、見て見ぬふりを私たち大人はしていませんか? これはもっと多くあるでしょう。もし見て見ぬふりをしていなければ、最近次々と持ち上がる県庁や警察や企業などでの不祥事は起っていないはずなのではないですか? よく、昔は近所の大人が他(よそ)の家の子供を叱るということがあったと言われますが、今そんなことをしたら、「ウチの子に何をするんですか!」と親から文句言われるのがオチです。自然、ひどいと思っても、他人には関わらないのに限る、という淋しい人間関係の社会になったのではないでしょうか。そしてそういう無関心社会の中で、子供達が登下校時に事件に巻き込まれることが増えてきて、今度は、地域全体で子供を守らなければ、なんて言い出した。この国の大人はどこまで勝手かと呆れてしまいます。
まず、私たち大人が、大人の社会にあるいじめを、無関心を改めていかなればならないのではないでしょうか。仮に今回提言されているような罰則で子供たちがいじめをしなくなったとして、大人になり、社会に出た時に、きっと彼らはこういう言葉に出会うことでしょう。「いいんだよ、ほっとけば。世の中そういうもんなんだよ。」その時、この人は、二重三重に苦しむのではないでしょうか。人間不信に陥るのではないでしょうか。
なぜ、いじめなければいけないのか、またなぜいじめられなければならないのか、そしてなぜ無関心を装ったりしなければならないのか、根本的な原因を解明し、そのための対策が早急に求められています。カッターナイフを持ってこないようにすれば、いじめた生徒を学校から追い出せば、そんなことしか考えられないようなアホな頭にこの国の未来を任せることはできません。ふざけてるとしか思えません。政治家というなら、学識経験者というなら、この難しい問題を根本から解決することにまじめに取り組んで頂きたいと思います。遅れれば遅れるほど、幼い生命が傷つき、失われていくのです。
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November 24, 2006
ところで、イランに行く前からいじめやそれを原因とする自殺の問題が連日のように報道され、様々な解決策をニュース番組は報道していますが、にも拘らず、イランから帰って来てからも、やはり事件は毎日のように起きていて、一向に改善の傾向にあるようには思えません。
私が歯がゆく思うのは、いろいろな対策案がテレビを通じて私たちには伝えられるものの、結局それらの対策案は、学校をどうするか、に終始していることです。誰が見ても、子供たちのやっていることはいじめにしても自殺にしても、大人の真似をしているだけに過ぎず、結局のところ私たち大人が作っているこの日本という国自体がいじめ体質の中で運営されているというところに根本的な問題があると思うのです。しかし、そう言ってしまうと、問題が大きくなりすぎて、どこからどう手をつけていいかわからない。筑紫哲也さんのような鋭いジャーナリストの方ですら、これは大人の問題だ、と言いながら、次の瞬間には、では学校ではどのような対策を? という話になってしまい、私をがっかりさせてしまいましたが、それも問題の大きさにテレビでは扱えないからかもしれませんね。
社会学者の創始者の一人であるデュルケームが『自殺論』で、自殺は個人の病ではなく社会の病だとしたのが1897年、それからもう100年以上も経っているというのに、いまだにいじめや自殺が個人の問題として扱われていると私は感じないわけにはいきません。何故なら、最近のテレビでは海外の事例なども報道されますが、何れも、いじめられる生徒の対策、いじめる生徒の対策に終始しているからです。が、社会全体にいじめ構造があるのであれば、一人一人の生徒たちはいじめられなくなったりいじめたりしなくはなっても、また新たな子供たちがいじめたり、いじめられたりするようになるのは目に見えているからです。根本的な解決ではありません。
私自身は、学校とは全然関係ないところで起きている、県庁ぐるみの裏金づくりや県知事と業者の癒着の問題など、まさにいじめの構造と表裏一体のものだと感じているのです。
誰しも、幸せになりたい、と思うでしょう。誰しも幸せになる権利を有していると言えます。しかし、幸せとは何でしょう?
カウンセリングのロロ・メイさんが『失われし自己を求めて』の中で、私たちは不安の時代に生きているとしたのは1953年のこと。それからもう50年以上も経っているのですが、やはり私たちが不安の中に生きている状況に変わりはありません。では何が不安だというのでしょう? それは、突き詰めていけば、自分の存在理由への不安ということではないでしょうか。自分は今、何故、ここにいるのか? 自分は必要とされているのか? 愛されているのか? 自分は誰かの役に立っているのか? もしかして自分は要らない人間なのではないか?
こうした不安を解消するには、自分が他人より優れた人間であり、従って、必要とされていると感じられることが重要です。ここから勢い、他人を落とすことが始まります。自分よりひどい人間がいると感じることで、自分が相対的に幸せになろうとするのです。中学生の時でしたが、初めてビアスの『悪魔の辞典』の中に、「幸せ」の定義を、「他人が不幸な状況にあるのを見て覚える感情」とあるのを見て大変衝撃を受けた覚えがあります。が、多くの場合、いじめ社会にある幸せとはその程度のもののようです。前にも書きましたが、お笑いブームの中で、殆どのお笑いは、誰かをバカにすることで得られる笑いです。こうしたお笑い番組は子供たちに人気があります。子供たちは知らず知らずのうちに、誰かをバカにして、不幸にすることで自分が幸せになるという、いじめの構造を身につけてしまっているのです。
或いは、他人を落とさない場合は、逆に、特権意識、というのものがあります。自分はこれこれの役職についているのであるから、この位のことをする権利がある、と誤って思い込んでしまうものですね。あちこちの県庁や、警察や企業で起っている醜聞は、大抵これに属してますね。
私たちは、もう、いい加減、こういう自分への不安から発生するいじめ意識、特権意識の構造から脱しなければなりません。私たち大人ができないのであれば、子供たちにいじめをやめよう、なんて言っても、何の説得力もありません。
最初の質問に戻りますが、私たちみんなが求めて止まない幸せって何なんでしょう? 幸せというとすぐに思い浮かぶのが結婚とか、お金とかそういうことでしょうが、そうではないはずです。また、ビアスの言うように他人の不幸の上に成り立ってるものでもないはずです。しかし、私たちは、本当のところ、そういう幸せしか知らないのではないでしょうか?
本当の幸せは、他人の不幸なんかの上には成り立っていない筈です。寧ろ、今、ここに生きていることそのものが、そして、自分が今誰かと一緒にいることそのものに、喜びを覚え、満たされているという状態ではないでしょうか。比較の中での幸せなんて、そんなもの幸せとは呼べません。他の誰にも歩むことのできない人生を今生きているという、絶対的な幸せを、まず私たち大人が、一人でも多くの大人が経験することが何より求められているのだと思います。
そういう、絶対的な幸せはどうしたら感じられるのか? それが経験できるのがこのブログでも何度も紹介しているいだきしんさんのコンサートであり、高麗恵子さんが出演されている「高句麗伝説」や「大地の声」のイベントなのです。この問題を真剣に考えていらっしゃる方には是非、一度ご参加頂くことをお薦めします。幸い、この年末は集中的に行なわれるようですので。詳しいスケジュール等は、株式会社いだきのホームページをご覧になって下さい。
私たち大人が、本当の意味で幸せになれた時、学校のいじめや自殺の問題も、社会のいろんな不祥事もなくなっていくことと思います。是非、そのような方向で生きて参りましょう。
それでは、今日はこの辺で。
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November 09, 2006
ラジオ「DAICHI-大地-」では喋っていますが、2年ぶりにイランを訪れることになりました。今回もまたいだきしんさんの平和コンサートに参加するためのもので、国際情勢が不安定なこの時期にイランで行なわれるというのは、偶然そのような流れになったとは言え、実に意義深いものがあると言えますね。コンサートはテヘランにある、元シャー(王様)の宮殿であったサアダーバード宮殿で10日の午後6時、日本時間で午後11時半から行なわれます。
これに合わせて、私も今日これからテヘランに向けて出発するところです。あれから2年、今度はどのような出会いが待っているのか期待に胸をときめかせています。コンサートの後、以前小泉文夫さんが日本に似ていると書かれていた北部、アルボルズ山脈に抱かれ、カスピ海に面するギーラン地方を訪れるのも楽しみの一つです。
13日の月曜日には日本に帰ってきます。その時また、このブログで今回見聞きしたことを書くことになるでしょう。それでは、その時まで。行ってきます。
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November 01, 2006
随分ご無沙汰しております。忙しさにかまけて、何とか週1回のラジオ「DAICHI-大地-」をアップするのが精一杯になっています。が、やはり表現せずにはいられないことが日に日にたくさんあることも事実なので、また少しずつ書いていくことに致しましょう。
このところのニュースを見ておりますと、一体この国はどうなってしまったのかと思われることが多いと思います。子供の自殺が毎日のように伝えられる一方、その学校が必修科目を教えていなかったなんていう呆れた事実が報道され、岐阜県の裏金問題はとうとう逮捕者を出し、全国の自治体職員や警察官が逮捕されるような事件は毎日のように起っています。
世も末か、と嘆かれる向きも多いかもしれませんが、しかし、これらの事件、よくよく考えてみますとこれまで私たちの知らないところで当たり前に行なわれてきたことが明るみになっただけに過ぎないのではないでしょうか。この国ではこれまでいかにおかしなことがまかり通ってきたことか。真実が明らかになり、おかしなことはおかしなこととして裁かれ、真っ当なもの、真っ当な生き方が求められる時代なのだと思います。そういう意味では、本当に真面目に生きている普通の人たちが報われる時代が来ていると言えます。
上に挙げた一連の事件については、それぞれ言いたいことがありますが、少しずつこのブログに書いていくことにしたいと思います。
まずは必修科目を教えていない学校が4百数十校もあり、被害を被った生徒は10万人に及ぶと言われている事件、これはひどいですね。学校の方針でこれらの科目を受講する権利も義務もある生徒たちがその機会を奪われたわけですから、生徒たちは完全に被害者であると言えます。にも拘らず、補習を受けなきゃいけないなんて議論があるのはどうかと思いますね。問題はそれらの決定を行なった学校側にあるわけですが、かと言ってこれらの学校に制裁を科すわけにもいかないですよね。そんなことをしたら、結局その影響はまた生徒に返っていくからです。全く困ったものです。
そもそもこういう事態になったのは、結局は学校がその運営の目標を生徒の受験合格をまず第一においているからでしょう。実は私も教壇に立っていたことのある人間ですので、手許には学習指導要領などがありますけれども、この指導要領が真に実践されるならば、学校を卒業するということはトータルな面で豊かな人間になれるだろうと思うのです。しかし、今回の事件はトータルな人間形成よりも、受験第一、受験に影響のない学科はカットするという学校が多くなってきているという傾向を表しているのではないでしょうか。これでは、学校は最早、塾や予備校と変わらぬ存在になっており、その存在意義は失われてきていると言えます。実際、予備校に受験対策のための授業の方法を学びに行く学校の先生が少なからずいるという現状があるのです。それなら学校をやめて予備校に通う方がどんなにいいかわかりません。最早、学校と言えば私たちが最低限期待する、国で定められた、国民として生きるために最低限必要な教養を教えることすらできないことが明らかになり、そんな状況では、一体、いじめとか人間関係、進路といった、より複雑な人生全般にわたる問題を扱えるはずはないからです。
更に、この問題がいかに国民の期待を裏切っているかは、そのカットされた科目が世界史や日本史、地理、或いは情報といった、恐らく今、現実の社会で生きる上で、最も必要とされる科目の一つであることに私は驚きました。歴史については近隣の国からもクレームをつけられるほどの大問題であり、国の内外を問わず今の子供たちが正しい歴史を教えられているかが議論になることしばしばですが、今回の事件で事態はそれ以前、正しいも何も教えられていなかったわけですから。何ともしまりがない。近隣諸国のクレームに反論できないではないですか。
実は、今働いている職場で、若い人たちは海外旅行などにはよく行くにもかかわらず、世界の地理も歴史も全くわからない人が多いのです。いえ、世界と言わず、日本の地理も歴史もわからない。私の同僚の一人は30代の女性ですが、広島県は九州のどこかにあると思ってましたし、福島県と福井県と福岡県の違いがわからないのです。どれが東北の県でどれが九州の県かわからない。こういう人たちが毎日のニュースを見て、一体何が得られるというのでしょう? 一体どういう風に理解しているのでしょう?
20代の女性たちには、教養は「トリビアの泉」で、恋愛や人生についてはドラマや「あいのり」などがネタになっている人がこれまた少なからずいるのです。こうした人たちにとってはテレビの伝えることが「ほんとうのこと」なのです。友だちの言うことよりテレビの方を信じる人たち……。
こういう若い人たちがこれからの日本の将来をつくっていくのです。ゾッとしませんか? もしかしたら私の周りにたまたまいる人たちがおかしいのかもしれない、とも考えられます。が、今回の事件で明らかになったように思います。多くの若い人たちがちゃんとものを教わる機会を奪われているのです。きっとこれは今に始まったことではなく、これまでごく普通に行なわれていたことに違いありません。校長も教頭も担当教諭も、みんな当たり前に処理していたことだったのでしょう。何も問題はないと。
勿論、人には得手不得手があり、何でも知っていなきゃいけない、ということではありません。が、教えるようになっているものはきちんと教えてほしい。学校にはいろんな問題がありますけれども、最低限それだけは実行してほしいと思います。受験科目で点を取れるようになるだけならば、学校の存在意義はないのですから。受験の後、子供たちが社会人になってからの長い人生をも見据えた教育をお願いしたいものだと思います。
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October 25, 2006
風
それは神の息吹
水
それは生命の源
風と水とは行き廻り
やがて空間は光に包まれる
愛
天
永遠……
穏やかさに満たされた夕べ
ふと 見上げると
強く輝く星が一つ
僕を見下ろしている
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October 03, 2006
ふと
息を止めていることに気づいた
まるで
いろんなものに溢れた
空気を吸い込みたくないみたいに
いろんなものが体に入ってくるのを
拒否しているみたいに
それに気づいたのは
いだきしんさんのピアノの音に
ふっと緊張がほぐれて 息をした時
すーっと体中に空気が溢れ
生き返ったよう
息を止めていたのは きっと
苦しさを避けたかったからかもしれない
それは
目の前にあるものを見たくなくて目を閉じ
聞こえてくるものを拒否して耳を閉ざすよう
しかし
現実に自分の目の前にあるものを避けて
一体何ができるというのだろう?
そう ゆっくりと 大きく
ここにある空気を吸おう
目の前にあるものをはっきりと見
聞こえてくる音に耳を傾けよう
何が体に入ってこようと
どんなにひどいことを見聞きしようと
今 それがここにある以上
それを受け入れることからしか始まらないのだから
今ある状況のど真ん中で生きていこう
拒否ではなく 受け入れること
そこから広がる
やさしい空間
* * *
今日はラジオでもご案内してましたいだきしんさんのピアノコンサートがありました。2時間にわたっていろいろ素晴らしい瞬間瞬間がありましたけれど、2度目のアンコールの曲が特によかったです。何だかわらべうたのような懐かしいメロディーが美しい高音で弾かれていて、そう、子供のころの純粋な気持ちややさしさが心の深いところから蘇ってくるようでした。やがて、そのやさしい空気は会場中に溢れ、いらしたみなさん、それは幸せそうなお顔をして帰っていかれましたね。
次は10月25日(水)午後7:00より晴海の第一生命ホールです。
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October 02, 2006
10月になりました。
カレンダーがまた1枚めくられただけですが、昨日から何もかもが変わったように感じてます。新しい時代のはじまり——そう感じるのです。それは、ひとが真に生き生きと輝いて生きていける時代のはじまりです。
昨日、ある人と話していて気づいたことがありました。私たちはよく自分を卑下したり、自分を落とすような発言をすることがありますが、それは自分にとってよくないだけでなく、自分を応援、支援してくれている人たちに失礼ではないか、というのです。確かに、自分を応援してくれたり、つまり一緒にいてくれる人というのは、私なら私の素質から始まって未来とか可能性とかを感じてくれているからこそ、一緒にいてくれるわけですよね。それをわざわざ自分はこの程度なんで、というようなことを言うのはその人に対して失礼極まりないことです。
にも拘らず、ふと気づくといろんな局面で、いろんな人が自分を落とす表現をしてますね。日本には「謙譲の美徳」なんてものもあって、要するに自分を表に出さない、自分をよく言わないことがいい、ということになっているようなのですね。
しかし、自分を落とす表現をすることは同時に、自分が何かできなかったり、失敗した時の言い訳を用意しているとも言えますね。仕事をしている方ならどなたもご経験されてることでしょうが、言い訳する程仕事もできなくなってしまいますね。自分の能力を高められなくなってしまう——。
しかし、こうして自分を落とし続けていられるわけがなく、どこかにはけ口が必要になってきます。それが、今度は自分より落ちた人間を探す、他の人を落とすことに快感を覚えるようになるのではないでしょうか。相変わらずテレビではお笑い番組が盛んですが、どれも結局は人を落として笑い物にするか、自分を落として笑いものになってウケるか、そこに尽きているように思います。
自分も落とし、他人も落とし、お互いに落とし合っているようでは幸せになれるはずもなく、国民全体の様々な能力も上がっていくはずないのは明らかですね。新しく誕生した政権は教育の改革を一つのテーマに掲げているようですが、こうした国民全体の精神構造が変わらない限り、真の意味で豊かな教育は実現しないように思います。
新しい時代は、互いを高め合っていく時代にしたいものです。その時代には最早謙譲の美徳なんて要りません。自らをそのまま表現し、自らの素質をそのまま社会の中で生かし、実現していく、そういう時代なのです。
皆がそのように生きていく時、全ての人が幸福と平和のうちに生きていける——私はそう信じるのです。
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September 19, 2006
昨晩、いだきしんさんと高麗恵子さんの「高句麗伝説」コンサートに参加した方々がブルガリアから帰ってきました。あちらこちらから連絡が入ってきてますが、うーん、やっぱりいいですねー。メールとか、ブログとか、ただの文字なんだけれども、その文字から伝わってくるのですよね、ブルガリアの風みたいなものが、そして色彩、映像が。
まず最初にこれを運んで下さったのは森生文乃さん。「ブルガリアに行ってきました」という9月18日付のブログを書いて下さって、会社のパソコンから仕事中にこれを読んでとても元気になったのでした。目の前がパッと開けたような。そんな感じです。
そのあと、ある方からもメールが入り、やはり同じ風を感じました。これからまたいろんな方々がブログやメールに書いて下さることでしょう。楽しみです。
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NHKというのはすごい放送局だと思います。何だかんだと言っても、結局はその時々の日本を記録してきたわけで、そのアーカイヴは正に日本の記録と言えます。或いはネタが尽きてしまったのかとイジワルに考えてもしまいますが、最近はそのアーカイヴを生かした番組が多いですね。日曜日にやってるNHKアーカイヴズはその代表で、これまた私などの世代には懐かしい加賀美幸子アナウンサーがやっててなかなかいいのですが、その他、過去の映像と現在の状況とを比較する新日本紀行再訪などもいいですね。
そういうNHKの最近の傾向の中で、「日曜美術館30周年記念」ということで、「美を語る」というシリーズをやっています。教育テレビの日曜美術館に登場したいろんな方々のインタビューを再構成した短い番組なのですが、これが面白い。出てくるのは手塚治虫さん、司馬遼太郎さん、武満徹さん、谷川俊太郎さんなど、何れも名をなした芸術家で、しかも美術の専門家ではない方々がそれぞれの美術との出会いを語るのです。
この中で特に面白かったのが谷川俊太郎さんとゲーテの翻訳で知られる高橋義孝さん。谷川さんは勿論、皆さんもご存知の通り「二十億光年の孤独」などで知られる詩人で、この方の言葉の使い方には実に鋭いものがあって私も好きでよく読んだものですが……。
その谷川さんが、フェルメールの絵を前にして放った言葉が、「とにかく美しいんですよ」だったのです。これは実に印象的でした。この言葉の達人にして、これしか言えないのかと。この後、いろいろと表現はされるのですが、どれも説明的でご自身納得されてない様子。最後にもう一度、「とにかく美しいんですよ。」と繰り返される。本当に美しいもの、素晴らしいものというのは、言葉では表現できないのかもしれないですね。
もう一人の高橋さんはすごかった。前田青邨の「知盛幻生」について語るのですが、高橋さんがここには生きる悲しみが描かれていると話した直後に、アナウンサーが青邨自身は青の表現を追求したかったと言っていますが、というような発言をすると、高橋さんは厳しく、「違う、違う!」と否定するのです。アナウンサーが弱腰になりながらするとそこには作家の意図と見る人の解釈の間にギャップがあるのではないかというようなことを言おうとすると、「私たちの方が正しいんです!」と言い切る。この気迫がすごい。どういう背景があるかということを最初に考えてはならない、まず目の前にあるもの、そのものを感じなさい、と高橋さんは言うのですね。能を見に行くと、みんな能の舞台そのものは見ないで、下を向いて謡本を一生懸命追っている、それはおかしいのではないか、と。能の舞台をやっているんだからまずそれを見て、自分がどう感じるのか、その後で解説を見るなり、背景を勉強するなりすればいいので、まずは目の前にあるものが全てなのだと。
これは、美術であれ、音楽であれ、私は芸術一般に通じると思います。私たちはあまりに勉強し過ぎますね。ピカソでもフェルメールでも青邨でも、まず自分がどう感じるかが大事ですね。で、つまんないと感じたらそれはそれでいいではないですか。そこで初めてその作品が何で素晴らしいと言われているのか勉強してみたらいいのではないかと思うのです。先に勉強し過ぎると、海外旅行に行っても、ガイドブックに書いてあることを確認しただけ、というのと同じような貧しい経験になってしまうのではないでしょうか。
言葉の達人でありながら、「とにかく美しい」としか表現できなかった谷川さん、画家や作家より自分たちの方が正しいと叫ぶ高橋さん、どちらの発言も私には真実の言葉と響きます。私たちが芸術作品に接する時に大事なことを教えてくれているように思うのです。
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September 18, 2006
昨日書いたように、「バルカン言語同盟(連邦)」のことを書いてから、久し振りに千野榮一先生の著作に触れたわけであるが、同時に、ずっと放ったらかしになっていたソシュールの『一般言語学講義』(岩波書店 1972)を読み直しています。
と、ここまで書けばお気づきのように、元々私は言語学を志して大学に入った人間なのですが、しかし、実にお恥ずかしいことに、言語学の分野だけでなく、構造主義の基本書でもあるソシュールのこの本をちゃんと通して読んだことがなかったのです。私に経済学を教えてくれた先生は、経済学部の学生にとって読まなければならないのに、まず読んでいる人が殆どいない古典が2つある、アダム・スミスの『国富論』とカール・マルクスの『資本論』だ、と嘆いておられましたが、全く同じように、言語学を学んでいながらソシュールの『一般言語学講義』を読んでいないのでした。勿論、千野先生やその他の先生方の講義の中で、そこに何が書いてあるかのエッセンスは教わっていましたが、しかし、書物というものはやはり自分自身で体験しなければならないものですね。
勿論、こういう基本書ですから、買ってあって書棚にはいつも「飾って」あって、時に気になった時だけパラパラと必要な箇所だけめくっていたのですが、やっぱり、最初から最後までちゃんと通して読まないと分らないことというのはあるものです。私はすっかり見落としていたことがあったとに今回初めて気づいたのです。
それは、フェルディナン・ド・ソシュールというこの学者が、実はあのエミール・デュルケームの影響を受けているという事実です。『自殺論』などで知られ、社会学を発展させたあのデュルケームの、です。それ故、ソシュールは言語というものを社会現象、もっと言えば社会制度として捉えていて、従って言語学(linguistics)とは文献学(philologie、嘗てはこの英語が「言語学」の意味で使われていた)とも人類学とも違うと言い、寧ろ社会科学の一分野であるように示唆しています。有名な通時的(diachronique)と共時的(synchronique)ということの説明に当っては、例えば天文学のような学問についてはこれを区別する必要はないが、経済科学において経済学と経済史という二つの学科を構成するように、同じ価値の体系に関する学問である言語学も通時言語学と共時言語学に分れるのだ、と説明されます。
これは私には驚きでした。実は、私が言語学から国際関係論へと関心を移していったのは、言葉の勉強ばかりしていても、それで世界を変えることができるだろうかという疑問が生れてきたからでした。若気の至りというんでしょうか、とにかく早く自分が社会に参画して、世の中を動かしたい、世の中をよくしたいという欲求が強かったのですね。そして国際政治や経済学を学んでいくようになるのですが、今読み直してみると、ソシュールは言語学にはその経済学と同じ本質があると書いているではないですか。
尤も、これは、今、この年齢(とし)になって読んでいるから気づいたことなのかもしれません。当時、学生寮の隣の部屋には同年輩の、社会学部に通う友人がいましたが、私には社会学というものが何なのかさっぱりわからなかったからです。しかし、その後、もう大学を出て、社会人になってずっと後に、いだきしんさんとの出会いの中で社会学を学ぶ機会を得てやっとわかったのです。世の中のあらゆる現象を社会学的観点から見ることによって問題の本質がはっきりしてくるということです。先に挙げたデュルケームは、自殺は個人の問題ではない、社会の構造、しくみに内在する問題が自殺という現象となって現れるのだとしました。こうしたことを学んだ後でのソシュール。それはただ言語学の方法や言語の一般的原理を学ぶというのとは違った意味合いを帯びてきました。今、また新たな気持ちで丁寧にページをめくっているところです。何か新しい発見があるでしょうか。楽しみです。
* * *
今日、本屋に行ってやはり言語学の棚の前でいろいろ見ておりましたら、若い、学生らしい男の子が近づいてきて何とソシュールの『一般言語学講義』を手にしました。「あった!」と彼は連れの友人らしい男女に言うのです。「見てよこれ、しっかりしてるなぁ。古そうな難しそうな本だなぁ。」そしてやがて、「やっぱり買おう。有名な本だもん、これくらいは読んでおかないと今の大学出た意味がないもん。」
エライ! 何を専攻しているんだろう? 言語学? 人類学? それとも哲学? 何れにしても、そう、基本書ですよ。若い今のうちに読んでおいた方がいい。読まなければならない本はあまりに多い。それでも若い時というのは本当に吸収力も大きいですからね。君は今日あれからどの位読んだんだろう。君のことを考えながら僕もまた君と同じ本を読むのだ。お互いこの本の中に何かを見つけ、世の中の役に立つことを願いながら——。
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September 17, 2006
先日、「バルカン言語同盟」の話を書きましたが、私がこの言葉とその内容を知ったのは、大学在学時、千野榮一先生の言語学の授業に於てでした。その時先生がどんな話をされたか、黒板に書いた図も含めて、今でもはっきりと覚えています。そんなこともあって千野先生のことが懐かしく、先生が「バルカン言語同盟」について書いたものがなかったかしらと、本屋で見つけたのが『ことばの樹海』(青土社 1999)でした。この本の「10 言語連邦 バルカンの言語文化」(P183-200)に詳しく書かれていますので、ご関心のある方はどうぞお読みになってみて下さい。言語学の本なんて七面倒臭そうだと思われる向きもあるかとは思いますが、大学での千野先生の講義は言語学上のおもしろいエピソードの数々で構成されていて、次はどんな話が出てくるのか、毎回の授業が楽しみでしたが、この本といい、『言語学の散歩』(大修館 1975)や『言語学の楽しみ』(大修館 1980)にしても、そんな気楽なサロン的な雰囲気がそのまま生きていて、一般の読者にもおもしろく読めると思います。
因みに、私が千野先生に教わっていたのはこの本が出る10年以上も前のことで、本書では「バルカン言語連邦」という表現になっています。
「ここで『言語連邦』と訳した語のロシア語は jazykovoj sojuz でこれが後にドイツ語に Sprachbund と訳されて広く知られるようになったのである。この語に対して日本語では『言語同盟』という訳がなされたが、同盟という語の軍事的響きがきらわれ、『言語群』とか『言語連合』が使われている。しかし、これらの訳もそういい訳とはいえず、ここでは『言語連邦』としたのである。」(『前掲書』P196)
というわけです。
ところで、この本の「あとがき」に千野先生は、「この本は大きな構想の下に体系的に整理されて書かれたものではない。そういうことは著者には土台無理である。」と書かれてますが、これはどうもその通りらしく、在学時私も先生の書かれた、言語学について整理した教科書がないかと探したものです。が、現行のカタログを見てみても、千野先生のいかにも学術的な著作物としては三省堂の『言語学大辞典』くらいであって、あとは殆ど上に挙げたような、いずれも思いつくままに書かれたと思われ、気楽に読めるエッセイのようなものばかりです。これは先にも書いた通り授業もこうした本そのままだったのですが、しかしだからこそ、その時々のトピックスのおもしろさに惹かれて言語学に親しみを持ち——そして身を捧げることになってしまった人も多いことでしょう。実はそのことが千野先生の一番の業績かもしれません。
先生は2002年にこの世を去られ、私はとうに大学人ではなくなってから長いのですが、それでも、もうあの名調子の講義も聞けなくなり、その後の研究のエッセイも読むことができなくなったかと思うと非常に残念です。先生の遺されたエッセイの数々が今後も多くの読者の心に語りかけ、言語学への関心が更に高まり、それが多様な人間社会の真実を明らかにすることを願いたいと思います。
* * *
千野先生の講義は本当におもしろかった。とは言え、黒板に書いた図まではっきりと覚えていて、いつも意識に上るのはブログに書いた「バルカン言語同盟(連邦)」のことなのです。きっとこのことは私にとって何か意味のあることなのでしょうね。
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September 16, 2006
ブルガリアでの「高句麗伝説」コンサートの夜が明けました。目が覚めると、頭も体もすっかり変わってしまっているようです。今日はあることをしようと早く起きるつもりだったのですが、まるでそのことをする気が起らない。ものの考え方がすっかり変わってしまい、必然的と思えたそのことも、今となっては判断が間違っているはっきりとわかる。
何だか昨日までの自分と全く違うようです。脱力感。無理して、頭でやらねばならぬと思っているものはできるはずがないのです。もっと自分に自然になりなさいと言われているような感じ。昨晩のコンサートでは、人の意識が大きく動くような何かがあったのでしょうか。
そう言えば、久し振りに夢を見ました。それも、現実にいるいろんな人が出てきました。仕事の夢、悲しい夢からエッチな夢まで。一体、それらの夢の一つ一つが何を意味するのか、今の私にはわかりません。この連休が明けて、ブルガリアでコンサートを経験した友人たちが戻ってきたり、或いは会社に出てスタッフと会話を交わす中でわかっていくのかもしれません。
それにしても、夢というのは不思議なものです。一体、これらの夢は、私の願望や不安が生み出したもの幻想なのか、それとも、誰かの意識なり魂なりが私の意識なり魂なりに語りかけているものなのか——。
夢が必ずしも幻想ではないと思えるのは次のような夢を見た時です。以前、水をかぶったようで、体中がひどく冷たく、震えている夢を見ました。こんな夢は誰でも経験があるように「おしっこ」と関係していたりします。さすがにこの年齢(とし)でおねしょするわけにもいきません。あまりの冷たさに私は起きあがり、トイレに行きました。トイレから戻って来ると、もう起きなければいけない時間になってるのでテレビのニュースをつけると、例のインド洋の大津波のニュースをやっていました。それを見て、更にゾッとしたことは言うまでもありません。
それでも、水の夢ならたまたまかもしれません。が、それより以前、こんなこともありました。ある夜、一人のシスターさんが現れる夢を見たのです。カトリックの幼稚園に通っていた私にとって、シスターさんというのは身近な存在ではありましたが、特に洗礼を受けてキリスト教徒になったわけでもなく、幼稚園を出てからは教会に行くことも殆どありませんでしたので、聖書やキリスト教関係の書物や文化に触れることは頻繁にあったとは言え、シスターさんが夢に出てくるというのはあまりに唐突と言えば唐突でした。が、この夢も、朝起きてテレビのニュースをつけて驚きました。マザー・テレサが亡くなったというニュースをやっていたのです。あのシスターさんはマザー・テレサだったのか……。
果たして、今朝見た夢はどんな意味があるのでしょう? 早く友人たちが帰ってきて話を聞きたいものです。
何れにしても、新しい時代がはじまったことに変りはないようです。
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September 15, 2006
もう間もなく、ブルガリア、トラキア人の地で「高句麗伝説」コンサートが始まります。
先程、琴欧州関のことを思わず「トラキアの戦士」と書いてしまいましたが、トラキア人と言えば勇猛果敢な、死をも怖れぬ強い戦士のイメージがあるのです。トラキア人の風習について詳しく書き遺しているのは例のヘロドトスですが、その『歴史』の中で彼はこう書いています。
「労働をしない者が、一番立派な人間で、土地を耕す者は最も卑しまれる。戦争と掠奪で生計を立てるのが、最高の生き方なのである。」(ヘロドトス『歴史(中)』(岩波文庫 1972)
やや偏見も入っているように思われますが、戦うトラキア人の勇ましさと、ギリシャ人としての彼らへの怖れがこの文章に窺えるように思います。それ故でしょう、ヘロドトスの後、ペロポネソス戦争を描いたトゥキュディデスの『戦史』を見ると、戦争に当っては、アテネを始め、いかにギリシャ人がトラキア人を自分たちの味方につけたかったかがよく描かれています。アテネに味方したトラキア人がマケドニアを攻めていく様子はいかにも勇猛果敢でさわやかであり、カッコイイのです。
と、これだけ書いてもまだピンと来ないかもしれないですね。そこで、有名なトラキア人を一人ご紹介しておきましょう。多分、この人が日本で一番有名だろうと思います。スパルタクスです。スパルタクスはご存知のように奴隷の身となり、コロセウムでの格闘をする格闘士にさせられてしまった人ですが、ある時脱走に成功、自由を求めてローマ軍と戦った人ですね。世界史の授業では「奴隷の反乱」で片づけられてしまいましたけれども、このスパルタクスという人、とても魅力的な、すぐれた人であったようですね。私がローマの歴史について調べる時に必ず参照するプルタルコスの『英雄伝』によると、彼のひととなりについて次のように書かれています。
「……スパルタクスはトラーケーの遊牧種族の男で、気位が高く、体力が強いばかりでなく、知恵と温厚の点でその偶然生れ落ちたよりも優れ寧ろギリシャ風であった。……」(『プルターク英雄伝(七)』(岩波文庫 1955 P158)
ギリシャ人から見ればトラキア人は当然「蛮族」なわけですが、そのトラキア人の彼にギリシャ人のようだと言っているですから、いかにスパルタクスが優れた人と見られていたかがわかるというものです。
そのトラキア人は、もともと自由を愛する人たちでした。長い間トラキアは自由独立の国だったのです。その自由の国から強制的にローマに連れて来られ、奴隷の身分にさせられてしまったスパルタクスたちが自由を求めて反乱を起したのは当然のことでしょう。彼らにとっては強制されて何かやるというのは屈辱と感じていたらしく、死ですら、自ら選び取って死ぬことを潔しとしていたところがあるようです。
トラキア人がギリシャ人やローマ人に有名だったのは、一つには先に述べた戦士としての勇ましさ、強さでありましたが、もう一つが実はその独特な生死観でした。トラキア人は魂の不死を信じていたらしく、寧ろ死後の世界こそ幸せな永遠の世界と考えていたようです。この世は余りに不幸と苦しみに満ちています。そこで、赤ん坊が生まれたら親戚中でその子を取り囲み、人間が一生で出会う、考えられる限りの不幸を並べ立てて、この子はこれからこれらの苦難に遭わねばならぬと嘆いたのだそうです。逆に、人が死ぬと、これらの苦難から去ることができ、あの世で幸せに暮らすことができると、「嬉々としてして笑い戯れながら土に埋める」のだそうです。(ヘロドトス『前掲書』P116-117参照)
トラキア人の宗教観と言えば、オルフェウス教の教義ということで説明されることも多いです。ギリシャ神話のオルフェウスはご存知のように最愛の妻エウリュディケを失い、彼女を冥界に訪ねて行ったことで知られています。彼は肉体があるからこそこのような別離の苦しみがあると知り、肉体を離れてこそ魂は自由に、神聖なものとなるという魂の不死を説いたとされています。トラキア人にこの教義が伝わっていたからこそ、自ら死ぬことをも潔しとしたわけですし、最愛の人と永遠に共に生きるということでは、夫と妻、どちらが先に死んでも一緒に埋葬するという風習が伝えられ、実際これはトラキア人が遺した墳墓が証明しているようです。ヘロドトスの証言によれば、トラキア人のうちクレストナイオイ族は一夫多妻なのですが、夫が死ぬと、妻たちは誰が一番愛されていたかを競い、最終的に一番愛されていた妻と認められた女は部族民一同から賛美を受けた後、最も近い親族によって喉を切り裂かれて夫と一緒に埋葬されたのだそうです。何とも壮絶ですね(ヘロドトス『前掲書』P117参照)。
こうして、どこまでも自由で、その自由を守るために戦い、そして男女共に永遠を生きたトラキア人という何とも魅力的な、素晴らしい人たち。そのトラキア人が生きた大地で、いだきしんさんはどのような音を奏でるのでしょう。そして高麗恵子さんがその魂を詩で表現した時、何が起るのでしょう。
もう、間もなくです。
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今日、9月15日の夜、ブルガリアのヴェリコ・タルノヴォで、高麗恵子さんといだきしんさんによる「高句麗伝説」のコンサートが行われます。ブルガリアの時間ですので、日本では今晩の零時か1時頃でしょうか。あと数時間ですね。
今回はコンサート・ツアーを見送ったものの、やはり意識しているせいでしょうか。あまりテレビは見ないにも拘らず、たまたまつけると琴欧州がブルガリア・ヨーグルトのCMで出てくるではないですか。折しも日本では大相撲が行われている時期でもあり、琴欧州が出てくるのも不思議はないのですが、この琴欧州関、それこそヴェリコ・タルノヴォの出身でしたね。琴欧州関の深い深いところにもトラキア人の血が、魂が流れているのでしょうか。そんなことに思いを馳せていると、CMの琴欧州関がトラキアの戦士に見えてくるから不思議です。
思いはブルガリアの友人たちへと馳せていきます。あと数時間後、みんなはどんな気持ちでコンサートに向かうのでしょう。そしてコンサートで何が起こるのでしょう。
東京にいながらも胸をときめかせながら過ごしている今日の夕べです。
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September 14, 2006
今日は朝から雨でした。雨の中会社に向かうのは辛いものですが、そんな中で気づいたことを一つ二つ——。
私が利用する駅は、比較的大きなターミナル駅で、急行と各駅停車の乗換え、別の路線への乗換えと、毎朝多くの人で混み合う駅で、当然のことながら、ホームは大きな屋根で覆われています。が、今朝この駅で電車を待っていると雨が降りこんで濡れてしまうのです。通勤時間帯のことですから、誰だってできるだいいい位置に乗りたいと、普通ならホームの前の方、黄色い線ギリギリに立ちたいところなのですが、ホームの中程まで下がってもズブ濡れになってしまうのです。それ以上下がってしまうと今度は反対側のホームに来る電車を待っている人の群に混じってしまいます。周りを見回すと、屋根があるにも拘らず、皆傘を差して電車を待っているのです。
一体どういうことなのでしょう。どうも風は横に吹いていて、きっとこの駅が大きな川に面しているので、そこから風が来ているのか——いや、違う、こういう経験は二度目ですが、一年ほど前までこんなことはなかった。一体、この風はどこから——と、ふと見上げて気づきました。そう、一年ほど前からちょうどこの駅の真ん前に大きなマンションが建ったのです。どうも風はこの高層マンションから来ているようです。所謂ビル下ろし。多摩川に面し、天気のいい日には富士山もよく見えるのんびりしたこの街に、その景観をあまりにも唐突に乱すように建つこの高層マンションの建築が始まった時、何となくいやな感じがしたのです。こんな建物が川の畔に建ってしまったら、その周りに暮らす人たちは、川も、富士山も、そして夏に上がる花火も急に見えなくなってしまうことでしょう。このマンションに住む人はいいでしょうが、こんなことでいいのだろうかと、ずっと疑問に思っていたのです。
誰だって豊かな景観の中で暮らしたいと思います。最近流行っている風水は、そうした自然の景観と自然のエネルギーや健康との関係に基づく科学ですが、古代において、この風水は、いい国の経営を行なうために使われました。風水的にすぐれたエネルギースポットに宮を置き、国全体、すべての国民の幸福のために国の指導者がそこで国の経営=政治を執り行ったのです。が、最近の風水ブームはどうも個人的な、自分だけの幸せのために利用されているようで、私はそれを残念に思うのです。
私が住んでいるところは直接このマンションの影響を受けないと思っていましたが、それでも感じていたいやな感じは何と駅のホームで明らかになったのでした。このホームに傘を差して並んでいる人の中にはあのマンションから来ている人もいるでしょうが、まさか自分が住んでいる家がこのような不便を発生させてしまっているなんて気づいているでしょうか?
そんなことを考えていると電車がやって来ました。乗ると、そこはこれまた最近増えてきた、一部に座席のない車輛でした。この座席のない車輛というのが実はまた曲者なのです。こうした車輛は、少しでも運送効率を上げるために考え出されたのでしょうが、意外と、この座席のない部分は空いているのです。寧ろ、座席のある部分の通路のところに人は多く集中しているようです。
これは、自分自身があの座席のない部分に立ってみるとわかるのです。まず、座席のある通路部分に立つ時というのは、座席に座っている人数を基準に、大体座っている人たちの前に大体一人ずつ立っていて、その人と人とが立っている間に、更に自分が入れるかどうかは割とわかりやすいのです。が、何もないフリーの空間の場合は——。鉄道会社はこのスペースに詰められるだけ人間を詰めたいのでしょうけれども、人は、最初から見ず知らずの他人にぴったりとくっついて立ちたいなんて思いませんよね。やっぱり、ある程度の距離を置いて立つことになるでしょう。ところが、こうしたフリーの空間では、どこにどの向きで、周りの人とどの位の空間を置いて立っていいかわからないのです。従ってそれこそビミョーな隙間が空いてしまい、とてもそのビミョーの隙間に割って入っていく気などおきないのです。こうして、鉄道会社が人を多く乗せたいはずのスペースは、実に無駄な感じで人が立っているというのがここ数回このスペースに出会した私の感想です。
たまたま雨の朝、ウンザリとしながらの通勤だったので、自分自身が狭量になっていたのかもしれませんが、この二つの出来事は何れも、あまり人のことをわかってない人がマンションなり車輛を作っているのではないかと感じさせたのでした。どちらも、勿論よりよいサービスを考えて作ったのでしょうけれど、その結果人間や自然にどのような影響があるのか、読みが浅かったのではないでしょうか。物にしてもサービスにしても、それ単体で考える時代はとうに終っています。どんな仕事に従事しているのであれ、人間を、そして自然をよく理解できているかどうかが重要になってきています。
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September 10, 2006
先日に引き続いてもう少しブルガリアの——バルカン半島の話題を。
ブルガリアは言うまでもなくバルカン半島の国ですが、ここが多くの民族の十字路となり、常に民族紛争や戦争の舞台となったのはご存知のとおりです。第一次世界大戦前は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、2度のバルカン戦争があり、そしてその第一次大戦が始まったのは例のサラエボ事件であったわけですし、私たちに記憶の新しいところでは、わずか数年前に旧ユーゴスラヴィアで激しい戦争がありました。
ことブルガリアに限ってその歴史をざっと眺めてみると、まずここに現れたのはトラキア人、ヘロドトスがその著『歴史』の中でインド人に次いで人口が多いと言った民族です。やがてギリシャ人が現れて最初はトラキア人と交易していたものの、そのうち互いの領土争いへと発展していきます。そしてそのギリシャと統一したのがマケドニアのアレクサンドロス大王ですが、今度はマケドニアの支配下に置かれることになります。こうして、原住民であったトラキア人はマケドニアの傭兵化していったと言われています。ところが今度は、大王の死後弱体化したところへローマ帝国が進出、マケドニアは遂に滅亡して、ブルガリアはローマ帝国の、つまりラテン人の支配下となるわけですね。因みにブルガリアのお隣ルーマニアは、かつてはダキアと呼ばれていたのですが、この時のローマ進出によってラテン人との混血が進み、この地域唯一のラテン系国家となっていき、国の名前も "Romania" =「ローマの国」となったわけですね。
さて、ところがそのローマも東西に分裂、ブルガリアは今度は東ローマ帝国、いわゆるビザンツ帝国の属州となります。そのうち5〜6世紀ごろにスラヴ民族のバルカン半島進出が始まり、今のブルガリア人の直接の先祖であるブルガール人がこの地に入ってくることになります。こう書くと、ブルガール人とはスラヴ民族であるかのようで、実際、今はそうなのですが、元々はカスピ海北方にいたトルコ系の民族なのです。恐らくはモンゴロイドであるフン族の西方進出による、ゴート族の移動、それに連動したスラヴ民族の移動に伴ってブルガール人もこのバルカンの地にやって来たのでしょう。そしてそこでブルガリア帝国を建国、スラヴ人との混血が進んでいったようです。
しかし、このブルガリア帝国はビザンツ帝国と当然のごとく衝突することとなり、帝国は一時滅亡したりする。再建されるも、今度は西方に進出してきたモンゴルとの衝突もある。ビザンツ帝国も一時は弱体化し、やはり再建されたものの、結局はオスマン・トルコに滅ぼされる。そしてこのオスマン・トルコが今度はブルガリアを支配するようになる。そこでオスマン・トルコに対抗するためにバルカン同盟が結成され、第一次バルカン戦争へと……。
まぁ、ざっとこんな感じでしょうか。ざっとと言っても、次から次にいろんな民族の名前が出てきてわけわからないという人もいらっしゃるでしょうが、それでいいのです。いかに多くの民族がここを通過し、定住しては争いを繰り広げたか、その歴史の複雑さをお伝えしたかったのです。
そこで今度は、地図をご覧になって頂ければおわかりになると思いますが、今のブルガリアと国境を接する国は、南がトルコ、ギリシャ、そして西側にスラヴ系のマケドニア、セルビア、北にラテン系のルーマニア、そのセルビアとルーマニアを隔てたところには北西にアジア系(ウラル・アルタイ系)のハンガリーが、マケドニアを挟んだ南西にはこれももともとは非スラヴ系であるアルバニアがあります。これだけひとつの半島に多くの民族や国家が集中しているのです。
歴史的に見ても、そして現在の地図を見ても、これだけ複雑な民族構成になっているのですから、ここで起る紛争はそう簡単に解決するとは思えません。しかし、人間の営みとは不思議なもので、複雑な民族はや文化はただ対立するだけでなく、互いに影響し合い、溶け合っていくというのもまた事実のようです。その例の一つに「バルカン言語同盟」というのがあります。
「バルカン」と来て、「同盟」と来ると、どうにも政治的軍事的な響きを感じてしまうでしょうが、実はこれ、言語学の用語なのです。英語で "Balkan linguistic union"、ドイツ語で "Balkansprachbund" と言います。これまで述べてきましたように多様な民族の集まるバルカン半島ですから、その言語も様々なものが集まっています。ざっと挙げますと、
アルバニア語系
ギリシャ語系
インド・アーリア語系(所謂ジプシーの使うロマニー語)
ロマンス語系(ルーマニア語など)
スラヴ語系(ブルガリア語、マケドニア語、セルボ・クロアチア語)
これらは何れも所謂インド・ヨーロッパ語族に属する点では共通していますが、インド・ヨーロッパ語族と言っても、系統が違うと殆ど似ていないのが実状です。例えば、皆さんにお馴染みの言語で言うと、フランス語もドイツ語もインド・ヨーロッパ語族ですが、この2つの言語を似ていると感じる人はいないでしょう。同じく、上に挙げたバルカン半島の諸語も、語彙などの面から見ると殆ど共通するものはないと言われているのです。
ところが、なのです。これらの言語をよく調べてみると、文法、統語論、語彙、音韻論などの面で似通った特徴があることがわかったのです。その主なものとしては、文法では、未来を表す時に未来形を使わずに、ちょうど英語が "will" を動詞の原形の前につけるように、助動詞や分詞を前置すること、不定詞の使用を避け、仮定法を多用すること、英語の "the" に当る定冠詞を名詞の前でなく後に置くことといったことがあり、語彙論では、当然、ギリシャ語やトルコ語からの借用語と、それから借入翻訳と言って、ギリシャ語やトルコ語の表現をそのまま自国語に取り入れたものが多いこと、音韻論ではあいまい母音の存在などがあります。
こうした共通した特徴が何故生まれたのか? この地域に絶大な影響を与えたギリシャの影響、いや、ビザンチンの影響、いやトルコの影響、といろいろ言われてきましたが、結局のところそれは、この稿の最初に述べましたように、様々な民族の移動と関係があるようです。要するに、どこか特定の文化が別の文化に影響を及ぼしたのではなく、お互いに及ぼし合った、というのが通説になっています。多くの民族はある一時期ある地方に定住したかと思うとまた別の地方へと移動したり、その中で別の民族と一緒に暮らしたりということもあったようです。民族同士の紛争もあったでしょうが、お互いがコミュニケートし合えることも必要だったでしょう。
私はエチオピアで、キリスト教徒とイスラーム教徒がごく普通に同じ場にいるのを見てきました。エチオピアのような厳しい環境では、クリスチャンだイスラームだといがみ合うよりも、互いに力を合わせていかなければ生きていけないからだそうです。また、英語という言語は、ドイツ語やスウェーデン語など、他のどのゲルマン系の言語にも似ていませんが、それは、言葉が違ってしまったゲルマン系の商人たちが、互いに商売をうまく成立させるために工夫した結果生まれたのが英語なのだそうです。英語が他のゲルマン系の言葉に比べてシンプルなのはこうした理由があるようです。こうして、人間は生きる場を広げていくためには、民族や宗教、言語の違いを越えて互いにコミュニケートし合おうとするのです。
紛争の多いバルカン半島の国々ですが、しかしそこには同時に、この「バルカン言語同盟」のような、民族交流の跡もまたあるのです。「バルカン言語同盟」は、人は民族や文化の違いを越えて互いにコミュニケートし合うものだということを私たちに教えてくれているように思います。この人間の本能にこそ人間の未来はあると、私は思うのです。
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September 06, 2006
先日来、「日本沈没」の映画や1974年に放映されたテレビドラマを見たり、或いは小松左京さんの原作を読んだりして、子供の頃の記憶、当時感じていたことなどが思い出されてきました。今日はそのことについて書いてみたいと思います。
小学校も高学年になってきますと、将来何になりたいか、というようなことを先生から聞かれたり、それについて作文させられたりしますよね。古いドラマを見ながら、前に書きましたように、日本人としての自分を意識したのがその頃であることと同時に、将来自分が何になりたいと思っていたのかも思い出したのでした。
私は、とにかく興味のあるものは何にもなりたいと思ってきましたので、自分でも一貫性がないなぁ、と思っていたのでした。小学校の頃は天文学者か考古学者になりたいと思っていましたし、「日本沈没」の頃はSF作家になりたいとも思っていました。その前はやはりドラマの影響で、「太陽にほえろ」や「刑事コロンボ」を見ては刑事か弁護士になりたいとも考えてましたし、学級新聞の発行から学校新聞の編集長になり、将来新聞記者になるんだとも考えてました。何れにしても子供らしい夢の話だったわけですが、どれも親からは困ったような顔で笑われていました。「どれもお金になりそうにないか、夜中でも呼び出されたり、危ない所に行かなきゃいけないような仕事ばかりだねぇ。」子供ながらに、そうか、やはりお金の稼げるようで、安全な仕事でないと現実的ではないのかと、より現実的な将来を考えようとするのですが、どうにもサラリーマンというような選択肢にはあまり気が向かないのでした。
現実にどういう仕事に就くかは、高校生までは一種のモラトリアム期間で特に考える必要もなかったのですが、大学生ともなると、現実的に就職のことを考えなければならなくなります。この時は教師か外交官だったのですが、外交官もまた親から、「あんたは行ったら帰って来れないような仕事ばっかりなりたがるから心配だ。」と言われてしまいました。父方の親戚は教員が多いので、親は寧ろ教師になることを望んでいたようです。
自分からすれば、いろんなものに興味があるので、方向性のようなものがないなぁと思っていたのですが、親は、子供の時から大学生まで、私には一貫してあるものを感じていたようですね。親は子供には「ごく平凡な普通の」人生を送ってほしいと思っていたようですが、その親から見るとこの子は危険でお金にならない仕事にばかり興味を示すように思えたのでしょう。
結局は、親が望んだようにサラリーマンとして社会人生活をスタートすることになったのですが、やがて、今から15年前のことになりますが、いだきしんさんや高麗恵子さんとの出会いによって、世界のことに関わっていくことになりました。世界の平和などと言い出すものですから、親は「またか」とも「まだそんな夢のようなことを言っているのか」とも思い、呆れているようです。が、こうして振り返ってみて気づいたのは、天文学者にしろ、新聞記者や刑事にしろ、或いは教師でも外交官でも、自分の中に一貫して流れているものがあることです。それは、自分は本当のことが知りたい、真実を明らかにし、そしてそれを広く伝えていきたいということです。真実だけは世界に通じる。真実が明らかになればこの世の中はよくなる、世界は平和になるという確信があるのです。真実が実現することが正義であると。
今、こうしてブログを書いていることも、どうもこの路線に則ったもののようです。いろいろなことが自由に行えるようになった今、どのような形であれ、今後も幼い頃からのテーマである、この真実を明らかにし、伝えていくという方向で進んで行きたいと思います。親にはわからないでしょうがね。
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September 04, 2006
ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第27号が発売になりました。今月の私の曲は "And Still Life Goes On(そして人生は続く)" というものです。タイトルは大好きなイランのキアロスタミ監督の「そして人生はつづく」という映画と、7月19日のブログでもご紹介した「ニューヨークタイムズ」誌の「爆弾が降る、ミサイルが来る、それでも生と死は続く」("Bombs Fall, Missiles Strike, and Death and Life Go On")という記事からとられたものです。
先月は、「レクイエム」という曲を発表したのですが、これは直接的にはイスラエルによるレバノン空爆で亡くなった方々の冥福を祈りつつ、平和な日常生活を破壊するあらゆる暴力に抗議して作ったものだったのですが、同時に、生き残った、家を失い、家族を失っても、国を再建し、未来に向かって生きていく人たちのことも表現したかったのです。そこで今月 "And Still Life Goes On" を書いたのです。
このひと月以上の間、私の心はずっとこのことで占められています。このことというのは、ひとつにはレバノン空爆のことですが、もう一つはこの日本の国のことです。私にはレバノンのことは単に遠い世界の出来事と思えず、今の日本で起っていることと密接に関係しているように思うのです。それは、真の意味で生命が大切にされていない、ということです。どこかでも書きましたが、陰惨な殺人事件が毎日のように報道され、しかもその容疑者は、ごく普通の、どこにでもいるような人であるという状況も、そして、自殺者が毎年3万人を越えているという状況も、とてもこの国が平和であるとは言えません。格差社会と言われる一方で、自治体や企業の信じられないような不祥事は、国民を幸福にすることよりは食い物にすることのために存在しているとしか言いようがありません。こんな状況の中で、「日本沈没」や堺屋さんの『油断』のような状況が起ったら、一体何が起るか、私はそれを想像すると戦慄してしまうのです。
そうならないためにも、真に国民の生命と財産とを守る、本当の意味での国づくりをしていく必要があると思います。それは、一部の国の指導者に任せておけるものではなく、私たち国民すべての知恵を総動員しなければ実現できないもののように思うのです。
さて、私には何ができるか、何をしようとするのか、じっくり考え、実行に移していきたいと思います。
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August 31, 2006
その音に身を委ねながら ふと気づいたこと
知らず知らず 鎧を背負うように
身を固くして 何かから守るように生きている
知らず知らず 皮膚も心も
瘡蓋に覆われたように固くしてしまっていて——
何を突っ張っているのか
ただそのまま 自分があるがまま
そこにいればいいのに
ありのままの自分でいるということは
ありのまま自分がある現実を認め 受け入れるということ
こうありたい こう思われたいという思いの強さが
却って自分が自分であることを許さないのだ——
自分が自分である時
ひとはきっと輝く
鎧を脱ぎ 殻を捨てて
自分自身に出会う
やがて——
光と風の渦のようなピアノの音に
全ての思いは溶け 余計な力は抜け
何もない所から歩き始める
* * *
もう昨日のことになりますが、ラジオ「DAICHI-大地-」でも案内してましたいだきしんさんのピアノコンサートが東京・晴海の第一生命ホールで行なわれました。
演奏が素晴らしいのは勿論なのですが、本当にこれが一人の人によって、一つの楽器から生み出されている音かと、あまりの凄い響きに信じられないほど、奇跡を目の当りにする演奏でした。まだ聞かれたことのない方、是非お薦めです。次は同じ会場で、10月3日(火)の予定です。
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August 17, 2006
ネットラジオでも何度か案内させて戴きました8月11日(金)に東京・狛江市のエコルマ・ホールで行なわれたいだきしんさんと高麗恵子さんによる「高句麗伝説」は、本当に素晴らしいコンサートでした。ラジオでは、簡単にその感想を述べさせて戴きましたが、もう少し詳しく、遅ればせながらですが、このブログでお伝えさせて戴くことにします。
会場となったエコルマ・ホールでは、これまでもいだきしんさんや高麗恵子さん関係の催しが行なわれており、私も何度か行ったことがあるのですが、この日はホールの空気が全く違っていました。これまで私がいだきさんの海外のコンサートで経験したのと同じような空気、外国の会場にいるような空気だったのです。このコンサートはもともとヨルダンのジェラシュ遺跡で行なわれるはずだったからかもしれません。東京で行なわれているとはいえ、中東の平和を祈ってのコンサートですから、場は既にヨルダンの空間が現出していたのかもしれません。それから、満席とは聞いていましたが、会場を埋め尽くす観客のみなさんからは楽しい感じが伝わってくるのです。出演者が登場する前からこの空気ですから、一体、どんなイベントになるのだろうと、わくわくしながら開演を待ちました。
そして! 詩を朗読する高麗恵子さんが演奏のいだきしんさんと共に現れたそのお姿に、殆ど泣き出しそうな位に感激しました。お二人がステージに上がり、そこで始まったのは、文字通り光溢れる世界。高麗さんの言葉は力強く私の胸に響き、いだきさんの、やはり力強く明るい響きの音楽に体も心も癒され、先へ先へと動いて行かざるを得ない元気を与え続けるのです。そのエネルギーとスピード感に魅せられているうちに、あっという間に1時間半のステージは終ったのでした。このスピード感は、やはりフェニキアなりレバノンのものでしょう。このコンサートを演出したのはガジ教授というレバノンの方で、この日は勿論、まだ空爆を受けるレバノンにいらしたのですが、その方の魂が、精神がその場にあって実際に演出していたのだということを感じました。
この光とエネルギーに満ちたイベントで私が感じたこと、それは、この方向でこそ、平和は間違いなく実現するということです。この方向というのは、悪とは戦わない、闇を見ない、ただただ光溢れる、生命生きる方向で生きるということです。生きていれば、悪いことは何度も起るでしょう。そして悪いことが起れば、心を暗くしてしまいがちになるのは誰しも同じでしょう。が、本当に悪いことが起るのは、そのように心に闇を抱くところから始まるもののようです。高麗さんが朗読する詩に、どんな時も日は昇り、風が吹き、花は咲き……といったものがあります。また、悪魔は人の心には入り込めるが、空間には入り込めない、というようなものもあります。どんなことがあっても、今現にここに生きているということ、そして自然が、天が、優しく自分と共にある幸せを感じるということが大事なのだと私は理解しました。
私たちは、そのような幸せな経験を、いだきしんさんのコンサート・イベントでするのです。その経験が、自ら先を創って生きていく力を養うのです。より多くの人が、より多くの国でこのような経験をしていけば、世界が平和になっていくのは間違いありません。高麗さんが表現したように邪悪なものは、幸せな人の心の中にも、空間にも入っていけないのですから。
中止となったヨルダンコンサートと、そして現在準備中のブルガリアコンサートのスタッフは先にご紹介したガジ教授を含め、その多くがレバノンの人たちです。何度も何度も戦渦に巻き込まれ、戦争の現実を知るこのレバノンの人たちが、何よりも現実的に平和を実現できるものとして認めたのが「高句麗伝説」コンサートなのです。だからこそ、今回戦闘が始まった時に、今一番やらなければならないのはこのイベントの実現だと、命を賭けてこのイベントの開催に臨んでおられるのだそうです。この事実を、私たち日本人は、本当に真剣に考える必要があると思います。
そうなのです。昨晩、世界のために私たち一人一人に何が出来るか、という疑問を投げかけたまま終ってしまいましたが、その答がこれなのです。いだきしんさんのコンサート・イベントで、光溢れる幸せな感じを経験すること、真に生命輝く自分に出会うこと、そこから新しい自分自身の人生も、新しい世界も始まるのです。
次のコンサートは、8月30日(水)晴海の第一生命ホールで行なわれます。まだ経験されたことのない方、是非お薦めです。詳しくは株式会社いだきのホームページをご覧下さい。
それでは、今日はこの辺で。
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August 16, 2006
ここのところ、私はこの国の安全保障ということについて考えさせられる日々が続いています。まず最初は北朝鮮のミサイル実験でした。そしてイスラエルによるレバノン全土への攻撃。映画「日本沈没」を見、その原作と堺屋さんの『油断!』を読み直しているところへ東京の大停電、小泉首相の靖国参拝、そして今度は漁船の乗組員が隣国の警備艇に銃撃を受け死亡するという事故……。
「安全保障」という言葉を使うとすぐに軍事のことばかりが頭に浮かんでしまいますが、そうではありません。安全保障とはつまり、国民の生命と生活を守るということです。従って、我が国のように食べる物の輸入比率が高い国に於いては、食糧の確保も安全保障の範疇に入ります。実際、国際政治経済の分野には「食糧安全保障」という言葉もあるくらいです。江戸時代、300年間も鎖国を続けていられたのは、その食糧の自給率が100%に近かったからです。貿易立国となった現在の日本ではこのような国の経営はできません。米の自給率はさすがに高いのですが、堺屋さんが『油断!』で書いたように、もし石油が断たれてしまったら、現在の農業は殆ど機械化されておりますし、食糧を保管するための倉庫なども電気で動いていますから、農業自体が成り立たないという状況にあることも忘れてはなりません。もしそのような事態になったら、私たちは一転、WFP(世界食糧計画=国連の機関)などの食糧支援を受ける側に回ってしまうことになります。が、一体、数年前、1,000万人が被害を受けたエチオピアの大飢饉の時に有効な手を打てなかった国際社会が、その10倍以上の人口の、経済大国と言われた日本を救うことができるでしょうか?
そして、生命の安全ということでは、今日の漁船の銃撃事件もそうですし、それより何より、自分の住んでる町を普通に歩いていて、隣国の工作員に拉致されてしまうというのは、わが国は全く安心して暮らせない国、危険な国だと言わざるを得ません。しかも、こんなに大きな問題を、数年前に騒がれるようになるまで、20年以上も、国もメディアも置き去りにしていたのですから信じられません。
私は、ネットラジオでも、今回の中東情勢に関連したいだきしんさんの一連の平和コンサートについて案内してきました。が、中東とか平和とか言うと、自分はそういうのは関係ないから、という人がいたことに驚くとともに、残念に思わざるを得ません。平和とか愛とか、そういう言葉を使うのが宗教団体であったり政治団体であったりするので嫌気がさしているのかもしれません。しかし、そういうものを抜きにして考えた時に、やはり平和や愛が今ほど求められている時もないということにも気づくはずです。私は、2人の拉致された兵士のためにという理由でレバノン全土の罪もない人々を巻き込んだイスラエルのやり方には断固として抗議するものですが、このような、人の生命を何とも思わない状況というのは実は中東のことだけではなくて、わが国もそうなのではないかと思うのです。国の体質がそのようになっていればこそ、凄惨な幼女誘拐や殺人、人の生命よりも経済的な利益を優先した企業や官庁の不祥事が繰り返されるように思うのです。我が国は決して平和な国ではない——。
平和とは、戦争がない、ということではないでしょう。全ての国民が、健康で幸せで豊かな人生を送ることができる国、それこそが真に平和な国であろうと思います。ごく一部であれ、犠牲を強いるような国は平和な国とは言えないのです。
更に、日本のような貿易立国が平和であるためには、世界中の平和が確保されている必要があるでしょう。中東の情勢が更に悪化し、長引くようなことになれば、堺屋さんが書いたような事態はいずれ起るでしょう。昨日も書きましたが、私たちの日常の生活もビジネスも、全て世界の平和を基礎として成り立っていることを忘れてはならないのです。
そして、この平和を実現するのは、国の指導者だけの仕事ではないのです。昨日、戦争の責任を当時の国の指導者を戦犯とすることで、私たちは安心してしまったんではないかというような話を書きました。国の指導者には確かに責任がある、そしてその人たちは自らの命でもってその責に報いた。しかし、私たちは、国民としてその戦争の責任をとったのでしょうか? 国民の多くは戦争故に家族を奪われ、自分たちは被害者だと感じているでしょう。悪かったのはあの人たちだ、と。自分たちは悪いことは何もしていないのだ、と。そして、この自分たちは悪くないと思っている人たちがこの国を受け継いだのです。私は、中国や韓国など近隣諸国の苛立ちはここにあるのかもしれないと思うのです。自分たちは悪いことは何もしていない、裁かれるべき人は裁かれ、国としての責任はとった——このような国はきっとまた同じ過ちを繰り返すに違いない、と。
私たちがあの戦争に対して近隣諸国に対してどのように責任をとればいいのか、それは今の私にはまだわかりません。が、国民の生命と生活と財産を守る平和な国を創ること、そして世界の国々もまたそのような平和な国となるよう支援していくこと、一言で言えば、真に世界の平和に貢献できる国となることこそ世界の国々に希望を与えるだろうと思います。そのような国にするために、私たち一人一人には一体何ができるのか——。
そのことはまた稿を改めて書いていくことにします。
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August 15, 2006
また8月15日がやって来ました。実はこの日は私の父の誕生日なのです。折しもお盆であり、夏の高校野球が行なわれている時であり、父の実家である本家に親戚一同集まり、父の兄弟がビールを飲みながら高校野球を観戦していると、正午のサイレンと共に戦没者への黙祷がアナウンスされます。皆、そうか、今日は15日か、と感慨深そうな表情になります。と、必ず誰かが、今日はもう一つ何かあったよな、何だっけ、何かの記念日だよな、思い出せないなー、とおどけるのです。皆、父の誕生日と知っていてとぼけ、からかうのです。今年は私も実家に帰らず相変わらず東京で仕事をしていましたが、きっと今年も同じような光景が本家では繰り返されたのでしょうか。
今日の終戦記念日は、とうとう小泉首相が公約通り、靖国神社に参拝しました。これが国際世論を刺激することは間違いなかったのですが、今回の中国の反応を見ていますと、抗議はしてもよいが日の丸を焼いてはいけないなど、日中関係にかなり配慮した形の反応となっています。最早小泉さんはあと一月で終る人であり、もう既に次の政権に賭けているということなのでしょう。この問題に関してヒステリックとも言える反応を示してきた中国にしては、大人の反応だと感じました。
小泉首相は、戦没者を慰霊すると共に、二度と戦争してはならないという決意を表明するという立場を表明し続けてきました。が、中国のメディアの報道の仕方を見ると、必ずと言っていいほど、「A級戦犯を祀る靖国神社参拝」という表現になっていることです。私は、ここに、小泉首相と中国との間に大きな見解の相違があることを感じます。私たちとて、ドイツの大統領なり首相が終戦の日にヒトラーに参拝に行ったら、あまりいい気持ちはしないかもしれません。どうも中国ではそのように捉えられているように思います。ならば、この問題を徹底的に話し合い、それぞれの立場を明確にし、誤解があればそれを解いていくことが必要であろうかと思います。
問題がA級戦犯が合祀されているということにあるのであれば、昨今議論されているように分祀ということも視野に入れる必要はあるでしょう。戦没者の遺族の中にも、A級戦犯と一緒に葬られていることに違和感や不快感を感じている方々もいらっしゃるでしょう。
しかし、同時に、私は思うのです。戦争の当事国の指導者は、当然国民にも外国にもよろしからぬ影響を与えたことでその責任はとらなければならないでしょう。が、戦争の当事者である戦勝国が敗戦国を裁き、その敗戦国の指導者個人に戦争の責任を負わせるというのは、果たして正義なのかどうか、かなり疑問があると言わなければなりません。東京裁判でも日本の指導者が問われたのは大量虐殺のための共同謀議ということですが、大量虐殺ということであれば、広島や長崎の原爆は問われないのか? 実際、アメリカ人でありながら日本を弁護したブレイクニー弁護人はこのことを動議しています。南京大虐殺を行なった国の指導者が裁かれるのであれば、原爆を落とした国の指導者(つまりアメリカ大統領)も裁かれるべきではないか? この動議に対し、オーストラリア出身のウエッブ裁判長はその件は後で別途論議するとし、その「後で」は結局訪れないままに結審したのでした。
私たち日本人はこれにうまく嵌ったと言うべきかもしれません。日本人は自分が不都合を被るような事態が生じた場合、それを誰か特定の個人のせいにしたがる傾向があります。具体的な個人がその事態の原因となれば、その人を恨み、スケープゴートとすることで溜飲を下げることができるからです。しかし、実際は、多くの国民が不都合を被るような事態というのは、もっと奧深く、社会のしくみに根ざしているのでしょう。前にも書きましたが、先の耐震偽装事件の時に、姉歯元建築士やいろんな会社の方々の名前が出てきて、誰が悪いんだ、という空気になりましたが、本当は日米構造協議の中での建築の自由化の流れの中で起きた事件なのかもしれません。こういう状況の中では個人を罰したところで、問題の根本は解決されず、第二、第三の同じような事件は起るでしょう。
戦争も同じではないだろうかと思います。戦争の当事者が裁判を行なうのもおかしければ、戦勝国に責任がないというのもおかしい。そして、戦勝国であれ、敗戦国であれ、個人を犯罪人とするのもまたおかしい。また、戦争が犯罪なのであるならば——実際には外交の最終手段であるはずなのだが——裁かれていない戦争が多すぎる。全てに一貫性がなさすぎるのです。
一体、何を書いているのかさっぱりわからないという方もいらっしゃるでしょう。が、私がここで書きたいのは、61年前に終ったあの戦争ひとつとって見ても、様々な事実、様々な立場と様々な見方があり、これがいいとかあれが悪いとか、単純には決められないだろうということです。多くの事実を知り、多くの議論を重ねていく中で、この国を真に平和に貢献できる国にするには、私たち一人一人が何をすべきか、何ができるのかを考えることが必要であろうと思うのです。
ご参考までに、私が学校で教わらなかった事実を教えてくれたものをいくつか挙げておきます。
●小林正樹・監督「東京裁判」(キングレコード 2004)
東京裁判法廷の実写フィルムを資料映像と共に4時間にまとめたドキュメンタリー映画。実際の裁判での生の光景は事実が持つ迫力に満ちている。
●清瀬一郎・著『秘録 東京裁判』(中公文庫 2002)
その東京裁判で日本側の、そして東條英機氏の弁護人を務めた清瀬弁護人の回顧録。掲載されている東條氏の日本の若い世代への遺言状は感動的。
●寺崎英成・著『昭和天皇独白録』(文春文庫 1995)
昨今は富田メモとやらがやたらと話題になっており、この本もまた注意して読むべきではあろう。が、素直に読むならば、ここから伝わってくるのは、常に国民の生命と生活を考えていた人間としての天皇像であろうか。
* * *
今日はまた、この8月にずっと行なわれているいだきしんさんのピアノ・インプロヴィゼーション・コンサートが東京ウィメンズプラザというところで行なわれました。この一連のコンサートのテーマは「祈り」。いだきさんのピアノは或いは激しく前に進んでいくようであり、或いは祈りそのもののような静かな響きでした。
平和は、私たちの家庭生活にとっても、ビジネスにとっても、必要最低限の条件なのです。平和なくして、個人の幸せも、ビジネスの成功もあり得ません。平和な社会を実現するということ、それは、誰か偉い国の指導者に任せておいていいものではなく、私たち一人一人が考え、実践していかなければならないことなのだと思います。
それぞれ、立場は異なるでしょうが、今日、8月15日の終戦記念日は、戦争とは何か、平和とは何かを真剣に考えるいい機会だろうと思います。
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August 14, 2006
久し振りのブログです。このところ、あまりに忙し過ぎて、ネットラジオ(ポッドキャスティング)の更新だけは何とかして、あとはサボっていたのでした。
で、本当なら映画「日本沈没」の話の続きを書かなければならないところなんですが、この映画を観た後、ふと思い出して堺屋太一さんの『油断!』を読み直したところで、今朝東京ではかなり大規模な停電があったので、このことについて触れておきたいと思います。
今朝の停電は、本当に驚くべきものでした。朝の7時半に起きた停電の範囲は、千代田区、江東区、大田区、新宿区、渋谷区、世田谷区など、政治経済的な意味でも、人の生活の場という意味でも、人口が密集している地域を巻き込み、都内を通る多くの電車が停まってしまうという大規模なものとなりました。ちょうど出勤時間帯で、最初に自分の使う電車が停まっていると知った時には、ああ、それならあの路線で迂回して、と思ったところ、ニュースを見ていると、それもできないくらいに多くの路線が運転見合わせの状態になっていて、しかも私の勤務地はその停電が起っているという江東区でしたので、これは今日は会社には行けないかもしれないと思いました。電気が停まってしまえば、ビルの自動ドアも開きませんし、仮にオフィスまで辿り着けても、IDカードで認証されないとオフィスのドアは開かないのです——しかし、残念ながら(?)、私が駅に着いた時には無事に運転が再開され、会社のビルは見事予備電源で動いていたのでした。
いや、冗談ではありません。電気が停まる、ということは、電気が停まるということにとどまらないからです。実は以前、電気料金を滞納してわかったのですが、勿論、私の様に音楽をやっていて、こうしてパソコンでブログを書いている人間は電気への依存度が多いので、電気が停まってしまうと困るのですが、それに加えて、実はガスも、その点火に電気を使っており、電気が停まると風呂に入ることもできないということがわかったのです。更に、大きなマンションになると、屋上などにとりつけてある給水タンクに水を汲み上げるポンプも電気で動いていますから、電気が停まると水も停まってしまうという事態になります。つまり、電気が停まってしまうと、ガスや水といったライフラインも同時に停まってしまう、それ程に現代の都市生活は電気に依存しているのです。
この文章の冒頭で触れた堺屋さんの『油断!』は、今から約30年位前、ちょうど「日本沈没」がブームになったのと同じ頃に書かれた、中東で戦争が勃発し、ホルムズ海峡が封鎖され、日本に石油が入って来なくなる、という想定の、一種のSF小説ですが、この本の中でも石油がなくなると電気がなくなるだけでなく、ガスもその生産に石油が使われており、国民生活が大混乱する様子が描かれています。私が読んだのは、昨年末に日経ビジネス文庫から再版されたもので、その中で堺屋さんは、今は石油の備蓄が進んでいるからここに描かれたような事態は起きないと書かれていますが、しかし私は、ここで堺屋さんが描いた状況自体は、今の日本も何も変わっていないと感じていたのでした。そこへ起ったのが今回の停電だったのです。
今回の停電の原因は、一隻のクレーン船が誤って送電線を損傷してしまったためだとか。そんな程度で首都圏全体がこれまで混乱してしまうというのは、本当に、この国の危機管理はどうなっているのかと思います。こうした事情に詳しければ、テロリストなどが東京で破壊活動を行なうことで日本全体を混乱に陥れるのは簡単なことではないですか。世界でテロが起きると、すぐに駅のゴミ箱が撤去されるなどの対策はとられるのですが、もっと本質的な危機管理がこの国には必要だろうと思います。既に、9・11の時に、東京もターゲットに入っていたことは明らかになっていますし、その後日本はアメリカを支援し、イラクに軍隊を送っていたわけです。更に北朝鮮がミサイルを日本に向けて発射する可能性も現実的なものとなっています。いつ、どこの国のどういう集団から狙われてもおかしくはないのがこの東京という人と政治と経済とが密集した都市なのです。
阪神・淡路大震災、オウム事件、9・11、そして今述べた北朝鮮のミサイル実験など、象徴的な事件を何度も経験していながら、本当にこの国は無防備だと感じます。これはひとりクレーン船の会社や電力会社だけが責めを負うべき問題ではありません。政府には、こうした会社を注意するだけでなく、自ら陣頭に立って、私たちの生活の安全を確保するよう努力してほしいものと思います。
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July 30, 2006
映画「日本沈没」見て来ました。ずっと気になっていた映画なのです。というのも、そもそも「日本沈没」は、今から30年以上前に小松左京さんの原作が出版され、映画化されて、空前の日本沈没ブームとなったわけですが、当時小学生でSF好きだった私もこの「日本がなくなる」というショッキングなテーマに心を奪われ、映画は親に連れて行ってもらえなかっったものの、テレビ・ドラマ化されたものは見ていましたし、「日本沈没は空想ではない、科学的事実に基づいている」という雑誌の記事など、これに関連する情報を集めまくったのを覚えてます。そして、これはもう中学生になっていたかもしれませんが、とうとう小遣いを貯めて原作も買って読んだのです。
上下2巻の大部な原作は、私がそれまで読んでいたSFとは全く違うタイプのもので、例えば、テレビドラマのシリーズでは、毎回のように災害の特撮シーンがあって、それがおもしろかったところもあるのですが、原作では——そして後に見た映画もそうでしたが——実際に沈み始めるまでの前置きが長いのです。特に政治や経済の話が多くて、まだ子供だった私にはそれが退屈だったりしました。それでも、結局、この本を読んだことで、自分が日本人であること、そして、日本人とは一体何なのかを考えるようになったことを、今回のリメイク版が公開されるに当たって気づいたのでした。
原作のあとがきでも小松左京さんご自身が書いていますが、当時、オイルショックなどはあったものの、日本はまだ全体として見れば高度経済成長を続けており、どんどん世界に進出していった時代でした。俺たち日本人ってスゴい、という空気があったのは事実でしょう。が、本当にそうなのか? 海外に出て行ったところで、それも結局は、負けても帰って来れる母親の懐のような日本列島があるからではないのか? もし日本列島がなくなってしまったら、日本人は生きていけるのか? 海外の国々は日本人を受け入れてくれるのか? 受け入れてくれたとして、日本列島のないところで、日本人は日本人であり続けることができるのか? そもそも、日本とは、日本人とは、一体何なのか? それを問いたかったのだそうです。そういう意味では、この本は私が感じたように、単なるSFではなくて、立派な日本論の本だったのです。そして、ただ特撮シーンに喜んでいた子供だった私も、この本を読みながら、大人の世界を垣間みたような、大人になったような気がしたのでした。(そう言えば、あのオイルショックの時のトイレットペーパー騒ぎも、自分たちの毎日の生活が他の国の事情の上に成り立っているのだという不安定さを子供ながら漠然とした不安を持って気づかされたのでした。)
あれから30年以上の歳月が流れて、日本はバブル崩壊を経験し、成長神話は終わり、これまでの価値観が通用しなくなり、格差社会とまで言われるようになり、あの原作が書かれた時とは日本が置かれている状況は大きく変わりました。そこで、何故今、日本沈没なのか、そして、今映画化されるとしたら、一体あの原作がどのような視点でリメイクされるのか、そこにとても関心があったのです。何しろ、この間私たちは阪神・淡路大震災という、日本沈没のドラマそのもののような大事件を実際に経験してしまっているのですから。そして、折しも、この映画の公開に合わせるかのようなタイミングで北朝鮮によるミサイル実験が行われたのですから。
今、私たちが何気なく送っている「日常の生活」なるものはいつ失われるかわからない。本当はそういうところで生きているはずなのです。でも、私たちは嫌なことには目を向けたくない。きっと何も起こらない、きっと明日も今日と同じように日が昇り、会社に行ったり学校に行ったりする、そんな風に思いたいのです。しかし、北朝鮮のミサイルや、突然始まってしまったイスラエルのレバノンへの攻撃など、いかに危うい所で私たちが生きているかを思い知らされる事件が実際に起こっているのです。
日本沈没というテーマは、そういう私たちの「平和ボケ」に警鐘を鳴らしてくれるものだろうと思うのです。そんなわけで、とうとう見に行ってきたのですが——長くなってしまいましたので、この続きはまた明日。
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July 19, 2006
前のブログではイスラエルに対してかなり厳しいことを書きましたけれども、勿論、イスラエルの人にはイスラエルの人の言い分もあるでしょう。昨日のBBCの番組ではヒズボラからのミサイル攻撃を受けたハイファの町でBBCの記者が一般市民にインタビューする映像が出ていました。私はそのうち2人のインタビューが興味深いと思いました。一人は年配のアラブ人の男性で、娘だか何だか、ともかく身内がレバノンに住んでいるという人、もう一人は若い男性で、政治的には寧ろ左寄りだというのですが、二人とも、最終的には、国のやっていることは正しいと思う、と答えるのです。二人とも顔がはっきりと出ているし、世界に放送されるテレビだからそう答えざるを得ないのでしょうか。それとも、本当にそう信じているのでしょうか。或いは、このBBCの記者もハイファにいて、ヒズボラの攻撃の危機を感じながらーーそう言えば、この記者、防弾チョッキのようなものを着ていましたねーーの取材なので、どうしてもイスラエル寄りの報道になってしまうのでしょうか。
ジャーナリズムというものは、いつもその危険ーー報道する人がいる場所の影響を大きく受けてしまうという危険と隣り合わせです。必ずしも公平な情報を私たちに与えてくれるとは限らないのです。特にテレビなどの場合は映像を写している側の見方や感情を私たちはそのまま受けてしまうのです。そんな例の一つが、このハイファが攻撃された翌日の「ニューヨークタイムズ」と「ワシントンポスト」の記事でした。
「ワシントンポスト」の記事は「ハイファ、包囲攻撃に禁欲的に耐える」("Siege Is Met With Stoicism in Haifa")と題して、次のように始まります。
「穏やかな夏の日の午後、モリア通りにある「カニバール」のテーブルは輸入ビールを飲み、音楽を聴き、議論したり笑ったりするイスラエルの人たちで一杯になる。
「16日の日曜日、ヒズボラのミサイルがこの町を攻撃し、少なくとも8人の鉄道関係者が死亡、20人以上の負傷者を出して数時間後、今ここで聞こえてくるのは、このバーに置いてあるプラズマテレビでニュースのアナウンサーが、今にもロケットが飛んでくるかもしれないと、テルアビブからレバノンとの国境の間に住む人たちに警告しているガアガアという音だけだ……。」
もう、この出だしだけで、平和な日曜日の午後が破られ、市民の多くが急ぎ家に引き蘢ってしまった状況が伝わってくるというものです。これを読んでいると思わずハイファの、イスラエルの人たちに同情したくなってしまうというものです。
一方、同じ日の「ニューヨークタイムズ」誌は「爆弾が降る、ミサイルが来る、それでも生と死は続く」("Bombs Fall, Missiles Strike, and Death and Life Go On")という記事で、こちらはベイルートの状況を描いています。
「レバノンの内戦から15年になるこの日曜日、この国はまた新たな、そして残酷な紛争の5日目の朝を迎えた。
「一晩中、首都の南部にあるハレト・フレイクの町に爆弾が降り注いだーービルを叩き壊し、もう殆ど無人となってしまったヒズボラの本部がある一帯をさながら大空襲の時代が戻ってきたかのような光景にしながらーー。いくつもの戦闘機がベイルートの上空高い所を旋回しているかと思うと、また現れた別の一機が空港を爆撃した。黒い煙が燃料タンクから空の高い所まで立ち上っている。レバノン南部では艦砲射撃によって十数人が死亡。
「南部の村とベイルート郊外に住む人たちは自分たちの家を捨てて行った。避難民のために国営の臨時学校が設置された。ベイルート中心部では、何十世帯もの家族がサナイェ公園で避難生活を送っていた。ここはこの埃っぽい都市の中で、フェンスに囲まれた狭いところにわずかな緑のあるところだ……。」
これを読むと、やっぱりイスラエル人ひどい、とレバノン人に同情してしまいます。イスラエルであれ、レバノンであれ、結局被害を被るのはこうした一般の市民なのです。
ところで私が目を留めたのはこの次の文章です。
「レバノンの暗黒時代、国民の心をその音楽で支えたレバノンの歌姫フェイルーズが復活した。テレビで彼女のビデオクリップが放送されたのだ。そして、あの懐かしい歌も帰って来た。「ラジ・イタンマル・ルブナン」ーー「レバノンは再建される」
ああ、フェイルーズ! 懐かしい! フェイルーズは名実ともにレバノンだけでなくアラブ歌謡界を代表する歌手なのです。私もかつてよく聴きました。この記事で紹介されている歌は知りませんが、私が持っている1987年発表の「愛しきベイルート(Maarifti Feek)」には、タイトル曲「愛しきベイルート(Li Beirut)」や「祖国よいつまでも(Rah Nibka Sawa)」という曲が収められています。
私もアラビア語は詳しくはないのですが、私がこのCDを買った当時の、日本盤(オルターポップ)に付いている対訳(井上裕規氏)によると、大体こんな意味の歌のようです。
「祖国よいつまでも(Rah Nibka Sawa)」
この土地が創られるまえから 私たちは一緒だった
空の雲が朽ち果てるまで 私たちは一緒
太陽が消え失せるまで 祖国よお前を愛する
おおレバノンよいつまでも この世の終わりまで
「愛しきベイルート(Li Beirut)」
ベイルートよ 心から平和がお前の上にあらんことを
古い町並や港 そこに住む人々、そして彼らの心
それらは火と硝煙に消えていった
ベイルートに平和が戻らんことを
ベイルートよ私の許へ戻っておくれ
実は、「愛しきベイルート」はあの有名な「アランフエス」のメロディに乗って歌われるのです。ゆっくりと、切々と歌うフェイルーズの声、今、この状況の中で再び聴いてみて、殆ど泣きそうになってしまいました。彼女の歌に、彼女の郷土への愛と平和への強い祈りを感じるのです。20年前、戦火にあったレバノンの人々の苦しい日々を支えた彼女の歌が、今また彼らの心の支えになっているのですね。
彼女の祈りそのままに、一刻も早くベイルートに平和が戻らんことを!
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July 10, 2006
「ユダの福音書」の話の続きです。
この書の中でユダは、自分が他の12人の弟子に迫害され、虐げられる夢を見たと不安に駆られてイエスに相談するのですが、この時イエスは笑ってこう言うのです。「十三番目の精霊であるお前が、なぜそんなに躍起になるのか。だが、話してみなさい。私はお前の話を信じるでしょう。」と。ここで、イエスはユダのことを「十三番目の精霊」と呼んでいるわけですが、注釈によるとこの「精霊」の元の言葉はコプト語の "daimon" であり、これがギリシャ語の同じ "daimon(ダイモーン)" から来ていることは明らかです。ギリシャ語の "daimon" は英語に取り入れられ、"daemon" や "demon" (つまり「デーモン」)となり、「悪魔」を意味するようになりましたが、元のギリシャ語の意味は「神性を有するもの」という意味です。従って、従来のキリスト教的価値観で考えると、"13th daemon" とは「13番目の悪魔」という不吉なものとして捉えられてしまいますが、「ユダの福音書」の価値観から、そしてギリシャ語本来の意味で捉え直してみると、「(古い世界を越えた)13番目の聖霊」という、実におめでたい意味になるのです。
そうとわかると、私が前から疑問に思っていた「ヨハネによる福音書」の謎も解けるというものです。前に、この福音書は実に論理的で、一番納得できると書きましたが、それでも納得できなかったのが、このユダの裏切りを告知する場面です。
「イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。『はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。』弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛していた者が食事の席に着いていた。シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、『主よ、それはだれのことですか』と言うと、イエスは、『わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ』と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、『しようとしていることを、今すぐ、しなさい』と彼に言われた。座に着いていた者はだれも、なぜユダにこう言われたか分らなかった。ある者は、ユダが金入れを預かっていたので、『祭りに必要な物を買いなさい』とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思っていた。ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。」(ヨハネ13・21-30)
「パン切れを渡した人が裏切り者だ」と言ったばかりなのですから、なぜイエスがユダに「今すぐしなさい」と言ったのかがわからないとは、本当にこの弟子たちは頭が悪いとしか言いようがなく、呆れてしまうのですが、それはさておき、私が納得いかなかったのは、この話の流れです。
1) イエスが裏切り者について予言する。
2) イエスがパン切れをユダに渡す。
3) サタンがユダに入る
4) イエスがユダに「しようとしてることをしなさい」と言う。
5) ユダが出ていく。
もしユダが裏切り者と決まっているなら、サタンがユダに入るのは、イエスが予言する前でなくてはならないのではないでしょうか。イエスがパン切れを渡したタイミングでサタンがユダに入るのであれば、それはあたかも、イエスが裏切り者を決めているようではないですか。ここのところは伝統的なキリスト教の解釈では、結局、イエスは父なる神が定めた死に向かっているのであり、それは悪魔によって、悪魔に屈して死ぬのではない、あくまでも主導権はイエスや神の側にあるということを象徴しているのだ、ということになっています。
しかし、だとしたら尚のこと、悪魔はイエスに従ってイエスの死を手伝っていることになるではないですか。ここはギリシャ語原典も「サタン」という言葉を使っていますが、本当は「ダイモーン」だったんじゃないでしょうか。「ユダの福音書」のラストで、ユダはイエスによって精霊に満たされ、変容します。その事実の名残がこの「ヨハネ」の記述なのではないかと思うのです。それに、パン切れを浸して渡すというのは旧約聖書の「ルツ記」にも出てくるのですが、どうも人を祝福する仕草のようです。イエスは自分をこの世界から解放するという大事をユダに託した。そして、最後の晩餐の席でユダを祝福し、ユダは精霊に満たされ、イエスの指示でその場を去り、打ち合わせ通り官憲にイエスを引き渡した——そうだとすると、「ヨハネ」のこの記述は実に納得の行く、一貫性のあるものになるのです。
しかし、ユダは恐らく何らかの理由でこの世を去り、裏切り者の汚名を着せられてしまったのです。その時、ユダが精霊に満たされたのでは都合が悪くなった。そこで、いや、ここの「霊」というのは「聖霊」ではなく、「悪霊」、つまり悪魔なのだという解釈が生じたのではないでしょうか。こうしてもともとのギリシャ語では「神」を意味していた "daimon" が多くのヨーロッパ語で「悪魔」となってしまったのではないでしょうか。こうして元の言葉まで遡っていくと、実は聖書の見え方がまるで変わってきてしまうのですね。
因みに、話は変わりますが、"daemon" という英語をよく見るのはインターネットの世界で、ですね。"MAILER-DAEMON" という発信者からメールを受け取ったことがある人は多いでしょう。パッと見には「悪魔からのメール?」と驚いてしまいます。実はこの "DAEMON"、コンピュータをいじってると時々出会うのですが、これは動いていると目には見えないけれども、常にコンピュータに常駐していて、メールやプリンタなどの便宜を図るプログラムで、"Disk And Execution MONitor" の頭文字なんだそうです。目に見えないところで働いているのでこんな名前がついたんですかね。
そう言えば、ウィンドウズなどでは作業を簡単にしてくれるプログラムを「ウィザード("Wizard"=「魔術師」)」と言ったり、何やら「悪魔」とか「魔術師」とか、およそキリスト教とは相容れない邪教的なものが働いているのがコンピュータ、ITの世界のようですね。こうしたものは、キリスト教以前の人間が持っていたエネルギーや力を代表するものなんですが、果たして、コンピュータやITはそれを取り戻してくれるんでしょうか? 確かに、そのおかげで時間や空間を越えられるようにはなりましたが……。
それでは、また。
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穏やかで
それでいて 力強く
光に溢れ
愛に溢れ
私たちを幸せで満たす
豊かな世界
天
天をあらわすこと
それこそが
永遠の
愛と平和への道
* * *
今日はいだきしんさんのイベントに行って参りました。「フェニキア編」、「高句麗伝説」、「ヨルダン・ブルガリア編」の3部構成、午後3時から8時半まで、たっぷり時間と空間を越えた旅をして参りました。
「ヨルダン・ブルガリア編」は、今年の8月と9月にコンサートが行なわれる国の映像で、初めて見るものばかりでしたが、何度も見てるはずの「フェニキア編」と「高句麗伝説」は、全く違う音楽や詩の構成になっていました。特によかったのが「高句麗伝説」。「高句麗」というその言葉のイメージから言っても、このイベントはいつもものすごいエネルギーで戦い進んでいくような所があるのですのですが、今日は寧ろ、暖かい、柔らかい、平和な音に終始満たされていたように思います。中でもよかったのが、「8にんのてんにょ」、そして「東明王より」の詩で、いだきしんさんのゆったりとした、それでいて光に溢れた音楽に、幸せとか愛とか平和そのものを経験したようで、本当に感動的でした。それは、邪悪なものと戦うのではない、愛とか幸せとか、そういう状態になることが全ての解決なのだと教えて頂いたようでした。
そして、ブルガリアの映像の最後で表現されたのは、騎馬民族と言われるトラキア人のエネルギーでしょうか。いだきしんさんのエネルギッシュな、とてつもない迫力に満ちた太鼓の演奏。騎馬民族が大地を力強く駆けていくように、「宇宙への船出」の更に先、また新たな旅が始まったようです。
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July 08, 2006
昨晩、七夕の夜に、仕事である街に行きました。そこに行くのは実に久し振りで、大した街でもないのに妙に美しく見え、心ときめくのです。実はその街は、そう、大人なって初めて恋らしい恋をした相手とデートしたことのある所だったのです。何とはなしに、ああ、そう言えばあの人とこの通りを歩いたな、とか、もう随分前の事で、その人のことも殆ど忘れていたはずなのですが、その時のことが体感というのか、確かなある感じが身体の中に蘇ってくるのは不思議と言えば不思議でした。
いつも片想いな恋をしては破れ、の繰り返しでしたが、やはり好きになった人というのは、今でも自分の中に生きていて、大きな影響を与えているのだな、と思います。そう言えば思い出すのがアニエス・Bの話ですが、「B」というのは今はもう別れてしまった昔の旦那だか彼氏だかのイニシャルだそうで、今の自分があるのはその人のおかげということを忘れないためだ、と聞いたことがあります。う〜ん、カッコイイ、と思いました。
一年に一度しか会えないという牽牛と織女の夕べ、七夕——。その街を一人歩く私は、行き交う若いカップルたちを羨ましいと思いつつ、そして幸せになれよ、と願いつつ、その人の思い出に何故か自分も幸せな気持ちに満たされながら帰宅の電車に乗ったのでした。かわいくて仕事もできるあの人のこと、きっと幸せになっているだろうと願いつつ——。
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今日はやたらとお腹が空く日でした。実は今、夕食が終って一息ついたところです。
今日は朝からラジオ「DAICHI-大地-」の収録で、これ、たった20分の番組なんですけど、口が回らなくて録り直したり、無駄なところを切り貼りして編集したり、それに加えてパソコンが停まってしまったりと、実はネットにアップされるまでに何時間もかかる作業なのです。
今までだったら、たとえ作業が夕方にかかってしまおうと、途中食事などはとらずに一気に行ってしまうのですが、今日は途中でお腹が空いてお腹が空いてしょうがなくて、結局パソコンの不具合で先に進めなくなったところで食事をとってから作業を続行することにしました。
そんなこんなでやっとアップし終ってある会合に出席したら、もうお腹が空いてしまったというわけです。
実は、一昨日が誕生日だったのですが、その前まではどうにもものを食べるとお腹が苦しくなってしまうので、ああ、これはきっと食べ過ぎているからで、もうこれ以上食べてはいけないという警告なのだろう。ダイエットにはちょうどいいと思っていたのですが、その苦しさは誕生日当日が最大となっていました。
と、昨日になって急に、変な話ですがよくトイレに行くようになりました。同時に、今まで行き詰まっていた全てのことが急展開して動き出したのです。どうも、状況と身体とが同時に動き出したようです。それを受けての今日の空腹。私は身体の不調が消化器系に出る方ですが、やっと正常になってきたのでしょうか。
大体、誕生日の前は不調になるのです。これは、その一年間でやり残した問題がはっきりし、次の一年のための調整が入るからだと言われます。そして、誕生日に一挙に新しく生まれ変わるというのです。そこで、いつも誕生日前は不調になり、誕生日に一挙に元気になる、というのがこれまでのパターンでしたが、やり残したものが多かったのか、今回は誕生日当日が一番厳しく、一日遅れの新しいスタートとなったようです。
状況も動きだし、身体も動きだし、あとは……。うーん、どうも頭が動いていないですね。あとはこれを何とかしなきゃ!
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July 06, 2006
今日、自分の中で何かが切れた。耐えられない。いろんなものにイラついてしまう。今日、自分は相当にいやな人間だったろうと思う。が、そう気づいたところでイラつきは止められない。何か、今までずっと耐えてきたものに耐えられない、そんな感じだった。
家に帰ってきて、ニュースを見るためにつけたテレビを付けっ放しにしていたら、そのテレビに出ている人が語る言葉に反応してしまった。突然、ワッと泣いてしまった。ここ数年、少なくとも、人前では泣いたことがなかった。一人でだってなかった。泣いたら負けだと思っていた。いつも何かに耐えるように、絶対に弱みを見せないようにしていた。が、そのずっと耐えていた悲しみや悔しさや、いろんなものが一緒になった感情で胸が一杯になって泣いてしまったのだ。
ところが、泣いたことにも驚いたが、泣いてみてまた驚いた。泣き続けることはできなかったのだ。泣いたのはほんの一瞬だった。泣いた瞬間、こうしてはいられない、やるぞ、何としても先に進むのだ、どんなに厳しくてもやると決めたことはやるのだという気持ちになってきた。
泣いていたって何も状況を変えられるわけではないと思っていた。でも、だからとただ歯を食いしばって耐えているだけでもまた先には行けないのかもしれない。弱みを見せることはできないが、自分の弱い部分、泣きたいような情けない部分を自分でわかってあげることも大事なのかもしれない。
ほんの一瞬、泣いた瞬間、自分のいろんな気持ちが一気にはっきりし、整理されたような気がする。泣いてすっきりしたら、後はまた、先に向かって動き、進んでいくだけだ。
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July 03, 2006
ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第25号がこの日曜日に発売されました。前日の土曜日はラジオ「DAICHI-大地-」の放送と重なったこともあって、この日はこのラジオの収録をした後、音楽雑誌の方の新曲の録音と相成りました。
今回の私の曲は「海」という映像付きの、ピアノの即興ものです。これは、今年の4月に津軽の海を訪れた時に撮ってきた写真を、パソコンのスライドショーにして見ながら弾いたのですが、津軽の海の、深くて遠い感じを出そうと、「海」の流れでドビュッシーの全音音階を使うことは最初から決めていたものの、「津軽」を表現すると言えばいだきしんさんを置いて他になく、意識的にか無意識にか、いだきしんさんのピアノに似たようなフレーズがでてきたりしてしまいました。こんなハンパなことをやっていたのでは怒られてしまいそうです。
そんなこんなもあって、籠りっきりの2日間、日曜日の今日はやっと外出したのが、もう夕方の7時に近くなっていました。ああ、夏になったなぁ、と思うのは、こんな時間になってもまだ明るいということでした。なかなかグズグズした天気が続いていたように見えて、いつの間にか、こうしてちゃんと日は長くなっていたのですね。
折角解放されて、まだ明るいのだからと、友人と会う約束をして、電車に乗って出掛けます。と、車窓から見える夕焼けがとてもきれいなのです。こんなにきれいな夕焼けはここのところ見たことがないと言っていいほどに、不思議なオレンジと紫の美しい模様が、空一杯に広がっているのでした。どうもそう感じていたのは私だけではなかったらしく、私の隣に座っていたオジサンも、思わず、「夕焼け、きれいだな」とつぶやいておりました。
そうやって美しいものに触れたひととき、何ともありがたく、幸せなのでした。あのオジサンだけでなく、あの美しい夕焼けを見た人はどれだけいたでしょう。みんなきっと同じように感じ入っていたに違いありません。仕事に遊びに、やたらと忙しく、私のように2日間も籠ってしまったりするのが都会人の生活ですが、であればこそ、こういう美しいものに触れる一瞬一瞬が大事だなぁと思いました。この一瞬で、どれだけ幸せにもなれ、自分を取り戻すことでしょう。
そんな大事な瞬間を、もっともっと増やしていきたいものです。
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June 27, 2006
いつも不安と焦りとは付き纏っている。その不安を感じたくないがために、何か面白いことをしたり言ったりして紛らわすことも多いと思うが、そんなことをしてもその不安の源が解決されない限り、それはその場しのぎの逃げに過ぎない。気を紛らわせた後には必ず虚しさが襲って来る。やはり、不安にはそのまま直面しなければならない。
不安の理由の一つは、やはり罪の意識であろう。それは、最良の状態で生きていないという罪の意識である。以前ここで書いたスコット・ペックさんも言っているように、その日、仕事であれ、人に対してであれ、自分がやれることを全てやり尽くしたという状態でなければ、それは人に対しても自分に対しても嘘をついているのであり、罪を犯しているのだ。最良とは目指すべき目標でも何でもない。今すぐに実現できることなのだ。それを少しでも理由を見つけてやらないのはやはり罪である。
もう一つ、不安と焦りの理由は、自分のいる位置が正確につかめていないというところにある。目標をどこに定めようと、自分が今いる位置がわからないではどう動いていいかわからない。今自分の向かっている方向でいいのかどうなのか、それが正しいのかどうなのか。砂漠に放り出されたのであれば、何も目印がないのだから、もう、自分の信じる方向にとにかく進むしかない。が、都会のど真ん中に放り出されたのなら、ビルなり公園なり、何か目印になるものがあるだろう。それを手がかりにして進めばいい。生きていく上では、毎日、そして瞬間瞬間起るいろんなことが目印となるのだろう。勿論、その目印をどう見るかは、それもまた感性によるのかもしれない。チャングムのところで書いたように、起っていることが自分にとって本当によいことなのか、悪いことなのかはとにかく進んでみなければわからない。
となれば、結局は砂漠にいるのと同じなのかもしれない。自分がいるところがわかるところまで、とにかく進み続けるしかない。休んだり止まったりしては死んでしまう。休まず進むということは、結局は最良ということに通じるのではないか。休まずに、しかし、焦らず、ジタバタせずに進むその先に、自分が進んできたものが何であったか、何れ天が明らかにしてくれるだろう。
とにかく、今は進むしかない!
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June 26, 2006
昨日から何だか妙に疲れてしまって、眠くてしょうがなく、昨晩は早い時間から寝て、今朝は早めに起きたのですが、何とも頭がボーッとしてます。そんな状態で会社に向かう電車に乗ると、乗った車両、私が立っている辺りの蛍光灯が切れかかっています。朝からそんな電車に乗るなんて嫌だなと思っていたら、今度は会社に着いて手を洗いに行くと、やっぱり洗面所の蛍光灯も切れかかって点滅しているのでした。
うーん、さすがにこれは自分のボォーッとしている状態の表れだと思わないわけには行きません。コーヒーを飲んだりして何とかシャキッとしようとしますが、なかなかです。と、電話が入ります。電話の内容は、その時はただ承った、という程度にしか理解できていなかったのですが、時間が経つにつれ、その意味がわかって参りました。言わば、それはボーッとしている私への、目覚めよ、そして早く動け、という、天の命のようなものだったのです。
不思議なもので、自分に何が起こっているのか、わからない状態では文字通り頭も体も眠ってしまっているのですね。それが、はっと気付いた瞬間に、頭も体もシャキッとなるのですから。
そう。事態は寝ぼけているような場合ではないのです。即、動かねば!
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June 23, 2006
その音に身を委ねれば——
脳裡に浮かび上がってくるのは雑多な事柄
どれも小さい セコイことばかりだ
様々な思惑 様々な囚われ
そうした全て どうしてわざわざじぶんの元気を奪うものに
囚われているのかと気づく——
その音はどこまでもやさしく
どこまでも美しく そして力強く
どこまでも大きく空間に広がり
空間そのものとなり 僕を包む
そうなのだ
僕が生きるのはこういう世界なのだ
天——
いつも僕らを見守っている
愛 そのもの
今 その天と共に
僕らも生きる
* * *
今日は横浜みなとみらいホールで行なわれたいだきしんさんのコンサートに行ってきました。喜びに溢れた2時間でした。
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June 21, 2006
久し振りにドラマの話題です。
今年の初めに、「『チャングム』にハマる!」という文章を書きました。あの頃は、私の職場であの番組を見ている人はまだ少なかったのですが、つい先日、たまたま何かの話のついでに「チャングム」が出た時、何と、私のチームの女性は殆ど見ているのだとわかってちょっと驚きました。みんな共通しているのは、たまたま何気なく見たらハマってしまった、ということで、これは私自身そうでしたからよくわかるのでした。
ある若い女性は、どういうわけか父親がハマって必ず見ていて、自分もたまたまそれに付き合っていてハマったのだというのです。成程、娘より先に父親の方がハマっていたというのはおもしろいと思いました。実はこのお父さんというのが、名前を言えば誰でも知っているような大手電気メーカー本社の事業本部長さんという、まぁ、それなりに年輩の、地位のあるビジネスマンであることを知っていたからです。以前は「韓流」というと、年輩の女性の方が熱狂しているというイメージがありましたが、今や、会社の経営に携わるような年輩の男性がハマって見るようになったのですね。
それもそのはず、とは思います。勿論、主役を演じるイ・ヨンエさんの清楚でさわやかな可愛らしさというのも男にとっては魅力でしょうが、美人の女性が主人公ということでは、これまでNHKで同じ時間帯に放送されてきた「冬のソナタ」や「美しき日々」もそうですが、これらにはなかった魅力が「チャングム」にはあるのだと思います。それは、前回書いたように、宮廷料理というグルメな世界の魅力であったり、李朝という、日本人になじみのない時代のコスチューム・プレイ(時代劇)であったり、或いは私にはここに出てくる音楽はどれも好きだったりしますが、それだけでもないように思うのです。
主人公のチャングムには次から次へと災難が降りかかります。それは同僚や先輩、上司のいじめであったり、何かの偶発的な事故で食材がダメになってしまったりと、それはいろんな類の災難なのです。となれば、アジアでは大人気だった「おしん」とかぶるように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、チャングムにはおしんのように耐えるといったような苦しいイメージはありません。チャングムは、こんな前向きな人間はいないと思えるくらいに明るく、現状を最大限に利用して、寧ろよりよい結果を出していくのです。これがスゴイ。食材が盗まれたり、或いはダメになったりしては、普通なら料理なんか作れるものではありませんが、しかし、料理を待っているのは王様です。「これこれこんなことがあってできませんでした。仕方ないのです。」と言うわけには参りません。チャングムはそういう状況の中であるものだけを使って、或いは何とか別の食材を調達して、王様を感心させる料理を作るのです。
こう書けばもうおわかりのことと思いますが、私たちが働く会社というところもそういうところではないでしょうか。どこに行ってもいじめはありますし、どんなに準備万端と思っていても世の中一体何が起こるかわかりません。しかし、それでも仕事は果たされなければならないのです。誰々さんがこれをやってくれないから、できない。不測の事態が起きたからあれはやれない、では済まされないのです。与えられた状況の中で目的の実現のために道を切り開いていくこと、それこそが本当の仕事なのではないでしょうか。
仕事をしている人なら誰でも聞いたことあるでしょう。いやぁ、今は不景気だから売れないねぇ、ニッパチ(2月、8月)だから売れないねぇ、バブルが崩壊したから売れないねぇ、円高が進んで厳しいねぇ……。実際には、ニッパチだろうとバブルが崩壊しようと、売れている人、売れている会社は売れているのです。仕事にならない理由が見つかるようではその程度の仕事しかできない、実力がない、ということでしょう。どんな悪い事態が起こっても、それを更によい仕事をするためのチャンスに変えられるかどうか、そこが私たち一人一人の実力が試されているところだと思います。
チャングムは、こうして次々に災難に見舞われるのですが、実に見事にそれらをクリアーして、どんどん成長して、大きくなっていく、その姿が見ていて実にさわやかで気持ちよく、自分も元気づけられるのです。そう言えば、厄年という時の「厄」は「役」に通ずると言われています。人生の大きな節目、更に大きな役が与えられるのがこの時期だというのです。そこで、本当にその大きな役を果たせるかどうか、試すように次々と災難が起こるのがこの時期だと。そして、これらの災難を自分の力で乗り越えた人だけがより大きな役を任され、より大きな世界へと飛躍するのだというのです。そう考えると、悪いことが次々に起こるというのは、運のいいことなのではないでしょうか。
実際、悪いことが次々に起こる割にはチャングムは運がいい。あの事業本部長のお父さんが娘より先にチャングムにハマっていたのは、実はそういう自分が生きてきた会社とか人生の真実のようなものをそこに見ていたからではないか——私は勝手にそう想像するのです。
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同じ様なことは続くものですね。前のブログで、飛鳥のことが意識に上ってラジオで取り上げたら、高松塚古墳の事件についての報告書が提出され、大臣と長官が謝罪、関係者が処分されたニュースが報道された、と書きましたが、その日の朝、睡眠についての記事を書いて、家に帰ってNHKをつけっ放しにしていたら、「ためしてガッテン」で、睡眠障害と体内時計のしくみについての特集をしてました。
何とタイムリーと思って見るともなく見ていましたが、この番組の主眼が、いかに睡眠障害を治すか、というところにあるので、「どうして体内時計は機械の時計に対してズレてしまうのか?」と、つまり機械の時計に合うことが正常であるとの前提で話が全て進んでしまったのがちょっと、いや、大変残念でした。私が書いていたような、体内時計が1日=24時間50分で動いているという話には全く触れられませんでした。体内時計の方が、機械の時計より遙かに古い歴史があるにも拘らず、もしズレるとしたら、一体、機械の時計はどのような基準で決められたのかとか、その辺の話があるとトータルな番組になったと思うんですが。あれでは、睡眠障害の人は不規則な生活をしているからいけないのだ、と、障害のある人をダメ人間扱いしてるみたいではないですか。で、規則的な生活、というのは機械に合わせた生活、というわけで、一体、LOHASとかが定着してきた時代に何という錯誤かと、私などは思ってしまうのでした。
一体全体、現代社会は、人間がより便利で豊かな生活を送るために作り出したはずの機械に、逆に合わせて生きるということが多いように思います。ましてITということが、コンピュータを使うことが普通になってきた昨今は尚更です。一体基準はどっちなんでしょうね。機械なのか、人間なのか。
最近、私の勤めている会社でこんなことがありました。システムのパフォーマンス向上のために、新しいアプリケーションを使用したシステムへと、全社挙げて鳴り物入りでバージョンアップ作業が行なわれたのですが、その結果、仕事の作業効率が落ち、精神的負担が増えるという結果になっているのです。今までうまくいってたのに、何でこんなことになっちゃうの?——いえ、設定に問題はありません、原因は不明です。前よりメッセージの表示が小さくて見にくいんだけど、フォントサイズを大きくしてくれませんか?——ああ、これはウィンドウズの仕様なのでできません。本来、現在やってる仕事を更に効率的に、快適に、正確に行なうためにシステムというのは開発されるべきだと思うんですが、これを作った人たちは、システムのバージョンが上がっただけで満足してるみたいですね。仕様変更が難しいようなプラットフォームなんか使用してほしくないものです。こうなってくると、私のような、現場にいる人間が、そのシステムを何とか使いながら仕事を維持していけるように、何とか新しい運用方法を編み出さなければなりません。またしても人間の生活を機械に合わせる、というやつですね。
私は以前、ある大手電機メーカーに就職した時の面接で、ハイテクとは、そこに高度な技術が使われているとは気づかせないような、例えば、自動ドアのような誰でも無意識に使えるものではないか、と大言壮語したことがあります。いかにもハイテクなマシンと見えるようなものほどローテクだと。人間が機械に合わせなければならないような機械はおかしいのです。人間や自然に合ってくるような機械こそ本当のハイテクな機械だと思うのです。
人間中心、自然中心の社会の実現はまだまだ先のことなんでしょうか?
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June 20, 2006
ポッドキャスティングでお送りしているラジオ「DAICHI-大地-」、お陰様で始めてからひと月が経ち、前回で5回を数えるようになりました。始めた時はどこまで続くかと思いましたが、毎回聴いて下さるみなさんの声援に支えられ、まだまだ暫くは続けられそうです。本当にありがとうございます。先日6月17日の第5回の放送は、私自身の曲を流すというので不安もあったのですが、ねねやさんから「飛鳥の歌、とっても素敵でした。」という、短いけれども、非常に嬉しいコメントを頂きました。こういうのがありがたく、嬉しく、力になるんですよね、本当に。
そう、第5回では私の「飛鳥〜平和への祈り」という曲を流したのです。飛鳥の地は本当に美しく、その空気は本当に気持ちよく、ここから国が始まったのも頷けるというものです。こういう気持ちのよい空間、場を後世の人たちのために遺すことは勿論、どんどん広げていかなければならないと感じます。
ところで、そんな飛鳥のことがたまたま私の意識に上っている時に、昨日、文化庁が高松塚古墳を傷つけ、更にはそのことを隠蔽していたことに対し、調査委員会が文化庁の体質改善を求める報告書を提出、小坂文科相と文化庁長官が会見し、謝罪するというニュースが入ってきました。この問題については関係者が減俸などの処分、そして責任大臣である小坂文科相も俸給の自主返納などの事態となっています。
こうした行政や企業の不祥事の発覚と謝罪の記者会見の光景というのは最早珍しくも何ともなくなってきましたが、私が気になったのは、別に行なわれた処分を受けた当時の担当課長で現奈良国立博物館館長の会見での態度と発言です。この人は事件発生当時、事実の報告を受けて、「やみくもに公表してどうするんだ」と発言したとされる人ですが、今回の委員会の報告書と処分を受けて発言を求められた時に、「調査委員会に対する書面ですべて述べているので、改めて話すことはない」と述べたようです。これは、とても反省したり悪いと思ったりしている人の発言ではありませんし、ニュースの映像を見ていても、不満そうな、不愉快そうな態度で、「何で私がこんな目に遭わなきゃいかんのか」という感じに溢れているように思いました。
真偽のほどはわかりません。本当にこの元課長さんが独断で隠蔽してしまったことなのか、或いは、この元課長さん自身、今回の件のスケープゴートにされてしまったのか。ただ、この元課長さんが処分に不満を感じているらしいことはテレビの映像で伝わってきたのです。とすれば、どちらであれ、当事者がこのような会見をする、或いはさせてしまうこと自体、何にも体質が変わっていないことを明らかにしているのではないでしょうか。「国民の信頼を失ったことをおわびしたい。」と、信頼回復を目指しての今回の処分のようですが、どうも形だけであり、また同じようなことが起こるのでは? という危惧を拭えません。
結局、担当した人たちは悪いことをしたと思っていないんではないか? 耐震偽装事件の時もそうでしたし、東横インの事件の時もそうでしたが、会見に現れる人たちは誰も自分が悪いとは思ってないみたいでしたね。いや、耐震偽装の件については、前に書きましたが、アメリカの対日年次要望書に基づく建築基準の見直しの動きが背景にあるかもしれず、とすれば、彼らは国の方針に従って、国のために邁進しただけであり、悪いとは少しも思っていないかもしれないですね。今回の元課長さんも、もしかしたら国全体への影響を考えて、わざわざ隠蔽したのかもしれない。でも、本当に大切なことは、本当に国民のためになるのはどういうことか、見失ってしまっているんではないでしょうか。その根本的な発想が変わらない限り、こうした事件は後を絶たないように思えます。しかも、企業の場合はこうした不祥事を起すと注文が入って来なくなるなどの社会的制裁を受けることになりますが、国の機関の場合はそんなことはまずありません。小坂大臣、俸給を返上してまで責任を果たそうとされてるのですから、是非、根本的な解決に向けて動いて頂きたいものだと思います。
ところで、こうした、謝ってはいるけれど、どうも本心そうは思ってないらしい、というのは、別にこういうテレビに出るような人たちに限りません。ごく普通に、私の身の回りでもそういうことは起こっているように思います。生返事するのは勿論のこと、作り笑いをしても、調子を合わせても、お互いにそれが本心でないということが最近とてもわかりやすくなってきているように思うのです。逆に、本当はどう考えているかも見えやすくなってきている。これはつまり真実が明らかになってきているということなのではないでしょうか。いろんな不祥事のニュースが続くのもそういう真実の力が増してきているからでしょう。嘘や間違ったことはすぐに明るみになり、そして、真実だけが人の心を動かし、時代を動かしていく——そんないい時に私たちは来ているのだと思います。
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何だか忙しい毎日が続いています。まぁ、いろいろと催しがあったり、知人から仕事の依頼があったりと、そういう意味では実に充実していて、特に仕事が入るのはありがたいことなんですが、会社勤めしてることもあって、やっぱり必然的に睡眠時間は減ってしまいますね。あまり寝なくても大丈夫な方ですが、さすがに2時間程度の日が続くと疲れてしまい、昨晩は久し振りに暴睡してしまいました。
睡眠時間が足らないという人、結構いると思いますが、何時間寝なければ、というのは人によって、また生活している状態によって違うので、本に書いてあったり、世間一般で言われていることに縛られる必要はないと思います。必要以上に寝てしまうと却って疲れるということは誰しも経験していることと思います。よく言う8時間睡眠というのも、本当の根拠は生物学的、医学的なものより、体制側の都合のようです。つまり、労働者には働いてもらわなければならないわけですが、24時間働かせ続けることはできない。そこで、その24を働く時間、休養(睡眠)する時間、そしてあと個人的に自由に使える時間として3で割っただけ、ということのようです。ですから睡眠の時間も8時間なら労働の基準の時間も8時間で、昼夜止めるわけにいかない仕事は3交代制という、まぁ、実に資本家的論理と計算の下に考え出されたもののようなんですね。こういうところで私たちの毎日の生活リズムが決められてしまってるわけですから、疲れてしまうのも当然ではないでしょうか。自然なリズムでは、人によって8時間要らない人も、逆にもっと必要な人もいらっしゃるでしょうね。
自然な、と言えば、解剖学の三木成夫先生によると、人の生活のリズムは24時間でなく、24時間50分で回っていんだそうです。ということは、1日に約1時間ずつずれていってるということですね。それを無理矢理時計で合わせてるのが私たちの生活ということになりますが、そう考えると、朝だんだん目覚めが悪く、起きられなくなってくるのも、そして次第に夜型になっていくのも当然のことなのかもしれません。
ところで、この24時間50分というのがどういう数字かと言うと、これは月の1日なのです。女性が月の影響を受けやすいとはよく言われることですが、私たちに最も近い天体ですから、女性と言わず私たちは全てこの月の影響を受けているはずなのです。世界の多くの文化で月をベースにした太陰暦がカレンダーとして採用されたりしているのもそのためですし、そう言えば、西洋占星術では月はかなり大きなファクターになっていると言えます。よく雑誌などで見るいわゆる「星占い」があんまり当らなかったりするのは、あれは殆どその人の生まれた時の太陽だけで見ているからで、生まれた時の月が何座にあったかを考え合わせると、当る確率はかなり上がってきます。
西洋占星術に話が及んだついでに述べておきますと、西洋占星術では、太陽はその人が持つ社会的素質、社会の中で果たす人生の目的のようなものを表し、一方、月は個人的感情や自分が楽でいられる状態を表しています。わかりやすく言い換えると、太陽は社会的にあるべき自分、月はありのままの自分ということでしょうか。このことは、生活のリズムが月に合っていて、無理矢理太陽リズムの時計で、学校や会社に行かなければ、と社会的に調整されていることと関係あるのかもしれませんね。
そう考えると、太陽リズムの時計に合わせた生活がキープできないからと言って、悩んだりすることはないのかもしれません。自分の自然なリズムに気づくことも大事なのではないでしょうか。最近、若い人たちの間で何時間寝なきゃ、と自分自身を思いきり生きることよりやたらと寝て休むことばかり気にしている人が多いように感じるので書いてみた次第です。
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June 09, 2006
今更言うまでもないことなんですが、お客さんというのは本当にありがたいものですね。ものを売っているのですから、お客さんんから注文が入り、買って頂くことはそれだけでありがたいのですが、それ以上にいろんなことを気づかせてくれることに、更にありがたいと思うのです。
当然、ものを売るに当っては、こういう風に売ろうとか、売れたらどうしようということは考えているはずなのですが、実際に売れてみると、お客さんへの有り難い気持ちからこうしてあげよう、ああしてあげよう、ここはもっとこうした方がいいんではないか、ああ、あれを準備していなかった、と、そう、実は自分が全然準備できていなかったことに気づかされるのです。
前にも書いたかもしれませんが、以前、ある方から「無限の準備」というお話を頂いたことがあります。仕事をやるのにこれだけやっておけば大丈夫ということはない、営業に行くんであれば髪の毛1本がどっちを向いているかに至るまで、やろうと思ったら無限の準備が必要なんだ、というようなお話でした。こういうことは話としてはわかっていたつもりなのですが、やはり、本当は、実際に仕事が動いていかないと、売れていかないとわからないものなのですね。お客さんが来てみて初めて、ああ、あれもやってなかった、これもやってなかった、と気づくのです。お客さんが来るまでは準備は完璧、と思っているのですから笑っちゃいます。こんなに準備ができていない状態では、そもそもお客さんなどいらっしゃるはずもないからです。
ひと月ほど前に、「最良」ということについて書きました。「これでいい」「問題ないから大丈夫」ではダメだ、という話です。何が最良なのかということはただ漠然と考えてもわかるものではありませんが、こうしてお客さんに接すると、鈍い頭もようやく働き始めるから不思議です。やって来てくれたお客さんに対してありがたいという気持ちが生れる時、少しも手を抜かずに最良の商品、最良のサービスを提供することが自然にできるように思います。
こうして、いかに自分が準備できていないか、或いは最良のサービスとはどういうものか、そうしたことを教えてくれることに、お客さんとはありがたいものだ、と改めて思った次第なのです。そして、それに気づいたからには、常に最良の状態で仕事をするようにしたいものです。
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May 26, 2006
先日、5月21日に書きました「RSSってスゴイ!〜インターネット技術は社会のあり方を変えていく」という記事に対して、Mドングリさんとおっしゃる方からトラックバックを頂きました。(「RSSってスゴイ?」)Mドングリさんありがとうございます。こうして全く存じ上げない方からトラックバックやコメントを頂くのは大変嬉しいことで、このようにして人と人とがつながり、交流し合い、そして情報が情報を生んで広がっていくのがブログの楽しみですね。私のはそんなにたくさんの人に読んで頂いているようなブログではないので、時にこんなことを書いて一体どうなると言うんだろうと、書くことに疑問を感じることもあるのですが、こうしてトラックバックやコメントが届くと、また懲りずに書き続ける気持ちになれるというものです。
ところで、上記の記事で書いたように、RSSリーダーは見たい時に最新の情報を更新してくれるので、自分がチェックしたいニュースサイトであれ、気になっているブログであれ登録しておけば、そのRSSリーダーそのものが自分独自のニュースセンターのようになります。別のところでも書きましたが、最新のニュースをまとめたサイトとして有名なグーグルニュースは、実はRSSに対応していません。しかし、グーグルニュースにはそこに集められた記事の元々の配信先の新聞やテレビ局のサイトへのリンクがありますから、これを辿って、もしそのサイトがRSS配信を行なっていれば、それを登録しておくことで、自分のオリジナルのニュースサイトができるわけですね。
ここでご参考までに、私のRSSリーダーにどのようなものが登録されているか、ニュースに限って列挙しておくことにしましょう。私は、一つのニュースについて、いろんな国や地域でどのように報道されているか、或いはそれぞれの国では今何が一番関心事なのかを知りたいので、いろんな国のものを集めています。
<日本>
朝日新聞
http://www3.asahi.com/rss/index.rdf
本当は日経あたりがやってくれるといいんですが、読売も産経も、それから共同通信も時事通信もまだ主要記事見出しのRSS配信はやっていないようですね。毎日新聞はMSNとの共同運営でやっている毎日インタラクティブがありますが、こちらは主要記事というよりはトピックスのようなものが多いようです。
<中国>
人民日報
政治面 http://www.people.ne.jp/rss/Politics.xml
国際面 http://www.people.ne.jp/rss/International.xml
社会面 http://www.people.ne.jp/rss/Society.xml
お隣の国中国の動向は常に気になるところですね。「人民日報」の記事が日本語で読めます。
<アメリカ>
The Washington Post
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/rss/print/asection/index.xml
アメリカを代表する新聞「ワシントン・ポスト」の一面です。流石はアメリカの政治の中心だけあって、一面の記事は国内ニュースも国際ニュースも同じように溢れています。
The New York Times
一面 http://www.nytimes.com/services/xml/rss/nyt/HomePage.xml
国際面 http://www.nytimes.com/services/xml/rss/nyt/International.xml
同じく有名な「ニューヨーク・タイムズ」ですが、もともとはニューヨークという一地方の地方紙ですから、一面は当然国内記事が多く、読みづらいところもあります。そこで国際面も登録してあります。
<イギリス>
BBC
http://newsrss.bbc.co.uk/rss/newsonline_world_edition/front_page/rss.xml
BBC国際版ニュースのページです。BBCのページは本当にいろんなところに「RSS」のマークがあるので、気になるページはどんどん登録しておくとよいかもしれないですね。例えば、ワールドカップを前にして、スポーツニュースのページとか。
<イラン>
国営イラン通信(Islamic Republic National Agency = IRNA)
主要記事 http://www.irna.ir/index2.php?option=com_news&task=rss&Itemid=234&lineid=&keyid=0&catid=0&lang=en
国際面 http://www.irna.ir/index2.php?option=com_news&task=rss&Itemid=239&lineid=&keyid=0&catid=0&lang=en
あと私が気になって仕方がない国がイランです。IRNAは改革派系の国営通信社。核問題に関する記事など、BBCや人民日報などと読み比べると、それぞれに国のスタンスがはっきりと見えてきます。
英語によるものは読むのが面倒と思われるかもしれません。記事の数は多いので、日本で新聞を読む時と同じように、ざっと目を通して関心のあるものだけをじっっくり読むことになるでしょうか。その読み飛ばすためにも、新聞独自の英語表現がありますので、これをちょっと覚えておくとよいかもしれません。そのいくつかを、5月25日の The Japan Times の主要記事のページから拾ってみましょう。
1. 現在形は過去のこと
新聞などの見出しでは、過去の出来事は全て現在形で表現します。
"Honda unveils thought-guided robot"
は、
"Honda unveiled thought-guided robot."
ということで、「ホンダが人間の思考によって動くロボットを発表した」ということです。
2. 過去分詞は受動態か完了形
過去のことが現在形で書かれるということは、
"Consulting firm chief quizzed in quake scandal"
の "quizzed" は過去形ではなく、過去分詞であるということになります。これは、
"Consulting firm chief was quizzed in quake scandal."
の意味で、「コンサルティング会社の社長が耐震偽装事件に関して尋問を受けた」です。このように "be" 動詞もよく省略されます。
3. to+不定詞は未来を表わす
新聞はスペースの制限が大きいからでしょうか、少しでも短い言葉を使おうとします。未来の予定を表わすのに "will" を使うことが嫌われ、"to"+不定詞が好んで用いられます。これは "be to"+不定詞が未来を表わすからですが、更にその "be" が省略された形なのです。なので、
"ANA to resume Narita-O'Hare service in the fall"
は、「全日空、東京−シカゴ便を今秋再開予定」ということになります。
因みに、この見出しが難しいのは "O'Hare" がシカゴの空港の名前だとわかっていないといけないというところですね。ここでは「成田」、「オヘア」がそれぞれ東京、シカゴという地名を代表しているわけですが、逆に、地名がその国、或いはその国の政府を代表することもあります。
"Tokyo, Seoul defuse standoff"
は、「日本政府、韓国との緊張緩和へ」というような感じでしょうか。ここで "Tokyo and Seoul" とせずに "Tokyo, Seoul" とコンマでつなげるのもスペースを稼ぎたい新聞英語の表現です。
4. 発言を表すコロン(:)
誰々がこう言った、というのを表現するのに、これもスペースの節約のため、発言内容と発言者をコロンで区切って示す表現がよく使われます。
"Education bill won't promote militarism: Koizumi"
これは、普通なら、"Koizumi said, 'Education bill won't promote militarism.'"となるところです。「小泉首相、『教育基本法の改正案は軍国化を促進するものではない』と発言」ということです。
この他にも、新聞英語独特の表現がありますが、大体この辺りを押えておけばあとは慣れだと思います。インターネットは世界中のニュースの宝庫なのですから、これを機会に気になる国の新聞やニュース、RSS配信しているところのものはどんどん登録して情報を集めてみるのはいかがでしょうか。
それでは今日はこの辺で。
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May 23, 2006
先日RSSについての記事を書きましたが、その翌日、会社の仕事の関係でエクセルの本を見に本屋へ行きましたら、早速目に入ったのが平積みになったRSSについての本でした。やはり誰しも企業家である以上は少しでも多くのお客のニーズを捉え、それを実際の仕事に展開して儲けたいと思うでしょう。そこでネット関係ではSEO(検索エンジン最適化)やアクセス解析に関する本が次々に出されました。そして今度はRSSというわけで、実はRSSマーケティングという言葉まで既にできているようです。馴染みのないアルファベットの並びですので、私がそうであったように、気にはなってもまだまだ真剣に取り組んでいない人が多いかもしれないですね。しかし、この技術が出てきたおかげで、インターネットはますます双方向のメディアとなり、発信する側と受信する側の間に優劣や強弱はなくなるのですから、これを早く取り入れないテはないです。
と言いつつ、この日買ったのはそのRSSマーケティングの本ではなくて、もうきっとこうしてブログを書いている人ならその多くが読んでいるでしょう佐々木俊尚著『グーグル Google——既存のビジネスを破壊する』(文春新書 2006)です。実はこの本は、今月の初めにある人から「読みましたか?」と言われて読んでいなかったのでずっと気になっていたところ、つい先日、5月21日に天の羽衣さんがこの本について、それからその少し前16日には太田朱美さんが "Google Earth" について書かれていて、やはりネットを活動の場としている私としては早く読まねばならぬ、とますます気になっていたのでした。
内容については敢えて詳しくは触れませんが、グーグルの一連の戦略によって、本書で事例が挙げられている民間駐車場やメッキ工場のように、どんな小さな企業にもチャンスが訪れ、逆に、消費者の側からしても、これまでは需要が少ないのでと諦めていたような商品やサービスも全国、いえ、全世界から検索して取り寄せることができるという、正に多様化、双方向、そして大企業の論理だけでは動かない新しい社会が実現してきているということを、私たちは真剣に考えなければならないのだろうと思います。もう技術も状況もできつつあるのですから、これをいかに賢く利用するかというのは、単にIT業界にいる人に止まらず、私たち一人一人の問題でしょう。従来の、既存の仕事のやり方に安住していては、今まではよくても、いつその仕事が破壊されるかわからないところにいるのですから。
ある時、ある人からこんなことを言われました。「インターネットを中心に仕事を考えるんだよ。大抵の人は自分の店を中心に考えて、ホームページでも作っておいたら少しは注文が増える位にしか考えてないけど、自分の店と、ホームページを訪れる可能性のある人とどちらが多いと思う? 6億人の人がネットにつながってるということは、ホームページは6億人のマーケットを対象にするということなんだよ。自分の店に来る人はせめてその地域の人でしょ。何百人、何千人? ケタが違うよね。」この話を聞いたのは今からもう5年も前ですが、正に、現実の社会は彼が言っていたように動いてきています。地元だけでやっていたのでは潰れてしまっていたかもしれないメッキ工場が、今や「メッキ」とグーグルに入力するとトップに表示される全国的企業になるようになったのですものね。
おもしろいのは、こうしてみんなでブログを書くようになって、それがうまくグーグルの検索エンジンに引っ掛かるようになり、名もない一般の人たちの意見や情報が企業やプロの評論家の意見や情報と同列に見ることができるようになったことですね。グーグルで検索して見つからない情報はないと言っていいほどで、何かあることを調べる時には、それが言葉の意味であろうが、エクセルの使い方であろうが、まずはグーグルで検索するというクセが私にもついています。正にこの地球上の知のデータベースとなってきていますね。更に文字情報だけでなくて、太田さんが書いていた "Google Earth" のような画像情報もある。これはホントすごいですよ。地球上のあらゆる場所の航空写真が見れる。大抵はまず自分の家とか会社を見るんですよね。それで写っていることにエラく感動してしまうんです。それがどのくらいすごいかは、先の太田さんのブログが素直に、新鮮に表現してくれてます。
グーグルが実現しつつあるこの知のデータベースは実にすごいものがあり、これからはこのデータベースをいかに使って企業も個人も、大手も中小も、プロもアマチュアも、全く境を取り払ったところで、情報をいかに発信し、受信するかが大事になってきます。そうした状況でのRSSです。
私は、あのグーグルニュースに何故RSS配信が行なわれていないか、大変不満に思っていましたが、わかりました。RSSはメールマガジンなどとは違ったシステムです。メールマガジンなどはそこに登録した人へ、そのホームページの運営者サイドが送るもので、あくまでも運営者サイドが主導権をもっていますが、RSSは配信とは言うものの、実はユーザー側のパソコンがそこに情報をとりにいくしくみです。従ってユーザーが主導権を握れるしくみです。グーグルニュースにRSSをつけてしまえば、ユーザーはそのニュースの配信元に直接情報をとりに行くようになるでしょう。事実、私はBBC、「ワシントンポスト」、「ニューヨークタイムズ」、「人民日報」、「イラン国営通信」といったところから直接RSSでニュースを得ています。そうなれば、あくまでポータルサイトでしかないグーグルニュースの存在意義は失われてしまうのです。既存のビジネスを破壊するのがグーグルなら、そのグーグルを破壊する力を秘めているのがこのRSSということにもなるでしょうか。尤も、上記の本を読む限りではそんなことではグーグルも簡単には倒れそうにありませんが。
上記の本は、グーグルが勿論主役の本ではありますが、パソコン通信時代、そしてインターネット・サービスが日本で始まった時からずっとネットを利用してきた私にとっては、同時代的にその発展を辿って復習し、そしてこれからの方向を考えるいい機会を与えてくれました。まだの方には是非ご一読をお薦めします。
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暫くBBCの話題が続いたので、ついでにもう一つBBCのニュースからお伝えしましょう。もう先週のことになりますが、イギリスで "British values" をもっと教育する必要があるとの議論が盛り上がっているというニュースが伝えられました。 "British values" とは、「イギリス的価値観」、或いは、「イギリス的美徳」ということでしょうか。ちょうど日本でも「愛国心」を巡っての議論が国会で戦わされている時期でもあり、改めてこの世界の共時性を——平たく言うと、一見別物のようでありながら、同時に連動して動いているものだと唸ってしまったのでした。
昨年の7月7日にロンドンで同時多発自爆テロがあったのをご記憶のことと思います。最近、この事件についての報告書が公開され、その内容にまたイギリス議会も世論も揺れています。特に、MI5(エム・アイ・ファイヴ)と呼ばれる情報局保安部(MI6の方は007でお馴染みの海外情報局ですね)の働きが悪かったんではないか、との批判が巻き起こり、MI5はイギリス全土に6ヶ所だか8ヶ所、出先機関を増設すると発表したりという展開になっています。
この事件は、勿論ロンドンのど真ん中でこうした自爆テロが起こること自体も国民にはショックだったのですが——実は、中東の自爆テロは毎日のように報道されますが、西欧ではこれまで1件も起こっていなかったのです——それに加えて、このテロに関わったのが何れも外国人や移民でなく、イギリスで生まれ、正規のイギリスの教育を受けた、正真正銘のイギリス国籍を持つ若者であったということです。イギリスに生まれ、イギリスの教育を受けた正真正銘のイギリス人がこんなことをするはずがない、と。
イギリス人と言っても、彼らはイスラームの教えを受けたものであるわけですね。それでもイギリス人なわけです。外国人ではない。しかし、イギリスもまた多くの移民を受け入れてきている国であり、いろんな価値観を持つイギリス国民が確実に増えてきていますね。しかし、もう一歩踏み込んで考えると、価値観が異なるのは移民系の国民だけではない。もともとイギリスとはイングランドの他に、ウェールズやスコットランド、更には北アイルランドという異なる文化を持つ地域が合わさってできた国です。皆さんは、あのユニオン・ジャックの旗はこれら4つの地域の旗を組み合わせたものだとご存知でしょうか。地域対抗のサッカー試合などでは、これらそれぞれの地域の旗が振られているのを見ることができます。こうした中で、 "British values" と言った時に、スコットランドやウェールズの人たちが反発を見せることもあるのです。それって結局は "English values" つまり、「英国的」とは「イングランド的」ということで、自分達の価値観は反映されていないのではないか、と。
こうして、この7・7同時多発自爆テロがきっかけとなって、どんどん多様化していく価値観の中で、同じイギリス人としてのアイデンティティを再確認し、一つの国民として団結する必要があるとの声が上がり、学校を中心に "British values" の再教育が始まったというわけです。
イギリスの "British values"、日本の愛国心と来て、それから「移民」、「多様な価値観」と来れば思い出さざるをえないのが世界最大の移民の国、アメリカ合衆国ですね。が、アメリカはもう議論するまでもなく徹底した愛国心教育をしている国ですね。私は、通っていた大学の関係で帰国子女の同級生も多かったですが、彼女たちは大抵アメリカの学校で次の宣誓分を言わされたみたいですね。
I Pledge Allegiance to the flag of the United States of America
and to the Republic for which it stands,
one Nation under God,
indivisible, with liberty and justice for all.
<私はアメリカ合衆国の旗と
この共和国に忠誠を誓います。
この国はあらゆる人々の自由と正義を実現する
神の下に不可分なひとつの国です。>
日本では「日の丸」を掲揚するかどうかだけで議論になりますが、アメリカでは議論の余地なく星条旗に忠誠を誓わされます。忠誠を誓わないものは非国民ということになるわけです。しかも、宣誓文にあることからも、それから1セント貨にも書いてある "In God We Trust" という言葉からもわかるように、キリスト教の神の下に創られた国ということになっています。信仰の自由も何もあったものではありません。
アメリカが愛国心教育に熱心なのは他でもありません。アメリカが移民の国だからです。それは多くの国と地域からいろんな文化と共に人が流れ込んでくるわけですから、お互いの間には全くといっていい程共通なものがないと言っていいわけです。そんな状態ではとても "one Nation indivisible" を実現できるわけがありません。こんな多様な価値観を持つ人たちを同じ国民としてつないでおけるのは、正に、「自分たちはアメリカ人である」という意識そのものなのです。なので、たとえイスラーム教徒であろうと、東洋系であろうと、アメリカ的価値観を高らかに讃えることになるわけです。実際、9・11の後の追悼集会で、牧師たちが、イスラーム教徒が悪いのではない、悪いのはテロリストだ、そしてここにいる人たちはイスラームであろうとクリスチャンであろうと同じアメリカ人だ、私たちアメリカ人は自由と正義の国民だ、みんな国民一致団結してテロと戦おう、という論調であの場を盛り上げたのは記憶に新しいところですね。
同じひとつの国に所属するのだという気持ちは、確かにその国を強くするのです。日本では長いこと「愛国心」という言葉が禁句のようになっていましたが、それは、実はその日本人の愛国心と忠誠心こそが戦争当時のアメリカ人を怖れさせたものであったからでしょう。アメリカは日本人に愛国心を忘れさせると共に、自分たちの国の愛国教育には力を入れてきたのです。
ちょっとアメリカ批判めきましたが、こうして日本を含めて愛国心教育というものが世界的に盛り上がりつつある状況で、一体その世界はどこに行こうとしているのでしょうか。国と国とがプライドと威信を賭けて戦うのはサッカーやオリンピックなど、スポーツの世界だけにしてほしいものですね。
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May 22, 2006
暫く間が空いてしまいましたが、BBCの「幸せの公式」の話の続きです。
前回書きましたように、こうして「幸せ」というものが計量化できるようになった以上、国は何をおいても国民の幸福を最優先にすべきという、ごく当たり前の結論が出ていました。実はこのことをブータンというアジアの小国が実践しているということに私たちは驚かされるとともに、それは希望にも思えてくるのでした。「驚かされる」と書きましたが、ブータンの内務大臣は言うのです。誰もが求めているものを何よりもまず実現するというのは当然のことではないか、自分は何故他の国々がそれをやらないかということの方が不思議である、と。
ごく当然の結論と言えば、その幸せになる要素についても、「幸せのレシピ」ということで次のような結論が出ていました。つまり、幸せの要素は3つあり、まず第一に家族と友人である、と。家族と友人がいることが病気を寄せ付けないという効果まであるのだそうです。番組では友人がいないことによる機会費用が算出されていました。つまり、友人が1人いないだけで、その不幸な気分を埋め合わせるには50,000ポンドと言いますから約1,000万円もかかるというのです。この金額を大きいと見るか小さいと見るかは人によって差があるでしょうが、いずれにしても、人はお金よりも身近にいてくれる人の方に幸せを感じるということでしょうか。その意味では結婚も幸せを増大させてくれる要素の一つだとも触れられていましたが、実際には結婚がまた悲劇を生み出すことも事実であるので、これは条件付きということになるのでしょう。
二番目は、人生の意味のようなものが掴めているかどうか、自分よりも遙かに大きな存在を信じているかどうか、いわゆる宗教心のようなものを持っているかどうかということだそうです。
三番目はそれに似ていますが、自分の人生の目標をはっきりと持っているかどうか、そしてそれを達成しようとすること自体が楽しいかどうか、というようなことが上がっていました。
こうした答は、どれもごく当たり前のようでつまらなく思えるかもしれません。が、おもしろいのは、こうした当たり前のことが科学的に証明されてきているということでしょうか。現代の日本では精神というと、すぐに何かの新興宗教か、或いは、精神論はいらない、現実主義で行こう、というような精神というのものが現実とは関係のないもののように捉えられている嫌いがありますが、この番組が科学的手法で明らかにしたのは、精神が先で、それが満たされて初めて経済的なものが意味を持ってくるということではないかと思います。そして、国も国民の精神を豊かに養うのが急務であるということでしょうか。
やたらと勝ち組・負け組とか、デイトレーダーだとか、或いは起業ブームとか、お金や経済優先に国民全体が走っているように思えるのです。あたかもそれに勝てれば幸せになれるかのように。これは勿論、経済効率を全面に出した政権の政策の結果でしょう。(これと対極的なのが、殆ど忘れ去られようとしているピグーなどが提唱した「厚生経済学」ですが、近くこれについて書くつもりです。)確かにお金がたくさんあればできることもたくさんあるでしょうか。が、ここでもう一度、本当の幸せとは何なのか、一人一人が考え直してみる必要があるのではないでしょうか。結局は、他の誰でもない、どんな時も共に生きる人がいるということに落ち着くのかもしれません。
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May 21, 2006
今回ポッドキャスティングによる配信を準備していてやっぱり気になったのがRSSというものです。これはブログなどの更新情報を自動的に引っ張ってくるもので、その存在は知ってましたし、自分のブログにも来た人がRSSの登録ができるようなリンクボタンはつけてあったのですが、実際に自分で使ったことはなかったのです。今回、ポッドキャストで配信するに当って、実際にはどのようになるのかを試すためもあって、RSSリーダーを使ってみることにしました。
楽天のブログの管理画面には自分がお気に入り登録してあるブログのアイコンと記事の見出し、本文冒頭の何文字かが出ていて、記事が更新される度に順番がトップに来るようになってて、この管理画面を開ければ、自分がチェックしているブログに新しい記事があるかどうかがすぐにわかるようになっています。RSSリーダーはこのイメージと言えるでしょうか。
ところが、楽天のブログの管理画面には勿論、楽天以外のブログは表示されません。ブログを書いているといろんなところからコメントやトラックバックがついて、新しい方々と交流が始まるのですが、そうなると、私の場合にも、ベースとなっているニフティや楽天以外に、ライブドア、ジオシエティーズやAOLなどのブログを見ていく必要が出てくるわけで、これを一々チェックしていくのはなかなか面倒ですね。
それと、最新の更新情報を知りたいと思うのはやっぱりニュースでしょう。ニュースこそ文字通り速報性が重要で、現在どこまで進展しているかが知りたいものです。その意味で、グーグルがほぼ10分毎に世界中から記事を集め、編集してアップしているというのは実にスゴイと言わざるを得ません。勿論、これはグーグルお得意のロボット技術なしにはできないことですね。
こうした様々なブログやニュースの更新情報を一気にチェックできるのがRSSリーダーというわけです。単体のソフトになっているものもありますし、ニフティや楽天(インフォシーク)などのようにブラウザ上で使えるようになっているものもあり、使ってみるとこれは便利ですね。
これまで、ニュースなどはメールで通知というサービスもありましたが、細かくは知りたいものの、あんまりたくさん届くとウザイし——特に送り先を携帯にしている場合は——また消すのも面倒だったりします。それがRSSリーダーだと、見たい時に、常に最新情報を見ることができるわけですからね。これは便利です。ニフティの場合は、特定の記事だけ、設定した条件で携帯に転送する機能もありますので、これは更に便利です。
実は、BBCのホームページを見ていて、RSSのマークがあちこちにあるので気になっていたので、早速これを登録してみました。それでは、と日本のメディアのページを見てみましたが、うーん、まだまだですね。新聞系は、こんなサービスを始めるとますます新聞が売れなくなると腰が重いのでしょうか。しかし、そんなことをしていたらますます私たちは一挙に最新の情報が見れるグーグルのニュースサイトの方を見るようになるでしょうね。
世界も、そこを巡る情報も、そして一人一人から生まれて来るアイデアや企画も、瞬間瞬間、刻々と変化しています。その刻々と変化しているものを記録しているのがブログであり、そこにグーグルの検索ロボットや、今話しているRSSといったものが絡んでいき、更に今度は自分のサイトを訪れてくれた人がどういう人だったか、アクセス解析などをすることで、情報の取り方も発信の仕方もこれまで予測もできなかったような変化を迎えていると言えます。そして、こうして情報が飛び交う中で、人と人との新しい出会いが生まれ、新しい仕事が生まれていくように思います。
コンピュータとかインターネットというと、それが更に今話題のアキバ系などのイメージが絡んだりして、どうも現実感のない世界のように思えるかもしれません。新しい技術も、ただ物珍しいだけのように感じるかもしれません。しかし、こうしたコンピュータやインターネットを使った技術が確かに現実の社会を動かしているのもまた事実なのです。そしてどうも、こうした技術をいかに早く取り入れ、味方に付けるかでビジネスの勝ち負けに影響してくるのは間違いないと、今回RSSというものを試してみて思ったのでした。
勝ち負けなんて書くと、ちょっとおっかないかもしれませんが、いずれにしても、これまでにはあり得なかったことが可能となる、おもしろい時代が来てるみたいですね。
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五月というのに
激しい雨は降り続け
この鬱陶しさに
外に出るのも億劫になりそうで——
地下鉄を降りて地上に出ると
雨は上がり 澄んだ空気に
街は輝いている
あの雨が全てを浄化してくれたみたいに
巨大な汐留のビルも瑞々しく光り
街を歩くカップルや家族連れも楽しげに
薄いオレンジを帯びた空を行くのは
二羽の鳥
そして 虹——
全てが美しく見えるこの瞬間
どんなことがあっても
どんな状況であっても
今 ここにいること
それ自体が美しく ありがたく
幸せなのだと思う
——5月20日(土)午後6時頃、銀座にて
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May 18, 2006
天
大いなる世界
本当はずっとわかっていた
地上的な小さな世界では生きられないこと
自分には 小さな幸せなどあり得ないこと
あの時
幾多の瑣事(さじ)が意識に上る中
そんな世界を脱ぎ捨て
大いなる世界へ 飛翔しようと
そこで生きようとする自分を確かに感じていた
そう
本当はずっと感じていた
その大いなる世界が自分の生きる場であることを
今こそ
その大いなる世界の中心で生きる
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May 17, 2006
さて、BBCの「幸せの公式」の話の続きです。
本来政治は「最大多数の最大幸福」を目指すものだとすれば、「幸せ」が計量できるようになった今こそ、政府は国民全体の幸せを増大するようでなければなりません。この為に、次のようなことが考えられています。
まず、結婚の奨励です。昨日は書き漏らしましたが、最も人が幸せを感じるのはその人間関係ということで、中でも結婚がもたらす幸せは大きいとされています。結婚している人はしていない人に比べて男性で7年、女性で4年長く生きるというデータが出ているのです。従って政府はこれを奨励するような政策をとるべきであると。
人間関係と言えば、電車による通勤時間10分毎に社会的活動の10パーセントを失うという調査結果も出ています。つまり、その分、家族や友人と食事をしたり、クラブなどで楽しんだりする時間が減り、従って幸せも減るということです。これに対しては、歩いて行けるような所に仕事が充実している環境を整備することが必要でしょう。
それから広告宣伝、特にテレビによるそれへの制限です。テレビのコマーシャルは、それを持っていないことで、人を自分は不幸であると思わせる傾向にある、というのです。それから、特に子供たちは発育期には良くないジャンクフードのコマーシャルから守られるべきであるとも論じられています。
更には税制も重要です。結局のところ、人は他の人と比較で不幸を感じるというのです。そこで、お金持ちにはより多くの税金をかけ、それがより収入の少ない人に再分配されるようにすれば、人は自分の給料と他人の収入を比較することに関心がなくなるようにする、ということも考えられています。税金によって国民全体の幸せが増大する、というのです。
これらはまだイギリスでは議論としてあるだけのようですが、それを既に実践している国があるというのです。ヒマラヤに臨む小国、ブータン王国です。ブータンでは正に、タバコが禁止され、コカコーラやペプシコーラなどのコマーシャルも禁止されています。また、テレビについても、レスリングやMTVが禁止されています。更にはビニール袋も禁止されているというのです。
番組では王国の内務文化大臣がその政策について説明しています。上記のような結果として、ブータンは産業的には立ち後れ、経済的には寧ろ豊かな国ではありません。世界の多くの国がそうしているように、もっと産業化を推し進めれば、もっと豊かな国になっているのではないか? そのようなインタビュアーの質問に大臣は答えます。
確かに、経済的に豊かにはなったかもしれない、しかし、わが国は経済的豊かさよりも精神の豊かさを優先したのだ。お金持ちになることよりも、国民の誰もが健康で幸せでいられる国づくりを目指した結果がこれなのだ、と。
ブータンはきれいでおしいい水に恵まれた国です。それなのに、どうしてコカコーラやペプシが喉の渇きを癒す最高の飲み物だと宣伝して国民に、特に幼い子供たちに勧めなければならないのか、とも言っています。確かにその通りですね。
番組では、テレビによって家庭崩壊が始まっているブータンのある家庭の様子が映されます。テレビはかつて1チャンネルか2チャンネルしか映らなかったのが、今や世界中からいろんな放送が視聴できるようになった。一見これは豊かになったように思えたのですが、実際は家族のメンバーがテレビに取り憑かれたようになり、家族の会話や団欒の時間が奪われてしまった、というのです。
大臣へのインタビューに戻ります。インタビュアーはそもそもどうしてこのような政策を打ち出したのかと質問します。これに対して大臣は、何故なら誰だって人生の究極で目指しているものは幸せな生活、精神的高みに立ち、満たされた生活ではないですか、であるとすれば、国がこれを実現しようとするのは当たり前のことではないですか、自分は寧ろ、どうして他の国がそれを目指さないのかが不思議だと答えます。
大臣が見るところでは、所謂文明国と言われている国々は本当に文明国なのか、高度な文明とは、当然精神的にも高められていてこそ文明的と言えるはずで、どうも文明国と言われている国は本当は文明の程度が高くないのではないか。ブータンこそ、幸せという誰もが求めるものを国の目標に設定してそれを実行に移している国のモデルであり先駆けなのだ、と。
番組では、これがブータンで実現できているのは、ブータンが王政を敷いているからで、王がよいと思ったものがすぐに実行できるからだ、と釈明しています。つまり、同じことをイギリスで行なおうとして、ある政治家がそのような政策を提言したとしても、必ずそれに対する反対意見が出、議論に議論を重ねてまとまるのに時間がかかるというのです。こうなると、所謂民主主義が本当にいいのかどうかも疑わしくなってきますね。
そう言えば、このブログで何度も紹介している高句麗という国もそうでしたね。国民が一人でも不幸であれば、王は王たる資格を失うということを理念とした国。その国が700年という長い期間にわたって繁栄を続けたのは当然のことのように思えます。高句麗という国は歴史の中に消えてしまいましたが、21世紀の現代に、やはり同じ国民の幸せの実現を理念にしている国が現実に存在するということは人類全てにとって希望であり、心強いことです。
所謂文明国は本当に文明の程度の高い国と言えるのか、というブータンの内務文化大臣の言葉を私たちは真剣に考える必要があると思います。
この話題、明日も続けることにします。
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May 16, 2006
先日、BBCのニュースはどうして世界の悲惨な状況ばかりを映すのか、というようなことを書きましたが、そんな折も折、BBCの2チャンネルで5月3日から毎週水曜日、6回にわたる "Happiness Formula" という特集番組が始まりました。「幸せの公式」或いは「幸せの方程式」とでも言ったらいいでしょうか。まだ私が見たのはネットで公開されている第1回の "What Is Happiness?(幸せとは何か)"の部分だけですが、ここで簡単にご紹介しておきましょう。
まず最初に明らかにされるのが、幸せとは従来考えられていたように、あいまいで主観的なものではなく、数値化でき、従って具体的に目に見える形で捉えられる客観的なものだ、ということです。
そのためにはまず、「幸せを測る」ということが必要ですが、これは実は簡単なアンケートのようなものによって実現できると言います。「あなたは幸せですか?」という質問に対し、7段階或いは10段階で答えてもらうのです。その答は一見あいまいな主観的なもののように思えるでしょうが、意外とその人の心理状態を反映していると言います。そして、その回答が集計された時に、ある傾向がはっきりと出てくるというのです。
イギリスの一般的な人の所得は、1950年代以降勿論増加傾向にあり、個人としても国としても経済的に豊かになっているはずなのに、幸せと感じる度合いはそれほど増えてはいない。寧ろイギリスでは減少の傾向にあるということが明らかにされます。これは例えば、1957年の調査で "Very Happy" と答えた人が52%だったのに対し、2005年の同じ調査では36%となっていることなどで示されます。
ということは、幸せを高める要素としては、お金はそんなに貢献していないことになります。どんな時に幸せと感じるか、何に一番関心があったり気になるか、という問への回答から、実は幸せを一番高めているのは人間関係、家族や友人、隣人との関係であり、2番目が健康だということがはっきりと数字として表わされていました。
更に、こうした調査に参加した人たちに、ある実験に参加してもらうことでわかったのが、幸せであることが長生きにつながり、あらゆるストレスや病気に対して強くなるということです。映像では、冷たい氷を入れたグラスに手を突っ込んでもらってどの位耐えられるか、というのをやっていました。平均的な点数の人が30秒ほどでギブアップしていたのに、群を抜いて高得点を上げていた女性は6分も平気だったのです。
更に、ある修道院の話も出ていました。修道院というところは当然、共同生活、同じものを食べ、同じスケジュールで生活しているところなので、比較調査がしやすいのです。ここで、気難しい修道女たちは皆80歳を迎える前に亡くなってしまうのに、幸せに生きている修道女たちは概して長生きなのだそうです。番組では、最も幸せに暮らしている修道女が紹介されていましたが、彼女は102歳だということで、本当に明るく楽しそうでかわいいお婆ちゃんなのでした。
こうした事例から、ある研究者は幸せに暮らすかそうでないかで、寿命が9年変わってくると結論していました。「タバコを吸えば寿命は3年縮まる。たくさん吸う人は6年。それを考えると、幸せに暮らすか暮らさないかで寿命が9年変わってくるというのは、それがどんなに大きな影響を私たちの健康に与えているかおわかりになるでしょう。」と。
こうなってくると、「幸せ」というのは個人の問題ではなく、国全体の問題ということになってくるでしょう。政治が何を目指すかということについてはベンサムの有名な「最大多数の最大幸福」というのがありますが、この「最大幸福」というのはこれまで漠然としたもので計量できないので、それを経済的価値に置換えてやたらと経済ばかりを優先して来たというのが実状でしょう。ところが、先に述べたように、経済的には豊かになっても国民は幸せが増えたとは感じていない。今や、幸せが計量できるようになったからには、国は具体的に国民全体の幸せを増やすようにしなければならない。私たち国民一人一人が一年間に働いて産み出した価値の総和がGNP(Gross National Product = 国民総生産)ならば、これからはGNH、つまり国民一人一人の幸せの総和である "Gross National Happiness(国民総幸福)" という概念を導入し、これを増大するように国は政策を展開していかねばならないということになります。
今イギリスではNHS(国家保健制度)の改革論議で揺れています。やたらとお金がかかる割には効率が悪く、給付金の削減や看護師の人員削減などが政府与党から提案され、医療団体の激しい抵抗に遭っています。しかし、幸せかどうかで具体的に寿命が延びたり病気が改善したりすることが明らかになった以上、幸せを増大する政策をとることが先決ということになります。
その幸せを増大させる政策とは——? 実は、このGNHという考えを実践している国が現実にあるのです。それはアジアの小国ブータン王国だというのです。そこではどのような政策が実施されているのか——?
長くなりましたので、この続きはまた明日。
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May 15, 2006
今日は「母の日」。朝実家近くの花屋さんに花を届けてもらうように注文した。夕刻母親からありがとうの電話が入る。
前にも書いたが、どうも親は苦手である。こんなに自分のことをわかってくれない親なら要らないと思うこともある。が、それでも気になってしまうのがまた親である。どんなに突っ張ってみても、もう父は70歳を越え、母もそれに近い年齢になってきた。平均余命ということを考えると、そんな親がいてくれる時間も残り少ないことに改めて気づかされる。孝行したい時に親はいないとよく言う。
昨日一緒に食事をした人も、母親とはうまくいっていなかったらしい。が、先日の連休で実家に帰った時、ただ一緒にいるだけで通じ合えるものがあったと話していた。「タンゴさんも、明日は母の日ですよ。」
そう、何だかんだ言ってもたった一人しかいない母親だもの。結局は遠く離れて暮らしている私のことを気にかけていない日はないのだ。
そうして久し振りに母親と話した。ちょっと幸せな一日。
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May 14, 2006
大いなる自然
大いなる音の中で——
頭の中を雑念が
不思議なことばが過ぎる
邪な思いか
自分でも気づかぬ本音か
或いは 他の誰かの意識が紛れ込んできたか
それとも
まだ見ぬ未来の記憶か——
大いなる自然
大いなる音の前に
頭の中の地上的なことはあまりに小さく
僕の生命は求める
大いなる世界で 自由に生きることを
大いなる自然
大いなる音の後に
今 大いなる世界への
飛翔の時
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May 13, 2006
今日ある友人と食事しておりましたら、彼女が言うのです。ある人たちから、最近楽しいことないですね、と言われるのですが、自分は楽しいんだけど、あの人たちは何で楽しくないんでしょうね、と。私は、その人たちは楽しく生きてないから楽しいんじゃないの? とわけのわからない返事をしてしまいました。が、自分は楽しいと言っているその彼女を見ていると、彼女はどんな事も、自分の身に起こる一つ一つのことを大事に受け止めているように思うのです。
それで思い出したのが、前にも書いたかもしれませんが、先日仕事関係のある会合に出席した時のことです。そこで、ある報告がなされたのですが、報告者があまりに下手くそで、私などはイライラして早く終らないか、或いは誰か代わってあげればいいのに、と思っておりました。ところが、私と一緒にその会合に出席していた私の部署の若い女性社員の動きがどうもおかしい、肩が揺れているのです。「あり得ないですよね。」と言う。そう、あり得ない。あり得ないほど下手くそな報告に私はイライラしていたのですが、その同じあり得ないことが彼女にはおかしくてしょうがないらしく、懸命に笑うのをこらえていたのです。彼女がおかしいと思っているその感覚が私に伝わってくると、さっきまでは同じことにイライラしていた私までがおかしくなってしまい、やはり笑いをこらえるのが大変になってしまいました。
この時ほど、人というのは同じ場所で同じものを見ていても、実は経験しているのは全然違うことだと改めて気づかされたことはありません。同じものを見たり聞いたりしても、ある人はムカついたり、ある人は楽しくなったりするのですね。冒頭に書いた、私の友人に最近楽しいことがないと言った人たちは、きっと何が起こっても楽しくないように生きているから楽しくないのではないでしょうか。
一体、楽しいとか幸せとかって何だろう、と改めて思うことがあります。実は、先日BBCで "Happiness Formula" という特集番組がありました。「幸せ方程式」とでも訳しましょうか。幸せとはあいまいな、主観的なものではない、数字化してはっきりと目で見ることのできる客観的なものだ、という内容のものですが、実にタイムリーな企画でもあるので、そう、明日あたりからこの番組について書いてみることにしましょう。今日はこの辺で。
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今日は久し振りにお気に入りのラーメン屋にラーメンを食べに行きました。カウンターに座ってオーダーしたラーメンが出てきて食べ始めると、「わー、おいしそー」と隣に座った女性が言いながら、嬉しそうに私が食べているのを見ているのです。彼女の向こうには彼氏らしき人物がこの店のラーメンについて蘊蓄を語っているのですが、彼女は話を聞きながらも何故かこちらを見ているので参ってしまったのでした。私はグルメ番組のモデルではないし、人から見られながら食べるというのはどうにも落ち着かないものがありますね。その見ている人が女性であれば尚更です。
そう言えば、と思い当たるフシがあるのは、どうも私が食べている姿なのか顔なのか、おいしく見えるらしいのです。以前、ある女性から食べる姿が汚い、と言われたことがあるので、どうにも自分の食べる姿には自信がなかったのですが、そんな私の姿でもおいしそうに思える人たちもまたいるようなのです。
ある時、お金がなくて安いカップラーメンを買って会社の休憩室で食べていたら、「カップラーメンは身体によくないぞ」と言いながらも、「それにしてもうまそうに食ってるなー」と言われ、その人は日頃カップラーメンは食べない人なのですが、そそられたのか、何故かその翌日その人はカップラーメンを買ってきて食べているのでした。またある時はイベントの出店でアイスクリームだか何だかを立食いしていたら子供から指さされ、「お母さん、あれおいしそう! 食べたい!」と言われたこともあります。
それと、不思議なことに私が入った店は何故かあっと言う間に満員になってしまうのです。あちこち知らない町を訪れることがありますが、食べるところについてはあまり下調べをしないので、お腹が空いたりすると、適当な店に飛び込むことになります。それがしけた定食屋で、ガラス戸を開けて入ると客は誰もいないような店でも、何故か私が食べているかオーダーをして待っている間に次々に人が入ってきて満席になってしまうのです。そう言えば、今日のラーメン屋も、私が入った時はまだ店には席の半分ほどしか人がいませんでしたが、私がカウンターに座ってラーメンを待っている間に席は一杯になり、待ちが出るほどになっていました。
「おいしい顔ってどんな顔」というのが昔のテレビのコマーシャルにありましたが、一体自分はどんな顔をして食べてるんだろうと気になって参りました。おいしそうな顔、幸せそうな顔ならいいのですが……。自分の顔に責任を持て、とはよく言われることですが、どんな顔をして歩いているかわからないようではやっぱりいけませんね。一時は私も手鏡を持って歩いていたのですが、最近は全然でした。男だって手鏡くらいは持ってないとダメですね。そして自分がどういう顔をしているかわかっていないと。他人(ひと)のことはよく見えるのに、自分のことは鏡でも使わないと全く見えない。怖いことです。
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May 11, 2006
先日、BBCのニュースをチェックしていることを書きました。世界で起こっているいろんな出来事はBBCの国際ニュースで知ることが多いのですが、これを見ていると、その殆どが悲惨な事件や戦争、災害についてのニュースばかりです。そんなニュースを見ては胸も、身体も痛みます。とても他人事とは思えないのです。が、世界中大変危険な状況にあるのに、日本に暮らしていると、確かに陰惨な事件も報道されるものの、こうした危機感を覚えるということは普段ありません。この差は一体何だろうと思うことがあります。或いはBBCがこうした世界の悲惨なニュースばかり流しているのは、こう思わせたいからだろうかと思ったりもします。つまり、「こんな場所で暮らしていないあなたは幸せなんだよ」と。「だから今の自分の生活に満足しなさい。」と。
2、3日前、あまりにショッキングなニュースが報道されました。西アフリカの国リベリアは1989年に内戦が勃発して以来紛争の絶えない国ですが、その内戦等で130万人以上の人が難民と化したと言われています。(リベリアの人口は約340万人。)こうした中で、18歳以下の子供たちが家計を支えているという実態があり、5歳位から働き始め、女の子に関しては、10歳から15歳位で胸が出てくると "man business" という、つまりは食べ物のために男に身体を売っているというのです。
私にとって衝撃的だったのはそうした少女たちの相手です。それは彼女たちが "big people" と呼ぶ、つまりは力のある人たちということなのでしょうが、それがどういう人たちかを次に挙げます。
ビジネスマン
PKOの兵士
NGO職員
国連職員
政府職員
警官
軍人
学校の教師
何と、本来彼女たちを守らなければならない人たちではないですか。内戦から停戦合意、自治的な政権へと移行するのを助けるためにわざわざ海外から来た国連やPKOやNGOがこうした子供たちの性的虐待に関わっているとは何ということでしょう。
これが明らかになったのはイギリスに本拠を置くNGO「セーブ・ザ・チルドレン」が5/8にレポートを公表したからで、このレポートはセーブ・ザ・チルドレンのホームページからダウンロードできますので、私もまだざっとですが読んでみました。ひどいのは、当然セックスの相手としては成人の女性だってあり得るわけですが、殆どがまだ幼い少女が選ばれる理由として、まだ子供なので性に関する知識も社会的常識も乏しく、報酬としてほんのわずかのお金や食べ物を与えるだけで済むからだ、というのです。また、教師については、学校の授業料を減らしたり免除したりする見返りだというのです。一体、こういう大人たちはいいことをしていると思っているのでしょうか。そう、上に挙げた人たちは何れも「いいこと」をするためにそこにいるはずではないですか。国連やNGO、PKOの人たちがこれによって彼女たちの生活を支えている状況を皮肉ってか、BBCはこれを "sex-for-aid" と表現しています。
こうして少女たちが身体を売るのを、勿論親も地域社会もいいと思っているわけではないのですが、結局は彼女たちが稼いだもので生活している以上、仕方がない、と見過ごさざるを得ないというのです。こうした状況の中で、当然のことながら決まった父親のない赤ん坊が生まれたり、或いは妊娠した少女が家から追い出されるという事態も起きています。
こうしたひどい事態に対して、私たちに直接すぐできることというのはないでしょう。が、リベリアで起こっていることは決して遠い国の他人事ではありません。セックスというものが商品化され、お金さえあれば何でも買え、お金さえ払えば何をしてもいいかのような錯覚を覚える国に私たちも生きているのですから。人の命というものを大事にした生き方をしない限り、私たちもリベリアの加害者と同じ側にいると言えるのではないでしょうか。そう、そのような命を大切にした生き方を始めることが、こうした問題の解決に向け、世界中の人々が幸せに暮らしていけるような世の中の実現に向けて私たち一人一人ができることなのではないでしょうか。
BBCのニュースの最後に、インタビューに答えていた少女が、「あなたの友だちはみんなこの仕事に関わってるの?」という質問に対し、次のように答えていた声が私には忘れられません。それはちょうど、数年前にエチオピアの大飢饉の時にテレビの画面に大写しに映し出された赤ん坊の顔のように、何度も私の脳裏に繰り返し現れるのです。"Not all. Majority.(みんなじゃないけど、殆どの子はそう。)"
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May 09, 2006
昨日、ある会合で「いい事をしてるというのが問題なのではないか」という話が出て、かなりの衝撃を以て成程、と思い知らされました。
「いい」とは果たしてどういうことなのか。「いい」とは勿論「悪い」ことではありません。が、ここで立ち返って考えてみると、「悪い」ことであればそれを取り除いたり、捨てたり、改善しようとしますが、「いい」こと、「いい」ものはそれで「いい」としてしまうのではないでしょうか。ということはそれ以上良くはならないということです。「いい」とは "good" なのではない、"That's enough." ということなのではないでしょうか。
こう考えてみると、実は「いい」というのは一義的なものではない、ということに気づきます。「いい」ということは積極的には定義できない。つまり「悪くはない」というように消極的にしか定義できないのではないでしょうか。丁度、私たちが「病気」は知っていても、真の意味での「健康」を知らず、結局それが「病気のない状態」という程度にしか定義できないように。
こんな状態では、悪いことをしていないといっても、本当の意味でいいことをしているとは言えませんね。初めて社会人になった時に、直属の係長がよく部長や本部長から資料の作成を要求された時に、ちょこちょこっと残業して作って、「これでいいや!」と言ってテキトーにその仕事を終らせていたのを思い出します。「これでいいやですか?」と私が突っ込むと、その係長は笑っていましたが、私たちがやってる「いいこと」というのはどうもその係長のようなテキトーなところで、たとえ一生懸命やったとしても、「自分は一生懸命やったんだから(これでいいや)」と勝手な言い訳をつけていないでしょうか。仕事とは他の誰かを幸せにすることであると考えれば、これでは仕事になってませんし、お客さんに対する裏切り行為です。悪いことはしてなくても、「いいことしてますか?」と訊かれてどこか後ろめたさを感じるのはだからではないでしょうか。
それではどうするか? 最良の状態で最良の仕事をする、ということだそうです。「いい」ではなく「最良」。他の誰とも何とも比較できない「最良」。これからはこれで行きましょう。
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May 07, 2006
私はほぼ毎日BBCのニュースは見るようにしています。海外のニュース番組を見ると、日本のニュースでは伝えられないものに接することができたり、同じニュースでも論調が違ったりするので、今世界で何が起こっているかを見極めるには、いろんな国のニュースを見る必要があると思っているからです。
BBCはやはり旧大英帝国の威光もあってか、世界のBBCという感じで海外のニュースも充実しているのですが、このところはイギリス国内のニュースにその時間の大半が割かれています。日本ではあまり報道されていないようですが、実は今、ブレア政権が大変なことになっているのです。
先日、イギリスでは地方議会の選挙が行なわれましたが、ブレア首相率いる労働党は26%の得票率で最大野党の保守党に負けるどころか、第3党の自由民主党にも負けて3位となり、対象となる4,418議席に対して319議席も失うという大敗を喫したのです。これに首相は急遽内閣改造を行なったものの、党の内外から、必要なのは内閣の改造ではない、トップの交替だ、と退陣要求が高まってきているのです。
これは、何と言っても、選挙直前に起きた一連の閣僚のスキャンダルの影響が大きいでしょう。まず4月の終わりに1000人を越える外国人受刑者が、正規の国外退去の手続をとらずに釈放されたことが発覚、外国人の犯罪者を街に放ったと世論は騒然となり、クラーク内相がその責任を追及され、進退問題となっていました。
そこへ先週の水曜日、プレスコット首相が部下の女性職員と不倫していたとのスキャンダルが発覚、更に同じ日、NHS(国家医療制度)の体質改善のため、職員削減を進めようとしているヒューイット保健相は医療機関の労組大会で強烈なブーイングを浴び、テレビのインタビューでこの3人を弁護したジョエル文化相はブレア政権にとって「最も困難な一週間」と評したくらい、政府にとっては好ましくない閣僚の不祥事が次々に明らかになったのです。そのジョエル文化相も、3月には弁護士である夫のミル氏がイタリアのベルルスコーニ首相から賄賂を受け取ったとしてイタリア当局から訴えられるということがあり、この時期にジョエル文化相はミル氏と離婚していますが、この離婚はミル氏の事件によってジョエル文化相、ひいてはブレア首相への影響を回避するためのものではないかとの憶測が飛んでいました。
こうした状況下での選挙は結局、与党にとって散々な結果になったわけですが、これにブレア首相は内閣を改造で応じたわけです。そこでは、外国人受刑者の問題を自分自身で改善したいと続投を望んでいたクラーク内相が更迭となる一方、不倫スキャンダルのプレスコット副首相は権限が縮小されたものの留任となったのです。これでは国民が納得するわけがありません。
そして私が驚いたのが、長年外交を担当してきたストロー外相も辞任だか解任だかされたことです。今回の一連の不祥事には関わっていないどころか、ここのところアメリカのライス国務長官とお互いの国も家も訪問し合ったりして積極的な外交を展開していただけに、何でまた突然、という感じなのです。中には、これはブレア首相が外交で主導権をとって思うようにしたいからだ、という見方もあります。
しかし、そうやって頑張ろうとするブレア首相に対して、党内部からの批判はかなり厳しいようです。同じく留任したブラウン財務相も党首交替を匂わす発言をし、労働党の議員たちも不満を示すなど、あとはもう具体的な日時の問題だけになってきているような状況です。
ブレア政権は9年間とかなり長く続いた政権ですが、こうした状況は、やはり同じく与党総裁がカウントダウンとなっているわが国のことを思い出させます。先の衆議院千葉7区の補欠選挙で、あれだけ民主党に逆風が吹いていたにも拘らず自民党が負けたというのは、やはり人は、長く続いてきたものに「もういいよ」と、新たな可能性に賭けようとしているからかもしれません。
アメリカも大統領の支持率が低下していますが、先に大統領が、自分や政府の失態を自ら茶化すようなことをしたりして、もう開き直っているとしか思えません。
日本でも世界でも、一つの時代が終わり、新しい時代を迎えようとしているようです。
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ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」第23号が発売になりました。今回はいつものような即興ではなく、歌ものを作っていましたので、間に合うかどうかというところでしたが、幸い連休をうまく利用して何とか発売に間に合いました。その私の歌は下手くそなのであまりお勧めはできませんが、今回は関根敏行さんが迫力と緊張感に溢れたフリージャズを、大村眞由さんが「七つの子」を弾いたものが特に素晴らしいですね。是非お立ち寄り下さい。
ところでその5日間あった連休も、結局はあっという間に過ぎ去ってしまいました。いつも仕事仕事で忙しくしている貧乏性なもので、始まる時には同じ傾向の友だちと、「一体どうやって過ごせばいいんだろう」なんて言ってたものですが……。
そう、また明日から会社勤めな日々が始まるわけですが、また新たな気持ちで向かうことにしましょう。そう言えば、先日話した面接に来た若い人たち、明日から正式に配属になります。彼女たちにとっても私にとってもまた新しいスタートというところでしょうか。
何にしましても、先へ向かってどんどん新しく動きたくなる5月ですね。
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May 04, 2006
When the music is over
Everything seems to be shining bright
Walking home alone in the night
I feel so happy when the music's over.
When the music is over
I find myself lookin' up the sky
With beauty and light the stars are shining my life
I find the truth there that'll last forever.
Even though our eyes cannot see
Every life is meant for each other
Every life shines and gives light to each other
Living happy together we can be
When the music is over
I know I'm sharing this purified air
Of the night with you being there
I feel you within me, I love you more than ever.
I feel so happy when the music's over
I feel so happy, I love you more than ever.
* * *
昨日、歌が書けそうだと書きましたが、これはその第2弾。4月の初めに書き始めたものの、ずっと途中になってうまく続けられないでいたのでした。
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May 03, 2006
Good day! Good day!
The sun is shining
Good day! Good day!
Everybody's laughing
Loving each other
Living together
Greet this beautiful day
And happiness'll come your way.
Good day! Good day!
The skies are clear now
Good day! Good day!
And you're here now
Smilin' at each other
Sharin' time together
Wish this moment would stay
Your presence makes my day.
Good day! Good day!
Greet this beautiful day and say
Good day! Good day!
And happiness'll come your way....
* * *
今日は連休に祝日に相応しく、本当によく晴れた気持ちのよい日でしたね。それでこんな歌ができました。最近は少しずつですが、歌を書けそうな感じになってきます。私の場合は、歌詞も曲もほぼ同時に生まれてくるのですが、こればっかりは作ろうと思ってもなかなかできない、自分自身があるいい感じになってないとダメなんですね。
そろそろ久し振りに曲が書けるかな。と、思ったら、「DAICHI-大地-」の発売は今度の週末だ! 間に合うかな?
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昨日家の電気調理器が壊れたという話を書きましたが、それで今日はカセットコンロを買ってきました。電気調理器の修理はいずれお願いすることになると思いますが、以前から地震などで電気が停まった時に備えてカセットコンロを買っておきたいと思っていたのです。それに花見など、アウトドアで遊ぶこともあるし。それより何より、私の電気調理器は今流行りのIHではないので、例えばお湯一つ沸かすにも時間がかかる一方で、スイッチを切ってもなかなか冷めない。要するに料理がしにくいので、一つ火力の強いコンロを買っておきたいと思っていたのです。
が、やっぱりさし迫った必要性を感じなかったせいか、いつか、いつか、で買い物の優先度としては低かったのですね。それが今回こういうことがあったので、そうだ! と買う気になったというわけです。そう考えると、トラブルというのはチャンスでもありますね。
家に帰って来て、早速、まずはお湯を沸かしてみると、やはり、早い。それに、気をつけないといけないとは思いつつも、やっぱり火が出るというのはいいですね。このところ自炊の生活が続いていますが、新しいコンロを買って、またちょっと料理をやる気が出て来た、というところでしょうか。
そんなことがちょっとした楽しみの今日です。
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May 01, 2006
五月になりました。五月はとても好きな季節です。空も、空気も、自然も、強い生命のエネルギーに溢れ、前へ、先へと向かう気持ちになるのです。
それにしても、カレンダーというものは人間が計算で作り出したものであるはずなのに、4月30日とたった1日しか違わないはずなのに、カレンダーが変わるとそれだけで大きく変わってしまったようです。急に晴れた真夏日になったこともそうですが、昨日までとは違うんだということを思い知らされるようなことが実はいろいろとありました。
会社ではこれまで勤めていた人が昨日付けで辞める一方で、今日は新しく私のいる職場で働こうかという若い女性二人を面接しました。まだ決まったわけではありませんが、会社もまたより若く新しい人が入ってきて生まれ変わるのだと思いました。
そんな会社から家に帰ってみると、今日の地震の影響か、本をたくさん詰めて積んであった段ボール箱が倒れていました。更には、お湯を沸かそうと電磁調理器のスイッチを入れた途端にブレーカーが落ちたのです。この調理器も壊れて漏電か何かしているのでしょう。前にも書きましたが、今までと同じことを繰り返していてはダメだ、という時は、いろんなものが一度に壊れたりなくなったりします。生活を新しくしなさい、というメッセージと受け取りました。
新しい月の到来は新しい生き方を始める時ですね。
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イスラーム建築の緻密な天井画は
広大なる 無限なる宇宙そのものだ
津軽の優しくも厳しい自然は
しかし縄文を生きた人々が
その自然と共にあったことを表す
天と言おうか 宇宙と言おうか
人間はそんな広い空間で生きてきたのだ
疲れ切っているのも 先が見えなくなっているのも
目先に囚われ 地上的なものにしがみついているからだ
人間が作ったちっぽけな世界しか
見えなくなっているからだ
自由とは きっと
この地上的なものの呪縛を離れ
広大なる 無限なる世界で
時を越え 空間を越えて生きることだ
地上的なものの呪縛を離れ
天上へ
天上へ
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April 30, 2006
また新しい朝が来た。今日は日曜日であるが、これから会社に出勤するのである。日曜に、しかも世間はゴールデンウィークというのに出勤するというのは本来ならグズついてしまったりするものだが、今朝はそうではない。寧ろ、スッキリと目が覚め、疲れは感じない。どこか前向きな気持ちになっている。「新しい朝」と表現したのはそのためだ。
ここひと月以上このブログも休んでしまった。あまりに忙しく、疲れ切ってしまったひと月だった。前にも書いたが「疲れる」は「憑かれる」のであって、自分自身の人生を生きているのではなく、人に、或いは体制のようなものにコントロールされるように生きているからであろう。疲れてこのブログを書く気力もなくなってしまっていたのだが、実はこのブログは自分がその日その日感じたことを書いたりして整理することになっていたので、ブログを書かないことが自分を取り戻す時間を失い、疲れが回復しなかったとも言えるだろう。
人間は自分が今生きている理由を忘れては生きていけない生き物のようである。僕の好きな英語の表現に "be meant" というのがある。「意味する」という意味の"mean"が過去分詞になって受動態の表現になっているが、"What I am meant to be" とは「自分はこうなるために生まれてきたというもの」であり、"We are meant for each other."とは、「僕たち二人はお互いひとつとなって生きるために生まれてきた」というような、要するに「運命の相手」というような意味になる。自分が生まれてきた理由が今、この時に充足される時、人は自らの生を生きていることを実感するのであろう。「自由」という翻訳語を作った人はこのあたりのことをよく考えた人であったに違いない。「自由」とは「自らの理由を生きる」ということであり、確かに、会社だとか体制とか、或いは世間とかそういったものでなく、正に本来の自分で生きる時、人は自由を感じるのだ。
今日、これから会社に行って、一体どんな一日になるのだろう。人を疲れさせるようなひどいことも起こるかもしれない。しかしそれでも、自分が生きている理由を忘れないようにしよう。
そんなことを感じている新しい朝である。
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March 28, 2006
しばらくお休みしてしまいましたがソサノオの話の続きです。
さて、ソサノオの罪科は数え上げると1000クラとなり、365クラの死罪の3倍にも当る三段死(みきだがれ)と決まりました。普通の死刑より3倍苦しむ刑罰ということでしょうか。髪を抜かれ、爪も抜かれて、それでも足らずにいよいよ殺すという時に正后のセオリツヒメから勅使が送られて来ます。
「ウケモノ(食べ物の神様)に祈り、妹ハナコの魂は黄泉の国へ無事送り届けました。ハナコを殺した400クラの罪はもう償われています。本当の罪がどこにあるかを明らかにしましょう。ソサノオが行なった乱行はもとはと言えばアマテルカミと同じこの血統(ちすじ)がよくない虫に蝕まれた故のもの。本人に罪のない者をいつまでも牢に入れておくべきではないのはないでしょうか。」
このセオリツヒメの詔(みことのり)を受けて、群臣たちが諮った結果、天に悖(もと)る重い罪ではあるが、本来の性はアマテルカミと同じ血統であるとの判断により罪を半減、最終的には「人との交わりを禁ずる」という第3段階の処分となりました。菅(すげ)の笠を被り、青草の簑を纏い、来る日も来る日も生きる糧を這って求める、そんな流浪する下民として追放されたのです。
さて、アマテルカミのその後の治世は正に天を照らすようであり、人々の顔も晴れやかに楽しげでしたのでミチスケが次のように歌いました。
アハレ アナオモシロ
アナタノシ アナサヤケ
オケ サヤケオケ
アワレ オモシロ
サヤケオケ アナタノシ
<天晴れて 何とみんなの顔の明るいこと
何と楽しいこと 笹の葉のように 何と清々しいこと
笹の葉と オケラ草もて
天は晴れ みなの顔も明るくて
笹の葉と オケラ草もて ああ楽しい>
みんな一緒に手を打ち伸べて歌い、舞います。「チハヤフル」つまり千もの岩が震えるほどに人々はこの時を楽しんだのでした。「千早振る神代」と歌に詠われるのは、この時の幸せな時代のことなのでしょう。そして、この時の歌と踊りが神楽の始まりとなったのです。そしてアマテルカミのことを「アマテラスオオンカミ(天照大御神)」と呼んだのです。
さて、流人となったソサノオは、アマテルカミの詔を受けてネノクニに行こうとします。その前に嘗て自分を育ててくれた姉、シタテルヒメに会いたいと申し出、許しを得て、ヤスカワへ向かうと、大地は踏み轟き、鳴り動くのです。姉はもとよりソサノオの荒々しい性格を知っていましたから、これに驚き、「弟が来るのは単に挨拶などではあるまい、きっと国を奪うつもりだ。嘗て両親が治めるようにとあの子に任せておいた国を今まで放っておいて、何を今更敢えて伺おうというのか、きっと何か企んでいるに違いない。」
シタテルヒメは髪を上げて髻(みづら)——髪を左右に分けて、耳のあたりで輪に結ぶ、よく『古事記』などの挿し絵でオオクニヌシノミコトなどがしている、あの髪型です——に結って、裳裾(もすそ)を縛って袴とし、五百勾玉(イモニマガタマ)を連ねた御統(みすまる)を身体に巻き、1000本の矢が入った靫(ゆぎ)と500本の矢が入った靫を肘に付け、弓弾(ゆはず)をブンブン振り回して剣を手に、堅庭を踏んでその土を蹴散らし、稜威(イツ)の雄叫びを上げて、「貴様、何しに来た!」と男のように怒鳴りちらしました。ソサノオは、「姉さん、何もそんなに怖がらないで下さい。昔からネノクニに行けと言われていたのです。一度姉さんに一目会ってから行きたいと、そう思っただけです。わざわざ遠いところをこうして来たのですから、そんなに疑わないで、男みたいに怒るのはやめて下さい。」と言います。姉のシタテルヒメは尚も問いかけます。「それで、本当のところはどうしたいと言うの?」
これに答えてソサノオは言います。「ネノクニに着いたら子供を生もうと思います。生まれた子が女の子ならば私の心はまだ穢れていると、そして男の子が生まれたならば私の心は清くなったと思し召し下さい。これが私の誓いです。昔兄のアマテルカミがマナイにいた時に御統(みすまる)の玉をそそいで身を浄め、モチコに産ませたのが男の子のタナキネでした。ところが、ハヤコを召して床神酒(トコミキ)を飲んで寝たその夜、兄は十握剣(トツカノツルギ)が3つに折れ、それをサガミに噛むと、3つの「タ」となる、という夢を見ました。そしてハヤコは3人の姫を産んだのです。そして兄は夢に因んで3人の姫に何れも「タ」で始まる、タケコ、タキコ、タナコの名を与えたのです。」
皆さんにはこれがどういう意味かおわかりでしょうか? 姫たちの父親は実はソサノオだということなのです。ソサノオが穢れた状態でハヤコと寝てしまったためにあの姫たちが生まれたというのです。アマテルカミはハヤコと寝た夜に夢でそのことに気づいたのです。3つ(ミキダ)に折れた十握剣とはソサノオが三段死(ミキダガレ)の刑を賜ることを予見していたのですね。とすれば、3つの「タ」も、普通に読めば「3つの田」でしょうが、「タ」がホツマでは父親のことを表すことを考えると、アマテルカミが折れた剣をガリガリと噛んだことで、三段死を賜る男が3人の姫の父親であることを明らかにしたと読めなくもありません。更に深読みすれば、「タ」のヲシテ(文字)は、丸い輪(和)の中に3つの光が射している形をしています。それ故、「タカラ」、「タマ」など輝くものとも関係しているのですが、アマテルカミはガリガリと噛んでこの不幸な状況を光輝く佳きものに変えるということなのかもしれません。尤もこのことは、まだ後にならないとわからないことではありますが……。
いずれにしろ、3人の姫の父親がソサノオであることは姉のシタテルヒメにも伝わったことでしょう。ソサノオは続けます。「ですから、ネノクニで子供を設けた時、それがまた女の子だったら、私の穢れた状態は変わっていないということ。その時は3人の姫を引き取り、恥をさらして余生を生きていくことにします。」
ソサノオはこのように誓い、シタテルヒメの許を立ち去って行きました。
これは後日譚ということになりますが、この3人の姫、オキツシマヒメタケコ、サカムエノシマヒメタキコ、イツクシマヒメタナコはその後大人になってから自らサスラヒメ(流浪姫)となって流浪の日々を送り、父ソサノオが犯した密通の過ちを償ってから再び九州に帰って来ています。
ところで、その昔、イサナギ・イサナミの両神(ふたかみ)はソサノオのことで、遺言とも言うべきものを残していました。それは次のようなものです。
「天の巡りが蝕まれて——日蝕とか月食のことでしょうか——いるのを写して、八尺瓊(ヤサカニ)の玉が濁っている時に交わって生まれたソサノオは、魂(タマ)が乱れ、国のクマ(病)をなす過ちを犯してしまいました。男は父親に導いてもらい大地である女性を抱きなさい。女は母親に導いてもらって天である男と共に寝なさい。結婚する時は必ず浮橋、つまり仲人を立てて嫁ぎなさい。女は月経の3日後に、身を浄めて朝日を拝んでから交わるならば、必ずよい子が生まれます。月経で穢れている時に孕んだ子は、必ず乱暴な子になります。また、言挙(ことあ)げの順番を間違えて女が先に声をかけた時には、その子を流してしまい、私たちの恥となってしまいました。こうしたことは全て、占いのもととして、後々に掟として伝えていきなさい。決してこれを忘れてはなりません。決して。」
「ホツマ」の宇宙観、人間観には独特なものがあります。子供が生まれる時、父親と母親から肉体を授かるわけですが、更にそこにその子の魂(タマ・シヰ)が宇宙の中心から現れ、肉体と結び付く、というのです。この魂は「タマ」と呼ばれる通り、美しい光の球体なのですが、周りの人の羨みや妬み、恨みといった邪なエネルギーによって、魂が肉体と結び付く、その付き方がおかしくなってしまうことがあるというのです。これによって弱い子供ができたり、乱暴な子供ができたりするのです。
これについてはまたいつか稿を改めて詳しくご紹介することにしますが、セオリツヒメホノコの、ソサノオ自身が悪いのではない、アマテルカミと同じ血が流れているのに、その血が邪なエネルギーで蝕まれてしまったことが問題なのだ、だからソサノオに死刑を賜ることが問題の解決なのではない、という発言、そして最後の、イサナギ・イサナミの、子供がこのような状態で生まれてこないように、親は身を浄め、自分達の状態をよくしてから子をなさせねばならないという遺言は、現代に生きる私たちにも通じるものではないでしょうか。悪いことをした子供や人そのものを憎んで罰するのではなく、本当は、何故その人たちがそんなことをしてしまったのかを鑑み、よりよい精神の子供たちが育っていけるような家庭環境、社会環境を創っていくことが私たち大人の責任であると思うのです。
それでは長くなりましたので、今日はこの辺で。
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大相撲の春場所は昨日千秋楽を迎え、朝青龍の優勝で幕を閉じましたが、この場所は日頃あまり相撲には興味のない私も楽しませて頂きました。というのも、今回はいろいろな役者とそのドラマに富んでいたからです。あと何勝すれば大関に、という白鵬や横綱を狙う栃東のような力士がいる一方で、魁皇のように何とかカド番を脱出しないと大関の位が危ないような人や、更には安馬のように勢いのある力士もいて、どの一番もおもしろかったですね。最後の優勝決定戦、朝青龍−白鵬戦はさすがと思わせる、見応えのある勝負でした。
こうした力士たちは、全15日間の日程の中で、一日にたった一回しかない勝負によって、あと何勝しないと昇進できない、或いは落ちてしまう、という相当なプレッシャーの中で戦っているわけでしょう。そのプレッシャーも終わりに近づけば近づくだけ増していっているはずです。
私がたまたま今回の中継を見ていた時に、テレビのアナウンサーがその辺りのところを解説の親方に訊いていました。「残すところあと2回、ここで一敗もできないとなると、その緊張はものすごいものがあるんでしょうね」というような内容でした。が、解説の親方は、先のことをあれこれ考えるのではなく、今目の前の一番にどれだけ集中できるかしか考えません、その一番一番の積み重ねが最後に何勝ということになるのです、というようなことをおっしゃってました。
なるほど、と思いました。そう言えば、「あと何勝で横綱ですね、今の心境を」みたいな質問をされると、関取たちは必ずと言っていいほど、「一番一番自分の相撲をとるだけです」みたいなことを言いますが、あれはやっぱり基本なんですね。勿論、先の大きな目標に向かっていくわけですけど、それは今、この瞬間にどれだけ自分自身の生命を賭けたか、それに掛かっているわけですよね。今、自分を出し切ることなくして、明日の優勝なり夢の実現はあり得ないわけです。あと何回、と先のことを計算したり憂いたりしても、或いは、今当る相手がこれまでに負け越している相手で、その負けた記憶が蘇っても、きっと勝つことはできないのでしょう。負け越している相手でも一瞬一瞬、その時起こっていることに集中して対応する中で、あの素晴らしい一番一番が生まれているのでしょう。
以前、大相撲がルチャと呼ばれるプロレスの盛んな国メキシコで大歓迎された時、同時に、メキシコの人たちは、相撲の一番一番があっさり終ることがちょっと残念と思ったようです。実は、私も以前はそう思っていて、それが相撲がおもしろくないところと思っていたのです。が、今こうして考えてみると、二人の力士の一瞬と一瞬のぶつかり合いであるからこそ、短い時間で終ってしまうのですね。その一瞬にどれだけ集中し、自分を賭けることができるかの勝負なのですね。
そうした力士たちを見ていて、これは相撲の世界だけの話ではないとすぐに気づきました。自分にも実現させたい夢はありますが、果たしてその夢の先にとらわれすぎていないか。そのために本当に一瞬一瞬、自分の生命を賭けて生きているか。そんなことを改めて考えさせてくれた春の大相撲でした。
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March 22, 2006
これも春分の日の昨日の出来事です。
巷の話題はWBCでの日本の優勝、日本の野球は世界一、で持ちきりです。なかなかパッとしなかったトリノ五輪の後に、韓国に二度も負けるわ、納得のいかない判定負けするわで、トリノでもそうでしたが、何だかこのところの日本のスポーツはついてないなぁ、とがっかりしていたところへ急に、予想もしない準決勝進出、そしてここぞというところでのホームランで流れを掴み、韓国に勝つといきなり優勝戦と、急に盛り上がって参りました。そして強豪キューバに勝つという快挙。久し振りの「世界一」に、何とも冴えない、気の塞いでしまうようなニュースが続いていた時期だけに、多くの日本人の気持ちにスカッとしたものを与え、元気づけてくれたことと思います。
元気づけてくれたと言えば、同じ昨日の朝、たまたまテレビでトリノ・パラリンピックの総集編を見ておりましたが、こちらは日本もたくさんメダルを獲っていたのですね。身体の不自由な方々がこんなに元気に頑張って日本のスポーツに貢献してくれていることに、改めて感動を覚え、感謝し、元気づけられました。自分は本当に五体満足なんですもの、多少の困難にめげて落ちこんだりしている場合ではありません。
昨日の午後、実は老人ホームを訪れておりました。ネット音楽雑誌・月刊「DAICHI-大地-」でもお馴染みの大村眞由さんやKYOKOさんらによる懐かしい歌のステージだったのですが、途中、童謡のメドレーの時に、女性を中心として多くのお年寄りが一緒に歌っているお顔が美しく、とても感動しました。いい音楽というものはどんな状態にある人でも美しくするのだな、と。この会は2ヶ月に一度催されているのですが、この会を楽しみに日々暮らしていらっしゃるお年寄りもいると聞き、大変嬉しく思います。
時に、自分は一体何をやっているんだろう、何を本当はすべきなのだろうと迷うこともありますが、やはり、こうして周りの人を元気にできるように、生きていることが楽しくなるようなことをして行きたいですね。
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March 21, 2006
今日は春分の日でしたね。春分の日は、昼と夜の時間が同じということで、多くの国で特別な日ということになっています。この日から日が長くなり、木や草花も、動物も昆虫も、自然全体が生命力に溢れて参りますので、ヨーロッパではここが春の始まりであり、生命の復活の時であると考えられていました。「イースター(復活祭)」はこの春分と関係のある行事ですね。日本でも、ここで度々紹介していますホツマ文献の『ミカサフミ』では春分の日を「ハルタツヒ(春立つ日)」と表現しています。
アマメクリ ヒハヲヽキクテ
ヒトオクレ ミモムソヰタビ
ヒトトシノ ハルタツヒニハ
モトニキテ ヒトタビモトノ
ホシニアイ
<天の巡りは、 太陽は大きく重いので星の巡りに比べると一日ずつ遅れていって、365日、つまり1年後の春分の日にはまた元の星と同じ位置に戻って来ます……。>
このように太陽が巡る基準の位置が春分の日だったのですね。
そして、今でもこの日をお正月としているのがイランです。イランでは春分の日の正午が新年となっていて、これを「ノウルーズ」と呼んでいます。昼と夜が同じ、ということは対立する2つのものがバランスをとっている、或いはニュートラルな状態にあるということです。イランの神話では、この日の正午に人間の世界に悪魔が入って来て、神であるアフラ=マズダーと悪魔アンラ=マンユの勢力が拮抗している時です。ニュートラルということは、つまりリセットということ、これまでに何があっても、プラスでもマイナスでもない0(ゼロ)にリセットして、新たにスタートできる、ということですね。(イランのノウルーズについては以前書いたものがありますので、こちらをどうぞ。またノウルーズの様子がよくわかるジャアファル・パナヒ監督のイラン映画『白い風船』はこの日に飾る金魚を買いに行く女の子の物語、お薦めです。)
そんなこともあって、今朝はイランの友人のことを思いだし、「ノウルーズおめでとう!(エイデ・ノウルーズ・モバーラク!)」のメールを入れ、いろんなことは起こるけれども、最後にはこの1年がいい1年になるようにと祈ったのでした。
それから昨日の買い物の話の続きではないですが、新しいワイシャツも買いました。いろんなものがダメになる中、シャツも何度も洗濯されてくたびれてきたようだし、何となく薄汚れてきましたから、さすがに新しいものが欲しくなったのです。春の暖かい日に真っさらの白いシャツに袖を通して出掛けるというのはやはり気持ちのいいものですね。
全てをリセットし、新しい生命の息吹きを感じる春分の日――。新しい何かが始まる予感に胸をときめかせながら、新しく生まれ変わっての再スタートです。
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フランスの指揮者ブーレーズのことが意識に上っている状態でCDショップに行ったらブーレーズの特集をやっていた、という話の続きです。
同じ頃、FMで最近の国内のポップスがずっと掛かっているのをたまたま聴いていたのです。以前は、特にチャートものなど、今流行っているものを日本であれアメリカであれよく追っかけて聴いていましたが、最近はまるっきりそういう気持ちがなくなってしまいました。多分、あの頃は自分の胸の裡や感覚を表現してくれるアーチストを探していたのでしょう。今は、自分の中にあるものは自分で表現するようになってきたので、あまり他の人には求めなくなったのですね。そんなこともあって、ラジオなども床屋さんにいる時とか、そういう時しか聴かないのですが、逆にそういう時間が今流行っているものをまとめて吸収する機会になっています。
この時もそうだったのですが、じっと聴いているうちに、「結局、今ある日本のバンドの殆どがやってることってパンクじゃない、こういうんだったら自分らが昔やってたこととあんまり変わんないよね。」とか思ってしまったのです。もともと私もパンクバンドのキーボーディストですからね、やっぱり80年代のパンク・ムーヴメントというのは、いろんな形でその後の音楽に影響してるんだなぁ、と改めて思いながら、だったら、いっそのこと、もう一度クラッシュとかセックスピストルズとか、往年のアルバムをまとめて聴いてみたら何か見えてくるんじゃないの? とか思っていたのです。(ここでパンクの話を始めると長くなってしまうことが見え見えなので今回は深入りしないことにします。)
その翌日、たまたま入った本屋で、またどういうわけか、久し振りに「ロッキン・オン」誌を手に取ったらパンクの名盤100みたいな特集をやっているではないですか。「ロッキン・オン」はもともとそういう雑誌ですからそんな特集をやっていても不思議ではないんですが、このタイミングが凄かった。大体10年以上手にとっていないこの雑誌を手にとったこと自体不思議と言えば不思議です。
前回の終わりにも少し書きましたが、自分が意識しているものというのは、自分一人の意識ではないようです。こうした自分の内面に起こっていることも、或いは自分の健康状態などもそうですが、私たちはそれが自分個人に起こっている、特殊なことだと思いがちです。が、人間というものは不思議なもので――だからこそ素晴らしい存在だとも言えるのですが――別の人間であったり、離れていたりしても、案外共通のことが起こっているのですね。自分が意識していることは他の多くの人が意識していることかもしれず、健康ということでも、自分と同じような状態に他の人もなっているかもしれないのです。実際、人と会って話をしていると、楽しいことも苦しいことも、同じような時間に同じような経験をしていることがわかります。ということは、一歩考えを進めれば、多くの人がよりよい意識やよりよい経験を共有できるということです。
世の中をよくすること、例えば、世界に平和を実現すること、というようなことはとてつもなく難しいことであろうと思います。が、私たちひとりひとりがそこに意識を向けていくならば、それは何十億という人の意識にもなっていくように思います。マインドコントロールというようなことではありません。一人一人が心につよく願っていること、そして一人一人がその実現に向けて動いていることが、自然に大きな流れとなり、世界全体を動かしていくようになるだろう、ということです。その可能性に改めて気づく時、目の前が晴れ、胸がときめきます。
そう考えると、自分自身の内面も、健康も、行動も見直していく必要を感じます。決して自分一人のものではないのですから。意識であれ、身体のことであれ、その良い状態も悪い状態も、少なくとも見えないところでつながっているあの人の状態にも影響しているのは間違いないのです。
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March 20, 2006
今日は会社の帰りにいろいろなものをスーパーに買いに行きました。ものがなくなったり壊れたりというのは一気に来るもので、お風呂の電気が切れ、トイレットペーパーがなくなり、花粉の影響でティッシュペーパーも残りわずか……そう言えばプリンタのインクも切れそうだし、PPC用紙も買っておく必要があります。OA系はまたの機会としまして、とりあえず今日は最初に挙げたような生活用品を買っておく必要があります。電車の中で、あれと、これと、と考えながら、電車を降りるとスーパーに行き、今晩から明日食べるものも含めて買い物をします。
ところで、この時、何かを忘れているような気がするのです。いつも、と言っていいと思いますが、こうした生活用品を買いに行く時は必ず何かを忘れてしまいます。トイレットペーパーはあるし、電球もある……、とどうしてもその忘れているものが何なのか思い出せないのです。結局、まあ、こんなもんだろう、と思って会計を済ませ家に帰ります。
家に着いてまず手を洗いに洗面所に行って気づきました。そうだ! 石鹸だ! 石鹸を買おうと思っていたのに……。
必ずと言っていいほど、忘れるのです。行くのが地元のスーパー一箇所ですらこうなのですから、これに電気屋に行ったり本屋に行ったりと行かなければならないところが増えると、いろんなものに目が移り、意識も移るからでしょうが、予定にないものを買ってしまい、本来買うはずだった必要なものを忘れてしまったりします。どうしてこういうことになってしまうのでしょうね。
と、考えたところで、例えば、仕事に必要なもので、それがないと仕事できないとか、損をしてしまう、というようなものは忘れることがありません。仕事に関わるものや、或いは生死に関わるような緊急度の高いものはきっと、絶対に忘れないですよね。トイレットペーパーを忘れなかったのは、あれが朝トイレに入った時になかったら真っ青になりますし、電球だって、まさか真っ暗な中でお風呂に入るのもいやですよね。そう考えると、手を洗う石鹸などは、まあとりあえず水で洗っとけば大丈夫か、くらいにしか思っていなかったのかもしれません。
ひとが物を忘れてしまう、というのは結局はその緊急度によるのでしょう。逆に言うと、忘れてしまうもの、というのは大したもの、大した事と思っていないということです。石鹸なら忘れても後でまた買いに行けばいいですが、忘れてしまうととりかえしのつかないものもきっと一杯あるだろうと思います。自分が本当は何を大事に思っているのか、その本音はこうした忘れ物の中から明らかになるのかもしれませんね。
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March 18, 2006
さて、今回はいよいよ皆さんご存知の天の岩戸の物語です。『古事記』や『日本書紀』との比較ということもあり、ほぼ『ホツマツタヱ』の原文に沿って訳していってみたいと思います。
「ソサヲノシワザ/アヂキナク」――ソサノオの所業には乱暴でひどいものがありました。田圃には種を播いてある所にもう一度種を播く「頻蒔(しきま)き」をして作物の成長を妨げたり、畔(あぜ)を壊して農作業の妨害をしたので、その年の実りはよくありませんでした。更にその年の収穫を神に感謝する新嘗祭(にいなめさい)に当ってその準備をしていると、密かにその新宮(にいなめのみや)を汚す行いをしたのです。このことを糾されると、ソサノオは確かに自分が一人でやったことを認めました。
ところが事はそれで終らず、今度は神の衣を織る斉服殿(いみはたとの)を訪れるのですが、その戸が閉ざされているのを知るとソサノオはまた怒り、力任せにまだら毛の馬を屋根の上から瓦を割って投げ入れたのです。中で神衣(かんみそ)を織っていた正后セオリツヒメホノコの妹ワカヒメハナコは驚き、誤って機(はた)の梭(ひ)で身体を突いて死んでしまいました。その場にいた女性たちの泣く声にとうとうアマテルカミもお怒りになり、ソサノオに言うのです。
「お前はこの国を何と汚くしようとしていることか! 天の道を教える歌にこうあるのをお前は知らんのか!
アメガシタ ヤワシテメクル 天の下 和(やは)して巡る
ヒツキコソ ハレテアカルキ 日月こそ 晴れて明るき
タミノタラナリ 民の両親(たら)なり
<この天の下に平和と癒しをもたらしては巡る
太陽と月こそが この世を明るく照らす
人々の親ともいうべき存在なのです>」
「ヒツキ」は、「日月」と同時に「日継ぎ」でもあり、キミ、後の天皇とはそのような存在であるとの含みがあるのでしょう。しかし、このアマテルカミの言葉もソサノオの耳には全く入らず、尚も怒って岩を蹴散らして暴れます。これにはアマテルカミも恐れをなし、岩室に籠って戸を閉ざされました。これによってこの世は光を失いました。アメノヤスカワにいたあのオモイカネはこの闇に驚き、急ぎ馬を飛ばしてイサワに向かいます。宮中に着くと早速息子のタチカラオに事の次第を問い、群臣たちにどのように解決するかを諮ります。「祈りましょう。」の声。ツワモノヌシが、「マサカキの上の方の枝に勾玉(にたま)を、中程の枝にはマフツの鏡を、下枝には和幣(にぎて)を懸けて祈りましょう。」と言います。これを受けてオモイカネはウスメらの女性たちにサガリゴケを襷(たすき)にして懸けさせ、茅(ちがや)を巻いた矛を持たせ、オケラを焚いた庭火で煮立った湯に笹を浸して、その湯花を撒かせます。こうして神楽を行い、祝詞を捧げて、篝火が明々(あかあか)と辺りを照らし出していきます。オモイカネは深く考えを巡らせて「ナガサキヤ」という常世の踊りを編み出し、俳優(ワザオキ)に歌わせます。「ナガサキ」とは「汝(な)が幸(さき)」、つまり「愛するあなたの幸せ」であり、「その幸せな時が末長く続きますように」という「長幸(ながさき)」の意味をこめた言葉でしょう。
カグノキ 香久(かぐ)の木
カレテモニホユ 枯れても匂(にほ)ゆ
シホレテモヨヤ 萎れても良(よ)や
アガツマ アワ 吾(あ)が妻 アワ(天地)
アガツマアワヤ 吾が妻 アワや
シホレテモヨヤ 萎れても良や
アガツマ アワ 吾が妻 アワや
<橘の木は
枯れてもその麗しい香が漂ってくる
萎れてしまっても良いのが橘の木
我が妻は 天なり地なり
妻こそは 天なり地なり 神(かみ)さんなり
シワシワの婆さんになっても良いのが我が妻よ
妻こそは 天なり地なり 神(かみ)さんなり>
群臣たちは岩戸のすぐ前に陣取って「わはは